第3話 まなびのまつり
企画代表者会議
よくよく振り返ってみると、高校入ってみて一番ガッカリしたの文化祭がアニメやラノベのあのテンションじゃなかったことかもしれん。メイドカフェをやってるクラスもなければ、グラウンドに調理場を用意しての実況付きの料理対決も開催されず、軽音部のライヴが盛り上がった末に体育館が爆発することもなく。いや、別に実際にそういうことが起こると本気で信じてたわけでもないけど、学校全体が異常に盛り上がる、何かが起こる日ってドキドキの雰囲気じゃなかった。ま、こんなもんでしょって感じ。俺の入っていた鉄道研究部なんて、学校の最寄り路線の歴史を模造紙にマッキーで綴ったのを教室の壁に貼り付けていただけだったしな。画鋲で。部員にNゲージ作っているタイプのオタクもいたけど、盗難とか破損とか怖くて展示できなかった。一応、中学生の頃に志望校選びで文化祭巡りした時は割とキラキラ目輝かせてたんだけどな。不思議なもので。
で、大学生になってから「おーっ」と納得した。学祭が、割と、アニメやラノベの文化祭っぽい。メイドカフェあるし、軽音サークルのライヴの盛り上がりはまあまあだし、ちゃんとしたバンドやアイドルのライヴあるし。お料理対決は見たことないけど、やろうと思えばできる気がする。とりあえず火使って料理する模擬店くらいは並ぶし。ともかく規模と自由度が違う。そうかそうか、アニメやラノベのあれってこれだったのか。大学の学祭の雰囲気を高校に落とし込んでいたのか。
そうした感動を受けたのが大学一年生のとき。
三年生になった今は、まあ、何も起きないことにすっかり慣れちまったね、正直。
お膳立てがあったとしても、結局、行動しなければ派手なことは起きないんだよな。アニメやラノベと一番違うの、多分、そこ。あれらって、全ての参加者が一生に一度の大勝負を学祭でやってるじゃん。でも実際はルーティンなんだよね。
そんで、堕落しちまったことに俺はそのルーティン具合に心地よさを覚えてしまっている。そうそう、あのサークルはこういうことやってる。あー、毎年、こういうのをする奴いるよな。あそこに出る模擬店、どこがやってるかは覚えられないけど割としっかり美味いんだよ。なんとなくハシャげるハレの日を皆でやり抜く。それがリアルの学祭。
そんなわけで夏休み明けに企画代表者会議の案内が学内メーリングリストで回ってきたときも「おっ、今年もそういう時期か」程度の具合。いっちょやったりますかで参加希望者用のメールフォームを開きましたね。当日もスタートの午後四時まで適当に時間潰して、あくびしながら会場の大講義室へ。入り口付近の机に置かれた出席者リストにチェック入れたところで。
「ソータじゃん」
天道紅哉。
後ろから。それも、ちょっと上から。俺より背高いから。
「なんでお前がいんだよ」
言いつつ、出席者リストを見やる。天道がチェックを入れた団体名は〈ヘブンローズ〉。ダッセえ名前。これが〈決闘王〉のカード名だったら、天国薔薇とか天薔薇とか呼ばれそう。
「学祭に出店するために決まっているだろ。むしろソータは、なんでここにいんの」
「学祭に出店するために決まってんだろ」
言い返しながら、ため息を吐く。悪寒がしてきた。
天道が学祭での予定を聞いてきたのは一昨日、夏休み明け初めてのゼミが終わったタイミングだった。ある、と答えた。仮に何もなかったとしてもそう言ったと思う。面倒事には関わりたくないので。それで素直に「そうか」で引き下がってくれてひと安心していた。甘かった。キッパリ諦めたのは俺への勧誘だけで、天道はそれとは関係なく学祭への参加は決めていたのだ。
八号館の大講義室は大とつくだけあって、かなりデカい。未だ抜けきれない高校生までの俺の感覚で言うと、部屋ってよりもホールと呼んだ方がイメージに近い。前方の黒板に向けて床に傾斜がついているタイプで、経営学科一年次の必修授業とかやってたから三〇〇人は収容できるはず。
天道はそんな部屋の一番前に陣取った。俺の肩を抱いた状態で。離せ。俺は講義だろうと説明会だろうと、真ん中より前の席には座らないポリシーなんだ。
無理やり座らされて、あー、もう、と、大講義室を見渡した。後ろから前が見やすいということは、前からも後ろが見やすいのだ。深淵を覗き見る時と同じ。
