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ラスト・デュエル

 

 六月下旬の大学食堂は、それなりの人の入りで、まあ、これくらいなら使ってやろうって気分になれるよな。大学生はここでしか飯を食っちゃいけないと勘違いをしている新入生が押し寄せてくる四月の混み具合はないし、連中が、どうやら別のところで飯を食ってもいいらしいし、なんなら大学には来なくてもいいらしいと気づく五月の空き具合もない。席は見つかるけど、その隣のテーブルに人はいる。そんな感じ。空きすぎている食堂で食う飯はまずいから、本当、これくらいが一番良い。飯を食うには、だけど。デュエルをするには、勘弁してほしい。のだ。本来は。しかしながら背に腹は代えられないわけで、俺は、定食の和風ハンバーグへナイフを突き立てている真っ最中の天道の肩を叩いた。

「やろうぜ」

 デッキケースを掲げ、振る。かつ、かつ、と音が立つ。スリーブに入ったカードは静電気で重なりあってケースの中でひとかたまりの固体になっているのだ。手首に伝わってくるこの重み。ぐっとくる。

 天道は、ハンバーグをカットし終わってから振り向いた。「食ってからでいいかな」で、すぐに向き直って、一緒に飯を食っている女子へ目配せ。この子は俺のことどう見てんのかなと思いながらも俺は頷く。まあ、いいや。他人と食事中に声をかけるというマナー違反を犯したのは、食べ終わってからだと、用事があるとか言われて逃げられるかもと危惧したためだ。デュエルなんてしてる暇ないとほざくのなら、そっちはハンバーグ食いながらでいいので、とデュエルをさせていただく所存だった。こいつはそんなこと気にする奴じゃないだろうし、女子に見守られる横でデュエル、きっちいなあ、とも諦めていたのだけれど、食器を戻して帰ってきた天道が「じゃ、俺らカードやるから」と連れを帰らせたので驚いた。ってか、連れの方も驚いてた。天道が「やろう」とカバンからプレイセット一式を取り出す。

 構築済みデッキについている紙のプレイシートで満足していた時代は、数千年も昔の少年時代のこと。プレイマットは平面に張りつくラバー素材である。天道ぺたりで、俺もぺたり。その上にケースから取り出したデッキを滑らせ、広げる。

「いつものデッキと違うじゃん」

「わかるか」

「スリーブが違う」

 よく気づくな。いつも天道相手に使ってた三軍デッキはなんかの景品でもらった適当な〈決闘王〉公式スリーブに入れている。今日のはガチスリーブである。所詮はカード保護のため、カードが入ればなんでもいいと考えるのは素人。このガチスリーブは一味ちがう。裏面がエンボス加工になっていて、手触りが良い、シャッフルがしやすい、高い、そのくせ一セット買うと数枚は絶対に破れてる。それが一デッキ分で二〇〇〇円のガチスリーブの世界。

「今日は、一軍の【ガン・アンド・ラン】だ」

 セルフカットを終えたデッキを天道へ差し出した。〈決闘王〉は、ゲーム開始前に相互シャッフルをするマナーだ。天道が置いてきたのは、相も変わらず『遥ドラ』パッケージ柄の公式スリーブに包まれたデッキ。最初に〈パープルヘイズ〉のワゴンに転がっていたのを俺が買ってやったのだ。縦入れ、横入れ、丁寧にカットしてやって天道へ返す。俺のデッキも返ってくる。初期手札分、五枚、デッキから滑らせて、天道と目を合わせる。じゃんけん、ぽい。勝ったので俺が先攻。

 ふう。

 深く息を吐いてえ。吸ってえ。

「始めよう」

 真剣なデュエルを。

 手札をめくる。オーケー、ベストではないがベター。最初から動けそうだ。「一枚もらいます」ドローで引いたのは《エンジェル・ブラッド》。良いぞ。「マナ・フェイズ、緑を置きます」《河口のエルフ》をマナ・ゾーンへ捨てる。「サポート・フィールドに一枚セット」今、伏せた《プライド》はコストが重いから発動できるならサード・デュエル以降。まあ、それまでもブラフとして機能はしてくれるだろう。「最後に《エンジェル・ブラッド》を発動。デッキを一枚めくります。オーケー、マナ・ゾーンにセットします」あー、《シャイブラ》だったらなあ。ここで二枚、置けたのに。勿論、問答無用でデッキトップ二枚をマナにしちゃう《シャイブラ》は《エンジェル・ブラッド》より事故りやすいんだけどね。「デュエル・カウンターを一つ進めて」かちっ。「ターンエンド」

