この動画は、わたしにそう呟かせるものがあった。
「動画の意図は全く意味が分かりませんが、それでも『死せる家』と題されると、なんだか納得という気がしますね。まるで映像作品だ」
「ロケハンという可能性も考えたが」と、諸星は漏らす。「有り得なさそうだね。子供がふたりだけで撮るとも思えない。それにこれはまるで、映像資料を収めているかのようだ。だが何より気になるのは最後に映った少女」
この不気味な動画に最後の恐怖を添えたのは、彼女だ。
何をいうでもなく、ただ立っている。そして彼方を意味深に指さす。呪いのビデオを見たものは一週間後に必ず不審死を遂げるというホラー映画の金字塔『リング』。その呪いのビデオのワンカットに、彼女と同じように、彼方を指さす男が出てくる。その男はずた袋をかぶった中年男性だが、今回は、顔をさらした少女である。
呪いのビデオならぬ呪いのDVD。
題名は『死せる家』。
だが実際のところ、動画の中に怪しい存在は映されていない。鏡に幽霊が映ったわけでも、階段の隅で手招いていたわけでもない。依然として不可解であるが、オカルトと呼べるような動画じゃない。
それでも動画に潜ってみたいと気持ちがはやる。
少女が指し示したのは何か。
少年はなぜ撮っているのか。
そしてこの不吉な題名が示す意味は?
調査対象として、十分に魅力的だった。そしてむくむくと興味の尾をもたげたのはわたしだけじゃない。諸星も拝むように手をあわせた。
「阿網チャン、お願いできるかい?」
下手に出ているが、わたしの意思がどちらに傾いているのか察しているようで、返答を聞くよりも前にモニターの前から腰を上げて、席を譲った。
「お銭は別途請求しますよ、所長」
「抜け目ない子だなぁ。勿論お支払いしますよ、センセイ」
「うむ。よかろう。大船に乗った気持ちでいると宜しい」
シートに腰掛けると、ヘッドホンの端子を延長して、デスクトップパソコンに接続する。諸星はマウスをとって、いつでも動画が再生できるように待機する。
準備は整った。ゆっくりと瞼を閉じる。
「それでは阿網チャン、この『死せる家』で何が起こっていたのか、検証をよろしく。スリーカウントでいくよ?」
「お願いします」
背もたれに体を預けたまま、深く調息する。
「三、二、一──」
クリック音とともに、音が流れ込む。
強張った血管に一気に流れた音の粒子は、ざらりとした感覚を伴って耳に届き、閉じた瞼の裏に、ゆっくりと世界を点描していく──。
瞼の裏に映し出された空間が形をなすと、動画の序盤に映っていた子供部屋に立っていた。隣には少年がおり、部屋の中央で、じっとカメラを構えて佇んでいる。少年はおさなげな顔つきに似つかわしい、歯痛に耐えるような表情だった。
彼はしばらくすると戸をあけて、廊下を進み、突き当たりの洋間に進入すると、記録をとるように、ぐるりと周囲を映していく。
つられて周囲に視線を巡らせると、動画内では気づかなかったものがいくつかわかってきた。
まず蔵書の種類だ。再生された動画では見過ごしていたが、時間をかけて確認してみると、書架に差し込まれた書籍は見慣れない判型の洋書ばかりだった。タイトルには、聞き覚えのあるジュブナイルの超大作や傑作古典ミステリもある。英訳された日本の著名な作品もあり、この書斎にいた人物が英語圏の書籍を親しむ人であることが判る。書架のとなりには、洋画のVHSラックも備わっている。
翻訳関連の仕事をしているのだろうか。卓上のカレンダーに赤字で締め切りと書かれた箇所がある。隅に記された西暦は二〇〇四年。デスク脇に置かれた市販のDVD-Rにも、その白いレーベル欄には『二〇〇四・九月二十日』や『二〇〇四・十月七日』と書きつけてある。DVDが普及してきたことを加味して、おそらくこの時期で間違いない。
書斎を調査しているわたしの傍らで、少年は寝そべりだした。
思えばこの行為も奇妙である。天井はこれといって特別ではなく、傷や付着物がある訳でもない。だがそれを撮る少年の表情が、怯えや痛みを伴うものであることが気がかりだった。