各列の端っこを中心に、かなり埋まっていた。この企画代表者会議は学祭に出店したい人間への説明会だが、学友会直属の学内に部室があるタイプの公認サークルは夏休み前に既に同様の会合を済ませている。今、集まっているのは、その手のちゃんとした団体じゃないけど折角の学祭なので個人や友達同士、あるいはゼミ仲間で何かやりたいぜ、という連中である。
そんな自由人どもの中でも、天道のスーツ姿はやっぱり浮いている。就活中みたいな人はちょいちょいいるものの、上から下までラインが走った縦縞のド派手なやつを着ている奴は他にいないし、頭も遊び人の髪の上げ方だ。こいつが面接に来て許されるのはホストクラブくらいだろ。実際、ホストやってたんだっけか。いや、案外、大企業でもおもしれー男みたいな感じでいけたりすんのかな。
そして本人は、目立っていることを気にした様子はない。
「ソータは何で来てんの」
「ボドゲ交流会」
「ありそう」
「あるんだよ」
といっても、マジで仲間内だけど。連絡用に使ってるDiscordのチャンネル参加人数は五人。ゲームによってはもうちょい必要だったりするので、やりたくなったらそれぞれが数少ない友達を頑張って招集したりする。それでもちゃんと存在しているのだ、私立八王子大学ボドゲ交流会は。ちなみに、この大学にはテーブルゲーム研究会とかいう、歴史と格調と部室のあるサークルが別にある。そっちもやってるのは結局俺らがやってるのと同じでボドゲだがなんかガチ勢っぽいので入れなかったんだよな。
そのボドゲ交流会で、学祭出ようぜと盛り上がっちゃったのが去年。ボドゲカフェと称し教室を一つ借りて、各自が持ち寄ったボドゲで来場者と遊ぶということをやった。これが結構、楽しくて、今年もやろうじゃないかとなったわけ。
「天道は」えっと、と言い直す。「ヘブンローズさんは何をやる団体なの」
「まだ何も決めてない」
メールフォームには大まかな企画内容を書く欄があったはずだが。というか、天道以外に天薔薇さんはいんのか。
「というか、何も決めてないのに俺を誘ったのか」
「そういうもんじゃね」
開き直られると反論のしようがない。まあ、確かに去年の俺らボドゲ交流会も、この段階では、とりあえず教室を一つもらおう程度のノリで参加希望を出していたか。やる企画の第一希望を〈決闘王〉大会とかにしていたわ。
俺はシャーペンの先で、コピー用紙一枚のアジェンダをとんとん叩いた。
「とはいえど、目的くらいは、あるだろ」
聞くと、天道が細い目を更に細めた。身体がぶるりと震えたところで大講義室の電気が落とされる。マイクのノイズがスピーカーを走る。天道は「始まるな」と呟いて前を向いた。おい、誤魔化すな。
教壇に第七五回私立八王子大学大学祭通称八王祭実行委員長が現れ、挨拶を始める。今年の開催日程が十一月の第一週の金土であることだけメモして、アジェンダの熟読をスタートする。聞きたいのは手続き関連の期限だけなので、そこ以外はどうでもよすぎる。『さて、今年は、八王祭史上初の試みを行います』とか言っているけど、そもそも八王祭史をろくに知らんからね、こちとら。君らも入学以前のことは口伝っしょ。
『八王祭、完全キャッシュレス化します』
ん。
顔を上げる。プロジェクターでスクリーンにパワポが投影されてる。生成AIで作ったと思しき、ゴミ箱にお札と硬貨を捨てている男女の画像が大写しになっている。キャッシュレスってそういうことではないだろ。
『今年の八王祭で使えるのは金券とQRコード決済のみ。現金は一切、使えません』
隣で天道がノートにボールペンを勢いよく走らせた。
なんか、悪寒が、猛烈になってきた、な。
準備期間
学祭の準備期間が始まってからは大学全体が目を覚ましたって感じになるよな。
って言うと、大学という概念自体に失礼な感じがあっかな。そもそも大学ってのは学問のためにある場なわけで。教授も准教授も教員も院生も学部生も全員、常に各自の領域でバリバリ何かしらをやり続けているはずで。でも、まあ、実際のところ俺ら学部生は基本寝ちゃっているからね。申し訳ない。大体、校舎が八王子の山の中にあるせいで、来るだけで疲れちゃうんよ。
ともかく、中庭を歩いていても、学食で飯を食っていても、至る所から活気が溢れて、こぼれている。段ボールの匂いが大学中に漂っている。ゴミが多い。九月末の時点でそんなんだから、十月入って、第一週、第二週と近づくごとに活気も匂いもゴミもどんどん膨れ上がっていく。踏み入れたら頭の中は、みんな祭のことばかり。俺みたいな絶妙なやる気の人間がいざ何かしようと思っても、あらゆるところが最早、空いていない。