 天道が中々カードを引かない。「どうした」言うと「いや、なんか速くない」とかほざく。「これが普段の俺の速度なんだよ」ついてこい。

 置いていくぞ。

 ファースト・デュエル。セカンド・デュエル。順当に俺がもらった。【ガン・アンド・ラン】でここを獲れないのは、まあ、あり得ない。それに加えて俺には天道のデッキを知っているという情報アドも、〈決闘王〉の経験アドもあるのだ。

「五マナ使って《スラッシャー》を発動」

 サード・デュエルで天道が思いもよらないカードを出してきた。おい、普通にガチカードじゃねえか。対抗ねえぞ。《スラッシャー》は相手のデッキトップから三枚を墓地へ送る激強カードだ。後半用のパーツが落ちたらだるいぞ、と思いながらめくる。一枚目、《まじかる・レディ》。ちょっと待て。次、《一振りの骰子》。嘘。勘弁してくれ。ラスト三枚目、もう一枚の《まじかる・レディ》。そんなことあるか。「おっしゃっ」天道、ここでの煽りは流石にバッド・マナーだぞ。〈決闘王〉は他のカードゲームと比べてサルベージ手段が少ないんだよ。スペルの再利用はしまくれるから《一振りの骰子》はどうにかなるとしても、モンスターの《まじかる・レディ》がきつい。かちっ。慌ててるうちに天道がカウンターを進める。デュエル・ターンだ。俺の場には《森林のハントレス》、天道は《呪龍》。攻撃力はこっちが勝っているが、天道にはまだ、利用していないマナがある。「《リリィの加護》を発動します」おっと、またガチカードじゃないか。俺はセットしていたカードを裏返す。「チェーン。二マナで《ダウン・バースト》」二〇〇〇上がったばかりの天道の《呪龍》の攻撃力を一〇〇〇下げる。サード・デュエルはこれで引き分け。

「デッキ、結構、改造してきたな。意外だ」

「まあね」

 フォース・デュエルの一ターン目、頷きながら天道が出してきたのは《地獄鳥ヘルバード》。スペルやモンスター効果で墓地に送ることができない、破壊耐性持ちだ。これもガチカードである。

「俺が組んでやったまま放置してるかと思ってた」

「あのままだと、やっぱ弱いわ」

 俺は深呼吸をまた挟む。

「弱くても構わないだろ、別に。お前の目的からしたら」

 天道の指がカウンターを弾けず、空振りした。

「俺の目的って」

 あらためて、かちっ。

「金儲け」

 だろ。俺は手早く自分のターンを済ませ番を返す。

 天道の前髪が揺れる。

「どこで分かった」

 細い目のままで、瞳がはっきり、俺に見えた。

「確信を持てたのは、これだよ」

 俺はスマホを天道の方へ滑らせる。表示しているのは例の、ショップ大会のまとめwikiである。準備しておいた。チラ見でも分かったらしい。天道は「ばれちゃったかあ」と掌で自分の額を打った。軽いな、おい。

「でも、これだけだと誰が嘘の大会情報書いたかはわからないだろ」

「既に認めてるのに何言ってんだ。『遥ドラ』を値上がりさせようだなんて思う奴、お前しかいねえだろ」

「俺は動画であげてる通り純粋に『遥かなるドラゴンの日々』きっかけに〈決闘王〉にハマっただけであって、誰かがその流れを利用してるだけかもしれない」

 天道は言いながら《エンジェル・ブラッド》を打った。俺もやったが、定石通りのマナ加速。そろそろマナを潰していかないとまずいか。くそっ、《まじかる・レディ》が《スラッシャー》にやられてなければな。今の手札にはマナ狩りの手段がない。

