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後片付け

 

 翌日の後片付けを無事に終えるまでが学祭です、なんてことは今どき学長や学祭実行委員長ですら言わないことだろうけどさ、正直、遠足や運動会よりはそんな感じがちゃんとあるよな。まだちょっと皆が浮かれている気がする。大学全体が様変わりしたままっていう視覚効果がデカいんだろうね。

 でもまあ、今日ばっかりは、俺の足取りはそんなに軽くはなかった。校門抜けて、〈ヘブンローズ・フェスティバル〉のテントがあった場所へまず向かった。

 既にもぬけの殻になっている。段ボール一つ、残っていない。長机とパイプ椅子だけ、畳まれて置いてある。

 まあ、予想はしていた。天道のことだから逃げ足が速かろうという意味合いではなく、中庭に屋台的に出店しているサークルは、基本的に当日中に大体の片付けを終えてしまいがちというだけの話。あの縁日なんて、余ったお菓子の段ボール箱を解体して、射的や輪投げの道具を持ちかえればそれで終わりだからね。机と椅子については返却タイミングが今日だったので、まだ置いてあるんだろう。とはいえ天道がそういう雑務をしにやってくるとは思えない。

 どうすっかな。

 とりあえずの気持ちで、あてもなく、奥へと進んでいたところで、なんとか祐樹を見つけた。ヘブンローズにいたのぺーっとしている方ではなく、クレープ屋をやっていた、パリッとしていた方。

 賭けるか。

「ちっす」

 声をかけると、振り向いてくれた。が、あっちにリアクションはない。そりゃ、そうだろう。俺はこいつと話したことは特にない。

「今日、天道にはもう会いましたか」

 なんとか祐樹の表情が、目から、パリパリと割れていくみたいに崩れていく。

 俺の方としてもため息を吐きたい気持ちである。

 賭けた目、当たりすぎた。

 松岡の方らしい祐樹いわく、天道は七号館の七二五教室にいるとのことだった。七号館は名前の通り七番目に建てられた建物らしいが、それまでの六館は全て建て直されて新しくなっているので、私立八王子大学で最もボロい館になってしまっている。場所もやたら奥まったところにあって、この号館でやる講義はあまり取りたくない。今回の学祭で割り当てられた団体は、多分、舌打ちくらいはしたと思う。それでも、今、七号館に入ろうとした俺とすれ違った数人は爽やかな良い顔してたから偉い。

 二階に上がる。踊り場の掲示板に残っている学祭関係のポスターは二枚だけだった。ケバブ屋とお化け屋敷。みんな仕事早いなあ。

 七二五教室は廊下も引き戸も、何の飾りつけもされていなかった。戸を引いてみる。中も、机が並んだ、普段の状態のままのようだった。

 天道はやっぱり、教壇から見ての最前列ど真ん中に座っていた。手元には箱が見える。不透明だが、その中に入っているのが何なのか、今の俺には想像はついている。

「ソータ」

「ここ、あれか。学祭で使われてなかった教室か」

「世界史研究会の展示に割り当てられてたけど、準備が開催日までに間に合わなかったらしい」

「世界史研究会なんてウィキペディア印刷して壁に貼るだけでも展示成立するだろ」

「世界史研究会をナメるな」

 お前は世界史研究会のなんなんだよ、と言いたくなるのを堪えながら、俺は引き戸を後ろ手に閉めて前進する。廊下を歩いていたときは片付けの音が喧しいくらいだったのに、戸一つ隔てるだけで、なんだか全部遠い。

「で、どうしたソータ」

「金券の現金化をする気はない」俺は深呼吸を挟んで「逆に、金券を買う気もない」

 天道が鳴らした「くくっ」という笑い声は、口からというよりも、喉から直接聞こえてきた感じがした。

 天道の目の前に立って、見下ろした。

「昨日、電話で金券の現金化が目的だと言って、お前がそうだと返してから、あれこれ考えた。妙なことがまだ、幾つかある」

 指を数本立てた。立ててからマジで意味のない立て方したなと気づいて、全部折りたたむ。一、二、三、と論拠を数えて語るタイプではないんだ俺は。名探偵じゃねえんだわ。それでも「第一に」とか言っちゃう。