少年は起き上がると、階段を下りていく。
少年はすぐに洗面所に入る。つづいてわたしも入り、彼がカメラを鏡に映す。
「分かっていたことだけど、やっぱり鏡には映らないよね」
鏡にはビデオカメラを構える少年だけ。わたしはいない。脳で織り上げた明晰夢のような世界で、わたしは幽霊のように透明なのだ。それから少年は洗面所を出ると玄関のほうに向かう。
三和土には靴やスリッパが乱雑に置かれて、靴のサイズや種類からみて、およそ三、四人の所帯だろう。玄関戸は古めかしいすりガラスの戸で、ほかには何か取り立てていうところはない。あえて言及するなら、玄関の電話台の近くに置かれた木彫りの置物だろうか。
それは小さな円柱の形をした鳥らしきもので、どこか不思議と既視感を誘うのだが、結局薄ぼんやりとした記憶の端緒を掴めずに、じっとそれを見下ろす他なかった。
「あっ」
もう少しで記憶の取っ掛かりを掴めそうと思った矢先、カメラの少年は、それを何食わぬ顔でつかむと、ポケットに入れ込んだ。画角の外で起きていた小さな出来事だった。彼はそのままリビングに行く。
リビングは雑然として小汚かった。ひとつの小さなボウルには、食べかけのお粥が残っている。白粥には小さくて輪切りにされた白いカブや餅の角張った破片が混在していた。
そしてカメラは和室にむかう。
和室はそれほど物がなく、床の間には埃がたまっていた。寝室なのだろう。四隅には小さなフロアライトが置かれ、寝入りばなに目を通すのか、文庫本が、カバーをはがして積み上げてある。
向かいには障子戸と縁側。戸はひらいて庭が見渡せる。そこから一陣の風が吹き込み、かすかに河川のせせらぎが聞こえた。そして隣家から伸びる楡の影の下に、ひとりの少女が遠く彼方を指さしている。
その表情には屈折した苛立ちのようなものが、べったりとまとわりついていた。
そのときだ。微かだが、遠くから足音が聞こえた。
その足音は家の近くでびくりと一度立ち止まると、足音をひそめるようにゆっくりと玄関の方に近づいていった。
「妙な、あまりにも妙な」
わたしはやおら縁側にあがり、和室の中央で自らの顔を映そうとする少年のとなりを通り過ぎて、ひょいと廊下から玄関を覗いた。
途端、「ぎゃ」と悲鳴をあげた。
勃然と立っているその人影もはなはだ不気味だが、それ以上に擦りガラス越しにうかぶ輪郭がまるで想像だにしなかった恰好だっただけに仰天したのだ。
長い烏帽子と袖口のひろい和服。
戸に阻まれたように、玄関の前でジッと立っている不審な人影は、絵巻物から抜け出したような、古めかしい装束の人影だった。
四
「けったいなものを見つけてきたねえ」
検証の報告をきくと、諸星は苦笑をもらした。
「日本装束かぁ。紋付き袴ではなく?」
「違うと思います。冠婚葬祭で見る衣装じゃなくて、平安貴族が着ていたような狩衣や単衣のようなシルエットだと思います」
「また面妖な服装を」
「それと他にも気になることがあって」
動画のシークバーを動かして、玄関のシーンに巻き戻した。
「ほら、ここ。固定電話に隠れているんですけど木彫りの縁起物が置いてあったんです。円柱の形をした和風のトーテム。なんだか見憶えがあって」
撮影者の少年はそれを回収し、ポケットに入れていた。
それが強く印象に残っていた。
「ふうむ。もしかして」
諸星は立ち上がると、事務所の奥にある襖をあけた。奥の一間は納戸のように乱雑に物を投げ込まれており、多くのもので溢れかえっている。彼はそのゴミ屋敷のごとき空間を泳ぐように蒐集物を引っ掻き回し、バタフライのように両手を上げ下げして、収集物のプールを遊泳する。どうやら収穫があったらしい。もどってきた彼の掌には小さな縁起物が載せられていた。
「これじゃない?」
「あ、それです!」
彼が持ってきたのは、動画内のものとは若干異なるが、概ね趣を同じくした小さな円筒形の民芸品だった。
「天満宮の木鷽だよ」
