第1話 ころびうる
ファースト・デュエル
カドショに入るとき特有の申し訳なさ、あれ、なんだろうね。世界に対して謝りたい、みたいなさ。大学生にもなってカードしばいちゃって本当すいません。まーじでごめん。
俺が気にしすぎってわけでもないでしょ。実際、周り見ても意気揚々と入店してくるのなんて小学生くらいじゃん。中学生より上になったら、もう俯いちゃって、ビルに入ってきて、エレベーター待って、乗って、降りるまで、ずーっとスマホ見てる。いやね、今の俺がまさになわけだけど。エレベータータイムはツイッター、未だにそう言っちゃうよな、を開いて、タイムラインざっと遡って旬のトレカ情報をチェックする。
〈尼の『遥ドラ』枯れてるじゃんw〉トップにそんなポストが出てた。Amazonのスクショが貼ってあって、その画像では確かに『〈決闘王〉拡張ブースターパック 遥かなるドラゴンの日々』のボックスが〈一時的に在庫切れ〉になっている。ウケる。俺はポストにいいねした。それからリポスト。ツイートじゃなくてポストってのは、なんか慣れちまったんだよなあ。不思議だ。いいねも元々はいいねじゃなかったんだっけ。〈マジかよ『遥かなるドラゴンの日々』が遂に転売ヤーに知られちゃったのか。必須パックだから倍値でも買わないと……〉と自分でもポストしたところでエレベーターが七階に着く。降りたらもう〈カードショップ・パープルヘイズ 立川店〉の店内。
ちょいとスキップ。いうて、ぴょんと跳ねただけ。
〈決闘王〉に〈遊戯王〉、〈デュエマ〉と〈ポケカ〉更には〈MTG〉。それぞれのカードがずらりと並ぶショーケースで道が作られている。カドショ特有の景色。冗談抜きに一万回見てるけど、やっぱりワクワクしちゃうよな。通路が狭いのが良いんだよ。いや、別に良くはねえけど。人と人がすれ違えないわけで。ほら、オタクってパンパンのリュック背負っているからさ。俺も当然、装備してるし。あと夏が近づいてきているせいで、どことなく臭い酸っぱいし。まあ、でも好きなんだってば。さて、今日の新入荷チェックのお時間だ。どうせキチっと値付けされてるんだけどね。うおっ《エンジェル・ブラッド》が一枚三〇〇〇円。嘘だろ。こんなんストレージでも普通に拾えてたじゃん。《シャイブラ》が使えなくなったから、しゃあないけど。いい加減にしろよなあ、公式。
「すいませんっ。『遥かなるドラゴンの日々』、あるだけお願いします」
レジの方から聞こえてきた声に驚いた。内容ではなく、声に対してね。聞き覚えがあった。カドショじゃなくって、大学でね。見てみると間違いない。天道紅哉がそこにいた。例の如くスーツ姿だ。リーマンとか就活生の着るやつじゃなくって、生地のラインが主張強い、きりっとしてる感じのやつ。カドショにきりっと来るなよ。ネクタイは緩めろ。ネクタイピンは捨てろ。スーツとシャツにはしっかりシワつけろ。店員が『遥ドラ』のダセえ箱を台にせっせと積み上げている。ワンカートンはありそうだ。そりゃ、それくらいの在庫はあるだろう。
で。
つい、レジに駆け寄っちまった。
「やめとけ」
肩を叩いて、瞬間、もう、後悔していたね。天道が振り向いたときには既に後悔が諦めに変わっていた。「儲からねえぞ」言ってやる。天道は目を見開いた。二秒くらい。いつもは眉と同じくらい細い目してんのに。「儲からないってなんのことだい、ソータくん」と口をすぼめた。くん、ってなんだ。基本、呼び捨てしてるだろうが、お前。「転売する気っしょ」「失礼な」「ネットで見たんだろ。今、そのボックスがアツいって」「そ、そうなんだ。話題なんだね。知らなかったなあ」「それガセだから」
天道の、目の横に垂らしている髪が揺れた。
「『遥ドラ』なんて誰も買わねえぞ。売れなさすぎて余りまくってんだから、これ」
天道は一歩、さがった。それから、顎の辺りに手を当てて、首を小さく前後左右に揺らしたあと、踵を軸に、きっかり一八〇度、身体を回した。「失礼」と、まだガンガン『遥ドラ』積み上げている店員へ掌を向ける。高いレストランでウェイター呼び止めるみたいな優雅な声色で宣言。
「一旦キャンセルで」
そんでまた一八〇度ぐるり、俺の肩を掴んできた。爪、立ってんぞ。痛い。見れば、天道の足元にボストンバッグがある。パンパンに膨らんでる。あーあ。手遅れっぽい。
「詳しい話を聞かせてくれ」
打って変わっての早口だった。
取り急ぎ、テーブルの並ぶフリーデュエルコーナーに避難する。マナーとして机上にデッキは出しておく。ここはデュエリスト同士の熱い対戦のための空間なので。いや、まあ、一人回しとかパック開けるためとか、駄弁るために使ったりもするけど。でもここでマックやケンタ食う奴だけは許さねえからな。別に飲食禁止ではないけど臭いは出すな。向かいに座った天道はしかし、こうした血走ったデュエリストたちのオーラをちっとも感じられてないらしく「オーケーオーケー」と大きく腕を広げた。でも、唇は少し引き攣っている。びくびく。らしくねえなあ。
