前日
大坂なんかは学祭は開催準備が七割、直前から当日は一割で、残り二割は後片付けみたいなことを言ってるけど、正直、俺みたいなエンジョイ勢からしたら学祭前々日の夕方、割り当ての講義室を使ってもいいと解放されてからがスタートみたいな気分なんだよな。Bluetooth接続のスピーカーを隅っこのコンセントに繋いで、スマホに接続して、作業用BGMの準備も完了。プレイリストの一曲目は「リ・リロード」。〈魔少年女〉の第一期のオープニング。
いいね。
大坂はあっちの仕事で中々手伝いにこれないから、ボドゲ交流会の戦力は四人。テキパキと進めていく。倉庫から借りてきた暗幕で窓を塞いで、不要な机を端っこに積み上げて。これだけで夜の九時くらいになっちまった。ほら、俺らってカードよりも重い物は持ったことがない文化系じゃん。明日頑張ろうってことで一旦、帰る。
当然、その明日が異様に忙しくなる。
夕方に特設ステージで前夜祭が開催されますので奮ってご参加くださいっていうアナウンスが一時間に一回くらい学内放送されるけど、そんなもん行ってる暇ねえよって都度ツッコむ。暇があっても行かないけど。あれ陽キャのパーティーだし。
昨日取るのが面倒で後回しにしていた、講義室内の掲示物の剥がしを実施。半分くらいやったあと原状回復のために元の状態撮っとかなきゃじゃんって気づいて慌てて戻して二度手間。それが終わったところでパーテーションとかの貸し出し備品を取りに行く時間になったのでダッシュで向かう。取ってきたら設置。疲れたから昼飯はあったかいものを食おうと大学近くの飯屋行ったら混んでて三〇分を並びに浪費。講義室に戻った後に飾りつけと、用意しているボドゲについての簡単な紹介シートを模造紙に書き殴り始める。あ、カフェ提供用の飲み物の買い出しとか誰か行かないと。やることが多い。楽しいっ。
「ソータ、QRコードどこ。決済のやつ」
四人用テーブルゲーム席の椅子の位置を微調整していたところで、中村幸樹から声をかけられる。我がボドゲ交流会の幹部であり、受付設営係である。眼鏡の縁は黒色。
「学祭のとこに取りに行くんよ」
「いつ」
「えーっと、前日ならいつでも良かったはず」
言いながらスマホを取り出して、メールをスクロールする。
やべ。
午後三時までってなっている。今現在、二時四五分。
素知らぬ顔で「そろそろ取ってくるわ」と立ち上がって講義室を出る。角を曲がったところで駆け出す。ここ、八号館から学祭実行委員会の部室のある棟までは、えっと、通常なら五分くらいか。楽勝。でも、準備で色々あるからな。畜生。大丈夫か。
八号館の外に出る。おーっ、と一瞬、立ち止まる。もうすっかり景色が様変わりしている。業者が建ててくれたテントが並んでいるのは朝からだけど、その中に、それぞれの店が設営されつつあって。ああ、始まるんだな。ワクワクするよな。フランクフルト、三〇〇円。焼きそば、三〇〇円。ケバブ、三〇〇円。全部三〇〇円だな。カルテルでも組んでんのかと疑いながら部室棟に辿り着く。五二分。おっしゃ、いける。学祭実行委員会の部室の前まで来た。
ところで天道。
が出てきやがった。
「何をやってる」
睨みつけると、奴は見せつけるように握った厚紙を見せてきた。QRコード。お前もギリギリ組か。別に俺は慌ててやってきたわけじゃないけどね、と余裕を見せつけるために「どんな感じなん」とQRコードの紙を見せてもらう。〈ヘブンローズ〉と団体名が書かれている下に、コード決済の会社のロゴ入りのQRコードが印刷されている。普通の飯屋とかでよく見るようなやつだった。
コード決済会社と契約をして発行してもらったものらしいが、大坂から聞きかじった話だけでも、結構、面倒な手続きを経てそうだった。学祭実行委員会ではなく、大学の法人自体が契約を結ばないといけないから、学長までハンコをもらいにいったとかなんとか。イメージとしては、大学法人が本社、各団体がチェーン店みたいな形になっているらしい。
とはいえど、渡されたQRコード自体は珍しいものではない。俺もこのコード決済のサービスは利用しているが、個人用の金の受け渡しに使っているQRコードと見た目で差異はない。
とまで考えて俺は「天道」と声をかけた。
「悪用、考えてないだろうな」
「マジで俺を何だと思ってるんだ」
「この間、言ったろ」
天道はため息を吐いたあと「このQRコードで何をどう悪用すんだよ」
「たとえば、渡されたQRコードの上に自分のアプリから出した自分用のQRコードを貼っつける」
