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 そこからバイトの給料日までは、頑張った。すげえ頑張った。マージで頑張った。まだ使うつもりのカードを売ったのは俺史上初だった。〈一振りの骰子ワンチャンス・ダイス〉なんて、何枚あっても足りないってのに、俺は、俺は、それを三軍とはいえ、自分のデッキから抜いて。うおおっ。

 そういう時には正直、魔が差すよな。〈ヘブンロード機構〉のことを思い出しちゃう。やらねえけどさあ、あんな、グレーの中でのグレーの中でのグレーみたいなこと。そこまでいくと、もはや何色ですかっていう感じ。

 大学が夏休みに入ると、天道と会う機会はなくなった。借りた金、パチスロ代とドリンクバー代を返した時だけ顔合わせたか。その他にゼミ合宿が一回あるはずだったんだけど、台風で中止になっちゃってさ。代わりのゼミ飲みやろうと言ってるけど誰も幹事をせずにそのまま。これはお流れになるパターンだな。

 だからまあ、あれが上手くいっているのかどうかも知らずで。そして夏休み明けになるくらいには忘れちまっているんだろう、みたいな気持ちだったんだけど。

 天道からLINEが来た。

〈ソータ、助けてほしい〉

 どうすっかな。

 

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 ということで会ってやったわけだが、いざ向かい合ってみた天道は割と元気そうな顔をしていて、正直ムカついたよな。橋本駅まで、わざわざ来てやっているんだぞ、こちとら。JR線と京王線の乗り換え道からの脱出口みたいな位置にある、駅前〈ガスト〉に。夏休み中の学生どもで無駄に賑わう駅前〈ガスト〉に。俺もその一人ではあるが。しかも先に着いたの俺の方だからね。舐めてんのか。

「悪いね」と何一つ悪事をしていないみたいな態度で言いながら現れた天道は、この間とネクタイの色を変えただけで、案の定のスーツ姿だった。ちゃんとクリーニング出してんのかな。だとしたら、この時期、毎日出さなきゃいけないんじゃねえかと思うけど。不経済すぎる。濃い緑に水玉が浮いているネクタイに唇を曲げつつ俺が「で、何」と聞いてやる。

「打ち子に金を抜かれている気がする」

 どうした。信頼と安心の〈ヘブンロード機構〉。

 茶化そうとした俺を妨害するように、天道はため息を吐き出して「最初から話すわ」と語りだした。

 結構ビックリだが〈ヘブンロード機構〉の滑り出しは、それなりに順調だったらしい。「やっぱりビジネスの肝って、いかにニーズを掘り出すかだよな」と、本人がドヤ顔してくるのは腹が立つが、実際にそうだったのだろう。打ち子探しに困っている親と、夏休みの予定潰しに悩んでいる子、上手いことマッチングできたらしい。

「ってか、打ち子になりたい奴ってそんなにいんのか」

 正直、まだまだ知らない世界すぎてピンときていないところがある。

「いるね」

「そんなに日給でんの」

「日給もあるけど、まあ、色々と事情はあるね」

「どういう」

「面接とかがダルくて他のバイトができないとか」

 ろくでもねえな、と思いながら聞いていると、天道は「あと」と付け足す。

「知識を得ようとしている人とかもいるな」

「知識」

 ついオウム返しをしてしまう。

「結局、打ち子の親をやろうとしている人は、今、この台がアツいってのを把握しているわけよ。かつ、その台をこのように打てみたいなことも指示している。これは親の命綱だから割と企業秘密なんだよね。店内でスマホを出すな、くらいまで言う人がいるレベル」

「なんでだ」

 集中しろってことか。

「この台をこのように打てってLINEを覗き見されてパクられたら嫌だから」

 あー。

「実際に親と触れ合わないとそういうノウハウを学べないわけだね。故に、子をやりながら学んで、最終的には自分一人で打とうとする、みたいなことを考える人も出てくる」

「向上心があるな」

 ともかく、そうしたわけで俺にフラれても天道は〈ヘブンロード機構〉を順調に運営していたという。

「それが、ね。この二週間、なんかおかしいんだ」

 帳尻が合わなくなったと天道は続けた。

 今、メインで打たせているのはあの〈スマスロ 二〇八四年の魔少年女2〉。この台は朝から閉店まで打たせたとき、期待値的には平均二万円程度の儲けになるはずで、五人の打ち子が打っていれば週に七〇万円が安定してあがってくる計算だという。