木鷽とは、太宰府天満宮の建て替えの際に蜂を追い払った鷽という鳥を模した縁起物で小さな丸太型のホオノキに、半月型の双眸と赤い胴体を描き、頭頂部を鉋で薄く削り丸めることで羽根を模している木彫りの鳥だ。
「あれ? でも所長の木鷽、普通のと違いません?」
彼が持ってきた木鷽は、福岡で知られている木鷽とは、異なる部分が多かった。削った薄い木肌の羽根がなく、平たい円形の登頂部が黒く塗られているのだ。
「湯島天神の木鷽だからね」
「湯島天神というと、東京の?」
「イエス。木鷽というと、太宰府天満宮の木鷽が主流なんだけれど、その実、菅原道真公を祀っている各国の神社でも売られているメジャーな縁起物なんだ。しかもそのデザインは神社ごとに変わる」
御朱印帳みたいだよね、と諸星はわらう。
「じゃあ、動画の木鷽も、あの家の近くにある天満宮の縁起物である可能性が高そうですね」
「十分ありうるだろうね。さあここからはネットの力を借りるとしよう。勉学の神様として信仰されている道真公の縁起物だ。大方、お誂え向きのページがあるだろうさ」
そして五分後、福岡市博物館の企画展示アーカイブに求めていたページを見つけた。それは九州・木の郷土玩具という企画のアーカイブで、展示された九州各地の木鷽の写真とそれに付随するキャプションで溢れていた。
「あ、これです!」
わたしは身を乗り出した。画像に映っているのは、まさに『死せる家』で見た木鷽だった。その画像の左側には数行のキャプションがついていた。
貴土神社(きどじんじゃ)の木うそ
福岡県木和多郡(きわたぐん)辰巳町(たつみまち)。貴土神社の追儺祭(ついなさい)は一月七日で、現在では厄年のひとたちの家にお祓いをして回っています。平成十七年まで追儺祭と同日に、うそ替えの神事がおこなわれていましたが、木うその作り手がいなくなったことで、現在は行われていません。貴土神社の木うそは底の部分が十センチほど彫り込まれており、当時は指人形としても親しまれていたそうです。
子供が読むことを想定したやわらかい表現だ。ほかのキャプションも地域学習を踏まえた表現で満たされていた。わたし達はそのわずかな文面を貪るように読んだ。
それが宝箱の鍵だった。それから辰巳町をグーグルアースで検索、その付近に流れる川と傾斜地、そして大きな楡の木を目印にあらいだすまで十分もしなかった。
「空地……ですね」
ストリートビューに映し出された家は叢が生え広がった空地だった。放置されて久しいのだろう。朽ちた売地の看板が西洋朝顔の蔓に巻きつかれて、死骸のごとく項垂れている。
家の名残といえば、空地の端に雄々しく伸びる楡の木で、動画に映ったその枝ぶりも見事だったが、今や土地の主のように広く梢をのばしている。
「なにも残っていないみたいです」
すべての過去は夏草の下で朽ちている。そう落胆するわたしの傍で、諸星は得心がいったように肯いた。
「なるほど、おおよそ推測がたったよ」
「推測?」
「なぜあのような動画を撮ったのか。そして古めかしい装束の正体もね」
彼はそういうと、依頼者にむけて、早速メールを打ち始めるのだった。
五
「ここの三階、静かなんですよ」
雉丘光一はクリームソーダのグラスを左手で掴むと、細長いスプーンで執拗にアイスをしずめた。テーブルに投げ出された左手の薬指には幅広の銀の指輪がみえる。彼はどうやら既婚者のようだった。
「妻とよく来てました。店内が日本っぽいって。どこがって感じですよね。普通の喫茶店なのに。そういうとこだったなあ。結局、どこかセンスが合わなかった。福岡に住み始めて数か月後には離婚。やっぱり外国人とは、合わないんですよね。文化的な感覚ってやつが。コミュニティカレッジで厭っていうほど分かっていたのに。やっぱり浮かれてたのかな。あ、コミュニティカレッジっていうのは、アメリカの専門系の短大の総称で、私はロスにある短大に通ってたんです。そこで妻と、いや元妻と出会って。その頃から観た映画に対する評価は真逆で、唯一、一致したのはこの結婚指輪のセンスだけ。だから勘違いしてほしくないんだけど、これを着けてるのは未練からじゃなくて、美的センスだから、センス」