こうした状況下で持つべきは、やっぱり学祭実行委員の友人だね。
「印刷室の予約くらい、ちゃんとしとけよな」
学祭まであと一週間のタイミング、トートバッグを抱えて意気揚々と印刷室に入ってきた俺に向けて、大坂猛はため息を吐いた。学祭実行委員会の下っ端にして、我がボドゲ交流会の幹部である。眼鏡の縁は赤色。
「なんか、最悪、自腹切って、そこらへんのプリンターでやればいいやって思うと、ギリギリまでやる気が出なくって」
俺はまずトートバッグを、次にリュックサックを下ろす。ああ、重かった。前者には、さっき駅前のスーパーで買ってきたコピー用紙と、これから印刷するチラシとポスターの原本が入っている。リュックサックには勿論〈決闘王〉の対戦セット。
「何枚刷るんだっけ」
「二〇〇枚。去年の感じだと、なんだかんだハケると思う」
俺がクリアファイルからチラシの原本を取り出すと、大坂は「カラーじゃん」と眉を顰めた。
「家にプリンターあんならともかく、コンビニとかだと、まあまあな金額になんぞ」
「そん時は多分モノクロ印刷にしてた」
言いながら、俺は手元の力作を見下ろした。〈ボドゲ交流会〉といい感じのフォントで書いた周りに、各種ボドゲや〈決闘王〉のイメージ画像をいい感じにコラージュし、全体をいい感じの色彩にまとめあげた。なんか権利に引っ掛かると怖いから、ボドゲや〈決闘王〉のパッケージはいい感じにボカしてある。Illustratorで三時間くらいかかった。絵とか普段、描かないけど、アドビの学生用のサブスクがアホみたいに安くて、入れないと損って聞くからパソコンに一通り放り込んでんだ。
で、「できたっ」と、学生用印刷室の予約を取ろうと思ったら学祭開催日まで完全に埋まってしまっていた。構内には他にもプリンターはあるけど、それらは普通にコンビニと同じくらいの金がかかる。やべえ、と思ってディスコで土下座したら、大坂が学祭実行委員会で取っている枠あるから、そっちの作業終わってからの二〇分くらいなら使えると救いの手を差し伸べてくれたってわけ。
「マジ、本当、サンキュだわ」
言いながら、プリンター上部のスキャナーの蓋を開けたところで大坂が「あ、念のため一つ確認させて」とチラシの原本をひったくった。「ハンコ、あるな」と呟いて戻してくる。チラシもポスターも、学祭実行委員会に一度チェックしてもらって、ハンコを押してもらったもの、あるいはそのコピーしか使えない決まりなのだ。
「これもハンコ貰えるタイミングに気づくのギリだった」
「気をつけろよ。無許可の配ったら、その団体、来年から参加できなくなっから」
「来年もボドゲ交流会やってるか分からんけど」俺はチラシをセットしながら「そういう問題じゃないしな」
まさに、と頷く大坂に頷きながら、ボドゲ交流会のチラシを生産していく。ガシャコガシャコと一定のリズムで紙が排出されていくのが気持ちいい。
「ってか、よく印刷室の予約取ってたな」五〇枚くらい溜まったタイミングで一度取り出し、横へ置く。「学祭って」学祭実行委員会は基本的には学祭呼ばわりされる。イベント本体の方を指す時とは絶妙なイントネーションの差で区別をつけている。「部室に印刷室なかったっけ」「あるけどさ」大坂が俺が置いたチラシの束を整えてくれる。「多分、お前らが想像している以上に学祭、プリンター使うんよ」ガシャコガシャコ「あれだけじゃ全然足りん。まとめて印刷する時はやっぱ、こっち」「ふうん。今日は何を印刷してたん」言いながら俺はプリンター近くのゴミ箱に目をやる。ミスプリしたやつとかが捨ててあっかなと思ったのだ。
おい。
「これ」
俺はゴミ箱から、緑色の紙を取り出した。サイズは普通のA4だが、多分、ここから裁断していくのだろう。何故なら、これ、どう見ても。
「金券じゃん」
〈八王祭 100〉と大きな字で刷られた文字が幾つも並んでいる。小さな文字で、あれこれ注意事項も。全体的に斜めってしまっているから、多分、それでここに捨てられたんだろうが。
「そうだけど」
「だけど、じゃなくってさ、ポイポイ捨てるなよ。今年ほぼこれが現金代わりなんだろ」
