セカンド・デュエル
まあ、なんというかさ。頭の中で思ってから声にもした。「まあ、なんというかさ、転売とかするもんじゃないよ」隣のテーブルのオタクがシャカパチを止めた気がする。転売って聞こえたせいだろう。カードオタクの八割は転売ヤーを憎んでいる。殺人罪での死刑には反対しても転売罪での死刑には賛成するみたいなレベルでガチのヘイトをしとる。
「あー」
掌でどうにか押さえていた天道の頭がずるずると滑り落ちていく。
「なんで、そんなことしようと思ったのさ」
我ながら愚問すぎる。金儲けしたかったから、だろう。
先月、ゼミの初回での天道の自己紹介には正直ビビった。
「大金持ちになりたいから経済学部経営学科に入りました」
だぜ。ゼミ飲みでの砕けたノリとかじゃないぜ。普通に講義室で、今日初めて会ったり話す人がいる中でだよ。荒木教授が「僕は大金持ちになれてないけどねえ」と呆れてた。で、そこで「敢えてなってないだけじゃなかったんですかっ」と天道。なんか、ここまでくるとこいつが一番、経済学に真剣なんじゃないかという気分になった。
そんな大金持ち第一希望の天道が、目の前で突っ伏してあーあー言いながら頭を左右に振っている。汚いからやめといた方が良いと思う。ポテチのカスとかあるし。皆はデュエル終わったらテーブル拭いて帰ろうな。
どうすっかな。
いうて自業自得だしなあ。
俺が悪いわけじゃないよなあ。
「むっかっつくっ」
天道が立ち上がった。天板が跳ねる。椅子が後ろに倒れる。『遥ドラ』の箱が滑る。俺はデッキを死守する。隣のオタクが手札を伏せたのが見えた。まずい。俺は立ち上がって「すいません」と頭を下げた。大人しく座ってくれた。サンキューオタク。次は天道をなだめなきゃ。向き直って「落ち着け」と両手で空気をプッシュ。どうどう。天道は背後に倒れた椅子の背を掴んで直すと、垂直落下するように腰を下ろした。なんか、カドショでこういう座り方する奴いないよな。天道、関節がしっかり直角に曲がって、ぶれてない。体幹ってやつか。そのまま、きりっ、きりっと腕を組んで俺を睨み、鼻息を噴く。
「いいだろう。欲かいて騙された俺が悪い」
まったくもってその通りだが。
「だけど」
「なに」
「どうやって騙したんだ」
スマホポチポチして、だけど。
「Xのトレンドになっていたよな。超強力で、しかもイラストが美麗なカードが収録されている『遥かなるドラゴンの日々』が高騰しているって。あれはなんだ。どういう組織のパワーでああなっていたんだ」「組織とかはいない」「何もなしであんな統率されるわけない。絶対、何かある」「陰謀論やめろ」
俺は頬を掻いた。
「まず『遥ドラ』自体はずっとネタにされてたんよ。福袋常連の塩ボックスって」
俺も、去年、掴まされた。〈賀正!定価一〇〇〇〇円超確定絶対アド七〇〇〇円福袋〉で『遥ドラ』を二箱入れるな。せめて一箱だけにしてくれ。一体全体どこがアドなんだ。
「で、転売ヤーのことはみんな嫌い」
「なんで」
「当然だろ」俺は片方の目尻をぐいと上げる。「逆に、なんでプレイしないでカード買い占める連中を好きにならなきゃいけないわけ。カードってのは、遊ぶためにあんだよ」
天道が目を潤ませた。泣くな。
「とにかく、そういうわけで悪ふざけで転売ヤーに買わせようぜ的なノリが継続的にあった」
「継続的」天道はオウム返しをしたあとに「『遥かなるドラゴンの日々』が発売されてからずっとってことか」
「そうだね」
「なら、なんで今さら、こんな盛り上がったんだ」
確かに。Xで俺のアカウントIDを条件にして『遥ドラ』で検索したら多分、二か月に一回は転売ヤーを、このネタで煽っている。現在の対戦環境への愚痴よりも擦っている。そもそも最近、環境コロコロ変わりすぎて追い切れてねえんだよな。ショップ大会くらいなら多少、流行りに乗り遅れてても勝てちゃうし。
「トニータピオカさんが乗ったのがデカいかなあ」
「誰だよ」
「〈決闘王〉専門ユーチューバー」
チャンネル登録者数は五〇万人を超える〈決闘王〉の公認インフルエンサーだ。公式から貰った新情報を解禁日に最速で拡散してくれる。ちなみに俺は初期からのファンなので、Xでは相互フォロワーである。これ自慢。ともかく、この人がふざけて、一気にバズッたのが今回。のような。気がする。
