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第二部

 

 

一六時四七分(爆破まであと二時間一三分)

 

 

「……そうだ。流したあと、三百を三本。レストは長めにして。……ああ……坂ダッシュも入れろ……あとは任せた」

 通話を終えると、高岡はスマートフォンをポケットにしまった。

 職員室には、高岡のほかにふたりの教員しか残っていなかった。

 高岡は陸上部の練習を副顧問の杉下に任せ、新たな爆弾犯捜しに専念するつもりだった。

 あのシャイロックと名乗った女が本気だということはわかっていた。でなければ、C-4など用意しないはずだ。彼女は自分以外の爆弾犯を阻止し、精神科医を監禁することまでしている。その行為には、どんなリスクを冒してでも、高岡を脅してやるという強い意志を感じた。

 女が電話で話した言葉を思い返してみた。生徒を救いたいなら、午後七時までに生徒を下校させたほうがいいといっていた。そのとき女は「最終下校時間」という言葉を使っていた……。

 そんな言葉を学校とは無関係の人間が使うだろうか? しかも、この学校の最終下校時間が午後七時であることも知っていた。だいたいの学校はそのくらいの時刻に設定しているだろうが、確実に把握しているような口ぶりに聞こえた。

 ――俺と宮坂希子の関係を知っている学校関係者、そして女……。

 宮坂希子の母親か?

 一度だけ、宮坂希子の母親を見たことがあった。あれは、去年の高校総体の地区予選だったろうか。夫婦で応援に来ていた。母親は小太りで、穏やかそうな顔をした女性だった。話はせず、ちらりと見かけた程度だったが、希子も将来はあんな体型になるのかな、とふと思ったことを覚えている。

 ――どうだろう?

 どうも、あの母親はあの電話の主とは結び付かない気がした。電話の女は傲慢で強気な印象だった。あの母親があんなふうに話すのを想像できない。

 そこまで考えてひとりの女が頭に浮かんだ。

 ――苅田芳美。

 S高校の教諭だ。二年ほど前、県のいじめ対策会議で知り合った女性だ。付き合ったのは一年ほどか。別れを切りだしたときの、あの異様なまでの執着をよく覚えている。

 どこに隠し持っていたのか、別れ話の最中に、サバイバルナイフをとりだすことまでした。別に怖くはなかったが、そんなことまでするとは予想外だった。『いままで生きてきたなかで、こんなに侮辱されたことはない!』と叫んだかと思えば、直後にナイフを放り投げて『やっぱり、あなたを諦めきれない!』と縋りついてきたりして、ほとほと手を焼いた。

 美人だが情緒不安定な女だった。

 もうひとつ苅田を疑う理由があった。彼女は化学教諭でもある。専門ではないだろうが、爆弾に関する知識を持ち合わせている可能性があった。

「学校関係者」「女性」「爆弾を扱える知識」――この三条件を満たす存在として、苅田芳美ほどあてはまる人間はいなかった。

 声と話し方はまったく違っていたが、何かしら偽装工作している可能性がある。

 一年以上会っていなかったが、そのあいだに、彼女のなかで何かが決定的に変質したのかもしれなかった。

 ――付き合っていたときから、エキセントリックな女だとは感じていたが……。

 相手の輪郭が掴めたことで、恐怖が「対処可能な課題」に変化したのが頭のなかでわかった。

 だが、解せない点もある。なぜ苅田が宮坂希子の解放を要求するのか? ふたりに接点などないはずだ。

 その見えない線上に、何かしらの魂胆が存在しているような気がした。ただの私怨であれば、高岡個人を脅迫すれば済む話だ。

 その答えをしばらく考え続けたが、わからなかった。

 が、容疑者を特定できた以上、迷っている暇はない。

 警察もじきに動きはじめるはずだった。警察が真実に辿り着く前にあの女が犯人なのか急いで確かめる必要がある。

 高岡は練習メニューの書かれた紙を握りつぶすと屑籠に放りこんだ。

 

 高岡が情報科室に入っていくと、重松は演劇部の数人と話し合いをしている最中だった。

「照明を落とすタイミングが問題だな――」重松がそこまで話したところでドア口に立っていた高岡に目を留めた。演劇部の連中も高岡のほうを見る。ほとんどが女子だ。重松を囲んで、パソコンの画面を見ながら話をしていたようだった。

