第2話 うちでのこづち
現在スタート:1G
ボーナス:0
AT:0
自分の人生では縁がない、を超えて、縁なんざあってほしくないもの。誰だってあるよな。なんてことをわざわざ言っておくのは、俺にとってのそれっていうのがひょっとすると結構な人にとっては大好きなものかもしれないからでさ。怒らないでほしいんだけど、パチンコなんだよ、ぶっちゃけ。俺にとってね。あくまで。
もう一つ言っとく。無駄遣いをやめろみたいな説教はじめたいわけじゃないから。なんなら俺は無駄遣い推奨過激派だし。カードのオタクですので。自分を棚に置く恥知らずにはなれません。だから、そういう話じゃなくってさ。
なんていうか、不純じゃん。パチンコって、無駄遣いってわけじゃないんでしょ、むしろ。お金のリターンを期待して打っているわけで。楽しみたいよりも、そっちが先。それ、趣味としてどうなのよ。そのくせ最終的には金を吸い込まれて一切が無駄になっているわけだ。バカらしくないか。あ、トータルでは勝っているとか言うなよ。せめて、ちゃんとデータで見せてくれ。ちなみに俺は〈決闘王〉の公式大会戦績でトータルで勝ち越している。〈決闘王〉のプレーヤーズポータルで俺のIDを検索してみなさい。
さて。
常日頃そんな風に考えている俺がこうしてパチ屋を訪れているのは、勿論、致し方ない事情があってのこと。具体的に言うと金がなかった。バイト代が入るまで数日あるというのに大学の食堂に行くことすら遠慮する情けない懐事情。新発売の〈決闘王〉新弾の抽選販売で、応募した店舗すべてで当たっちまったのが運のツキだった。折角だからと全部買ったら案の定、数日後にはまともに暮らせなくなっちまった。しかもろくなカード当たんなかった。世界の全てから見放されている。誰か助けてくれ。
そこに現れたのが、よりにもよっての天道紅哉。同じゼミの同級生。今、俺の横に立っている。パチ屋の駐車場、例の如くジャケットからパンツまでラインの通ったスーツ姿、無論ネクタイもぴっしり。現在七月、酷暑日の正午ごろ。なに考えてんだか。背中に汗にじんでんぞ。
しかし、と、辺りへ視線を巡らせる俺の背は多分いつもよりも丸まっている。パチ屋っていうのは、なんでまた、こんなにでかいんかね。まず駐車場が何百台も駐められそうなくらい広い。いや、ちゃんと数えたわけじゃないから、いうて本当は百台くらいだと思うけど、と看板見ると〈デラックス・ワン橋本〉って店名の下に〈駐車場 350台〉って書いてあった。マジかよ。デラックスすぎる。見る限り、それが半分以上埋まっている。で、駐車場よりは面積は狭いものの、建物本体もそれなりデラックス。こっから半径五キロ以内のカドショを全部ぶちこんでもスペース余るんじゃねえかっていう面積で二階建て。上品な真っ白な壁を、ギラギラした色合いのクソデカ文字が印刷されたのぼりが取り囲んでいる。なんつうか、うへえ、ってなるよな。
「でかすぎね」
つい漏らすと、天道は「ロードサイドだからな」と応え、そのまま店の方へ進んでいく。俺は振り返った。まあ、確かに道向かいにあるファミレスも、でかいっちゃあ、でかい。でも同じチェーンは、八王子駅の前にもある。デラックスではないがパチ屋もある。
「なあ」ちょっと駆け足で天道を追う。「ここが勝てる店ってことか」
「んー、まあ」
天道、立ち止まらない。せめて、こっちを見ろ。
「わざわざガソリン代かけて来るだけの意味はあるんだよな」
さっき車を駐めた方向を顎で示す。トヨタの、シルバーのやつ。車種はわからん。所有しているのが天道紅哉なのか、天道家なのか、あるいは天道の知り合いなのかもわからん。とりあえずカーシェアやレンタカーではなさそう。あと運転が意外と丁寧だった。
天道は「んー、まあ」と繰り返す。やる気ねえな。
「パチンコ打つだけなら地元でもいいじゃねえか」
そこを、わざわざ車を出してきやがったのだ。俺らの住んでいる八王子から国道16号をくだって、山を越えて、相模原まで。
「パチンコじゃなくってパチスロ」「違うのか」言いながらも、確かに天道は最初からずっと〈パチスロ〉って言ってたなと悔しくなる。こいつにこの類の指摘をされるとは。「違うらしい」らしいって、なんだと思いつつ「へえ」と返す。
「ともかく、県境越えたのは勝つためってより、損しないためかな」