「そんな影響力あるのか」
「まあまあ。トニーさんが使ったカードは値上がりしたりするし。ちょっと前まではユーチューバーじゃなくって、まとめブログとかで流れができたりしたんだけど」
「株みたいだな」
「大体おなじ」
カード投資という単語を出すと、隣のオタクがまた立ち上がりそうだから、やめとく。
天道がテーブルに肘をつけ、指を立てて頬を何度か叩いた。「成る程」と言う。ようやく落ち着いたか。俺もため息を吐いた。
「その、トニーさんが使ったカードを買うって人は、プレイヤーなんだよな」
「そうだね」
「じゃあ、売る人はどういう人なんだ。売る人がいるから、カードを買えるんだろ」天道はショーケースのエリアを見やった。「売る人は全員、転売ヤーなのか」
「プレイヤーも売るけど」
あと、ショーケースに並んでシングル売りしているカードは店側がパック剥いて出している場合もある。
「それは転売ではないのか」
天道が唇をひん曲げた。俺も負けじとひん曲げる。
「そもそもトレカって、トレーディング・カードゲームの略だからな。欲しいカードは手に入れて、要らないカードは欲しい人にあげるのが思想の根底にある。プレイヤー同士がそれをするのは健全だろ」
経済学部生らしいことを言ってやったぜ。
「つまりソータも売ったり買ったりしてるんだよな」
「そりゃ、ね」
「たとえば」頬を叩いていた天道の指がこめかみの辺りまで上がっている。「一万円で売られている激レアカードが当たったとするじゃん」「一万くらいなら激レアってほどでもない。ボックス三つくらい剥けば出てくるレベル」「じゃあ一〇万」「ならよし」「オーケー。で、そのカードはソータのデッキには要らなかったとする。そうしたらどうする」
「初期キズと白欠けが無いか見る」
天道が「しろかけ」とオウム返ししてきた。俺はため息を吐く。
「工場から出荷された時点でキズがついちゃってたり、掠れてることがあるんだよ、カードって。あると価値が下がる」
天道の額にシワがよった。この程度の常識も知らないのか。素人め。
「えーっと、つまり、そういうチェックをして、売るわけだ」
「まあね。そんで欲しいカードを買う」
「それは転売じゃないのか」
「売るためにパック買ってるわけじゃないからな」
「でも高いカードが出たら、金になるから嬉しいわけだろ」
なんか堂々巡りになりそうだな。俺はプレイヤーだって言ってるだろ。レスバしてやろうか、おい、と前のめりになった。そのタイミングで「ソータ」と言われる。
「俺に〈決闘王〉の遊び方を教えてくれ」
いいけど。別に。プレイヤーが増えてくれるなら、それに勝る喜びはない。
が。
「なんでまた、いきなり」
天道は唇を尖らせた。
「四〇箱あんのよ」
「知ってる」
「もったいなくね」
成る程。
「じゃあ、まずデッキ買ってこい」
「デッキ」
オウム返しに呆れる。デッキすら知らねえのか。
「ゲームで使う自分用のカードのセットをデッキって言うの。これがないと始まらない」
「えっ、よく分からないけどこれだけじゃそのセットつくれねえの」
天道が『遥ドラ』を掴み上げ、箱の裏面を覗き込んだ。
「一パック五枚で、えっと」「一箱三〇パック入ってる」「一五〇枚もカードあるだろ。これで遊べないの」「遊べなくもないが必須カードは入ってないから、弱い」
あと繰り返すが、そもそも『遥ドラ』のカードが雑魚い。
「構築済みデッキがレジ横にぶら下がってるから買ってきな」
「了解」
「ちゃんとした箱に入ってる公式のやつね」
〈パープルヘイズ〉は店オリジナルの構築済みデッキも置いてある。どこのカード屋もそうだけど、デッキレシピに沿って、シングルで買ってった方が絶対に安く組めるの、良くないよなあ。レシピと手間代なのは分かってっけど。
「漫画のキャラ描いてあるやつにすればいいんだな」「アニメな」「ごめん」「それならどれでもいいから」言ってから「あっ、嘘吐いた」と言い直す。
「公式のでも『ライジング』って名前ついてるのは駄目」
「なんで」
「今は使えないカードが入っている」言ったあと、不親切かと気づく。「毎年六月末にレギュの切替があんだけど、そこで禁止カードが発表されんのね。強すぎるカードがその扱い受ける」