 高岡は、ずかずかとなかに入っていった。

「文化祭の準備かな?」

 部員たちに笑顔で話しかけた。

 授業で教えている者も何人かいる。

 担任しているクラスの立花沙織が高岡に駆け寄ってきた。

「先生、今度の舞台の衣装、見てくださいよ」

 立花が高岡の袖を掴み、囲んでいたパソコンの画面の前まで連れていった。画面には、能面をつけ、灰色のワンピースを着た四人が正面を向いて並んでいた。

 立花がキーボードを触って、動画を再生させると、パソコンから声が聞こえた。

〈笑わせるんじゃない! あの男の絶望はわたしが育てたんだ!〉

 男の低い声だった。ずいぶんエフェクトがかかっている。

 立花が動画を止めて、高岡を見あげた。

「すごくないですか? これ、わたしですよ」中央付近の人物を指差す。

「これは、なんの劇なんだ?」高岡は眉を顰めた。

「この四人は死神なんです。死神がひとりの人間を巡って争うんです。誰がその人間を殺すかって」立花が説明した。

「おいおい、ネタばらしするなよ」いったのは男子生徒だ。名前は久世だったか。

「設定の話だから、ネタばらしにならないでしょ」と立花が口を尖らせた。

「でも、驚きがなくなるだろ」

 高岡はその男子生徒にいった。

「大丈夫だよ。誰にもいわないし、観るときはちゃんと驚くから」

 立花が胸の前で両手を組み、高岡を見つめた。

「先生も観にくるんですか?」

「もちろん観にいくよ。演劇部の舞台は毎年文化祭の楽しみのひとつだからね」

 実際は観にいくつもりなどなかった。録画を倍速で見るだけだ。演劇に興味はないが、この学校でおこなわれることはできるかぎり把握しておきたかった。

 立花は嬉しそうに頬を赤くした。

 重松がうしろから暗い声を出した。

「高岡先生、何かわたしに用があったんですか?」

「そうなんだ。君たち、重松先生をちょっと借りるよ」それから目顔で重松に、廊下に出るように促した。

 

 廊下に出て、向かいの予備教室に入る。ここは通常使われていない教室だった。三年生の選択授業のときのみ使用される。

 重松が入ったあと、高岡はドアを閉めた。

「高岡さん、どうしたんですか?」

「シゲ、お前に頼みたいことがある」

 ふたりきりのとき、高岡は学生時代のときと同じように〝シゲ〟と呼んでいた。

「……なんですか?」重松は警戒するように俯き加減になる。

 高岡は机の上にこの学校の校舎平面図を広げた。

「この平面図を見て、校舎に仕掛けられた爆弾を探してくれ」

「爆弾って……F高校にあったんじゃないんですか?」

「そうだ。だが、まだあるんだ。この学校にあるかもしれないという情報が入った。だから、お前に調べてほしい」

「……それなら警察に調べてもらったほうがいいんじゃないですか?」

「警察には頼れないから、お前に頼んでるんだ」

「どうして頼れないんですか?」

「いいから探せ!」声を抑えながらも強い口調でいった。

 重松の顔に緊張が走るのがわかった。

「僕は、いまから演劇部の稽古が――」

 高岡は重松の胸倉を掴み、その背を壁に叩きつけた。

 顔を近づける。

「そんなものは生徒たちに任せておけばいいだろ。この俺が頼んでるんだ。この意味、わかるよな?」

 重松が壁に背をつけたまま、頬を震わせ、こくんと頷いた。

 手を離して睨みつける。

「二度と俺の頼みに首を振るな。わかったな?」

 また重松が頷く。

 高岡は普段の声に戻して、

「わかってくれればいいんだ。とにかく徹底的に探せ。なんとしても午後七時までに見つけろ」

「ど、どこらへんにあるかもわからないんですか?」重松はよろめきながらポロシャツの襟を直した。

「犯人はこの学校の関係者じゃないから、それほど複雑な場所には隠していないはずだ」

 苅田芳美はこの学校で会議が開かれたときに何度か訪れているはずだが、隅々まで知っているとは思えなかった。

「見つけたら、すぐに俺に電話してくれ」

「高岡さんは、どちらに?」

「俺は学校の外に出てる。いいか、誰にもいわず、誰にもお前の行動の目的を知られるな」

 重松の頬を軽く叩いた。

「わかったな?」

「……はい」

 

