最初から読む

 

第4話 せってとる

 

★★★★★(1)

 

 こんな風にいきなり言っても受け入れてもらえる。これぞ人徳の差か。なーんて考えちまうところにこそ真の差があるんだろうな。実際のところ人間って、なんか許可求められたりお願いされたら余程の理由がなきゃノーとは返せないもんじゃん。駅前で募金や署名集めしている人に対してですら無視はちょっと心が痛むもんな。知り合いや同僚からってなったら、そりゃ、そうそう断らんよ。なのに、自分にはできねえなーよく言うなーとか反射的に特別視しちゃうのは、その人が他人に頼みごとできないし、頼まれたら面倒って感じちゃうタイプの心狭い人間である証拠でさ。何が言いたいかって、つまり、竹内の言葉に皆がさらりとオーケー返すのを聞いて、このようにぐだぐだ考えちゃう俺は人徳がない人間なんだろうなって自省ね。いや、だってさ、ハードオフだぜ。

 横浜駅近くにある〈GOLFのオカモト〉関東本店での研修帰りだった。来年からレジのシステムが総入れ替えになるのでその説明会をやる、できるだけ多くの従業員に知っておいてほしいから時間とれる奴は来てくれということで、ただのアルバイトである俺も招集された。その分の時給をしっかり出してくれるってことだったし。

 結局、八王子店からは五人の出席で、全員がアルバイト。そもそも社員は店長しかいねえんだけど。で、竹内が車を出してくれた。「じゃあ、俺、運転しますよ」って。俺は正直この時も、えっ、バ先バイト先のみんなでドライブ決定すかってなった。八王子から横浜ならJRで一本じゃん。交通費だって出るだろうし。

 まあ、これについても俺が社会不適合気味なだけで、竹内は普通に良い奴だとは思う。陽のキャ。大学が違うんだけどもし同じでも普段の講義とかゼミでは別に絡むことがないであろうタイプ。そこらへん、バ先って不思議なコミュニティだよな。集まる人種にランダム性がある。

 研修は午前中で終わった。デカい会議室でスライドで説明受けて、実際のレジのデモ機見て終わり。マニュアル配れば済んだんじゃねえのって感じだけど、こういうのって多分、目の前で説明しましたよっていう実績が重要なんだよね。そんで帰りどっかでメシくらいは食べていきますかーってなって、相模原あたりでロードサイドの回転寿司屋に入って。そうしたら、三十分くらい待つって言われて。そこで竹内。

「あ、じゃあ、俺ちょっと抜けて、そこにあったハードオフ行ってもいいすか」

 まあ、なんか全然みんな「良いよー」って感じだったわけ。

 俺、こういうの絶対に言えないわ。なんなら今日だって横浜駅でサッと解散して近くのカドショ回りたい気持ちあったけど我慢したもんね。社会性を頑張らせてしまった。こいつなら「ちょっと、そこの〈パープルヘイズ〉行ってカードしばいてきますっ」でも言えちゃうんかな、と爽やかな短髪を睨む。竹内は、何かオシャレな名前をつけられているのは分かるが俺にはその名前は一生分からないタイプの髪型をしている。

 しかしハードオフか。最近行ってねえな。ここ残っても、みんなの前じゃスマホもろくにいじれねえしなあ。そう思って「じゃ、俺もついていっていい」と聞くと、竹内は「おう、行こう行こう」とノってくれる。ハードオフって、そんな、勇んで連れだって行くところでもない気がするが。

 ともかくそういうわけで寿司屋の外に出て近くの信号を渡り道向かいのハードオフに入った次第。まあまあしっかり寒いので早足で移動した。十一月も終わりかけとなるともう本格的に冬だ。

 元々はおもちゃ屋とかスキー用品店の居抜きなんだろうな、と外観から推測していたのに、店内見渡した瞬間にハードオフだなあってなってしまうのがチェーン店の凄いところだよな。全てを真っ白にしてしまいそうな照明、テレビに楽器、おもちゃにレコードと多種多様な品が並ぶ棚、各所にあしらわれている黄色と青のライン、それからなんといってもベースがやたらに利いたBGM。端から端までハードオフ以外の何物でもない。俺もジャンク品にされちゃうような気分。

「ソータは何を見んの」

「適当に色々。そっちは」

 聞き返すと、竹内は「お宝さがし」とスマホを構えた。陽キャあるある。iPhoneを臆さず裸で使っている。

「ふうん」

 当然、返事は冷たくせざるを得ない。確かにハードオフには掘り出し物があるかもしれないが、この場合、答えるべきはどのジャンルの掘り出し物を狙っているのか、だろう。まあ、いいや。どうせギターアンプとかだろ。バンドやってそうだし。ジャンク品と書かれているやつを買って「むしろ、このアンプでしか出ない歪みがね」とかドヤ顔で言うんだ。嫌味な奴だな。俺は竹内を置き去りに、きゅっきゅきゅっきゅと足音を立てゲームコーナーへと駆けた。