「禁止って、使ったら逮捕でもされんの」
「捕まりはしない」流石のオタクたちもそこまでは要求しない。「公式の大会で使えなくなる」
天道はデュエルスペースを見渡すみたいに首を振った。俺も視線を追う。オタクたちが楽しそうにデッキをしばいている。あ、あそこのテーブル《機械化炎帝龍》出てんぞ。懐かしすぎる。俺らが幼稚園の頃のカードだろ、それ。
「こういう場では使ってもいいの」
「いいけど、基本みんな公式大会ルールに合わせるよ」
「じゃあ、禁止になったらもう、そのカードはゴミみたいなもんなのか」
「まあねえ。〈決闘王〉の公式って滅茶苦茶だから《シャイニング・ブラッド》みたいな初代からの汎用がいきなり禁止になったりするんだけど。あり得なくね。今じゃ一枚、三〇〇円とか五〇〇円よ」
「お、おう」
「《シャイブラ》が打てない〈決闘王〉って〈決闘王〉って感じしないよなあ。そりゃ、まあファースト・デュエルで《シャイブラ》ぶっぱなすのが全デュエリストの儀式みたいになってんのは良くなかったかもだけどさ。あ、ファースト・デュエルって何なのかから説明しないと駄目か。〈決闘王〉ってのは、大まかに言うとファースト、セカンド、サード、フォース、ラストの全五回、モンスター同士を戦わせて、勝利ポイントが多い方が勝利するカードゲームなんだ。三往復、準備ターンをしたあとにデュエル・ターンへ進んで、選んだモンスターを決闘させるんだね。単純な勝ち越しじゃなくって、勝ったらもらえるポイントが一戦ごとに倍になっていく。だから速攻で前半で勝ち越して終わりか、マナ溜めてラストにパワーカード出してドカンと捲るかの駆け引きが生まれるんだけど。ちなみに俺の一軍デッキは速攻とコントロールを掛け合わせた【ガン・アンド・ラン】。えっと、ガンっていうのが速攻、ランはそこからラストスパートまで走り続けるって意味ね。前半で勝ち星を拾いつつ布石を張って、後半はサポート・モンスターやスペルカードで相手の勝ち筋を潰していく。フォース・デュエルとラスト・デュエルを、いかに引き分けに持ち込むかがポイント。まあ、プレイング、特にマナ管理が難しい玄人好みの構築だから初心者にはオススメしないね」
ふと見たら、目の前から天道が消えていた。
立ち上がる。捜す。いた。レジに並んでくれている。良かったあ。
と、思ってからの。
ちょっと待て。手に持っている箱、『黄金の刃』じゃん。そのデッキは素人には扱えないぞ。ロマンはあるけどピン差しのカードばっかで、まともに回らない。
俺は駆け出した。
サード・デュエル
で、数日、教えて、遊んでやって、びっくり。天道、普通にセンスが良い。なんだこいつ。でもよくよく考えると陽キャってスマブラでもスプラでも、なんか普通に上手いもんだよな。ずるくねえか、なあ。とはいえど俺が組んでやったデッキの方向が良かったってのもでかいんだけどね。【キャッチ・アップ】。ファーストやセカンドは捨ててラスト・デュエルで一気に追い上げるのを狙う構築。
「どかんと大逆転ってのが良いよな」
と、まあ、天道本人もかなりノリノリ。初心者向けならコスト軽いカード中心に組んで逃げ切り狙う速攻タイプも分かりやすくはあるんだけど、いかんせん『遥ドラ』って、コスト軽いモンスターはマジでゴミばっかで使い物にならないから。いや、コスト重いは重いで上位互換のもっと良いカードあんだけどね。いいんだよ。ファンデッキみたいなもんだから。
しかし大学の食堂でデュエルをするはめになってしまったことについてはまいったね。
「いちいちカードショップ行くの面倒じゃね」
天道は平然と机上にプレイ用セットを置く。プレイマットにデッキ、デュエル・ターンまでの残りターンを数えるカウンター。
「ってか、みんな食堂でやってんし、そういうもんなんじゃねえのか」
確かにそういうタイプのオタクもいるが、俺はマナー守るタイプのオタクだ。食堂でデュエルはしないし、カドショでデミグラスソースかけオムライスは食わない。マックとケンタも持ち込まない。天道は「そういやソータはやってなかったよな。だから俺、知らなかったんよ、ソータがカード好きって」とか言う。そこ観察できてんのかよ。そして、こいつはその上でオムライスの横にプレイマットを広げる。飯食いながらのデュエルだけはやめようと説得した。カードが汚れかねない。