「お前の性格的に、やっぱり、変だ。金券、いくらで買い取ってんだ」

「一〇〇円の券を七〇円」

「つまり一〇〇円ごとに三〇円の儲けだな。一〇〇〇円で三〇〇円、一万円で三千円、一〇万で三万円。その程度だ。しかも、手に入るのは一か月後。天道らしくない」

 天道は右手を頭の裏に当てて、上体を反らした。

「ソータ、なんかいつも、そればっかじゃね」

「お前の性格が変わらないからな」

 天道は右手を顎に移した。

「別に俺だって常にどかんと大稼ぎ狙いばっかじゃないぜ。時々バイトだってする」

 とか言ってるけど、こいつ、何のバイトしてんだろうな。闇が頭についてないことを祈る。

「それに、今回は学祭だ。普通に〈ヘブンローズ・フェスティバル〉の儲けだってある。それにちょっとでもプラスできるなら、それだけで万々歳じゃないか」

「妙なことは幾つかあるって言ったろ」

 俺は結局、指を二本立ててしまう。ピース。

「二つ目。昨日、俺がお前のパトロールに同行しようとしたのを嫌がらなかったこと」

「ソータと一緒に回りたかったんだよ」

 無視する。

「お前は金券の買取のセールスのために学祭をパトロールしていたはずだろ。なら、俺がいちゃ邪魔だろ。その間はそのことを相手に話せないんだから」

「変に断ったら怪しまれるかもと考えて、その間は適当に回ることにしたんだ」

「適当だとは思えない」

 天道の細い目の間、瞳が見えた。「ほう」とか言った。

「有料プラネタリウム、チャリティーバザー、漫研の会誌、お好み焼きバーガー、クレープ。お前が巡った催しもの、全部お金がかかるんだ」

 学祭では金を取らないイベントもわんさかある。天道のパトロールは、何らかの基準があったとしか思えない。

「もう一つ言っとこう。お前は昨日の夕方、忙しいって言ってた。金券の現金化であちこち行っててってことかなと思ったんだけど、それも、いまいち変だ」

「何故」

「金券の現金化って、いつでもできるだろ。二日分の売上を丸ごと現金にするわけじゃなくって、打ち上げ代の補填とか、そういうことで金欲しがってるんだから。とりあえず一日目の売上からこんだけ買い取って、とかそういう交渉になるのが自然だ」

 俺は手をひらめかせた。「まとめるぞ」おお、名探偵気取り。

「お前には、さらなる企みがある。それはどかんと稼げて、金を使う団体をパトロールしてみる意味があって、そして二日目の夜に忙しくなるような何かだ」

 一度、息継ぎ。

「その上で、金券の現金化も、その作戦自体に関わりあるだろうなと思った。無駄なことしたがらないからな、お前は。でも、どんな意味があるのかと考えて、気づいたんだ。一〇〇円縁日が大盛況だったのも、実は意味は同じだったんじゃないかって」

 俺は天道の手元のボックスの上に掌を置いた。

「天道、お前、金券を可能な限り集めたかったんじゃないか」

 ボックスにロックはかかっていなかった。開けると、やはり緑色の紙束があった。勿論シリアルナンバーはきちんと入っている。

「まあ、これが金になるんだから、集めたいさ」

「そういう意味ではない。お前がこれを渡すの、学祭実行委員会じゃないだろ」本当ならここで金券を宙に舞わせたいところだ。「お前は金券を、額面以上で売りつけようとしている」

 天道が座りなおした。腕を組んだ。

「誰に」

「金券を偽造した奴、あるいはQRコードをすり替えた奴」

 俺は今、両手を机の上につけている。掌の間、天道のボックスの横に汗が流れた。

「まず、金券を買うだけじゃなくって、高値で売ろうとしてんだろと思った。転売は天道、お前の得意技だからな。でも、どんな人間が金券を買うだろうかって考えた。正直、まともに学祭やってりゃ、額面以上の金で金券を買おうなんて思わねえもん。そこで、過よぎった。開催前に、俺が、お前に言ったやつ」

「金券の偽造と、QRコードのすり替え」

 天道は言い含めるように、俺がさっき言ったことを繰り返した。

「それだ。それを実際にやった奴がいたとしたら、どうだろう。金券の偽造については、やった奴がいたとすれば、客ではなく出店している側だ。これは〈豚セレブ〉の時に話したな。QRコードのすり替えは、ヘブンローズみたいな小さいところなら意味がなくとも、デカいサークルに属していて、ちょっと売上を抜いてやろうと考えている奴がいたら、やったりもするだろう」

