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二日目

 

 一日目と二日目で、確実に雰囲気が変わるのが学祭の面白いところだよな。一日目が平日、二日目が土曜日だから客層が違うってだけじゃなく、なんかノリが変わる。たとえば、さっき、うちの部屋にやってきて麻雀はないのかと叫んだヤカラは普通に、うちの学生っぽかったが、一日目だったら、そういう乱入をしてくる奴はなんとなく少ない。ちなみにそいつにはあっちなら麻雀あるはずですとテーブルゲーム研究会へ向かわせた。あるといいね。

 今日で全てを出し切ろう、みたいな高揚感がハレの日具合を押し上げているんだろうな。ボドゲ交流会の部屋に引きこもっていようと、どんどんアガる。とはいえど今年はモヤモヤし続けてしまっている。ああ、畜生。とか考えているところで、我が聖域に、その靄の元凶がやってきやがった。

「ようソータ。遊ばせろ」

「嫌だ」

 受付に座っているせいで、天道を見上げる形になってしまったのがシャクだった。

「客を差別するのか」

「別に、正式な店じゃなくって模擬店だからな」

 言いながらメニューを奴の手元に押しつけると「コーラ」と返ってきた。一杯にギリ満たない程度に残っていたコーラをコップにぶち込む。

「で、ここは何で遊べる店なの」

「だから店じゃねえって」

「〈モノポリー〉とかあんの」

 できはする。少しでも新し目のボードゲームは理解する努力もできないという人のために〈人生ゲーム〉と〈モノポリー〉は一セットずつ持ってきている。

「その前にドリンク代を出せ」

「はいよ」

 天道はスマホを取り出した。コード決済の方で支払ってるのか。

「そういや、気づいているかソータ。このQRコード、普通のとちょっと違うんだ」

「どういう意味だ」

 天道がQRコードの厚紙を取り上げ、自身のスマホと並べる。

「自分に送金してもらうための、アプリで表示するマイコードはこれだろ。ほら、コードの細かさが違う」

 確かに並べてみると一目瞭然だ。学祭実行委員会から貰ってきたQRコードの方が、明らかに点が密集していて色が濃い。QRコードって、結局は、それ自体がデータなんだっけ。個人のIDに紐づければいいってだけのやつよりも、そりゃ、店舗として発行したものの方がデータは濃くなるよな。アプリの種類によって、こういうところも違うんだろうけど、少なくともこのアプリについてはそういうことなんだろう。

「つまり、だ」

 天道は机上に手を置いて、身を乗り出してくる。

「QRコードを個人のアカウントのものとすり替えて置いたら、すぐにバレてしまうわけだね、ソータくん」

「もしかして、それを言うためだけに、俺のところに来たのか」

 そもそもQRコードを貼り替える手口なんて使わないってお前自身が言ってたろ。追い討ちをかけてくるな。天道はにまにま笑いながら「どっちかっていうと」と続ける。

「ソータが不正をしていないかのチェックのために来たのかもしれない」

 なんだこいつ。

 天道がそのあと「遊ばせろ」と再度命令をしてきて、かつ、ゲームを始めていないお客さんも溜まり始めていたので、とりあえず〈おばけキャッチ〉をする卓を作った。子供連れがそのワンゲームで帰って、天道をはじめとした暇そうな大人が四人残った。じゃあ、と俺も入って〈ごきぶりポーカー〉を始める。好きなんだよな。しっかり頭使えて。そして天道が〈ごきぶりポーカー〉バカ強かった。この俺が、何回も不要カードを取らされ負かされた。ブラフだけで人生を渡っているだけある。

「おし、そろそろ行くわ」

 天道は涼しい顔でコップを捨てて立ち上がり、講義室を出ていった。

 俺は、その後を追った。駆け足。

「ちょっと、一緒に回ろうぜ」

 天道は口笛を吹いて「いいけど」と頷いた。

 腹立つ。マジで腹が立っている。なんか天道にいいようにしてやられているのがムカつく。天道が何かをしようとしているのは間違いないが、それが何なのかが分からん。そして〈ごきぶりポーカー〉でも負かされた。なんだ。折角の学祭が厄日じゃねえか。このままでは引き下がれない。天道が学祭で何をしようとしているのか、少なくとも情報を集めなければ。

 というわけで小一時間、同行してみたのだが。

「遊んでるだけだな」

「学祭だからな」

 天道がツナクレープをかじった。さっき、模擬店で買ったやつである。俺もチョコバナナのを買ったけど、生地が分厚くって、あんま美味くない。こんなところでもツイてねえな。

 一回三〇〇円で宇宙の真実が観れるという天文研究会開催の講義室内プラネタリウム、ボランティア部のチャリティーバザー、漫画同好会の会誌販売と原画展、えーっと、あと、どっかのゼミのお好み焼きバーガー。ふらふらと巡って、食って、ってだけだった。

「ってか、お前、自分の店の当番とかはねえの」

「入れてないね」

 天道はツナクレープを食べ終わり、紙を丸める。

「もしかして昨日からずっと、遊んでるだけ」

「うん。学祭パトロールしてる」

 何がパトロールだ。ってか、アリカも、なんとか祐樹も、怒らないのか。と、思いながら俺もクレープのゴミを捨てたところで、クレープ屋の店員のパリッとした目に見覚えがあることに気づく。なんとか祐樹だ。天薔薇の方にいる方が坂本祐樹なら、こっちが松岡祐樹。あっちが松岡なら、こっちが坂本。