「…………」
わたしと諸星は顔を見合わせた。
彼は席に着くなり、自分語りをはじめた。その口調たるや一瀉千里の如し。我々は呆れながら珈琲を啜るしかなかった。
福岡市天神。場所は雉丘が指定した古いアーケード街である新天町の一角にある喫茶店サン・ミツヤ。店内は三階建てで、わたしたちはその三階席の隅に陣取っていた。
午後六時。店内は営業時間があと一時間に迫り、食事メニューのほとんどが売り切れて、店内は閑散としていた。
「それで結局あの動画は何だったんですか?」
諸星が水を向けると、雉丘は眉をひそめた。話を遮られて不愉快だとでも言いたげだ。だが彼も事を荒立てるつもりはなく、やや口調がぶっきらぼうになりつつも、本題に入ってくれた。
「ええ、まあオカルト・ファクトチェッカーさんの仰る通り、叔父の家は辰巳町にありました。うちの母が憶えていました。もう二十年以上前に取り壊した家だったそうで、おそらく映っているのは叔父の子供だろうと」
長女が恵子、長男が剛志の二人だったという。
「それで、あの動画の正体って何だったんですか?」
喧嘩腰ともとれる口吻で、雉丘は諸星にきく。『めちゃこわビビり』を撮影していたときとはまるで違う態度だ。二十歳そこらのアルバイトの先輩である犬塚には阿るくせに、犬塚より一回り年上の諸星には威丈高にのぞむ。金銭の授受を介すれば、支払う側は横柄に出てもいい。そんな風に思っているタイプだろうか。
「祭祀前の記録でしょう」
「祭祀?」
雉丘は意表を突かれた。にじませた不快感を口端に残しつつも、興味の色が眼差しに浮かんでくる。
「じゃあ、メールに書かれていた、玄関に立つ和装の男ってのは」
「神職の方でしょう。彼はとある仕事のため、あの家に訪れたのです」
「とある仕事?」
「解体清祓をご存じですか」
「知らないっすね」
「昨今、見かける機会は減りましたが、解体工事前に行う祭祀なんです。建物を清め、いままで家を護ってくださった神に感謝をささげ、取り壊しの事情を奉告して、解体の安全を祈願する」
「地鎮祭みたいなもん?」
「まさにそうです。地鎮祭と同じくポピュラーな神事だったのですが、今はアパートが多くなって、見かけることも稀になりました。ですが、この二つの祭祀は表裏一体。地鎮祭が入口なら解体清祓は出口。そしてあの日、彼らの家は解体清祓をおこなう直前だった。そのため子供たちがハンディカムを使って、解体される前の家を撮影した」
「じゃあ、死せる家というのは」
「今から取り壊される家、という意味でしょうね」
彼らの話を聞きながら思い出したことがある。
幼少期の頃だ。両親が壊れた冷蔵庫の買い替えをリビングで検討していた時、そばにいたわたしは急に虚しくなって泣き出してしまったことがある。親が構ってくれなかったから泣いたのではない。生まれてからずっと一緒に暮らしていた家電に対して同情してしまったのである。
子供らしい、突飛な感性といえばそれまでだ。だが、あのとき、冷蔵庫に感じていたのは、無機物に対する情愛だった。死せる家というタイトルも、或いは少年が取り壊される家に同情心を抱いたことに由来するかもしれない。
「じゃあ動画で叔父の娘が指さしていたのは?」
「国土交通省国土地理院のデジタルアーカイブで一九八七年から一九九〇年までの空中写真で確認したところ、彼女がさしていた方角には貴土神社という建物がありました」
「ああ、貴土神社」
「ご存じですか?」
「たしか叔父が以前、宮司をしていた神社だったかな。名前だけは聞いたことがある気がする」
「……宮司を」
諸星の声が沈み込む。彼はすぐにコーヒーを手に取った。まるで不意に生じる咳の衝動を、喉を潤すことで誤魔化そうするかのように。
「でもなんで、彼女は神社を?」
「おそらく祭りに行きたかったのではないでしょうか?」
「祭り?」