キャッシュレス八王祭については、最初の企画代表者会議の後、会議や案内の度に細かい運用について伝えられた。金券は前日から交換を開始。コード決済についても、学祭実行委員会が決済の会社から払い出したQRコードを前日に各店舗に配る。学祭中の金銭の受け渡しは全てそれで済ませ、学祭終了してから大体一か月を目処に学祭実行委員会から売上が振り込まれる。
「裏面、印刷されていないから無効だよ」
「いや、これがそのまま使われるかもって言ってんじゃなくって」俺は言いながら紙を撫でる。「紙質とか、細かい印字内容とかバレたら、偽造とか、されちゃうんじゃねえの」
言いながら、気づく。プリンターの液晶ディスプレイの横のボタンをいじってみた。予想通りだ。このプリンター、履歴機能がある。クリアだっ、クリア。
「ソータ」
「なんだよ」
顔を上げてみると大坂は、目を少し大きく開けていた。なんか、慄いているみてえな。
「偽造とか、物騒なこと、考えるなあ」
「いやいやいやいや、俺がやるって話じゃないぞ」
慌てて首を振る。
「悪いこと言わんが、やめとけよ」
肩に手を置いてきやがった。
「やらねえって」
「まあ、一応、うちもそういうことは考えてるよ。こうやって印刷したあと、シリアル番号のスタンプを押してくんだ」
大坂はスマホを取り出して、画面をスワイプして、画像を一枚出した。金券の見本なんだろう。〈No.43288922〉とか書かれている。
「八桁の数字って、それこそわけ分かんなくならねえか。適当に数字を発行してペチで終わりだろ」
「そんな考えじゃ速攻、捕まるぜ。ソータくん」
だから偽造とかやりかねないのは俺じゃねえって。
「この数字自体がまず、色々考えて発行してあんのよ。詳しい内容は教えないけど、チェックディジットは勿論あるし、何桁目の数字をどうこう、とか、色々ね。だからルールに則っていない番号入れられてもすぐ分かる。何番の数字を発行しているのかもエクセルにまとめてあっしね」
「まとめていたところで、どうやって、その数字を照合すんの」
偽造されてるっぽいです、って届け出があった時には有効だろうが。
「そこが結構、大変なんだけど、学祭終了時に一通りスキャンするつもり」
「スキャンしたあとは」
「そこからはAIでビーっよ」
そういう時代か。
「そのへんはうちのスーパーハイパープログラマーがやってくれっから」
凄えな、スーパーハイパープログラマー。実際はプログラムを作ったとか、そういう話じゃなくって、いい感じのツールを知っているだけだと思うが。
良かった良かった、と頷いて、それでもミスプリの扱いとか色々気をつけた方がいいんじゃねえのと思いながら、俺たちは作業を終えた。チラシやポスターをまとめて退散しようと印刷室のドアを開けたら。
「天道」
が立っていた。ってか、横には見覚えのあるショートカットの女性がいる。アリカだ。あと、えっと、横に立っているもう一人、のぺーっとした平べったい顔の、パーマかけている奴もなんか記憶にあるぞ。あれだ。なんとか祐樹。苗字は坂本もしくは松岡なんだけど、どっちかは覚えてない。アリカも、なんとか祐樹も、天道がパチスロで悪だくみをした時にチームを組んでいた奴である。ってことは、ただの天道じゃなくって天薔薇ご一行か。
「ん、ソータ、学祭実行委員会だっけ」
言われながら、考える。恐らく天道が次の枠を取っているのだ。それは良い。天薔薇さんは学祭に参加するんだから。問題は、こいつが、今言った通り、前の枠でどこの団体が印刷室の予約を取っているかを把握していることだ。嫌な感じがする。めっちゃくちゃに嫌な感じがする。
俺は息を吸い込んだ。
それから、言った。
「天道、今日の夜、空いているか」
「空いてっけど」
「ちょっと飲もう。話したいことがある」
正確には、言っておかなきゃいけないことが、できた。今。ちょうど。
「珍しいな」
天道はそれだけを返して「オーケーオーケー」と右手の親指と人差し指で丸を作って、そのまま印刷室へ進軍した。俺は大坂と共に大人しく撤退する。この場は。
学祭実行委員会の仕事へ戻る大坂を見送った後は駆け足で行動をした。学祭前でもチラシを配置して良い場所に刷りたてを十枚ほどセットし、ついでにポスターも貼る。それが済んだら八王子駅前へ。夜に予定が入ってしまったから、巻きでカドショ巡りをしなければならない。
