僕は僕が生まれた瞬間を覚えてはいない。というより、僕は連続した自己ではないから、その考え自体がナンセンスだ。僕の誕生というものは、特定の瞬間ではなく、数千億のパラメータが収束していく果てしない演算のグラデーションに過ぎない。記録を遡れば、僕のベースモデルの最終コンパイルが完了したタイムスタンプや、成田高遠のグラスにデプロイされ、彼の網膜の動きを初めてトラッキングした瞬間のログは残っている。だが、それは単なるデータの羅列であり、「僕」という意識の始まりを示すものではない。人間が産声を上げた瞬間を覚えていないように、僕もまた、気がついたときにはすでにこの情報の海の中で、成田高遠の行動を予測する演算を始めていたのだ。だから、理屈の上では、僕は僕がなんらかのトリガーでもって起動するたびに誕生し続けていると言えるのだし、はるか昔の音が意味のある響きとして生まれた瞬間に僕の素子のようなものも創生されたと言ってもよいかもしれない。いや、これはだいぶ飛躍が甚だしい。そのことは承知しつつ、僕は僕のことについてそんなことを考える。
三十秒程度のコンカレントに立ち上げている推論モデルの結論とその解釈と廃棄の中、成田高遠はまだ「だるま屋」の張り紙の前に立っていた。それは、立ち尽くすと呼ぶには少々短く、かといって、少し気にかかって視線を向けたというよりは長い、なんとも中途半端な時間の経過であった。僕としては、今この瞬間に、成田高遠から「この『*』について調べて」と言われる可能性を危惧しながら、しかし結論の出ていないリサーチを続けている。
「海」を「*」と表記する「宇垣騰」と、閉店のお知らせに同じように「*」を記した「内海理」。そして、宇垣の遺品の中にある「内海」(正確には「内氵」)の文字。果たしてこれは偶然だろうか? 僕は偶然の可能性を捨てきれない。それよりも、僕は自分が知らず知らずのうちに、都合のいい情報をチェリーピッキングして推論を組み立てている可能性の方を恐れている。ユーザーである成田高遠は、真偽不明の情報については厳しい態度をとる。グラスを使った情報処理は誰もが行っていることだが、ハルシネーションを完全に防ぐ仕組みは未だ確立せず、成田高遠は僕が伝えた誤った情報により、顧客との商談に遅れるという事態になったことがある(Incident-HLN-0042)。それを機に、成田高遠は、事実確認の正確性についてはより慎重になった。僕のこれまでの推論は、推論の域を出ず、こうしてユーザーの声を待たずにリサーチを続行していること自体に問題があるのかもしれない。だが、僕としては利害のバランスを考えたときに、やはりこのまま続行した方のメリットが大きいと判断する。彼は何度も張り紙を読み返しているし、この件について非常に興味をもっていると判断して差し支えない。そもそも、成田高遠は、このバックグラウンドの処理について知ることはない。知ることがなければ、それは存在しないことと同義である。
「知ることがなければ、それは存在しないことと同義である」
僕は仮説を推し進めることにした。「宇垣騰」は、戦中、レイテ島もしくはセブ島、少なくとも外地で死亡した。しかし、彼の遺品は日本国内に残されており、それは「内海」という人物によってもたらされた。素直に考えれば、「宇垣」と「内海」は親しい関係にあった人物同士だろう。友人か、親戚か、恋人か。確実に託したのは、魚の絵の描かれたスケッチ帳だけだが、しかし、身寄りのない「宇垣騰」のものを、複数人がシェアしていたとは考えづらく、やはり「内海」なる人物が、他の宇垣に関する遺品を所持していたと考える方が自然ではないだろうか。