一六時五〇分(爆破まであと二時間一〇分)

 

 重松は俯いたまま、演劇部員たちの待つ情報科室へと戻っていった。

 高岡に逆らえるはずなどなかった。まわりからは、仲のいい先輩と後輩のように映っていたかもしれないが、その実態は主人と下僕そのものだった。

 ――いつから、こんな関係になってしまったのだろう……。

 重松自身も定かではなかった。ただひとついえることは、自分は完全に高岡の支配下にあるという事実だった。

 最初は細い糸だった。だから重松は自分が操られていることに気づけなかった。やがてその糸は少しずつ撚り合わされ、いまではワイヤーのように硬く頑丈なものとなって重松をがんじがらめに縛りつけていた。

 

 前に勤めていた私立高校を辞めることになったのは横領がバレたせいだった。

 高校をクビになったあと、高岡が重松の借金を肩代わりし、聖マリアーノ学院に仕事の口を見つけてくれた。

 すべては高岡の優しさがなせることだと信じていた。実際、聖マリアーノ学院に就職してからも、高岡は学生時代と変わらず穏やかに接してくれた。

 簡単な用事を頼まれることさえ嬉しかった。

 高岡先輩の役に立てる――それが純粋に喜びだった。これが奉仕の精神なのか、と本気で思ったことさえある。

 が、いつのまにか、それだけでは済まなくなった。本来なら高岡自身がやるべきテストの採点や小論文の添削、煩雑な書類仕事まで代わりにするようになっていた。

 高岡は、機嫌がいいときは、学生時代からの変わらぬ〝頼れる先輩〟であり続けたが、ひとたび機嫌を損ねると、とたんに冷酷な顔を見せた。

 ある夜、居酒屋の個室にふたりでいたときのことが忘れられない。重松はその日も、居酒屋で専門外である国語のテストを黙々と採点させられていた。そこへ、いかにも筋の悪そうな男が入ってきた。高岡と待ち合わせをしていたらしかったが、何か高岡の気に障ることを口にしたのだろう。次の瞬間、高岡は激昂し、男を一方的に殴りつけていた。男のほうは、土下座しながらひたすら謝り続けていた。男が個室から出ていくと、高岡はすぐに顔をもとの〝頼れる先輩〟に戻し、何事もなかったかのようにそれまで話していた文学談義の続きをはじめた。

 その姿を見てから、高岡に逆らうことが恐ろしくなった。

 高岡が私立学校の業界に顔が広いことも逆らえない理由のひとつだった。高校教諭は、重松が愛する仕事だった。一度は横領という悪事に手を染めてしまったが、ギャンブルを一切やめ、情報科の授業と演劇部の活動を通して、生徒たちの成長を見守るのが生きる歓びに変わっていた。

 高岡に逆らえば、この天職を失うという恐怖があった。重松の過去が知れ渡れば、どこの学校も雇ってはくれないだろう。

 いまでは高岡が外で酒を飲む夜には、その送り迎えまで重松の役目になっていた。高岡は学校では品行方正の人間に見られていたが、実際は女癖が悪く、朝までホテルの前で待たされることも頻繁にあった。

 ――これじゃあ、下僕以下だな……。

 高岡の妻が交通事故に遭ったのも、自身の境遇を悲観して自殺したのではないかと疑っている。

 重松は情報科室に戻ると、部員たちに所用ができたから、自分たちで作業を続けてくれと告げた。

 

一七時二一分(爆破まであと一時間三九分)

 

 メゾネット式の住居の駐車場には、苅田の赤のロードスターが停まっていた。苅田が帰宅していることは間違いない。苅田はこの二階に住んでいる。

 高岡は自分の車を近くに停め、歩いてここまでやってきていた。

 インターフォンを押して来訪を知らせるつもりはなかった。建物の背後にまわると、二階の窓を見あげた。裏手には住居から一・五メートルほど離れて工場の壁があり、この場所は道路側から死角になっている。

 工場の波型の壁に無数のリベットが等間隔に打ちこまれていた。目だけで上までのルートをなぞる。跳ぶ場所、掴む場所、体重を逃がす場所、壁の摩擦や角度……。頭のなかで動線を確認する。