天道の細い目が見開かれた。
「そうやって読み込ませた別のQRコードから支払われるお金は当然、団体の方ではなく、貼り付けた奴の方に加算がされる」
どうだ、と言いながら厚紙を天道に返した。
天道は口を小さく開けている。何だよ、と思っていると、こう言ってきやがった。
「悪いこと考えるなあ、ソータ」
「なんだてめえ」
「いや、実際、俺には考えつかなかったわ」天道はQRコードを指で弾く。「確かに、QRコード読んだあとに出てくる名前って設定とかで変えられるもんな。読み込んだ側からは何もわからん」
こいつにこういう誉め方されるの、滅茶苦茶、嫌だな。
「でも、俺はしないよ、そんなこと」
「ほんとか」
「だって、得することがねえじゃん。〈ヘブンローズ〉は俺の個人団体だぞ。どっちに金が入ろうが、変わらんって」
「あっ」
それは、そうか。
天道は厚紙をポケットにしまったあと、袖を少しまくって腕時計へ目をやった。
「それより、五九分だぞ」
「うおっ」
俺は慌てて学祭実行委員会の部室のドアノブを握る。ドアを開けた瞬間に、立ち去っていく天道の足音を背中に聞いて「あっ」と思う。
金券の偽造もしない。QRコードの悪用もしない。
じゃあ、天道、お前は今回、何をやるつもりなんだ。
一日目
俺たちがボドゲカフェをやろうぜ、という発想になったのは別に小遣い稼ぎをしたくなったからではない。去年は黒字になったとはいえ、俺たちみたいな隙あらばゲームやカードを買うタイプの人間からすれば、その程度の収益は無に等しい。じゃあ、どうしてといえば、シンプルだ。いつもと違うタイプの人たちとボドゲをしたかったから、である。
ディスコのメンバー五人でやっているだけだとつまらん。ってだけの話でもないんだよ。たとえば、ガチのボドゲカフェとか言って卓を囲むじゃん。それでも、長年やっていると新鮮味がなくなっていくんだよね。どんなゲームでも定石みたいのができていて「あー、この盤面、前もあったわー」みたいな気分になってく。トレカなら環境が日に日に変わっていくんだけど、ボドゲって、シリーズでも次のバージョン出るまで結構、時間かかるからね。まあ、その、のんびりやり込めるのが良いところでもあるんだけどさ。
で、学祭みたいなとこで素人さんとやるとですね、これが楽しいんです。え、そんなことすんの、の連続。将棋で言うところの二歩とかやられても、笑顔で許しちゃう。いいのよいいのよ、ゲームっていうのは、楽しければ。
うちのボドゲカフェはゲームプレイは無料で、ドリンクだけ一杯二〇〇円。部屋に持ってきているゲームなら何をやってもいい。友だち同士で自由にするもよし、ボドゲ交流会のメンバーと対戦するもよし。学祭スタートしてから二時間、なかなかに盛況だった。八王祭自体が、お客さん、ガンガン来るんだよな。近隣住民っぽい人も目立つ。今のところ〈カタン〉が人気。やっぱり定番ってのは強いね。意外と主婦っぽい人でもルールを知ってたりするんだ。
そろそろ休憩かな、と受付に座ってコーラを一杯飲んでいるところで「やあ」と声が降ってきた。その声は。見上げると、緑縁の眼鏡。間違いない。
「トニーさん」
トニータピオカさんは〈決闘王〉専門のユーチューバーである。〈決闘王〉公式の公認インフルエンサーでもあり、この業界では最大手と言っていい。俺はこの人がチャンネルを開いた当初からのXでの相互フォロワーで、ついこの間、ちょっと助けてもらったりした仲である。そうか。学祭のこと、Xで呟いてたっけ。
「来てくれたんですか」
「ちょうど暇だったからね」
言いながら、トニーさんは「差し入れ」と紙袋を差し出してくる。中を見るとエナドリだった。なんとできるオタクっ。
「一戦やらせてもらえないかな」
「勿論です」
俺はトニーさんを空いている席に案内すると、傍でフラフラしていた中村を受付に座らせて、すぐさま自分のリュックサックから〈決闘王〉のセットを取り出した。〈決闘王〉もテーブルでやるゲームである以上、ボドゲの一種なので、ここでプレイしても何一つ問題はない。
「そういえば」トニーさんはデッキを広げながら「ヘブンロードさんも同じ大学なんだっけ」
言うまでもなく天道のことである。天道は数か月前、ヘブンロード天道という名前で〈決闘王〉系のユーチューバーをやっていた。
「不本意ながら」
「じゃあ、もしかして、あれ、ヘブンロードさんの店だったりすんのかな」
シャッフルをする俺の手が止まる。