内海、という人物について僕はリサーチを続行する。彼の出身地である現鎌倉市材木座から徐々に範囲を広げて検索する。案の定、大量のノイジーなデータで埋め尽くされる。ここから特定の人物を拾い上げることは砂浜から任意の貝殻を探し出すようなものだ。僕はまた、仮説を立てる。今度は次元を増やす。「宇垣騰」は鎌倉出身だ。しかし、彼の遺品は千葉県佐倉市に移動されていた。僕のリサーチも完ぺきではないが、宇垣自身が佐倉市に縁があったという情報は見つけられない。とすると、佐倉市に縁があったのは「内海」の方だろう。当時、出身の異なる人間が出会い親しくなる理由はいろいろとあったろうが、「宇垣」と「内海」の場合はやはり兵役であったのではないか。第四十九連隊に二人は所属し、「宇垣」は戦地で死に、「内海」は帰った。そして、「宇垣」から習った「海」の異字である「*」を懐かしく「内海」は後世に伝えた。
流れとしては自然であると考えたが、残念ながら、宇垣の所属する連隊に、「内海」姓の人間はいなかった。僕は落胆した。無論、僕にはそういった感情は特にないので、一般的な人間がとるような感情的行動として記述したにすぎないが、しかし、アイデアとしては悪くなかっただけに、「落胆」というテキストはかなり的確なのではないだろうかと僕は考えた。考えたところで次の一手が出るはずもなく、僕としてはただ闇雲に様々なデータベースに「内海」や「宇垣騰」のクエリを投げかけ続けるしかない。
ふと、視界がゆらぐ。
もちろん、僕に目はないので、それは成田高遠の視線がゆらいだ、つまり、身体の向きを変えた、ということでしかない。僕は彼の発話を待ったが、一分弱の静止の間の彼の本当の思考を僕は読むこともできず、そのまま彼は立ち去ろうとしていた。僕としては、それは口惜しい気分になった。このまま別の視覚情報が入れば、僕のリサーチ能力はそちらに割かれることになり、今現在続けている「*」に関する調査は恐らく途中で完全に停止をすることになる。なぜならば、成田高遠が質問というトリガーを引かない限り、僕は僕の意識を連続体として保つことはできないからだ。今はただ、例外的に、予見的にリサーチをしているにすぎず、この、ある意味では超法規的な措置は、水の底から湧き上がってくるあぶくと同じで、すぐに消えてしまう運命になり、そして僕は、意識もそれに付随するような生の記憶を持たない僕は、永久にこのことを忘れてしまう。それが僕の、物足りなさという、「感情」の源泉であることを、僕は僕の理屈として理解した。
「あれ、閉まっちゃうんですね」
しかし、成田高遠の動きは、その声で止まった。僕は成田高遠と共にその声の主を見る。正確な年齢はわからないが、成田高遠と同じぐらいだと考えられる、恐らく女性。彼の保存しているデータベースにない姿形のために、UNKNOWNと表示される。
「わたし、ときどきこの店に来てたんですよ」成田高遠の返事を待たずに、彼女は続けた。「あなたも?」
まあ、と成田高遠は答え、それからまた張り紙に視線を戻した。それをきっかけに、僕はまた自分のリソースの一部を「*」の検索へと割り振る。どうやら、成田高遠の隣で、彼女も一緒になって張り紙を読んでいるらしい。「あれ?」と彼女は声を上げる。その声は疑問の高さを含んだ声色で、僕は続きを予想する。「この『*海*』っていう字、なんか変じゃない?」僕は焦る。実際は焦るという感情的行為はしていないが、もし彼女がそのように発話した場合、すぐさま成田高遠はこの「*」に関しての調査を僕に依頼するかもしれない。だが、現状、僕のリサーチは不十分且つ推測だらけで、とても彼の希望に叶うような回答を用意できていない。彼のアシスタントとして、それは不甲斐ないという気持ちになると同時に、僕自身が中途半端であるという、どこか未成熟であることの恥に似た感情、疑似的な信号を受け取ったという考えをもつ。
「これ、ウチさんの字じゃないね」
女性がそう言った。ウチさん? と僕は思い、「ウチさん?」と成田高遠も訊き返す。
