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第二章 ラスト・リミット

 

 

 付近のマンションには明かりが灯り、道路は無数の車輌が光の尾をひいている。対してその駅は、暗幕で覆ったように真っ暗だった。

 カメラはそんな廃駅をフェンス越しに撮影していた。

 撮影者は動かない。かわりに指でフェンスの網目を開くように、ズームをかける。高解像度のカメラは、世界の鮮明さを保ちつつ、駅のホームを映し出していく。

 ホームは相対式で、跨線橋が架かっている。

 歩道橋に屋根をつけたような粗雑なものだ。このひとつとっても、この駅の利用客が少なかったことがうかがえる。おそらく無人駅だったのではないか。向かいの駅舎も狭く、改札もふたつしかない。

 その駅舎の近くに人影があった。

 ひとりの男性が、線路のほうにむいて、ぼうっと立っている。

 日中、駅のホームで停止線を踏むようにして立っているその姿を見たなら、連想するのはひとつだ。ふらりと線路に吸い寄せられ、警笛をならす列車にむかって、その身を投げ込む姿だろう。

 しかし当然ながら、列車は来ない。

 だというのに、人影は意を決したように、線路に身をなげた。

 

 

「幽霊というより不審者では?」

 ソファーに背中をあずけながら、率直に感想を述べた。

「その可能性は十分にあるねえ」

 デスクにおかれた珈琲を一口すすったあと、諸星は苦笑する。

 穏やかな面差しと大柄な体躯。湯気のたっている珈琲を怖々と飲むところなど、水を飲むのが下手な大型犬のようだ。顔立ちは精悍で、年は三十歳前後といったところか。苦み走った男と称するには、少々若く、美男子というには年を取り過ぎている。

 古い言葉になるけれど、美丈夫というのが的確な表現ではないだろうか。そのような男性が博多区冷泉の小汚い雑居ビルの四階で、奇怪な事務所を構えている。その名も『オカルト・ファクトチェッカー』。彼は今日も今日とて、巷に放流される真偽不明なオカルト動画を渉猟しようりようしていた。

 前回の事件から一ヶ月あまり。

 わたしこと阿網華は、オカルト・ファクトチェッカーのアルバイトとして雇われていた。とはいえ、時給制で事務所に出入りしているのではなく、思い立ったとき、ふらりと立ち寄る部室のようなものだった。

 諸星曰く、

「食客だね。食客」

 という。要は短期派遣のアルバイト。タイミーみたいなものである。

 そんな幽霊アルバイターのもとに、今日の朝方、諸星からメールがきた。件名には『ダイブ案件』とだけ記されていた。

「それで、この動画がそれなんですか?」

 私は応接テーブルに置かれたタブレットをつつく。今見せられていた動画はYouTubeにアップロードされた投稿動画だ。タイトルは『26.06.14 紅葉もみじやま駅にて』。

「この素っ気ないタイトルが、ファウンド・フッテージモノっぽくて、良いだろう?」

 ファウンド・フッテージとは、第三者が発見した(found)未編集の映像(footage)を公開するという体で製作された疑似ドキュメンタリー作品のことである。とくにホラー作品と相性がよく、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』をはじめ『REC』、『ノロイ』など、今でも語り草になるホラーの金字塔もこのジャンルから生まれてきたのだ。

「でも内容的に味気ないですね。話題性目的で投稿した短篇ホラー作品では?」

「否定はできない。だけど他動画は、猫や野鳥を撮影したものばかりなんだ」

 言われてみれば、他の動画は市民公園や野山を背景に、猫や野鳥が映っているサムネイルばかり。投稿日もまちまちで頻繁にアップロードしている訳ではない。再生数も二十、三十と少なく、知人達と動画を共有する為につくったアカウントのようだ。

 アカウント名は【katigarasu】。

 ずんぐりした黒い鳥の顔をトリミングした画像アイコンだった。

「しかし、この動画だけ、妙に再生されていますね。二万回再生ですか」

「いくつかのSNSのアカウントで共有されたらしくてね。いずれは伸びる気がするね。ほら、とくに一番上のコメントなんて、かなり評価を集めてる」

 投稿動画のコメント欄の最上部には、アニメキャラクタのアイコンの視聴者が、このようなことを述べていた。

 

 一日前 @momonoki

『たしかこの駅って、十年ぐらい前に中年のサラリーマンが飛び降り自殺したところじゃないっけ』

 

 YouTubeのコメント欄には、特定のコメントの評価を表すサムズアップマークがある。そのマークが百七回も押されていた。更にそのコメントに七件ほど返信があり、そのコメントにさらにコメントが数珠繋ぎのように並ぶ。

