神奈川県立高校の学校司書・星川駒子のもとには、本にまつわる事件が舞い込んでくる。転落事故現場に落ちていた貸出本、閉ざされた図書館での異変、校内を駆け巡る不穏な隠語「せいしょる」、クリスティの名作を彷彿とさせる連続紛失物事件、学校に来られなくなった生徒と「春雨料理の本」の謎――。鋭い観察眼を持つ出入りの書店員・針谷敬斗とともに、駒子は本を糸口にして、生徒が抱える本音と謎の真相を解き明かしていく。
学校図書館を舞台にすべての本好きに送る、心あたたまるミステリー『27000冊ガーデン』の読みどころを編集者・桂島浩輔さんの解説でご紹介します。


■『27000冊ガーデン』大崎梢 /桂島浩輔[評]
二万七千冊の庭。素敵なタイトルです。この数字は本書『27000冊ガーデン』の舞台となる、神奈川県立戸代原高校図書館の蔵書数です。
この蔵書数は、果たしてどれくらいの規模なのか。本書の単行本版が刊行された二〇二三年における全国高校図書館の平均蔵書数が約二万七千冊ということです。ちなみに松本清張記念館の蔵書数が約二万三千、司馬遼太郎記念館が二万(司馬の総蔵書数は六万と言われる)、井上ひさしの遅筆堂文庫はなんと二十二万冊を収蔵しているそうです。荒俣宏の処分前の蔵書は二万、『蔵書一代』(中公文庫)という著書まである紀田順一郎は三万冊超。個人の蔵書数より少ない、と言いたいわけではありません。冊数だけの比較ではありますが、荒俣を超え紀田に迫る蔵書数とは学校図書館もなかなかやってくれるじゃないか、と筆者などは思います。
本書は〈日常の謎〉のカテゴリに属する連作ミステリです。〈日常の謎〉とは一九八九年、北村薫のデビュー作『空飛ぶ馬』(創元推理文庫)の刊行によって〝発見〟され、その後急速に人気を獲得してミステリのサブジャンル化した作風を指します。ほとんどが短編か連作短編の形式で描かれるこの作風には根強い人気があり、近年でも土屋うさぎの『謎の香りはパン屋から』(宝島社)が大ベストセラーになっています。
ある日、ふだんどおりの一日を過ごしていると、「あれ?」と不思議に思うことが発生します。その「あれ?」はささやかだとしても、よく考えてみると妙なのです。物語世界に謎が現れると、その謎は大抵の場合、解明されることになります。したがって日常に謎が現れると、ほぼ同時にそれを解く名探偵も誕生することになるでしょう。その名探偵は目の前に突然現れたひとかも知れないし、あるいは自分の家族や隣人が突如名探偵になるかも知れません。そうやって、いつもとは違う空間が生まれます。ほんのすこし、日常が異世界のほうに傾くのです。
日常のミステリということで、割と気軽に書けそうと思われるかも知れませんが、さにあらず。〈日常の謎〉は基盤を日常に置きますから、通常の謎解きもの以上にリアリティの判定が厳しくなります──設定や展開、あるいは登場人物の心の動きに強引なところがあれば悪目立ちし、作品そのものが説得力を失いやすいのです。生活を描くことが主になるという点で、一般の小説(=非ジャンル小説)としても通用する筆力も必要とされるでしょう。さらにもし可能なら、日常の描写や舞台設定のほうも曲のあるものや、味わい深いものであってほしい。というふうに〈日常の謎〉もまた、傑作を書くのは難しいのです。
〈日常の謎〉を仮に家庭(+ご近所)ものと通勤通学ものに分けるなら、大崎梢は通勤──職場ものの〈日常の謎〉の書き手として出発しました。二〇〇六年刊行のデビュー作『配達あかずきん』(創元推理文庫)から始まった〈成風堂書店事件メモ〉シリーズは、書店で発生した謎を書店員が解決する連作ミステリです。本書はその延長線上にあり、本に関連する職場もので、高校図書館の司書を主人公としています。
今回この原稿を書くにあたり本書とともに、矢張り本に関する職業──移動図書館に乗り込む司書──を扱った同著者の『本バスめぐりん。』(創元推理文庫)も読み返してみて、同じ本をめぐるミステリでも、取り上げた職業とその環境に合わせた謎や展開が用意されていることに感銘を受けました。それぞれが持つその職種ならではの悩みや喜び、そして図書館バスなら図書館バスを活かした、学校図書館なら学校図書館を活かしたストーリーが描かれているのです。こう書くと「それはそうでしょう」と思われそうですが、言うは易く行うは難しで、簡単にできることではありません。連作であれば、この設定でしか読めない物語をいくつも考え出す、ということになるのですから。人気があっても続きが書かれないシリーズがこの作家に多いのは、なるほどそれが理由か、と今回ようやく思い至りました。
おそらく本書で最も重視されているのは、取り上げた職業とそのリアリティです。自分の創作が現実をはるかに追い越してしまわぬよう、大崎は心を砕いて作品を書き進めていると感じます。そこにあるのは職業に対する敬意でしょう。大崎は世間で考えられている以上に誠実な作家だと思う所以です。
では本書、高校図書館の司書の物語におけるポイントとは何か。それは①職場が学校の一施設で、②主人公はそこに赴任してきていて、③利用者は高校生、ということだと考えます。詳しくは各話の内容を確認してゆきましょう。
「放課後リーディング」