「なんか、いましたか」
「校門入ってすぐのところに〈ヘブンローズ・フェスティバル〉ってのぼり立ってたよ」
ダッセえ企画名っ。
「何をやってんすか、それ」
「さあ。よく見てなかった。ごめん」
「いや、後で自分で見に行くんで」
言いながら背中に汗を感じる。
天薔薇さんが何をするのかをマジで知らなかった、というのは別に俺の注意力が低かったからではないと思う。たとえば、学祭実行委員会お手製のこの、即売会に出しても恥ずかしくないキラキラ表紙の学祭パンフレット。ここには確かにヘブンローズの名前も、出店している位置も書いてあるけど、企画内容については〈何かが起こる……!?〉だけだ。ナメてんのか。適当な時の週刊漫画の煽り文か。
単に、パンフレットの提出の締め切り期限までにやることを思いつけなかっただけなのか。それとも、パンフレットには書けないような企みがあるのか。ともかく謎だが、確かめるには俺自身が動くしかないだろう。トニーさんが帰ってから、俺は昼飯がてら散策しにいくと仲間に伝え八号館から出陣した。
パンフレットで詳しい位置を確かめるまでもなく〈ヘブンローズ・フェスティバル〉ののぼりは見つかった。バカデカかったからだ。
と、言いつつも、流石に五メートルとかそういう話ではない。八王祭では、のぼりからポスターに至るまで、何センチ何ミリまでとか細かい規定がある。多分、その規定内ではあるのだろう。ただ、他の団体が、その規定よりも幾分か小さい既製品でのぼりを作っているのに対し〈ヘブンローズ・フェスティバル〉は手作りでギリギリを攻めていた。セコいと言えばセコいが、目につくから有効なのだろう。風に吹かれ、のぼりがめくれた。裏側には〈100円〉と書かれている。何が一〇〇円なのかを言え。なんて思いつつも、のぼりに近寄ってしまうのは、俺がチョロいんだろうか。悔しいな。
何をやっているのかは、すぐに分かった。
テントの前面に長机が置かれていて、その上に幾つか、輪ゴム鉄砲がある。で、奥側には的なんだろう、紙コップ製の人形が並んだ雛壇が。つまり。
「射的」
呟くと、長机の端に座っていたアリカが「いらっしゃい」と手を振ってきた。「どうも」と頭を下げる。
「一回一〇〇円だよ。射的でもクジでも輪投げでも」
横を見やると成る程、射的ゾーンの横に、輪投げの的も見える。その向こうに見える箱がクジか。フェスティバルっていうのは、要は、縁日か。
「景品は何なの」
「豪華景品を色々取り揃えております」
アリカが身体を伏せた。テントの奥側に置いてある段ボール箱の中身が景品ということなんだろう。幾つか開かれていて中身も見える。段ボールの側面に書かれている文字を読んでいく。ポテトチップス、ポップコーン、飴、グミ。つまり。
「駄菓子じゃん」
「駄菓子だよ」
「あれだけ」
「あれだけ」
俺は少し顎に手を当ててから「この駄菓子を校門の外に持っていくと、お金に交換できたり」とか尋ねる。アリカは体勢を戻しながら「パチじゃないって」と笑った。
「スイッチとか、アイフォンとか、そういうのは学祭にボツにされてさ」
まあ、そりゃ、そうだろう。学祭でテキ屋に仕事をやらせるわけにはいかない。
「でも、結構、人入っているな」
射的も輪投げもクジも、挑戦者が途切れない。アリカも俺と話しながら、ホイホイと景品を渡していく。
「値段が効いているんだろね」
値段、と言いながら、のぼりを見直した。一〇〇円。そういうことか。
「金券、一〇〇〇円で一セットだからってことか」
学祭の模擬店で売っているものは、カルテルを組んでいるくらい三〇〇円が多い。金券を一綴り買って、模擬店で三〇〇円のものを三回買えば、一〇〇円あまる。金券は返金不可なので、あまらせたら勿体ない。どうしようかと思いながらも校門近くまで戻ったところで、一〇〇円って書いてあるのぼりがある。どうも駄菓子を取れるゲームらしい。折角なら最後にやってみるか、と人が並ぶ。そういうシステムだ。
QRコード決済は世の中に大分普及したとはいえ、まだ使っていない人も多いし、使っていたとしても、学祭で指定しているアプリを入れているとは限らない。来場者の過半数は金券の方を選ぶだろうと考えたとしたら、中々よくできているアイディアだ。
「いいところに目つけるよね、天道」
アリカもそう言った。そうだな、と頷く。
「その天道は、今、いないの」
「いないね。朝から来てない」
ふうん、とだけ返しながら、俺は首を傾げていた。
天道、これだけか。
違うだろ、多分。