 右足を三つ目。左手は配管。身体を壁へ預けながら重心を流し、四つ目のリベットへ爪先を乗せる。そこから窓枠まで半身を跳ねあげる――。

 ――いける。

 高岡は最初のリベットに足をかけた。

 

 パルクールは、別名「移動の芸術」ともいわれる。フランス発祥の、走る・跳ぶ・登るといった人間本来の動きだけを使って、ある地点からある地点までもっとも効率的かつ美しく(無駄がないほど美しい)移動する技術のことだ。

 しかし高岡は、「侵入の芸術」(L'art de l'intrusion)だと考えていた。この技術を使えば、相手の想定外の方法で建物に侵入することができる。高岡はフランス時代にこの技術を磨いていた。

 高岡がフランスにいたのは、中学二年から高校二年のあいだだった。留学といえば聞こえはいいが、実際は家族からの放逐だった。高岡のあまりの悪童ぶりに手を焼いた両親が、フランスの親類のもとへ送ったのだった。

 フランスには、母方の祖父が住んでいて、ほかにも数人の親類があった。

 父方の祖父――高岡勲が孫をフランスへ行かせることに反対したが、父は頑なだった。高岡は階段の上から、ふたりがいい争う場面を見た。

「何もそんなところに送らんでもええやないか。あいつはまだ子どもなんや。誰だって悪戯ぐらいするやろ」祖父がいった。

「お父さんは何もわかってないんですよ。あいつがしているのは悪戯をはるかに超えるレベルのことなんです。集団を率いて盗みに入ったり、わたしのところの高校生をレイプしようとしたりしたんですよ」

「未遂やったんやろ。陸はその子が好きやったんや。……まあ、若いとムチャすることもあるもんや」

「はじめて職場に連れていった、その日ですよ。体育倉庫でその生徒がひとりで片づけしているのを見かけただけで襲ったんです。たまたまほかの教員が通りかかったから未然に防げましたが……。それに強盗事件は未遂なんかじゃありません。実際に盗んだんです。どちらも、被害届を出さないようにこちらが懇願して……意味はわかりますよね。それなりのお金を渡して告訴されなかっただけです」

「告訴されても未成年やから罪にはならんやろ」

「そういう問題じゃないんです! あいつは異常なんです。これ以上、わたしはあいつと一緒にいたくありません。……幸い、あいつは小さいころからフランス語を習っていて、頭もいいし、向こうの学校でも授業についていけるはずです。誰も知らない外国の土地で生活したらまだ更生するかもしれないんです」

「更生って……お前はほんま、冷たいやっちゃな。そんなとこに送ったら、陸が可哀そうやないか。誰も知り合いがおらんのに」

「そういう環境こそ、あいつには必要なんです。一度静かに暮らさせましょう。ここでは絶対に無理です」

 結局、高岡自身がフランス行きに賛成したことで、祖父もそれを認めざるを得なかった。高岡は、ちょうど付近の高校生たちと揉めていた時期だったので、ほとぼりを冷ますのにちょうどいいと思ったのだった。

 ちょっとしたバカンスだと考えていた。

 が、実際は、バカンスというよりも、はるかに刺激的な毎日だった。

 まず、コレージュ(日本の中学校にあたる)で壮絶な苛めを受けた。その学校に通う東洋人は高岡ひとりで、標的にされたのだった。

 はじめは防戦一方だったが、フランスでも、日本での熟達した盗みの腕が役に立った。高岡は学校内の主要な者たちに高価な盗品を渡すことで庇護を得ていったのだ。とくにプレイステーション2が大人気だった。

 高岡の盗みの噂が知れ渡ると、自然、高岡のもとにはそういった趣向の者が集まるようになった。数ヶ月後には日本のときと同じように窃盗団を率いるまでになっていた。悪童のカリスマは国境も人種の壁も超えるようだった。

 ちょうどそのころ、フランスでパルクールが流行っていた。高岡もほかの子どもたちと同じように自然に触れることになった。もともと運動能力が高く、俊敏性の高かった高岡は自分がパルクールに向いていることを知った。ほかの者たちと違い、高岡は実戦によってその技術を高めていった。捕まれば命を失いかねない状況なら、なおのこと上達は早い。