のっけから死体が転がって唖然とさせられます。〈日常の謎〉の連作だと思っていたのは勘違いだったかと首を傾げましたが、謎解きは〈日常の謎〉の範囲内で解決されます。借りた本を殺人現場に忘れてきたらしいと男子が図書館に駆け込んできて訴えますが、その本は他人の手ですでに戻ってきていたという内容で、渦中にいるのが大人だったらこうはならないという展開が楽しい。ひとの死が絡む内容ではあっても(そこも疎かにはされません)、それを次第に本の物語に収斂させてゆく手際が鮮やかです。
「過去と今と密室と」
他校の図書館で起きた二度の密室騒ぎ。時の流れと少々入り組んだ人間模様が印象に残る短編で、密室トリックが読ませどころではありません──と書いてしまって問題ないと思います。こういった作品はふつう、気の利いたトリックを思いついて書きそうなものですが、おそらく意図的にそう仕立ててはいない。密室はむしろ、十数年のあいだを隔てたふたつの出来事をつなぐあるもののために必要とされた舞台装置なのです。ミステリの楽しみとはややずれる方向性を持った作品かも知れませんが、ミステリというかたちをとることで書けた時と恋の物語、と言えるでしょうか。
「せいしょる せいしょられる」
過去に赴任した高校で何かが起きているらしく、それには謎の言葉が絡んでいて、しかもその言葉が指し示す行為の最初の犠牲者は自分らしい!? 司書の活動が学校の方針によって制限され、しかも図書館担当教員が司書に協力的ではなかったとしたら……という、まことに苦々しい事態を描いた物語です。主人公のあとを受けてその高校に赴任した司書の、伝聞から浮かび上がる揺るぎない立ち姿(なぜか立っているイメージ)も心に残りますが、個人的に印象深かったのは終盤でさらりと言及される、謎の言葉の意味を変えるというくだりです。これには思わず膝を打ちました。生意気な発言で恐縮ですが「大崎さん、腕を上げたな」と思いました。本書のベストに挙げます。
「クリスティにあらず」
たしかに〝クリスティじみているけれど、クリスティにあらず〟という内容で、何がどうクリスティではないのか、そこを楽しんで戴きたい作品です。実在するミステリがいろいろ使用されているのも楽しい(いえ、本をあんなことに使っちゃいけませんが)。そして注目すべきは、部室の出火の原因が漏電でそこに疑いはないと序盤から明言されていることで、だからこそ渦中にいる人物の行動がいっそう空回りに感じられるのです。この明言は同時に、本作が〈日常の謎〉であることに疑いはない、という読者への保証にもなっています。
「空を見上げて」
蔵書二万七千冊中、春雨づくしの料理が載っている本とは? 謎自体は舞台が書店でも移動図書館でも成立しそうな類のものですが、学校図書館らしい展開を辿ります。終盤で次々挙がる作品を筆者はすべて読んでいましたが、そのなかに春雨づくしの料理なんて書かれていたっけ? え、どうなるの? と、たいへん楽しく読み進めました。それにしても、大量の本のなかからごくわずかな記述を探すというのは気の遠くなる作業です(経験上、ネットで検索してもなかなかわからないものなのです、インターネット普及前に刊行された本ならいっそう)。それを最後には突き止めてしまう。つくりごとであっても、すごい、と素直に思います。
いずれの作品にも、まず学校司書という職業に対する敬意があり、リアリティを損ねるような展開は書かないと決めた上で、それでも作者は読者に楽しんでもらえるよう、学校図書館に似合う〈日常の謎〉を展開しています。この連作では大崎のミステリの巧さはむしろ展開に現れていることが多く、たとえば「放課後リーディング」では、男性がどうしてあるものの存在に気づいたのか……はっきり書けないのがもどかしいですが、言われてみれば、というはっとさせるような瞬間を作者は用意しています。その妙もお楽しみください。
ところで、この解説原稿を依頼してくれた担当編集氏はおそらく御存知ではなかったはずですが、筆者は高校時代、図書局員でした。図書局員とは各クラスから選ばれて業務を行う図書委員とは違い、自ら希望して図書館運営を行う生徒たちのことで、北海道の高校によく見られる仕組みのようです。ほとんど部活動のようなものですから任期もなく、三年近く務め上げました。なので本書をとても楽しく、かつ、なつかしく読みました。自分が活動していた図書館の風景が、読んでいるあいだ常に頭の片隅に浮かんでいました。そこには本書の主人公のような、本に興味を持ってもらおうと努力する司書さんはいませんでしたし(ただし、生徒の自由を尊重してくれる、局員から愛されている司書さんでした)、局員たちも雑談ばかりで盛り上がり、本の話はあまりしませんでしたが、それでも筆者も、間違いなく学校図書館に自分の居場所を与えてもらった生徒のひとりでした。いまの学校図書館も、誰かの居場所になれるような場所であってくれればいい、と心から思います。
近年の著者は年に一、二冊の新刊を堅実に発表していますが、その内容はさまざまです。あらためて振り返ると、毎度こんなに趣向の異なる物語を執筆していたのかと軽い驚きに打たれますが、そのことに気づいていなかったのは、感心するほどどの作品も〝大崎梢の作品〟としてのカラーが確立されているからです。これからも多彩な物語を期待しつつ、個人的には、さらなる〈日常の謎〉の物語も読ませて戴きたいと希望しておきます。
まだ本編を読まれていない方は、これからどうぞ、学校のなかに用意された二万七千冊の庭でしばしお過ごしください。楽しめるはずです、なにせ──学校を卒業してしまった大人には、簡単には立ち寄れない場所なのですから。