「別にハマってないだろ、お前。〈決闘王〉に」

 天道は「失礼な」と返してから、かちっ。ターンが移る。「一枚もらいます」とドローする。《墓荒らしの成果》。スペルカード対象のサルベージカード。おしっ。

「お前、あげる動画が『遥ドラ』ばっかだったじゃん」

《墓荒らしの成果》を発動し、さっきスラッシュされた《一振りの骰子》を回収する。

「それが何だね」

「本当に〈決闘王〉好きになったならさ、もっと、そっから広げていくと思うんだよ。なにより」《一振りの骰子》を発動。六枚もめくれば一枚くらいはマナ破壊くるだろう。えっ、マジかよ。こねえ。しゃあないからデュエル・ゾーン置く用の中級モンスター《ゴーレム・ウッディ》を持ってくる。「デュエルに勝っても嬉しそうじゃないし、負けても悔しそうじゃない」かちっ。

「そうかなあ。そう見えるかあ」天道は言いながら目を閉じたり開けたり唇を右に向けたり下に向けたりした。どう見られたいんだ。そして《エンジェル・ブラッド》をもう一枚打ってくる。げっ。まずいな。「ま、そう見られてしまったなら仕方ない」かちっ。

 ラウンド最後の準備ターン、俺は何も引けなかった。仕方ない。かちっ。やれるだけのことをやるしかない。デュエル・ターンだ。

 俺は五マナ払って《プライド》を発動する。デュエル・フィールドの《ゴーレム・ウッディ》の攻撃力を倍増。できなかった。天道が《宣告》打ってきた。舌打ちしつつ「チェーンで《解除魔法》、《宣告》を無効化」無駄だろうな。「そこに更に《解除魔法》重ねるわ」ほら。あっちはマナ有り余ってんだ。これで《宣告》は有効、《プライド》の効果は反転し《ゴーレム・ウッディ》の攻撃力が半減し《地獄鳥》にやられる。フォース・デュエル、獲られちまった。

 ラスト・デュエル、勝たねえと。

「で、具体的に俺はどう、金稼ごうとしていたわけ」

「二段重ねだ」俺は《王よりの報酬》を発動する。三枚ドローだ。さっきの《一振りの骰子》発動後、デッキはシャッフルしてある。流石にこれで、マナ破壊カードは引けるはずだ。ほら、来たぞ《マナ・スナイプ》。ただ《王からの報酬》のデメリット効果で、このターンにはこのカードは使えないが。かちりとターンを終わらせる。「ユーチューブの収益化と、お前が動画と大会結果の捏造で価値を上げた『遥ドラ』カードの売り捌き」

 天道は「なるほどねえ」とドローする。

「と、最初は思った」

 天道が俺を見た。引いたカードではなく。集中しろ。デュエル中だぞ。しまいにはそのままそのカードを手元に伏せやがった。

「どういう意味だ」

「その前に、一つ確認させろ。お前のユーチューブチャンネルの収益、どれくらいだ」

 天道は肩をすくめた。「プライバシーの侵害だっ」両掌を天井へ向ける。

「一〇万円いってるか」

「いかねえよ」

 夢がねえなあ。相場わからんから、始めて一か月なら、これでも上出来なのかもしれないけど。

「で、お前が頑張って価値を上げた『遥ドラ』のカード。トップレア周辺で一枚、五〇〇円だ。一つの箱から、まあ、多めに見積もって四枚その値段で売れるカードが出たとする。一箱二〇〇〇円。四〇箱買ってるから、八万円」

 俺はため息を吐いた。

「少なくね」ユーチューブの収益と合わせても一〇万円台。これでは『遥ドラ』で損したボックス代も回収できない。「小銭を稼ぐためにここまで頑張るのは天道、お前らしくない」