「はあ」
「都内は等価じゃないんだわ」
どういう意味だよ。聞こうとしたところで天道が振り向いた。何かの前触れみたいに小さく揺れる前髪の横の眼が、薄く開いて、こちらを見据えている。
「ま、安心しな。言ったろ。確実に稼げるって」
天道の後ろで〈デラックス・ワン橋本〉の自動ドアが開く。店内の冷風がわっと、俺のもとに届いた。
その風を追ってきたみたいに、喧しい音。
ぞわっと来たね。
現在スタート:2G
ボーナス:0
AT:0
みんなそうだろうけど、俺の中でパチ屋の店内といえば、涼しい、うるさい、煙草くさいって三拍子のイメージだった。でも、実際、その通りだったのは三分の二くらいだ。まずはアホみたいにエアコンが効いている。今は有り難いけど、これ、段々、寒くなってくるやつだ。もしや天道、それ見越してのスーツか。だとしてもネクタイは要らないだろ。次に、やっぱうるさくはある。ありとあらゆるところから音がする。でも、ゲーセンのが全体的に音デカいかもな。店内BGM的なJポップは聞き取れるし。で、イメージと異なる三分の一。くさくない。
「禁煙だからな」
天道が壁のポスターを叩いた。〈ホール内禁煙 タバコは喫煙室で〉と書かれている。
「打ちながら吸えるとこもあるけど、エリアやフロア自体が隔離されている感じだな。どのみち面倒だから、俺はパチ屋では吸わない」
「あれ、天道、吸ってたっけ」
「嗜み程度」
言いながら天道が胸ポケットから何か覗かせた。多分アイコス。
「こっち」
天道がいよいよ台と椅子の並ぶ島の間へ入っていく。いよいよ、と思っているのは俺だけっぽく、あっちの足取りは軽い。配慮してくれ。小走りになっちゃう。なりつつ、きょろきょろ。おっ、〈新世紀エヴァンゲリオン〉、〈北斗の拳〉。知っている。いや、エヴァや北斗の原作を履修しているって意味ではなく。してるけど。これらがパチンコの台になっているってことを知ってた。マジであんだ。各台のディスプレイで知っているキャラが蠢いている。それらの台ひとつひとつに人が座っていて目の前のゲームに向かい合っている。いや、ディスプレイじゃなくてスマホを見ている人も多いな。そういうもんなのか。ってか、スマホの充電できんの。台の下部からケーブルが生えている。コンセントあんのかな。あー、この水着のキャラどもはパチンコオリジナルのやつだよね。なんとなく見覚えがある。その隣に、えっと、昔のロックバンドの台ある。バンドのパチンコってなんだ。パチンコってロックなんか。あと、なんか、金属音が聞こえてこねえんだよな。玉とかメダルを入れるんじゃなかったっけ。んー、見当たらん。こいつら、何で打ってんの。あ、でもあっちに積まれている赤い箱はパチンコ玉が入ってんな。どういうことだ。
なんというか、壮観だ。
俺が全っ然、知らないものが、こうもずらりと。ゲーセンとかでもパチンコの台置いているエリアあるけど、寄らねえもんなあ。マジでわからん。何も知らん。そもそもこいつら、何を目的に何やってんだ。いや、最終目的は金を稼ぐことでしょうけれども。
「あったあった」
天道が止まる。
「この島だ」
そう言って、ひらめかせた天道の手の先に、ぎょっとする。マジで。
「えっ、これ、パチンコなってんの」
藍色に塗られた台だった。上部に貼り付けられたパネルに、ビルの合間にチューブが張り巡らされた未来都市の中を流星のように輝くホウキのモチーフが見える。ディスプレイを見やる。流されているアニメーションは、背景画のタッチ時点で見覚えがある。何よりも、筐体下部に、エリマキトカゲモチーフのマスコットキャラクターが描かれている。トールくんだよ。どっからどう見ても。つまりは〈二〇八四年の魔少年女〉じゃん。この台。よく見たら書かれているわ。〈スマスロ 二〇八四年の魔少年女2〉って。〈2〉。〈1〉を知らんのよ、こちとら。
「パチスロね」また言われる。「すまん」「ってか、ソータ、〈ニッパチ〉知ってたんだ」「〈ニッパチ〉って何だよ。〈魔少年女〉か〈ニーゼロハチヨン〉だろ」「すまない」「知ってるに決まってんじゃん。俺らの世代にとって青春のアニメって言ったらこれってくらいでしょ。高校時代の深夜、何やってたんだよ、お前は」「必死に受験勉強してた」「嘘つけ」