 その中で度々書き込まれた単語があった。

「……地縛霊ですか」

「阿網チャンは地縛霊を知っているかい?」

「ええ、簡単にですが」

 地縛霊。

 無念を抱いて亡くなった魂が、ゆかりのある場所──特に自分が死んだ箇所にとどまる。多くの怪談では、その者は自身が死んだ自覚がなくその地に漂っている。或いはその土地に強い執着がある。総じて、何らかの要因で土地に縛られている幽霊のことだ。

「有名なところだと岡本綺堂による戯曲『番町皿屋敷ばんちようさらやしき』の幽霊だろうねえ。昔からある観念じゃなくて、西洋から持ち込まれたものだという説もある。西洋は古い城や屋敷が多いから、建物とセットで幽霊が語られやすく、地縛霊的な観念が一般的なんだろう。こうしてみると、日本の幽霊はひとに憑く印象だけど、西洋の幽霊は、土地に憑く印象がつよい。思えば西洋怪奇小説というのは往々にして古城や空き家とセットだねえ。たとえばA・ブラックウッドの名掌篇『空家』なんかがそうで──」

 諸星はひとり悦に入りながらウンウンと頷いている。

 わたしはヘッドホンのノイズキャンセリング機能をオンにして、他のコメントを覗いてみた。

 すると矢張り、不審者によるものだという評価が圧倒的多数で、さらに穿った見方をする人は、最近流行のモキュメンタリーホラーの広告商法だとして冷笑していた。

「それで所長は、わたしに何をさせたいんですか?」

 そう訊くと、我に返った諸星は居住まいを正した。

「声を聴いて欲しい」

「声?」

「動画の終盤なんだけど」

 椅子から立ち上がると、彼は応接テーブルに置かれたタブレットを操作して、動画のシークバーをぐうっと右に寄せた。動画では、人影が飛び降りるまでの間、かすかに頭上に目をやり、ジッと立ち尽くしている瞬間があった。

「ここ、わずかに下顎が動いている。おそらく何かを呟いていたんだ」

 諸星の目が鋭く光った。その眼光は静かな暴力の匂いを感じさせる。

 ひとの喉元に掴みかかろうとするような、未発の迫力のようなものだ。

「飛び降りるんですから、恨み事でしょう」

「なくはない。けれど、ひとが内省的に物を考え、発言するとき、或いは過去を想起しているとき、視線は下や正面を向きやすい。非言語動作と呼ばれるもので、不安な人が指を噛んだり、他人に対して防御心が働くときに腕を組んだりするように、ひとは内心を仕草に投影することが多い」

「じゃあ、上を向くのは?」

「未来、その先を見据えた何か」

 わたしたちは顔を見合わせた。

 お互い良いイメージは湧かないようだ。

「どちらにしろ、微笑ましい展開にはなりそうもない。ということで、我が事務所の最終兵器にお出ましというわけだ」

 

 

 我が事務所の最終兵器──

 そう称されるには勿論、それに見合う能力がある。食客がその腕っぷしで用心棒として雇われるように、映像捜査において、わたしも活躍できた。

 わたしの才覚。それは音を聴くことで周辺の状況を詳細に把握できるというものだ。遠い足音ひとつ、或いは瞬きの音さえ、わたしは正確に拾い上げていく。しかし、それ以上に余人を驚嘆させるのは、その音の情報が、視覚映像として瞼の裏に活写されることにある。その映像のなかを、わたしは優雅に歩き回れるのだ。

 諸星はこれを脳内生成AIと評した。人工知能が数行の文字情報で緻密な画像を生成するように、わたしの脳は、膨大な音の情報をもって、その脳裏に、仮想の空間を想起せしめるのである。

 わたしはヘッドホンの端子をパッドに繋ぐと、静かに目をつぶる。再生された動画が、音の奔流となって、耳へ、そして感覚を共有する視覚とまざり、目蓋の裏に情景を描きだしていく。閉じられた視界は、くらがりの映画館のように、新たな世界を紡いでいく──。

 

「ふう、ダイブ成功」

 わたしは昼下がりの冷泉の事務所から、何処とも知れない夜の廃駅の傍に立っていた。うしろには細い道路に自動車をとめて、助手席から身を乗り出して、駅にむけてカメラを突き出している男がいる。

 彼がこの動画の撮影者だろう。

 撮影者のカメラには、指向性マイクが取り付けてあった。集音性能は良いようで、聴覚により再構築された映像も鮮明だ。これならば、目的のホームまで、なんら障害なく、進み出ることができるだろう。

 その場で屈伸すると、意気揚々と道路と駅を隔てるフェンスを、幽霊のように、するりと通過した。

 紅葉山駅は線路やホームなど、いまだ問題ないように思える。朽ちた駅と言うより秘境駅という風合いで、駅舎が封鎖されていなければ、鉄道マニアや廃線マニアなどの好事家たちが、カメラを片手に押し寄せるだろうことは容易に想像できた。