 天道は伏せたカードの背を、指でとんとん叩いた。それから、ようやくして、めくると、口の端っこをにいと上げて、そのまま腕を振り上げた。

「だな。やっぱ、どかんとやらないとな」天道は掲げたカードをデュエル・フィールドに叩きつける。「一三マナ使って《オーセンティック・バタフライ・ドラゴン》を召喚っ」

 俺のサポート・フィールドとマナ・ゾーン、全て吹き飛ぶ。

《オセバタ》、残していたのか。

「今回は《フォレスト・シールド》は使えないだろ」

「フォース・デュエル獲られてるからな」

 現時点の点差で負けている以上ラスト・デュエルを引き分けにしても勝つのは天道だ。

 天道はカウンターを勢いよく進めた。「どうぞ」と掌を向けてくる。煽るねえ。

「問題は、どのように、どかんと稼ごうとしているのか、だ」

 ドローする。そのままマナ・ゾーンに置いた。緑マナが発生。

「結局、お前は『遥ドラ』のボックスを処分したいはずだ。だけど、いくら『遥ドラ』はいけてるとステマして、大会結果を捏造しても、一枚五〇〇円が限度。どうして、これ以上、値段が上がることはないのか。ヘブンロード天道先生は、動画でその答えをちゃんと言ってたな」

 ヘブンロード天道大先生はにやついたまま答えてくださった。「もっと強いカードがあるから、ですな」

「逆を言えば、その、もっと強い上位互換のカードが使えなくなるようなことがあれば、『遥ドラ』のカードは値上がる」俺は手札から《エンジェル・ブラッド》を出した。山札から一枚めくる。よし。マナにする。緑マナがもう一つ。「〈決闘王〉ではありがちなことだ。この《エンジェル・ブラッド》は、ずっとストレージに転がってるレベルのカードだったのに上位互換の《シャイブラ》が禁止カードになった途端に一枚、三〇〇〇円だ」

 馬鹿げてるよな、マジで。

 俺は天道の目を見据えた。

「お前、デマを流すつもりだろ。『遥ドラ』カードの上位互換たちが禁止になるぞって」

 俺の言葉を聞いた天道は、あろうことか目を細めやがった。俺は、睨みつけた。

「今、丁度、六月末だ。多分、今週末にレギュの改定で新禁止カードの発表がされる。その直前、それこそ今日くらいに動画をあげるつもりだろ。《リリィ》が、《まじかる・レディ》が、そこらへんの汎用カードが禁止になるって」天道の動画は最早、切り抜き動画がバラ撒かれる状態だ。一気に拡散されるだろう。「そうなったら、それを見たプレイヤーたちは考える。代替カードを手に入れなければ。そういや、『遥ドラ』のカードがジェネリック《リリィ》として使えるって最近誰か言ってたな。大会でも普通に優勝していたし、実用性は保証されているぞ、って」

 少なくとも、フリマやオークションサイトの相場は一気に動く。

「一枚三〇〇〇円で捌けるなら、さっきの計算で言えば四八万だ。複数枚、有用なボックスってことになるなら、シングルだけじゃなく、箱売りだって、できんじゃねえかな。しかも、それで終わらない。新たに禁止になったカードの投げ売りも始まる」逆に《リリィ》や《まじかる・レディ》が五〇〇円で買えるようになるわけだ。「で、禁止だってのがデマと分かった後に、仕入れた強カードを売りなおすわけだ。もっともっと利鞘が出るな」

 俺は指を鳴らした。

「どかん、だ」

 鳴らした指の先から汗ばんでいく。なんてことを考えやがったんだ。

 天道は、まずは何も言わなかった。背もたれに体重をかけるようにして、椅子の脚を浮かせた。その体勢のまま両腕を広げて。

「犯罪ではない」

 笑った。歯を見せつけるように。

「そうかな」

 俺は天道へターンを返した。

けい業務妨害かなんかになんじゃね、デマを流して金儲けすんだから」

「捕まらないように立ち回れる自信はある。俺はデマに騙された被害者になるつもりだ」

 天道はドローしたカードをそのままマナ・ゾーンへ置き、カウンターを進めてターンエンドした。

「デマは〈決闘王速報〉のコメント欄に書き込まれるんだ。『リーク』とだけ書かれたコメントに、画像のURL付き。開くと、カードリストが並んでいる。〈決闘王速報〉はその画像を使って〈【衝撃】今期改訂のリークきた!?まさかの《まじかる・レディ》禁止〉と記事にする。〈キンデュエちゃんねる〉もそれに乗る。俺はタイムラインに流れてきた、それらを見て、動画にする」