「でも、二週続けて、そこに届かないんだよね。誰か一人、当たりが出ても申告してないんじゃないかってくらいのズレがずっとある」

「下ブレしてるだけじゃねえの」

「一日二日ならともかく、ここまで順調にできているメンツと店で、そこまでハマるとは思えない。純粋な下ブレってならいいが、それならそれで、しっかりと証明してほしい」

 ふむ、と頷く。分からなくはない。試行回数で言うと二週間毎日やっているのなら一四回だ。まあ、そんなに不調が続くわけがないっていう考え自体が、もうダメダメなギャンブラーの世界に足を踏み入れてしまっているような気がするが。

「ともかく、打ち子に金を抜かれているかも、となったら〈ヘブンロード機構〉自体の危機になる。親が信用してくれなくなるからな。だからソータを呼んだ」

「何一つ、繋がっていないが」

「ソータ、鋭いじゃん。〈決闘王〉の時も、めちゃくちゃ名推理して、俺のプランぶっ壊してたし。だからソータに、うちの打ち子の中に金抜いている奴がいないか調べてもらいたいんだけど、お願いできないかな」

 天道は、そう言うと、にっかり笑って手を合わせた。どっちかっていうと「いただきます」に見える。

 

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〈デラックス・ワン橋本〉は、相も変わらずデラックスだった。〈魔少年女〉の台の位置は変わっていないとのことなので、そのまま島へ向かう。まあ、もう、ビビることもありませんね。島の端っこに、子の一人を見つけたので、その隣に座った。同じ大学とはいえこいつらには誰一人、会ったこともなかったが、打ち子たちの写真は天道から提供してもらっている。人数は五人で、全員男性だった。アリカはいなかった。天道に聞いたところ、メンバーはそれなりに入れ替わるものだとのこと。

 今回、台のディスプレイに映っているのはアリスだった。ご存じの通り〈魔少年女〉は、どのクールでも数話ごとに主人公が切り替わる構成のアニメ。アリスはアキトの次の出番。ちなみに俺の推し。この台もアニメにならって、ランダムに映すストーリーの主人公を切り替えているらしい。今日、全部観られたらいいんだけど。

 天道から受け取った一〇〇〇円札をサンドに放り、レバーを叩く。

 遊技スタート。

 不自然と思われない程度に、ゆるゆるリールを止めながら、俺は周囲を見回した。同じ並びにもう一人いる。残りの三人は反対側の島か。とりあえず間接視野で隣席と同時に観察する。淡々とリールを止めていっている。良いリズムをしていた。もう午後三時過ぎ、そろそろ疲れているはずだが。

 天道から話を聞いた限り、打ち子のスケジュールというのは結構ハードだ。基本的には開店から閉店までスロットを打ち続けるのだという。昼飯はコンビニのおにぎり。ブラックすぎないか。土日や、イベントが開催される日は入店順の抽選があるので、開店よりも、もっと早く集合するとのこと。パチスロで金を稼ごうとしているのに朝早く起きられるの凄いな。そこだけに限れば大半の大学生よりも優秀なのでは。

 最初の一〇〇〇円が消えたところで俺は立ち上がり、席を動いた。一人、二人、三人。さっき見つからなかった他の打ち子を確認する。

 なんつうか、全員、割と普通だ。別にパチ屋に来ている奴全員がヤンキーってわけじゃないのは、天道に〈設定6〉打たされた時に思い知ったから驚かないけども。まあ、陽っぽい奴もいれば陰っぽい奴もいる。大学でランダムに声かけたら、こういう風にピックアップできんじゃね、って感じ。実際、天道のことだから、マジでナンパみたいに大学構内で「打ち子やらんかね」って誘いまくったかもな。ともかく、正直、区別はつかん。名前は分かっているよ。五十音順であら真一しん いち岡本輝おか もと てる坂本さか もとゆうなかあゆむ松岡まつ おかゆう。五人で祐樹のペアができていて少しだけ面白い以上の感情を、俺はこいつらに対して抱くことはできない。ともかく、荒木も岡本も坂本も中井も松岡も、ちゃんと打っているように見えた。

 ふむ。

 天道から話を聞いたとき、最初に疑ったのは悪意ではなく怠惰だった。金を抜いているんじゃなくって、サボっているんじゃないか。途中、店から脱け出したり、あるいは休憩スペースで寝たり。金だけもらって、ろくに打っていないみたいな奴がいるのでは。

 念のためのチェックではある。そもそも天道も、親の代理業務として、定期的に様子を見るようにはしているとのことだったから。あまりにもつきっきりだと店側に軍団だとバレるので声掛けとかはしないらしいが。

 とりあえず、少なくとも今日このタイミングの打ち子らについては、天道がパトロールしている時のみ、しっかりやって、あとは席で爆睡しているみたいなことはしていない、全員、真面目に打っている。