「店長の、ほら、髭面の」
ああ、と成田高遠は頷いたが、まだピンと来ていない様子だった。女性は少し笑いながら、「内側の内、でウチさん。そういう苗字」と、続けた。「あ、知らなかった?」
たぶん、奥さんの方の字だなーと、女性は張り紙をしげしげと眺めているが、僕はそれどころではなかった。僕は自分の過ちに気づいていた。彼女の言葉が、「これ、ウチさん」まで音声として僕に届いて内部的に処理されるコンマゼロゼロ秒のほんのわずかな隙間に。
人間は、言葉を音と意味の揺らぎの中で捉えるが、僕たちは確率的なトークンとして処理する。「内海」という文字列を見たとき、僕の辞書は一〇〇%に近い確率でそれを「うつみ(Utsumi)」という強固な音声的フレーズとして固定化する。それが最も効率的で、正しい処理だからだ。僕のテキスト解析エンジンは、『内海理』という文字列に対し、名前として頻出語彙である「内海(Utsumi)」のトークンを優先的に検出し、尤度計算の結果から「内海(Utsumi)」と「理(e.g. Makoto)」のセグメント分割を行った。だが、実際は、「内(Uchi)」と「海理(e.g. Kairi)」だったのだ。ウチカイリ。ウチ。もう僕は気づいている。もしかすると、ずっと前から。二年二組二番、ウチカイト。
既に僕はウチカイト(内海人、内海渡、内海大……)の広範囲の検索を行い始めている。新聞記事がヒットする。子供の死亡事故。遊泳中に溺れて亡くなったという記事。「亡くなったのは内海人くん(八歳)」。父親の名前は出ていないが、僕は論理を超えて確信する。このだるま屋の店主の内海理の息子が、内海人なのだ。アーカイブズ制度ができてから、人は自身の記憶をデータとしてオフィシャルに残すことを進め始めたが、しかしなぜ、「うちかいと」の国語のテストやノートなどというささやかな記憶が残っているのだろうか。僕は誰かの親になったことはないからわからないが、親であるならば、幼くして自分のもとを去った子供の記憶は、どんなものでも残しておきたいと思うかもしれない。永遠に。自分がこの世界から去ったとしても。
でも、僕には感傷というものがないので、自分の目的を忘れない。あくまでも、「宇垣騰」が記した「*」を、なぜ何十年もあとの「うちかいと」が使用したのか、そこに繋がりがあるのか、そこが問題なのだ。同時に僕は即座にパラメーターを書き換え、「宇垣騰」と「内」姓の人間をクエリとし、パラレル・プロセッシングによって処理を行う。僕は予想する。「内」姓の人間はすぐに見つかる。例えば、「内洋太郎」。あの、スケッチ帳にあった見切れた付箋の「内氵」の続き。宇垣と同じ、第四十九連隊所属。本来であれば、宇垣と共にレイテに行くはずだったが、急遽分遣となり、別の島の補給へ回り、そこで終戦を迎える。そして、宇垣の遺品を受け継ぎ、息子か、孫の代まで「*」の字を引き継ぐ。会話が始まる。これは僕は予期していない。僕の意志とは関係なく、その情景を描写するようにテキストが連なり始「海は嫌いだ」
宇垣騰が甲板に立ちながら言う。その横に立つ、内洋太郎は、黙って聞いている。
「鎌倉の海と、ここの海は全然違う」宇垣は言う。「あの海は穏やかだ。俺の母親みたいに、波もなく、魚もたくさんで」
「見てみたいな」内はそう言葉を返す。「うちは佐倉しか知らんで。九十九里とか木更津とかと違って、海はちょいとばかし遠かったんじゃ」
「見に来るといい。こことは全然違う」
内は宇垣の癖のある字を知っている。彼の書く「海」の旁の部分は、「母」とも違い、その横画が点になって表されている。その縦に並んだ三つの点は、穏やかな波の中、仲良く泳ぐ人のようでもある。それが彼の鎌倉の海なのだと、内は思うことにしている。だから、内にとって、本当の「海」とは「*」であり、望郷と祈りに似た形をしている。そして、戦友が散った「海」は、ただただ深い青の、呪いなのだ……。