天道は「ともかく」と肩をすくめた。俺の青春を勝手にまとめあげるな。
「このアニメ、知ってんのね。なら、やりやすいかもしれない」
そういうものなのか。
「とりあえず座ろうか」
「おう」と傍らの椅子に手をかけたところで、天道が俺の肩を掴んでくる。「あの台がそろそろ空くから、あれが良い」いや、この台は既に空いているんだが。でも言われるがまま見やった。
「ん」
と声が出たのは、その台に座っていたショートカットの女性を認識してだった。
いや、別に、女性だろうが男性だろうがそれ以外だろうがパチンコ、すまん、また言っちまった、パチスロを打っていて構わないのだけれど。でも、と考えている間に、その子が立ち上がる。で、俺は天道に引っ張られ、その席の前へ連れ込まれる。
「座りな」
真っ赤な椅子の背もたれを掴む。思いのほか触り心地が良くてビビる。メッシュ構造で汗や体温が抜けるようになりつつ、素材は柔らかい。カドショなんて下手すりゃパイプ椅子だぞ。でも、どう座んの、これ。床に固定されてら。引けば座面がうしろに来るやつか。違う、回るやつじゃん。身体を滑り込ませられる程度に動かして、どうにかこうにか座る。汗をかいちまった。何にこんな苦労してんだ、俺。横をチラ見すると、天道は座っていた。背筋をぴんと伸ばして。涼しい顔で。「さあ、打とうか」の一言。俺は台を見上げた。
どうすりゃいいんだ、これ。
台には多分、三つ、ディスプレイがある。アニメーションが延々と流れているディスプレイがまず、一つ。今流れてるのはこれ、アキト篇の導入部だな。第二シーズンの最初のエピソード。の、日常パート。その下に、スロットが映っている画面がある。なーんか、見覚えあるな。7とか、スイカとか、こういうマーク。で、台にもう一つ、スマホみたいのがくっついていて、トールくんが映っていた。なんとなく設定とかができそうだ。なんの設定かは知らんが。ゲーセンのゲームだったら、金かメダルを入れればとりあえず動き出すんだが、コインを入れられるようなところはなかった。
「どうやって玉を出すんだ」
仕方ない、と横へ話しかけてやる。
「玉なんか使わないよ」「あー」そういうことか、と気づく。「パチスロはメダルか」「そうだけど、今はメダルも使わない」「どういうこと」「スマスロだから」「なんだそれは」「スマートパチンコスロット」「その略であることくらいは分かる」馬鹿にするな。
天道が細い目を更に細めやがった。
「とりあえず、始め方が分からないのね。ソータは」
「そうだが」
「サンドにお金を入れれば、メダルを借りれるよ」
明らかに、敢えて不親切に言っている。
俺は台へ向き直った。サンド、どれのことを言っている。いや、薄々わかってはいる。台の右側に、さらに機械がついていて、そこにお札を入れられそうなんだよな。ただ、お札入りそうな穴の横にカードを入れる穴みたいのが別にあんのよ。ここに入れるカードがいるんじゃないの。もしくは会員カード用か。ポイントとか貯まんのかな。まあ、いいや。財布を取り出した。お札を引っ張り出す。なけなしの一〇〇〇円。それを挿し入れた。吸い込まれていく。マジで入ってしまった。「サンドにお金入ったから、次に〈貸出〉ボタン。その白いやつね」それくらい大体わかるから黙ってろ天道。俺は押した。例の、スマホ的な、ちっちゃいディスプレイが動く。トールくんの足元に四六枚という表示。
「これでチャージされたってことか」
「そうそう」
推測するに、スマートじゃない、昔のスロットでは、これでメダルがじゃらじゃら出てきたのだろう。今は実物ではなく概念になっているというわけだ。キャッシュレス化の波。ん、違うか。メダルレスか。ともかく、一〇〇〇円で四六枚ってことは、えーっと、一枚、二〇円ちょっとね。これで何ゲームできんの。一ゲーム、何クレジットよ。
「で、〈MAX BET〉」
言われて手元を見る。この赤いボタンか。これでスタートか。押すが、始まらない。
「おい」と言ったところで、天道が浅く身を乗り出してきた。なんか匂いする。香水か。〈MAX BET〉の横にあるレバーへ手を伸ばしている。
「さあ、これでスタート」
レバーが引かれると同時に、スロットのリールが回りだした。音をたてて。
目の周りの筋肉に、力が入った。勝手に。