 好きなんだよね。ハードオフのゲームコーナー。なんというか、まさに雑多っていうかさ。古い携帯型ゲーム機が青色のプラケースの中にバッと入れられてたり、同じようにケースにびっしり64とかファミコンのカセットが詰め込まれていたり、見たことねえような周辺機器がひょいって感じで置かれていたり。ちゃんとした中古ゲーム屋と違って、適当に広げてあって欲しいのあったら取ってってみたいな気配がある。とか言いつつ、プレミアな値段つけられたやつがショーケースに並んでたりするんだけど。えっ、ポケモンの『エメラルド』ってこんな高たけえの。むしろ、これって、そっちのケースに放り込まれているタイプのゲームじゃねえのか。もしかして俺がガキの頃にやってた『ブラック』とか『ホワイト』も高くなってんのかな。リメイク出てないし。出てないっていうか、個人的には、いつまで経っても出てくれないって気持ちだけど。

 って具合に充実した時間を過ごしていたところで横に竹内が現れた。

「おっ、ソータ。いいものあったか」

「エメラルド」と答えながら、竹内の手元を見やる。カゴを持っていた。中に箱が見える。ピンク色のファンシーなキャラクターが描かれている。あー、名前が出てこねえ。多分、二十年くらい前、ゼロ年代のテレビアニメだ。それの、ボードゲームっていうか、知育玩具っていうか、そういうの。スイッチ押して、小さい鉄球を先に転がしていくみたいな。

「そんなもん買うの」

 言った後、視線を上げて、俺は動きを止める。

 竹内がしていたのは見ようによっては珍妙な動きだった。右手にスマホを持ったまま、青いケースに身を乗り出し、左手でケースの中のファミコンのカセットを一個ずつ取り出す。視線をスマホの画面に移す。カセットを戻す。新しく取り出す。スマホを見やる。

 あー。

 そういうやつか。

 俺は頬の辺りを掻いて、自分のスマホを取り出した。バイト用のLINEグループが動いている。

「そろそろ呼ばれそうだって」

「ん。知ってる」

 竹内は手を止めない。

 知ってんのか。いや、スマホの画面自体はずっと見ているんだから、そりゃそうか。

「ちょっとだけ待って」

 そう言って一瞬だけこっちを見る竹内は、髪型も顔も相変わらずの爽やか具合だった。

 実際、竹内は割に早めに切り上げてくれたので、俺たちは顰蹙を買うことなく回転寿司屋のテーブルにつき「寿司久しぶりだわー」「回るやつにって意味ですか」「回らない寿司とか食ったことねえから」「食ったことないは大袈裟じゃないですか」程度の世間話をしながら、注文を済ませた。竹内はここでもタブレットの操作役を引き受けていたし、醤油皿とお茶の配布もやってくれた。コロナ禍のあと、コンベア上へ皿を回さなくなった回転寿司屋が多くなったけれど、ここはしっかり回してくれる昔ながらの店で、指示に従った皿のキャッチまで竹内がやってくれた。気が利く奴なんだよな。つくづく。

 最初に頼んだ皿が一通り届き、追加で食べたいものをコンベアからそれぞれが取り終わったくらいのタイミングで、とうとうその質問がされた。

「で、竹内くん何買ったの。ハードオフで」

 聞いたのは岸さんだった。〈GOLFのオカモト〉八王子店の頼れる最古参アルバイト。といっても、まだ三十代のはずだけど。二児の母で、最近、お子さんが中学校に上がったって言ってた。その上がった子が兄の方なのか弟なのか俺は知らない。というか勝手に男兄弟認定してるな。兄姉弟妹、どれなのかすらも聞いてないわ。

「これです、これ」

 竹内はハードオフのレジ袋を抱え上げ、剥くように袋の口を下げた。岸さんの眼鏡がきらりと光る。

「うわっ、〈フレンズキャンディーハーツ〉じゃん。懐かしっ」

 そうだ、それだ。このテレビアニメ、〈フレンズキャンディーハーツ〉だ。略称は〈フレキャン〉。少しだけスッキリする。が。他のバイトから追撃がくる。

「それ買ってどうすんの」

「竹内くん妹さんとかいたっけ」

 竹内はそれらに対して「いやー」と答える。何に照れてんだ。

「仕入れなんですよ、これ」

 やっぱりか。俺は手元の茶碗に注ぎ込むように小さく息を吐いた。仕入れ、と他の皆がオウム返しをしている。俺は「メルカリとヤフオク、どっちで売んの」と聞いてやった。竹内は「メルカリメルカリ」と笑顔で応じる。

 セドリというやつだ。

 ハードオフのような中古販売店やディスカウントショップで、市場よりも安く売られているものを探して買う。買ったら、それをフリマサイトやネットオークションサイトで売りさばく。さっき竹内がハードオフの店内で見ていたのは多分、セドリ用のアプリだろう。バーコードを読み取ったり、商品名を入力したりして検索をすれば、その商品が直近で幾らで売れたのかを教えてくれる。そういうのがあることは知っていた。トレカでもセドリしている奴はいくらでもいるので。ショーケースの前でスマホ必死に見ているやつは半分はそれ。でも、もう半分は自分の作りたいデッキレシピと照らし合わせている純粋なオタクなのでいじめないであげてほしい。