しかし、天道、本当に他人の目を気にしない。ほら、女子に挨拶してんぞ。カード片手に「お疲れ。今日の飲みどこだっけ。あーはいはい」じゃねえよ。なんて奴だ。ってか、このスーツからしてそうなんだよなあ。俺がこいつのことを知ったのはゼミ入ってからだけど、友達もゼミ仲間もホストやってんじゃねえかって噂してた。それが天道に聞こえた。「やってみたけど、地味だったから辞めたわ。もっと、どかんと稼げると思ってたのに」とか返してた。どういう神経だ。そして、じゃあなんでそんなスーツ着てんだ。今も叫んでやがる。「赤マナを一三タップ。俺は《オーセンティック・バタフライ・ドラゴン》を召喚するっ」えっ、タンマ。《オセバタ》出んの。
うわっ。
俺のサポートとマナが壊滅。
まずい。ファーストとフォースは俺が取っててサードが引き分けだから、こっちの点数は一三。天道はセカンドの勝利とサードの引き分けで現時点で七点だから、ラスト取られたら逆転される。捲られる。
そして最後のデュエル・ターンまでカウント・ワン。俺は置けて一マナだから、デュエル・フィールドにまともなモンスターは用意できない。《オセバタ》にやられるとか屈辱だぞ。試しに組んでみた三軍の【グリーン・アタック】デッキとはいえ。一軍の本気【ガン・アンド・ラン】だったら絶対こんなことにはならないとはいえ。《まじかる・レディ》をフォースまでのどこかで確実に出せるからね。マナを潰したら《オセバタ》なんて出ようがないのにな。いや、なに、既に負け惜しみをしている。諦めるな。あいつは《オセバタ》を出してマナをほぼ使い切っている。一度使ってタップしたマナは原則、次のデュエル・ラウンドが始まるまでアンタップできない。つまり、俺がこれから何か打てば、天道はそれに対抗できない。だから。その何かを、これから引くのだ。いける。俺なら引ける。「ターンもらいます」宣言は忘れずに。さて、決めるぞ。決死のドロー。七色に光れ、我が右手。
おおっ、きた。
「マナ・フェイズ、緑を置きます」ぱちん、と勢いよく音をたてる。「この緑マナを使ってスペル《一振りの骰子》を発動。対抗ありますか」前に身を乗り出し、天道へ顎をやる。「ないですね」よしよし。「《一振りの骰子》の効果でデッキをトップから六枚めくり、その内の一枚を手札に加えます」デッキはもうだいぶ薄い。六枚もめくれば確率的にはほぼ確実にあれを引けるはず。ほらっ。「《フォレスト・シールド》を手札に持ってきます。サポート・フィールドに配置します。これでターンをエンドし、カウントを進めて」カウンターを指で弾く。かちっ。「デュエル・ターン。俺のデュエル・フィールドにモンスターがいないので《フォレスト・シールド》の効果を発動。手札とサポート・フィールド上の《フォレスト・シールド》以外のカードを全て破棄することで、このラウンドを引き分けにできます。対抗ありますか。ないですね。よって、ラスト・デュエルは引き分け。お互いに五ポイント。最終スコア、俺は一八点で天道は一二なので、こっちの勝ちです」
き、気持ちいいっ。
今引きで、ピン差しのサーチ引いての大逆転。「どうだ」言いながら顔を上げた。切り札を出したにもかかわらず、この結末。さぞ悔しかろう。泣いてもいいぞ。クソゲーと喚きたまえ。
天道は「あらー」と言った。
あらー。
「負けちゃったかあ」
もっと泣き叫べよ。いつもこうなんだよな。ぶっ倒し甲斐がない。俺はため息。
「もう一戦やるか」
「いや、悪い。今日は帰る」
即答された。
「今日バイトだっけ」
「いや、違うけど、ちょっと、やることがあってね」
天道は、にやつきながら前髪の位置を直すと、カードとプレイマットをビジネスバッグへ投げ入れ手を振り去っていった。なんだね、やることって。デュエルより大事なことがこの世にあるのか。
二日後に分かった。
Xのタイムラインにポストが流れてきたのだ。
〈普通に決闘王にハマってしまった元転売ヤー系ユーチューバー……わりと好感もてるぞw〉
貼られていた動画のサムネに、大量の『遥ドラ』を抱えた天道のドヤ顔が見えた。
なにしてんの、あいつ。