 自分が店番している間だけQRコードをマイコードにしておく。小遣い稼ぎには有効だ。

「そして、やってしまった後に、金券の偽造はシリアルナンバーでバレるし、QRコードのすり替えもQRコードを比較すれば分かると、知らされたら」

「焦るだろうな」

「そりゃ、焦るよ。学祭の売上は各日の終了時点で幾らだったかを学祭に提出してる。概算だけど、流石に万単位とかでズレていたら、おかしいと言われる。QRコードについてはそのサークルでボコられるだろうな。そんな風にパニック状態になったところで、ここに本物の金券がある、売ってもいいぞと言われたら、多少の高値でも買う。そうだろ」

「流石だ。ソータ」

 天道はやはりゆっくり、言った。俺の眼を見て。これが昨日のそれだけ、の先か。

「パトロールはQRコードをすり替えているところがないかをチェックしていたってわけだ。だから俺は邪魔ではなかった。学祭終了後に忙しかったのも当然だ。学祭中に金券偽造者やQRコードすり替え者に声かけても、なら学祭実行委員会から正規で金券を買うってなっちゃうからな」

 学祭が終了した状態だからこそ、天道の抱えている金券に価値が出るのだ。

「天道の手元の金券の数が減っても問題ないっていうのは、現金化の際、増えたとしても問題ないって話したのと同じ理屈だな。縁日だから、多少、売上が少なくてお菓子が沢山減っていても、射的や輪投げの上手い奴が多かったで済む」

 天道は拍手をした。

 俺はそれを止めるように右手を一度浮かせて、机を叩くように置きなおした。

「問題は、だ」息継ぎ。「問題は、天道、お前がどうすれば、都合よくカモを見つけられたか、だ」

「QRコードのすり替えはパトロールで、ってお前が言ったろ」

「見つからなかったら、どうするつもりだったんだ。ここまで仕込んでおいて。あと、金券の偽造者は本来ならお前は見つけようがない」

 天道、と俺は言った。静かに。

「お前、金券の偽造方法と、QRコードのすり替えのアイディア、噂を流すかなんかしたろ。やりそうな奴相手に」

「おお」

 天道が漏らすように、音を出した。

「ここにお前がいるっての、俺、松岡の方の祐樹に聞いたんだよ。なんでか分かるか」

「なんで」

 天道の声のトーンも、こちらを見る表情も、答えを既に分かっているんだろうということが丸わかりだった。

「あいつがお前のパチスロの打ち子の斡旋業の時の仲間だったからだ」

「ついでに、金を抜いていた奴でもある」

 それは知らんかった。どっちかの祐樹としか聞いてなかったから。

「もし、天道が実は違反者への金券の融通をやっていて、そして、カモをマッチポンプで作っていたとしたら、真っ先にこの辺りの奴に声をかけるだろうなと思って」

「言うて犯罪教唆したわけじゃないぜ。こんなことができるらしいねー怖いねーってくらい」

「うっせえな。ともかく、賭けで聞いたんだよ」

「そしたら大当たりだった」

「その通り」

 天道は「ソータ、やっぱり、凄いわ」とため息を吐き、「お前さあ」とだけ言った。

「学祭は壊していない、だろ」

「どこがだよ」

「俺が金券を売りつけて、正しい金額を祐樹たちが計上したら、それでオールオッケーじゃん。金券の偽造もQRコードのすり替えもなかったことになる」

 俺はもう一度「お前さあ」と言ったが、末尾の方、弱弱しくなった。

「俺が、学祭とかに、言わなければ、な」

「そうだな。言わないでほしい」

 こういうところで、こういうことを素直に言うか、普通。

 後片付けは進んでいるらしい。教室の前を通る足音が、段々と少なくなってきている。

「一つ、聞いていいか」

「どうぞ」

 天道は手を宙にひらめかせた。

「金券の偽造ができるかもとか、QRコードのすり替えできるかもとか、俺がお前に言う前に既に思いついていたか」

「いいや。特にQRコードについてはソータ、そんなことよく考えるな、と驚いたわ。そこまで金券の偽造だけで仕込みしてた」

 つまり俺から学んだ、と。

 究極的には俺のせい、と。

 何かが出てきそうだ。唇をどうにか結んで、喉の奥にそれを戻した。

 

☆

 

 どうにかこうにか後片付け終わらせて、家まで帰還。それからベッドにバタリ。

 頭が痛かった。喉が渇く。身体からのSOSが至るところから発せられているが、思うことはただ一つだ。

 天道に負けた。完膚なきまでに。

 ああ、畜生っ。

 悔しいっ。

 

(第3話・了)