「これ箱付き未開封で二〇〇〇円だったんですけど、メルカリ見ると五〇〇〇円で売れてるんですよ」

「三〇〇〇円儲かるってこと」

「まあ、手数料とかそういうの取られるので正確にはもうちょい下がるんですけど」

 竹内がスマホの画面を見せてきた。メルカリの画面を開いている。確かに〈SOLD〉の文字が掛かっているサムネイルがあって、その下に五〇〇〇円という値段が見えた。別に疑ってはいなかったので、どうでもいい。っていうか、この手の玩具のプレミア価格としてはどうなんかな。それこそ同時期の〈ポケカ〉とか〈遊戯王〉なら、もっとエグい値上がりはしているよな。比べたらショボいけど、一方で、値段ついているだけ凄いのかも、という気もする。

「結構やってんの、それ」

「それなりかな」

 竹内は本当に躊躇いがない。メルカリのプロフィールを見せてきた。俺だったらハンドルネームでやっているXですら見せない。アイコンは流石に顔写真ではなかった。ピースしている右手だ。普通に竹内本人の。ハンドルネームの下に〈★★★★★〉と星マークが並んでいて、その下に〈196〉と数字がある。普通に考えて、星マークは取引相手につけてもらった評価で、数字は、その評価の件数だろ。つまり。

「一九六回もなんか売ってんの」

「そゆこと」

 俺、多分、私信ですら百通も出してない。生まれながらの電子の子だから。竹内も同じZ世代のはずだけれども。

「いやー、完全にハマっちゃっててヤバい。最近はもう、そこらへんにあるもの全てでチャートを見るようになっちゃってさ。うちの倉庫の鍵についているピカチュウのめじるしキーホルダーあるじゃん」

 あのピカチュウはめじるしキーホルダーという最近流行りのものではないとは思うが。

 竹内は俺からテーブルの皆へ視線を向け、自慢するように。

「あれも美品なら二〇〇〇円くらいになるんですよ。要るものなんで勿論、売りませんけども」

 俺がどうにか「凄いね」と返してお茶を啜ったところで「竹内くん」と声が飛んだ。

 岸さんだ。

「それ、やめた方がいいよ」

 かなり強めの口調だったが、竹内はピンと来ていないみたいで「それ」と繰り返す。

「セドリ」

 岸さん、よく知っているな。

「竹内くん、古物商許可証持ってんの」

「持っていないですけど」

「なら、売るために中古品を買うの違法だからね」

 正確には、売るために仕入れて、実際に売ったら、だったような気がする。そうしたことをやるためには古物商として警察かなんかに届ける必要があって、その許可をもらうのは結構難しかったはず。我らが〈GOLFのオカモト〉は中古クラブの販売もやっているが、そのための許可証は店内に貼ってある。

「まあ、それはそうなんですけど」

 俺は勝手に竹内の反論の続きを考える。ですけど、皆結構やってないですか。そして実際、やってはいるし、判断が難しいところだ。俺らカードゲーマーだって、新弾を買うとき「あのカードが当たったら、すぐ売っちゃお」程度のことは考えている。あと、世の中には、どこぞのアホみたいに転売目的でボックス仕入れて売れなくて痛い目に遭ったりしている奴もいるが、あのアホについても「買ってから要らなくなっちゃった」って言い訳をしようと思えばできなくもない。

 そうしたわけで、相当悪質でなければセドラーなんて警察はいちいち逮捕しに来ないのは確かだ。

 だから岸さんが次に取ろうとした手段は相当、強い。

「スマホ出しな」

 岸さんは手を伸ばした。

 竹内はスマホを渡してから「えっ、何するんですか」と聞く。暢気か。

「メルカリとヤフオク、アンインストールしてあげる。あとキーパー」

 キーパー。俺の知らんフリマサイトか、と思って、こっそりググったらアマゾン出品の価格推移を確認できるアプリだった。

「いや、駄目駄目」

 竹内がスマホを取り返す。

「俺、メルカリ、一九六回、全部、高評価なんですから」

 気にするのそこで良いのか。

「あのねえ」

「いやいや、分かってます分かってます。気をつけますんで」

 微妙に問答がズレている気がする。気をつけるとか、そういう問題の話は今されていないと思う。岸さんも、そこをズラすことは許さなかった。

「気をつけるとか、そういう問題じゃないでしょ。やめなさい」

「やめますやめます」

 竹内は縦にぶんぶん首を振ったが、どっからどう見てもやめる気配はなさそうだった。しかし、岸さん、滅茶苦茶真面目だな。

 そんな風に思うだけでその日は終わった。その日は。

 

(つづく)