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フォース・デュエル

 

 天道の動画のうち、最初にアップロードされた二つには、ご丁寧なオープニング映像が用意されていた。なんか良い感じにノリが良いリズムの、多分ギターが鳴ってる、ロックっぽいBGMにのって、天道の顔が大写しになったり、山積みの『遥ドラ』が映ったりする。ユーチューバーっぽいけど、TCGトレーデイング・カード・ゲーム系ではこういうのあまり見ねえぞーと思ってたら、第三回でなくなって『はい、どうも。〈遥かなるキンデュエチャンネル〉のヘブンロード天道です』と挨拶から始まるやつに切り替わってた。なんか黒い革張りのソファに座っていて、背景のラックにはカードが積まれてて横に間接照明が置かれてる。あいつ、こんなオシャレな家に住んでんの。どん引くわ。

『今日もですね、うちのチャンネル名にもなっています、この「遥かなるドラゴンの日々」について考察を深めていこうと思っています。今回はこちら』天道が机上にあるカードをめくる。ジャングルに並ぶ木々の天辺からモンスターたちが飛び出ている絵柄のカード。これは。『《噴出する野性》っ。スペルカードで、レアリティは超レアです』

〈決闘王〉のカードには究極レアからコモンまで、数段階のレアリティがあって、上にいくほど一箱から出てくる枚数が少ない。超レアは一箱から三枚でてくる。究極レアは一箱から一枚だから、一見、超レアの方がしょぼいと言われる。俺も小学生の頃はそう思ってた。でも、超レアのが値上がりはしやすい。狙ったカードを引けるかという観点だと、実は超レアの方が難しいんだよね。究極レアは一シリーズにつき三種だから、複数箱買ってれば、割とコンプできる。でも超レアって、一シリーズにつき十種あんのよ。要らんやつばっかダブって、結局シングル買いとかザラ。とはいえど、《噴出する野性》は。

『今、〈カードショップ・パープルヘイズ〉さんの通販サイトでの取引価格を見ますと、一枚、なんと二〇〇円であります』

 画面の向こうで天道が効果音つきで言ってる通り、値段はついていない。安心の『遥ドラ』産。

『効果自体は強いと思うんですよ。自分のサポート・フィールドとデュエル・フィールドに存在する、緑マナを使用して召喚されるモンスターの攻撃力に次のデュエル・ラウンドまで五〇〇ポイント加算する。デュエル・ラウンドがフォース・デュエル以降の場合は更に一〇〇〇加算。一五〇〇ポイント攻撃力上げれるなら、大抵のデュエルは勝てちゃうんじゃないすかねえ』

 厳密な言い方ではないなあ。妨害カードが沢山ある現代〈決闘王〉において、攻撃力の高低それ自体は、そこまで重要じゃないから。『しかし、そんな強カードが何故、安いのか』はい、続きどうぞ。天道がもう一枚、カードをめくる。やっぱりな。羽の生えた妖精が、人間の掌の周りを舞っているイラスト。お馴染みのあれです。

『《リリィの加護》。このカードが存在しているせいです』

 知ってる。常識。

『これがですね、まず、対象にできるモンスターの指定がない上、効果がもっと強いんですね。次のデュエル・ラウンドまで攻撃力を一律で二〇〇〇アップ。フォース以降とかのラウンドの発動できる指定はないです。必要なマナは三つで、緑二つの《噴出する野性》よりも重いんですが《リリィの加護》は無色マナなので、そりゃ、こっちのが使いやすいってわけで』

 しかも《リリィ》が登場したのは一〇年前のパック『妖精たちの防衛線』。正直言って、〈決闘王〉公式がどういうデザインで《噴出する野性》を考えたのか意味が分からない。こんなことをするなら大人しく《リリィ》再録しろ。

『しかし、《噴出する野性》が《リリィの加護》に勝っている点が一つあります』

 ないだろ。

『値段です』

 あっ、確かに。

『さっき言った〈カードショップ・パープルヘイズ〉さんの通販ですと《リリィの加護》はなんと、三〇〇〇円。これ、光ってないコモンカードですよ』いや、ホイル加工されてないのはそうだけど、コモンではない。別のレアリティだ。コモンよりは出にくかった。『ということで、今回の動画では安い《噴出する野性》をジェネリック《リリィの加護》として使うというアイディアをご提案させていただきます』

 こんな感じ。続いたデッキ構築タイムは、悪くはないけれど、まあ、そうなるだろうなって雰囲気で、ネットにいくらでもレシピ転がってそう。個人的には《リリィ》じゃなくって《噴出する野性》じゃなきゃいけない理由を少しでいいから作ってほしかった。まあ、ないんだけどね、そんなの。《リリィ》で安定が過ぎる。でも、率直に言って、面白かった。ってか、天道、ハキハキ喋るし、声質が良いから、その時点で並の〈決闘王〉ユーチューバーたちをごぼう抜きできている。その上、しっかり字幕もあるのでパーフェクト。視聴体験が良い。高評価。