 なのに今日、期待値的におかしい成果だったら。今日だけではなく、昨日も明日もそうだとしたら。

 成る程、悪意の可能性が出てくる。

 

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 一度席移動してからまた数分後、横の打ち子の台が光った。〈ボーナス〉の文字が見える。画面で変身しようとしているのは、おっ、ジャネットじゃん。〈魔少年女〉のキャラの中でも最年少の、ニュー・ニューヨーク出身。変身ロッドを掴むために右手を伸ばす、このカット。これがたまらないんだよなあ。〈7〉が二つにBARが一つ、エピソード・ボーナスだ。俺は打ち子の名前と共にメモをした。これが今日、天道に報告されていなければ、この打ち子が問題の奴だという証拠になる。ATが何回続くかもチェックしときたいけど、怪しまれないかな。いけるかな。

 いつ、ボーナスを当てて、ATを何回したか。天井到達後のスペシャルイベントは起こったか。これらの情報については逐一、報告するように義務づけられている。

 その報告を精査すれば、誰が当たりを過少申告しているかは一目瞭然なのではと最初、思った。だが、見てみると、そうでもないことが分かった。結局のところ、いくら良い設定を掴んでいようともパチスロは運ゲーだ。勝ったり負けたりは当たり前で、誰が変とは言い切れない。明らかに、こいつは一切の当たりを報告していない。あるいは、あまりにも負けすぎている。そういった極端なデータの者はいなかった。当たっている日、ハマっている日、プラマイゼロの日、誰もが混ぜこぜだ。

「会員登録はさせていないのか」

 データをざっと見たとき、ちょっと思ったことがあったので天道に聞いた。

「させてるけど。半端にメダル残ったとき勿体ないし」

 パチ屋には、店舗やチェーンごとの会員システムがある。その日に景品に交換しなかった玉やメダルを翌日以降にまた使えるように貯められたり、来店ごとにポイントが貯まったりと、色々なサービスを受けられる。

「アプリで遊技履歴を見れば一発じゃね。あれ、当たりの詳細とかも見られるでしょ」

 天道は「よく知ってるな」と目を丸くしたあと、首を振った。

「でも〈デラックス・ワン〉の会員アプリは駄目なんだよ。来店履歴は見られるけど、個別の台の結果みたいのは閲覧できない」

 店やチェーンごとにアプリの品質に差がある。カドショもパチ屋も同じだな。

 そうしたわけで、当たり隠しを見破るためには、こうやって現地で当たった瞬間をメモして報告されているかどうかを照会していくしかない。のだが。すぐに、うんざりした気分になった。

 俺は一人しかいない。

 俺が隣の打ち子Aのエピソード・ボーナスを記録している裏で、打ち子Bがビッグ・ボーナスを当てて、それを隠しているかもしれない。せめて天道と二人態勢で厳密に監視を、と思うけれど、天道のツラは割れているから、あいつが近くにいたらそもそも当たり隠しなんてしないよなあ。その場での不正防止という意味はあるけど。あまりにも天道がここにいすぎたら、さっき言った通り店に軍団がバレるかもだし。

 台を移す度に打ち始めと打ち終わり時の台のデータカウンターの写真を送ってもらったら良い具合に照合できるかもしれない。と、思ったが、店内を回って辻褄の合う台を探せばいいだけの話だしな。これも誤魔化せる。俺だったら絶対それをやる。

 なんというか、もっと、キッパリ、当たりを隠している奴を見つけ出す方法があればいいのだが。

 しっかしと思う。どいつもこいつも、当たったときのリアクションが薄い。ボーナス出たんなら雄叫びあげるまではいかなくても、もっと喜んでいいんじゃないかね。落ち着きすぎじゃん。やっぱ、あれかなあ。当たっても自分の当たりではないってのがデカいのかなあ。なんだかんだ今日、打ち子全員が大なり小なり当たっているけど、みんな、「おう」くらいなんだよね。そこは「おう」じゃないでしょ。

 そう思いながらレバーを叩いたところで、金が尽きた。天道からもらわなきゃ。

 しっかし、と再度、考える。今度は親と天道に対して、大変だよな、と労ってやる。打ち子たちには朝、軍資金として五万円を配るらしい。全員が一日それでパチ屋で過ごせたとして、二五万。実際には途中で尽きて金もらいに来るから、手元の現金はもっと必要だ。それで期待値は一人頭二万円でしょ。これ、投資に見合ってんのかな。見合ってはいるか。でもなあ。

「あっ」

 待てよ。

 なんか妙だぞ、と。

 気づいた。思いついた。

 

(つづく)