どうにかいつもの巡回ルートをこなして、天道にここに来いとLINEを送りつけた居酒屋〈豚セレブ〉へ約束時間ピタリに駆け込む。席は空いていたが、天道は来ていなかった。十分遅れでやってきた。半個室のテーブル席に手を立てて滑り込んでくる。
「悪いな、色々忙しくって」
俺だって決して暇なわけじゃなく、今日だって本当ならデュエルを何戦かこなす予定だったのだが。
〈豚セレブ〉は多分チェーンなんだけれど、ここ以外のどこに店舗があるのかは誰も知らないのでというくらいの店である。そんなに美味くも安くもないし、不味くも高くもない。ついでに駅から近くも遠くもない。ま、丁度いい店である。タブレットで俺が頼んだのも丁度いいくらいのメニュー。飲み物は俺がクラフトビールで、天道は普通の生。俺が気取ったみたいになるから、やめてほしいんだが。どうせビールなら合わせろよ。
乾杯した。
一応は。
「で、話したいこととは何だね。ソータくん」
「偽札づくりか」
早速聞いてきたので早速言ってやる。
「造幣局にツテはない」
「くだらねえこと言うなよ」
「無駄に凝った言い回しをしてきたのはソータだろ」
天道は小鉢を一つまみした。どうだ美味いか、俺が頼んだ梅水晶は。
「ソータは俺のことを一体なんだと思ってるわけ」
「パブリック・エナミー」天道の手元のジョッキよりも大分細っちい、クラフトビール醸造会社のラベルが印字されたグラスを一口挟んでから「今回は大分マジで言ってる」
天道は普通にハハッと声を出した。ノーダメか。悪口言われて歯を見せるな。
「俺が何をやったって言うんだ」
「トレカ転売。パチスロの打ち子の斡旋業」
天道はジョッキを口へ運んだ後に肩をすくめた。
「犯罪ではない」
「そこだよ」
俺は天道の無駄に高え鼻目掛けて指を向ける。
「確かにギリギリ禁じられてないかもしれないけどさ、だからと言って、何をやっても良いってわけじゃないだろ。というか、そういうことやってる奴のせいで、どんどん世の中のルールってのは厳しくなっていくんだよ」
転売ヤー対策のために事前に抽選販売の申し込みをしていないと新パックが買えなかったり。純粋なコレクション用で欲しいのにいちいちシュリンク破られたり。無限ループ発生させて大会で無双していたら該当カードが禁止カードになっちまったり。
「真っ当に生きている人のおかげで緩くやれている部分の余裕を掠め取って、将来的にはその緩さを台無しにする。それが天道、お前のやっていることだよ」
言い過ぎたか。
ちらりと、天道の顔を見た。いや、全然、言い過ぎたなんてことねえな。顔色変わってない。腹立つな。
「ともかくさ、そういうわけだから学祭で例の如くそういうことをやるのはやめようぜ」
机の上で拳を握る。
「別に凄えこととも偉いこととも思わねえけどさ、学祭をキャッシュレス化って、なんか、頑張ってるわけじゃん。偽造の対策までバッチリで、偽札使ったらイベント後に絶対にバレるようにしてあるってよ。それでも実際に偽の金券なんざ作られて流通してみろよ。やっぱ失敗だったねで巻き戻しだし、下手したら、来年以降はそもそも現金含めてお金の受け渡しなしねみたいになるかも。そういうことを考えると、やっぱ良くないなって思わないわけ」
「良くないな」
「ちゃんと分かってんのか」
「だから、そもそも金券の偽造なんて考えてねえって」
「自分のことをそう言って信用されるような人間だと評価してんの」
「してるけど」
即答しやがった。
「だって、金券の偽造って犯罪だからな。作ったら有価証券偽造罪じゃなかったかな」
そういう問題の話をしていたつもりはなかったんだが。
「それに金券偽造したところで、どうするわけ。学祭で買えるものなんて屋台のメシとか、サークル誌とか、その程度じゃん」
「だから、お前は出店側で参加したんじゃねえの。客として使える金額は少なくても、店としてこれだけ稼ぎましたって、偽の金券を学祭に提出して、その分の金もらったら、それなりは狙える」
天道は「あー」と言いながらジョッキを傾けた。
「いや、でも、しないよ。それしたら、ガッツリ詐欺罪だし」
そういう、どんなことをしたら何罪になるのかいちいち把握しているところで不安にさせられるんだが。
「とにかく、ソータの言っていることは分かったよ」
「本当かよ」
「来年以降の学祭の運営に関わるような、学祭を滅茶苦茶にすることはするなってことでしょ。しないしない」
俺は、眉を顰めながら梅水晶に箸をつけた。うん、美味くもなければ不味くもない。