「オケオケオーケー。俺の認識がどこまで合っているか、確認させてくれるか」
「どうぞ」
「まず〈決闘王〉とは二〇〇〇年に最初のパックが発売されたトレーディング・カードゲームで、現在に至るまで販売が続けられている」
「そこから説明すんの」
しかもなんだ、そのかしこまり方。Wikipediaか。
「いや、俺、なんも知らなかったからさ」
「小学生の頃にやんなかったか」
「あいにく」
天道は厳かに首を振る。これだから陽キャは。
「で、『遥かなるドラゴンの日々』は二年前に発売された拡張パックだ」
天道はボストンバッグのジッパーを開けて、中から一箱、取り出した。ちゃんとシュリンク付きだ。
「そうだね」
「もう出荷がされてない、いわゆる絶版ボックスで、公式通販とかでも手に入らない」
「そうだね」
「故にどかんと値上がりまくる」
「まあ、値上がりまくってる絶版ボックスはある」
「『遥かなるドラゴンの日々』には強力なカードが目白押しである」
「そんなことはない」
天道は「はあっ」と大声をあげた。やめろ。ここで奇声をあげていいのはデュエリストだけだ。ほら、隣のテーブルのオタクが怪訝そうにこちらを見てきたぞ。
「いや、たとえばこの、パッケージの」
「《オーセンティック・バタフライ・ドラゴン》」
通称《オセバタ》。
「そいつ。美しき蝶と力強き龍、相容れぬ二つの存在が合体した、〈決闘王〉史上、最も気高きドラゴン」
おい。
天道が詠唱したセリフに、俺の心臓が跳ねて、息が止まった。まさか、と思う。冷や汗垂らしている間に、天道は続ける。
「こいつは召喚したら相手フィールドのカードを全て」「召喚フェイズでデュエル・フィールドに通常召喚されたとき相手のサポート・フィールドとマナ・ゾーン上に存在するカードを全て、な」反射的にかましてしまった。「なんか違うのか」「裁定が変わる」「ともかく、全部破壊するんだろ。めちゃ強じゃん」
俺はため息を吐いた。
「《オセバタ》はコストが重いんだよ」俺はデッキケースのマジックテープを剥がす。「召喚コストが赤マナ一三。マナは基本的に一ターンにつき一つ、スペルとか使っても精々三マナくらいまでしか溜められないから理想的に加速させられても、フォース・デュエル以降でしか動けない。それならこっち使う」カードを一枚引き抜いた。我が相棒。「この《まじかる・レディ》ならセカンド・デュエルから動けて、かつラスト・デュエルに至るまで腐ることもない。全破壊ではないけど、表裏関係なしに指定で二枚割れるなら十分。あと、この重さで攻撃力が二五〇〇ってのが微妙だよな、《オセバタ》。上級モンスターの下限にはギリ届いてるけど。それから」
なんか静かだな、と前を向くと、天道が虚ろに口開けて「まな、ふぉーす、まじかる、せかんど、じょうきゅう、かげん」と繰り返している。やべっ。俺は咳払いをかました。
「ともかく、カードが弱いんよ、全体的に。正確には既存カードプールに上位互換がバンバカあるって感じかな。イラストもショボいし、剥いてもあらゆる面でアド稼げない。だから売れ残ってたの」
「いや、普通にかっこいいだろ、このドラゴン」
「そこは、個人の感覚による」
鼻の先にある角がバナナみたいだから界隈ではオセバナナとか言われてるけど。
「で、まあ、そんなボックスだからネタで持ち上げて、転売ヤーに買わせようぜってノリが先週くらいからあったのよ」
「嘘だろ」
「マジ」
天道は頭を抱えた。あと、すぐにまた顔をあげた。
「オーケー、オーケー。損切りするわ。さっさと売っちまおう」
スマホを取り出す。
「いくらで売るんだ」
「七かけ」
三五〇〇円か。定価は五〇〇〇。
「かなり痛いけど、塩漬けのがリスク高いからな」
「多分それでも売れないぞ」
天道がスマホを落とした。おお、画面からいったぞ。
「先月まで一〇〇〇円でワゴンに積まれてたようなボックスだから」
天道はまた頭を抱えたが、今度はなかなかあがらない。テーブルに吹きかけられた息が広がって俺の指先までやってくる。隣のテーブルのオタクがパチパチ手札を鳴らす音がした。なんだか満足気な響きだった。
「何箱買ったの」
「四〇」
二〇万円。
俺のバイトで換算すると二か月分。
口の中がやたらに乾いて、喉の辺りが苦くなってきた。
さっき天道が唱えた「〈決闘王〉史上、最も気高きドラゴン」うんぬん。あの文章、ポストしたの俺なんだよな。