 何か、関係、あるのか、と考えているところでLINEが入った。大坂からだ。〈混んできた。ヘルプ!〉むう。

「じゃ、そろそろ戻るわ」

 そう言って立ち上がった俺のことを目をググッと細めて見ている天道の顔は、勝ち誇っているようにしか見えなかった。

 敗走しようと、どことなく気怠い気分だろうと、終わるまで続くのが学祭である。老若男女に用意したボドゲのルールを案内し、どっかに飛んでいったコマを必死に捜し、折り目のついてしまったカードに涙を流し、時折現れるデュエリストとはデュエルに興じ、そうしている間に時は経つ。

「そろそろ五時か」

 呟いた。午後四時五〇分をちょっと過ぎている。

 学祭は五時半で終わりだ。で、七時までにザっとゴミ捨てや片付けをする。これだけは一日目もしなきゃいけないのだが、経理担当は概算でその日の売上とかの報告書を学祭実行委員会に提出する。それらが終わったら基本的には学生は撤退。本格的な後始末は明日に実施する。

「今年の打ち上げ、どうしような」

 新規受付終了の札を外に出して戻ってきた安やす田だ潔きよしが聞いてきた。安田は我がボドゲ交流会の幹部で、眼鏡は黒縁である。ただし縁が丸い。

「店は予約してたろ」

「いや、そうじゃなくて、金」

 あー。

 去年は、ボドゲカフェの売上から出していた。だが今年はそれはできない。金券とコード決済のお金がやってくるのは一か月先だ。

「普通にワリカンするしかないっしょ」

「俺、今日、現金ほぼないわ」

「今度、払えよ」

 言ってるところで、〈カタン〉の箱を持った大坂が近づいてくる。お客さんを送り出してきたところらしい。ボックスへ〈カタン〉が放られる。

「俺らはそれで終わるけど」大坂も、学祭実行委員会の片付けが終わってから、こちらの打ち上げに来る予定だった。「デカいサークルは割と大変らしい」

「そうなん」

「打ち上げは金入ったあとに行って、当日は、各自で飲む人は適当に飲んで、みたいなことしてるとこもあるとか」

 学祭の売上にそこまで依存しているんか。大変だな。俺は「ふうん」とだけ返して、手元のタッパーに溜まった金券を数枚持ち上げ、ぱらぱら落とす。

「あっ」

 待て。そういうことか。

 俺はスマートフォンを取り出してから、講義室内を見渡して、「わり」と謝って外に出る。流石に安田や大坂の前でするには不適当な話題だ。廊下の端っこ、声の響かなそうなところ見つけて、発信。天道へ。

『どうしたソータ。忙しいんだけど』

 奴はすぐに出た。

 俺は唇の端がピクピクするのを感じながら、言う。

「金券の現金化に、か」

 天道は『おっ、ソータもしたいん』とすぐに返してきた。

「しねえよ」

 打ち上げなどのため、学祭当日の夜に現金が欲しいサークルがある。大坂からその話を聞いた瞬間に俺の頭の中でアイディアが弾けた。いかにも天道が狙いそうな需要じゃないか。そう思って、そこから、色々なことが繋がっていった。

「確認したいだけだ。お前の狙いは最初から、これだったんだな。一〇〇〇円分の金券を、額面の七割とか八割の現金で買い取る。買い取った金券はヘブンローズの売上として学祭に提出する」

 原理としては、それこそ街の金券ショップとか、あるいは昔に話題になったメルカリでの現金出品と一緒だ。世の中には、実質的には損してもいいから今すぐに現金が欲しいという人がいる。

「そのために用意したのが、あの縁日だ」

『ソータ、来てくれてたのか。〈ヘブンローズ・フェスティバル〉に』

「何もしなかったけどな」適当に流して「よくできている。たとえば、フランクフルト屋とかでは、この現金化商売はできない。仕入れたフランクフルトの量以上の売上があがってたら、確実に怪しまれるもんな。縁日の場合、用意したお菓子以上に金券があっても何も問題はない。射的や輪投げが下手な客が多かったで済む」

 一回一〇〇円というのも上手い。もし三〇〇円だったら、最終的に提出する金券の総和を三〇〇の倍数に整えるという無駄な手間が出てきてしまうが、金券の最小単位の一〇〇円なら、そのあたりの手間もない。

「お前が自分のテントに顔を出さず、ひたすら学内をウロウロしてたのは客捜しだろ。売上の何割かを今すぐ現金にできますって売り込みをしていたんだ」

 あとは、と言葉を継ぐ。

「金券買取のための、とりあえずの現金は、まあ、自腹だろうな。夏休みにやってた打ち子斡旋業、なんだかんだ、お前は勝ち逃げしていたと思うし、最終的に確実に儲かるんだから、それくらい出すだろ」

 スマホの向こうから、ため息が聞こえた。

『いやー、流石は名探偵ソータ。名推理だわ』

 どうだ名犯人。

『で』

 天道が言葉を切る。

『それだけか』

「それだけ、だな」

 正直言えば、モヤモヤはしている。だが、学祭全体の売上が、これで変わるわけではない。あくまで、どこから入金されるかというだけだ。

 学祭を壊すものでは、ない。

 正確には露見すればキャッシュレス運用の仕組みについての是正とかで、ルールの修正などの迷惑をかける可能性はあるのだが。逆を言えば、俺はそれでこの天道の計画を白日の下に晒すとか、そういうことに踏み切れない。

『それじゃ、俺、こっから忙しいから。じゃあね』

 天道が通話を切断した。

 俺は小さく唸りながらスマホをしまい、ボドゲカフェまで戻ろうとする。その最中に、ちょっと、引っかかった。さっき天道が聞いてきた「それだけか」。あれの意味。何が、それだけか、だったのか。さっきの俺の返答、もしかして、質問をちょっと取り違えていたりするか。

 なんか、まだ、引っかかっている。

 

(つづく)