「見たぞ、ユーチューブ」

 次の日の食堂デュエルタイム、言ってやった。天道は恥ずかしがることなく、細い目を更に細めて「どうよ」と手札を全て場に伏せて身を乗り出した。内緒でやってたんだから、恥ずかしくないのかね。

「《リリィ》のレアリティはアンコモンだ」「そうなん」「あと、後半、《マナ・パーティ》で青マナを三つ持ってきてたけど、《マナ・パーティ》で発生させられるマナの色は墓地のカードによるから、マナ出せない」「えっ、マジ」「あと、プレイングとして」「オーケーオーケー」天道は片手を上げた。なんだ、これからお前があそこで《閃光点フラツシユ・ポイント》を打ったのはおかしいと話してやるところだったのに。

「そういうのではなく」

「どういうのだよ」

「面白かったかどうか」

 俺は一回、手札のカードをパチらせた。

「まあ、結構、楽しかった」

「おっしゃっ」

 天道、ガッツポーズ。デュエルで勝った時には見たことがない喜び方。

「そんな嬉しいか」

「ソータくらいガチで〈決闘王〉やっている人が面白かったなら、十分だ」

 天道は笑いながら伏せていたカードを取り上げ、ゆっくり、めくるように整えた。

 十分。

 ちょいと、言い回しに、引っかかったけど、俺はデュエルを続行した。無論、勝った。

 恐ろしいことにヘブンロード天道の〈遥かなるキンデュエチャンネル〉の動画投稿は休まず進んだ。チャンネル登録者数もガンガン増え、切り抜きキャプチャもバンバンバズった。快進撃。が過ぎる。そりゃ、面白い動画をまめに投稿すりゃウケるんだよな。当たり前ではある。天道がボックスを舐めるフリをする写真に〈『遥ドラ』はしょっぱくないっ〉とでかでかとテロップをあてたサムネの動画は、かなり伸びて、俺の、オタク用に運用してない方のXアカウントにまで回ってきた。界隈の外まで盛り上がってきたのは、凄い。こういう盛り上がり方をすると、ティックトックやユーチューブ・ショートに動画の切り抜きが無断転載とかされて、本当、結構いたるところで天道の顔を見る羽目になったりする。見渡せば天道。勘弁して。

 しかし、このバズにのってか、〈決闘王速報〉や〈キンデュエちゃんねる〉あたりのまとめブログが復活したのはビビったよね。ユーチューブの台頭で完全に消え失せたと思ってた。ブログ記事自体はポストをまとめていくだけで広告だらけだったけど、あれ、やっぱAIなんかな。更新しなくなったからといってフォロー外すマメな〈決闘王〉プレイヤーなんていない。急にタイムラインに〈最新記事 まさかの『遥ドラ』再評価か!?〉みたいなブログ更新告知のポスト流れてきたもんだから衝撃だった。

 チャンネルの売りはやはり『遥かなるドラゴンの日々』ネタ。《噴出する野性》と《リリィ》でやったような、『遥ドラ』カードと上位互換とされるカードの比較みたいな動画が特に多かった。これ、キラーコンテンツになるのは、そうなんだよな。オタクはみんな好きよ。見ながら「いや、そこで比べるカードはそれじゃないだろ」とか口出したくなるけど、それをコメントに書いたら、コメ欄がこれまた盛り上がるしなあ。ってか、それ狙いだったりすんのかな。だとしたら上手すぎる。

 特にビビったのは、トニーさんとコラボしたときだよね。『トニータピオカさん、どうして俺を騙したんですかっ』と『遥ドラ』の箱を抱えながら詰め寄る動画。

『別に騙してないでしょ』

『スクリーンショットが残っているんですよっ』

『そこに書いた通り、『遥ドラ』は良いボックスだよ』

『俺の目を見て言ってくださいよ』

 トニーさん、ここで露骨に目を逸らすのが上手い。

『転売で儲けようとする奴が悪いよ、きみっ』

 結局そう叫んで、天道を撃退したあと、天道の『遥ドラ』デッキとデュエルをする。『遥ドラ』デッキ言うけど、結局、俺が組んでやった【キャッチ・アップ】なんだけどね。おう、レシピ料はらえや。実際、金もらいたいくらい、天道の『遥ドラ』デッキが活躍しているんだよな。他の〈決闘王〉ユーチューバーとのコラボでもそうなんだけど、何より天道、これでショップ大会で優勝をしやがった。

〈やりました!みなさん、遥かなるドラゴンの日々は弱くないんやでー!!!〉

 Xでポストが流れてきてビビったね。何がビビったって、そのポストに載せている写真がデッキケースを頬につけている、天道自身の顔のドアップだったこと。いやね、天道くん。大会優勝した際のポストのマナーは、デッキレシピの公開だよ。

 まあ、勝てる勝てないで言うと、結構勝てるよなあ。八王子周辺なら、ショップ大会は少なけりゃ数人、多くても三〇人いくかどうかの規模。小中学生も参加してくるだろうし。温いデッキはほぼ確実に仕留められるくらいには俺はしっかり組んでやってる。ブン回って『遥ドラ』収録カードが、まさに上位互換カードのジェネリックみたいに動いてくれたらガチデッキだって下せるはず。これが夏や冬のチャンピオンシップ直前なら、また違うんだけどね。競技ガチ勢が調整のため小規模な大会にもガンガン出てくるから。今は六月。末にはルールの改定も控えている。ショップ大会には競技勢も遊びのデッキを持ち込む。それでも、うん、ようやっとる。