 だから、その人物も又、好事家のひとりかもしれない。そのような期待も彼の顔をみるとすぐに無駄だと分かった。

 彼はスーツをきたサラリーマン風の男性だった。年は五十歳ほどだろうか。よれきった服は、彼の拭いきれない心の消耗を表し、幾重にも額にきざまれたΩ型の皺は、悲痛の紋様のようだった。

 日中、彼を駅のホームで見かければ、直ぐに駅員を呼ぶべきだろう。

 そのような魂を消耗しきった亡者が、駅のホームに立っている。風が吹けばそのままよろめき倒れるかと思うほどだ。動画では判らなかったが、右手には、新聞や雑誌の切り抜きで膨れあがった手帳が握られていた。小さなペンをさしたその手帳は、苦痛をたたえて綻びかけている彼の心のようだった。

 目に光りはなく、生きているようには思えない。

 精巧な案山子と見まがう彼は、それから急に螺子を巻かれた人形のように、動き始めると、そのまま線路にぽんっと飛び降りた。

 あまりのあっけなさ、単調さは、本当の事故現場を見てしまったかのようなショックを与える。ただ、その直前、彼が不可視の指先で背中の螺子を巻かれた、そのわずかばかりのとき、不意に顔をあげて呟いた。

「あと五日」

 と。

 

「あと五日、かあ」

 諸星はわたしがダイブで見聞きしたことを聞くなり、苦々しい顔をした。

 何をそんなに困惑しているのだろう。そう思ったわたしを察して、彼はダイブした動画のタイトルを指さす。『2026.06.14 紅葉山駅』。それから彼は又、事務所の壁にかけてある日めくりを指さした。

 そこには大きく十八日とある。

 つまり廃駅で飛び込む奇妙な男のXデーは明日だった。

 わたしは弾かれたように立ち上がると、スマホで紅葉山駅の所在地を確認する。どうやら福岡市博多区から車で四十分、糸島市の西部、ちょうど唐津市との境にある駅らしい。

「阿網チャン、これが自殺の予行演習だったとして、当日の決行場所は分からない。とても止められるとは思えないよ」

「分かっています」

 ムッとしながら答えた。子供じみた意地だったが、このまま見過ごす訳にもいかない。居ても立っても居られなかったのだ。

 すると諸星は奇妙な質問を投げかけてきた。

「阿網チャンは粒あん派、こしあん派?」

「え?」

「僕はねえ、断然こしあん。よく通っている梅ヶ枝餅屋が、こしあんなんだよね」

 そう言いながら諸星は木製の上着掛けから薄手のジャケットと白いハットをとると、鍵や指輪などを雑多につめた透明な瓶から車のキーを掴み取る。

「リハーサルがあるはずだ」

 と、彼はいう。「わざわざ飛び降りの予行演習をする男だ。前日はリハーサルをするだろうね。つまり今夜、男が紅葉山駅にやってくる可能性が高い」

「所長!」

「張り込みはね、あんぱんがないと」

 そうしてわたしたちは、糸島市にある紅葉山駅に向かった。途中で見つけたベーカリーで、あんぱんとパックの調整豆乳を買い込んだ、ふたりして、ちょっとした出張気分だった。

 車中、どこか陽気な気分が漂っていたのは、社会的に意義のある行為をしている充実感から来るものだろう。ヘッドホン越しに聞こえる高架線沿いを走る車の音に、爽やかささえ覚えた。

 ゲーテの日記の一篇だったか。内省的で哲学的な思考をもっている青年も、社会に属して仕事を与えられると、思い悩むことなく陽気に振るまい始めたという描写があった。わたしも何処か、そんな傾向にあった。いわば鬱屈として自身を省みることの多い学生生活より、社会的意義と生活の安定を得られる仕事というのが、内省的な気鬱を払拭してくれるのである。

 紅葉山駅周辺に到着するまで、わたしはいつになくご機嫌だった。

 雲行きが怪しくなったのは、近くのコインパーキングに車をとめて、駅の方向に向かい始めた時だ。

「祭ですかね?」

 さほど広くない道に、地元の住民がサンダルを突っかけながら、ラフな格好で一様に同じ方向に向かっていた。そしてその進行方向は、偶然にも、わたしたちと一致した。

 厭な予感がした。

 こういうのは往々にして的中する。

 交差する十字路で、警察車輌が数台、横切っていく。駅の南口には、人垣ができあがって、ホームのフェンスに掛けられたブルーシートの隙間から、なんとかして覗き込もうとしていた。諸星はわたしをその場に留めて、野次馬のなかに這入りこみ、訊ねて廻り、もどってくる頃には、眉間に指をあて、偏頭痛をかかえたような苦々しい表情になっていた。

「どうやら一足遅かった。というより、あちらが一日早かった」

「なにがあったんですか」

「男が死んでいた。どうやら跨線橋から飛び降りたらしい」

 

(つづく)