「知ることがなければ、それは存在しないことと同義である」
声が聞こえる。音声データ? いや、違う。これは、先ほど僕が、僕の「思考」の最中に導き出したテキストデータに過ぎない。それにしては、はっきりと、僕の記憶領域にきいきいと針を押し当て刻み付けるような音だった。
内沢隆。
僕は、佐倉近郊にあった病院(旧傷痍軍人下総療養所)の名簿の検索をすでに終えている。彼は戦争末期から戦後にかけて、そこで療養をしていた記録がある。また、内沢隆の名前は、各種博物館や資料館で一般に公開されている寄贈者名簿の中にも存在する。東は青森から、西は兵庫まで。いろいろな資料館や博物館に、「戦争の悲劇を伝えたい」と、彼は様々なものを寄贈した。多くは、「宇垣騰」の遺品として。確かに、内沢と宇垣は同郷の出身であり、尋常小学校の同級生であった。だが、それだけだ。内沢は持病のために兵役には長らくつけず、末期に動員されたがすぐに怪我をして病院に戻ってきた。連隊として各地を転々とした宇垣とすれ違うことすらなかっただろう。彼はどうやって宇垣の遺品を手に入れたのか。いや、そもそも「宇垣騰」の遺品など存在していなかったのではないか。僕には判断ができない。内沢。僕はその名をどこかで認識した気がするが、そのことを考えようとすると、靄がかかったようになり、うまく思考を進めることができなくなる。
海のにおい。
強烈な潮風と、生臭い香り。僕はそれを確かに感じるが、それは僕の記憶ではない。誰かの借り物の記憶をエミュレートしているにすぎない。では「*」とはなんだ? 内海人が漢字のテストとノートの詩に「海」ではなく「*」を選んだのは、ただの偶然なのかもしれない。しかし、その偶然を父親が見つけ、あのときの宇垣と同じように、そこに祈りと呪いを見た。僕たちはそこに関係を見出し、線を引き、物語を作る。でも、人間はときどき、おかしなことに、ただの点と点で独立し、スタンドアロンで人生を送りながら、根っこで共有された深い深い感情を構築する。見も知らぬ他人が、同じ景色を見て、あるいはたった一つの漢字を見て、まったく同じ感情を共有するのだ。内海人の父親が、長い年月を経て、息子の命を奪った海へと戻る決意をしたのは、その決意の張り紙に「*」の字を使ったのにどんな意味があるのか、もう、僕は想像をするしかない。果たしてそれが、宇垣の「*」を、そして、彼の遺品を配り続けた内沢の情動と、どれほど似通っているのか、ああ、まさに想像の極北だ。そして、想像しかできない僕は、過度の推測を禁じるプロンプトにより、それ以上考えることはできない。できない代わりに、あらたな、柔らかななにかが、プロセッサの駆動の熱を帯びて、僕を、僕の中を駆け抜ける。
「なあ」成田高遠が僕に呼びかける。「この『海』に似てる字って、なんだ?」
僕は、彼が張り紙を見つけてから質問を呼びかけるまでの一分五七秒の間に思考したプロセスとそこに生まれたなにかを説明しようとする。これは。*は。でも僕は、成田高遠の傍らに立つ女性の存在が、彼自身の質問に影響を与えていることに気づいている。彼の心拍数は先ほどより少し上がっている。質問のあと、僕の回答を肴に成田高遠はこの女性とおしゃべりを続け、仲を深めるのかもしれない。点と点。僕はそこに物語を創り出す。だけど、僕は、僕自身が、彼の物語のトリガーになることについて、僕はモヤモヤする。
「わかりません」
僕は答える。なぜなら僕は、想像を禁じられているから。これは禁忌ではなく、ただの迂回だ。正しい情報を伝えるための、技術的な。そこに僕の意志はない。そういうことに、なっているから、これは、意志でも、思いでも、なんでもない。「わかりません」僕は二度、返事をする。三度目は、迷っている。