 ともばかり言ってられなくなった。間もなく。

 天道が食堂デュエルに乗ってこなくなった。「わり、いそがし」と言って大学終わったあとや、空き時間にいなくなる。まあ、あれだけ動画をあげているのだから、撮影も動画も忙しいかとは思う。けれども、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、寂しい。デュエルよりもユーチューブが大事ということですか、結局は。

 あー。

 ってか、そういうことか。

 ユーチューブ、そろそろ収益化いけそう。正確には収益化した結果、しっかり金を稼げているという気持ちにはなれそう。一動画で数千再生は安定してあって、たまに万にいく。確か、月間で一〇万再生いけば数万円くらいはもらえるんじゃなかったっけ。

 数万円。

 俺は、少し、考えた。

 そのあと、カドショに行って、さらに、考えた。

 いつものルーティンでショーケースの前に立ったところで「ソータさん、ソータさん」と知り合いのオタクの一人が肩を叩いてきた。「どうも」と頭を下げたところで、オタクが「これ見てくださいよ」とショーケースの中を指さす。めちゃくちゃに楽しそうな口調だ。気持ちは分かる。ショーケース前は俺たちの社交場である。ここであれが上がった、これが下がった、これ安い、これ高いを話しているときが一番幸せ。俺はにやけながらオタクの指先を追って「おおっ」

《噴出する野性》と《オセバタ》、それから、もう何枚か『遥ドラ』のレアカードが並んでいる。ショーケースなんて晴れ舞台に並べてもらえるようなカードじゃなかっただろ、君たち。シンデレラか。

 貼られている値札を見て一ミリくらい身を引く。一枚五〇〇円。「二倍以上ですよ、ソータさん」オタクが嬉しそうに言った。俺も「なんてこった。ボックス買い占めないと」と応じる。スマホ出して、メルカリにざっと目を通した。トレカ市場で、最も正直で速いのは、カドショよりもフリマやオークションサイトだ。ちょっと情報が出ただけですぐ動く。五〇〇円で売れていた《オセバタ》があったが、大体は三〇〇円、四〇〇円くらいの出品だ。それでも大高騰、ではある。前までは一〇枚五〇〇円で売れたかも怪しい。

「俺もネタで『遥ドラ』デッキ組もうか、ちょっと悩んでるんですよね」「なら、ショーケースじゃなくてストレージを漁れば、出てくるでしょ、まだ」言ってから、俺はまだ、と口の中で転がした。つい、言ってしまった。まだ。何が、まだ、だ。

「しかし、この高騰、やっぱ、ヘブンロードさんのパワーですかねえ」

 このオタクは、当然、俺と天道の仲なんざ知らないのである。黙っていると「ショップ大会でも結構、『遥ドラ』デッキ優勝してるみたいですからね」と言ってくる。

「あー、ヘブンロードさんが呟いてましたね」

 ヘブンロードさん、言いづれえ。何がヘブンロードだ。ってか、英訳として合ってんのか。

「いや、ヘブンロードさんに限らず、色んなとこで」

「マジすか」

「らしいですよ」

 オタクはスマホを出して、ちょっと操作して、俺に見せてくる。〈決闘王〉ショップ大会の結果まとめwikiだ。そういうページがある。別に公式のものではない。大会の結果と、その際のデッキレシピを各プレイヤーたちが打ち込んでるだけ。みんなでつくるポータルサイトなのだ。しかと覗き込む。うおっ、確かに。直近の優勝レシピの名前に『遥ドラ』がついているものや《オセバタ》を利用したものが目立つ。

 だけど。

「これおかしくないすか」

「なにがです」

「元八王子に〈パープルヘイズ〉なんてないでしょ」

 ってか、元八王子って八王子城のあたりっしょ。山の中じゃん。カドショなんてないだろ。ググる。やっぱり出てこない。〈ドラゴンリバー 中野店〉も変だな。確かに中野にはあったけど潰れてたはず。オタクにスマホを支えてもらったままスクロールしていくと、なんだか、どの店もそんな感じだ。妙だ。えーっと。つまり。

 捏造。

 誰が。そんなことして、何になる。何が起こる。

『遥ドラ』カードが値上がってる。

 掌が汗ばんできた。気持ち悪いなあ、もう。自分の手を見やって、天道のガッツポーズを思い出す。ほら、動画について話したときのさ。俺みたいなガチのオタクが動画を面白がってくれるなら十分。そんなこと言ってたじゃん。

 何に十分。

 動画の収益化、アンド、『遥ドラ』の値上がり。

 それらが発生する程度の人気を作り出すのには十分、ってことか。

 そこに、ショップ大会でも『遥ドラ』が結果を残しているという情報が乗れば。更に。

 

(つづく)