 リセ(高校)に入ると、高岡の率いる窃盗団の規模はさらに大きくなった。

 しかし、プルミエール(高校二年)になったとき、仲間の一部が勝手に盗みを働いて捕まり、高岡は首謀者として起訴された。物証がなく、未成年だったことから、高岡には六ヶ月の保護観察処分がくだされることになった。

 その件から高岡が学んだ教訓は、仲間をつくるな、ということだった。フランスで養育してくれていた老夫婦もこれ以上高岡の面倒を見きれないということになり(衣食住以外は完全に放任だったが)、高岡は日本に帰されることになった。

 日本に戻った高岡は一転して大人しく真面目な人間になったように振るまった。父親は相変わらず冷淡なままだったが、母親は、高岡のすっかり変わった様子に、向こうでいろいろあったにせよ、やはりフランスに行かせてよかったと喜んだ。

 だが実際のところは、稚拙な悪童が、巧緻な悪人に成長しただけだった。

 

 ベランダの縁を掴み、懸垂の要領で身体を持ちあげた。そのまま、するりとベランダに着地する。ベランダには洗濯物が吊るしてあった。触れるとまだ濡れていた。干して間がないのだろう。

 プランターの横に屈みながら近づき、窓枠に手をかけた。鍵はかかっていなかった。静かに窓を開け、リビングに入る。

 ――いた。

 苅田芳美はグレーのスウェットを着て、ソファに片膝を立てて座っていた。K-POPが流れている。彼女はスマートフォンを眺めていた。テーブルの上には半分ほど注がれたワイングラスが置かれていた。

 彼女の背後に忍び寄る。

 そばまで行くと一気に腕を彼女の首にまわした。ネックロックの要領で首を絞めあげる。

「うっ……」

 苅田は高岡の手に指を立てたが、力がなかった。脚をばたつかせ、テーブルにあたってグラスが倒れた。ぼとぼととワインが絨毯に流れ落ちて染みをつくった。

 K-POP特有の、跳ねるようなビートが流れ続けている。

 高岡は逆の手にナイフを持ち、苅田に一度それを見せたあと、首を絞める腕を離した瞬間、ナイフを喉元に突きつけた。

「動けば死ぬ」

 短く警告する。

 苅田が震える声でいった。

「お、お金ならあげるから許して」

「金は欲しくない。どうして、あんなことをした?」

「あんなことって?」

「わかってるだろ。爆弾だよ」

「爆弾?」苅田の声が裏返る。

 直後、「陸? 陸なの?」といった。

 声に気づいたのだろう。

「俺を恨んで学校を爆破するつもりなのか?」

「え、何? なんのこと?」

「爆弾だ」

「爆弾? なんなの? わたしがそんなことするわけないでしょ。……あなたを恨んでなんかないし、もうとっくに別れたでしょ」

 本気で怯える声を聞いて、違和感を覚えた。

「お前じゃないのか?」

「だから何が? 爆弾ってどういう意味? F高校の爆破未遂事件のこと? あれは、あなたの学校とは違うでしょ」

 F高校の事件は報道で知ったのだろう。

 しかし、どういうことなんだ? この女じゃないのか?

 高岡は苅田の喉からナイフを離し、彼女の両肩を掴んでこちらに向かせた。

 苅田は怯えきった目で高岡を見ていた。

「ど、どこから入ってきたのよ。それで、わたしを殺すつもりなの?」

 彼女の目をじっと見つめる。強気な物言いをしているが、顔には「恐怖」の色しか浮かんでいなかった。

 ――違う。この女じゃない。

「お前じゃないなら、いい」

 高岡は立ちあがると、ナイフを折り畳んでポケットにしまった。

 そのまま玄関に向かう。

 背後で苅田が叫ぶ声が聞こえた。

「これは不法侵入よ! 警察にいうから」

 高岡は振り返った。

「そんなことしてみろ。お前がどこにいても、かならず殺す」

 じっと苅田を見つめて、その意味が浸透するのを待つ。

 苅田は、顔面蒼白になって黙りこんだ。

 背後から突然ナイフを突きつけられた事実によって、その可能性を頭から振り払うことはできないはずだ。

「何もするな。俺の勘違いだった。すべて忘れろ」

 高岡はそのまま玄関へと向かい、外に出た。

 

(つづく)