 ちょっと待て。

「なんで、〈決闘王速報〉や〈キンデュエちゃんねる〉が、そうするって分かんだ」

 天道は答えない。

 さっきの調子で椅子を前後に揺らしている。

 昼飯時が過ぎ去ったからか食堂には他に人がほとんどいなくなっていた。そのせいで、やたらに静かだ。いつくらいから、そうだったのかは分からない。ごくん。俺は、俺自身が息を呑んで喉を鳴らす音を聞いた。呑んだ息が腹まで伝っていく。

「もしかして、買ったのか、お前が」

「安かったからね」

 きっと、あれらのブログも投げ売りされていたのだろう。〈決闘王〉界隈において、まとめブログは、動画の時代になって、ほとんど用済みになっていた。管理している連中は更新をやめ、放置していた。そのタイミングで連絡が来て、ページを売ってくれないかと言われたら、喜んで売る奴もいたに違いない。つまり〈決闘王速報〉も〈キンデュエちゃんねる〉も別に天道のバズりで息を吹き返したわけではなかったのだ。天道がその手で、蘇らせた。自分にとって都合の良い情報を流すために。あれか。ひょっとしたら、ティックトックとかの切り抜き動画も、天道自身でやってたりすんのか。

 こわっ。

 なんだ、こいつ。

 汗が出る。

 俺は震える手でドローをした。マナ・ゾーンに緑を一マナ置いて、それを使って《ハヤブサ・ナイト》をデュエル・ゾーンに出す。攻撃力一五〇〇。本来は前半のラウンドで使う下級モンスターだ。《オセバタ》の攻撃力は、二五〇〇である。カウンターを進めた。かちっ。

 ため息を吐いた。

「なあ、天道」

「なに」

 天道はさっきと同様に引いたカードをそのままマナ・ゾーンに投げた。だが、その後は動かない。多分、やることがもう、ないんだろう。ここまで大量にマナを貯め、スペルを使いまくっていたので手札がもうない。更には、このラウンドは《オセバタ》でマナを概ね使い切ってしまっている。

「お前、なんで、ここまでやんの」

「金儲けのため」

 即座に答えたが、今回、俺は愚問のつもりで聞いたわけではない。「それだけじゃないだろ」続ける。

「ここまでやるなら、もっと楽に稼げるわ。他に目的あるから、こんなことしてんじゃねえの」

「なんだよ、目的って」

 俺は、俯いた。

 再度のため息。

「プレイヤーに対しての復讐。俺らに対して、むかついてたんだろ」

 天道が息を吸い込む音が聞こえた。俺は下を見たまま続ける。

「確かに性格の悪いことしたよ。転売ヤー釣ろうぜって言って、塩ボックスを持ち上げるって言っても、実際には、マジで害悪な転売ヤーは別に引っかからないんだよな。それ分かってのお遊びのつもりだった。ガキみてえだけどさ。そんなんで、ちょっと小遣い稼ぎをしようと出来心抱いたってだけの奴に二〇万円、損させたってのは、なんか、やりすぎというか、別に誇れることじゃないというか」

 ごめん。漏れるように声が出た。

 天道は「ええっと」と言った。

「そんなんじゃねえから」

 見上げると、こっちを見ていなかった。指の先っぽでゆっくり頬を掻いている。

 俺は「ごめんついでなんだが」と言う。

「やっぱ、見て見ぬフリはできない。どう考えても、お前のやってることは悪質すぎる。この作戦は、俺が食い止める」

 天道が目を見開いた。

「どうやってだよ」

「〈決闘王速報〉が騒いだ途端に、先行して、今期の改定のガチ情報が界隈に出回る。それで、あのコメント欄のリークもどきは、なかったことになる」

「どうやって、だよ。何、ソータ、公式に知り合いでもいんのか」

 天道が身を乗り出した。

「〈決闘王〉公式に知り合いはいない。だけど、俺は〈決闘王〉公式インフルエンサーのトニーさんと昔からの相互フォロワーだ」

「トニータピオカさん」

「お前がこういう計画してるんじゃねえかって懸念を話したら、トニーさんも責任を感じたみたいでさ。まあ、そうだよな。『遥ドラ』ネタ流したのもトニーさんだし、コラボしてお前の知名度を上げたのもトニーさんだから。それで、もし、そういうデマが流れることがあったら、本来は改定発表日にアップロードするはずだった〈今期の禁止カード漫談〉動画を、予約投稿のミスで、発表前にあげてしまうことになるかもしれないと言っていた」

 だから、と俺は言葉を継ぐ。

「《リリィ》も《まじかる・レディ》も値下がらず『遥ドラ』は高騰しない」

 天道は見上げるように視線を上げた。そこには切れかけの蛍光灯しかないが。それから例の「あー」唸りをしばらくしてから。

「むっかっつくっ」

 立ち上がった。

 ただ、今回は、笑っていた。

 例の如く、すとん、と真っ直ぐに体を落とす。カウンターを弾いた。かちっ。

「オーケーオーケー、デュエル・ターンだ。せめて勝って、清々しく終わるわ。おら、《オーセンティック・バタフライ・ドラゴン》、やっちまえっ」

「二マナ使って《噴出する野性》を発動します。対抗ありますか」

《ハヤブサ・ナイト》の上に《オセバタ》を重ね置いた天道の手がそこで止まる。

「ありませんよね。何もセットしていないし、もう手札ないですし。《噴出する野性》の通常効果で五〇〇、フォース・デュエル以降なので更に一〇〇〇加算して、《ハヤブサ・ナイト》の攻撃力は三〇〇〇になります。《オセバタ》は二五〇〇なのでラスト・デュエルは俺の勝ちです。そして、ポイントはこれで俺が一七、天道が一一なのでデュエル自体も俺の勝ちです。対戦ありがとうございました」

 ああーっ、気持ちいいっ。

 天道が、のどちんこ見えそうなくらい大きく口を開けている。ふふっ。俺は《噴出する野性》を人差し指で撫でながら語りだす。

「いやね、気づいたんだよ。なんで《リリィ》があるのに《噴出する野性》なんてデザインしたのか。これさ、多分《オセバタ》メタなんだよね。いわゆる銀の弾丸ってやつ。相手が《オセバタ》出して、マナもサポートも吹き飛んで、自陣がまっさらの状態でどうするかってなったとき、《リリィ》よりもコストの軽い《噴出する野性》のが使いやすい。モンスターを一マナで出して、二マナで《噴出する野性》で逆転。まあ、実戦ではマナ加速カードは幾らでもあるから、コスト一マナ差くらいなら、やっぱ《リリィ》のがベターって気はするんだけど。でも、公式の意を汲んでやるのはありかなと思って、今回、遊び心で入れてみました《噴出する野性》。天道デッキ改造してたから《オセバタ》出ないかなと焦ってたけど、いやー、良かった」

「うっせえよっ」

 天道が叫んだ。

 なんだ、悔しそうじゃん。

 

 

 その後、何事もなく新レギュが発表。やっぱ〈決闘王〉公式は意味わからん。なんで《七つの声色》が禁止から復帰してんだよ。それなら《シャイブラ》も解放してくれや。『遥ドラ』カードの上位互換は、これといって禁止にも制限カードにもならなかったので《オセバタ》も《噴出する野性》も元の居場所、ストレージに戻りつつある。天道も動画投稿をやめた。ただ、カードは捨ててないので、時々デュエルに付き合ってやってる。今日もそろそろ来るかね、と食堂でコーラを飲んでたところ「ソータ」肩を叩かれた。振り向く。

「おう、やるか」

 だが、天道の手にデュエルセットは握られてなかった。

「どうした」

「なあ、ソータ。パチスロしたことあるか」

「ないけど」

「ちょっと、やってみないか。確実に稼げる方法があるんだ」

 なにいってんだか。

 

(第1話・了)