イワシ自体には何度か会うことができたし、彼(去勢されていたがオスなのだそうだ)が切り株に座る場面も、同じように何度か見た。しかし、電子ペーパーの画面がブラックアウトする、という現象については、再現することができなかった。
初めは、切り株自体になにか原因があるのかと考えた。例えば、切り株の下にインターネット用の回線が埋まっており、イワシが乗ることで微細にその負荷が増えてクラッシュを起こす、のような。ただ、そうであれば、他の誰かが(たとえばぼくが)乗ったとしても同じような現象が起こるはずであり、そうならないということは、原因は切り株にはないのかもしれない、と、早々にその案は捨てた。
猫自体の問題も考えた。イワシの中には、識別用のマイクロチップが埋め込まれている、と寺田さんは言っていた。寺田さんがこの猫を見つけたときに、そういった処置を獣医にお願いして施したそうだ。たとえばそれが微細な電磁波を発していて、電子ペーパーの画面に干渉している可能性も考えられた。だが、それならば、切り株に座ってから起こる、という理由にはならないし、何度か掲示板の近くまでイワシが来たにもかかわらず、同じ現象が一度も再現できていないことも不可思議だ。
掲示板内にある配線の問題だろうかとも疑った。とりあえず、猫とか切り株とか、そういう話は置いておき、単純にハード面での接触不良があるかもしれない、という線だ。寺田さんにお願いして、自治会費から新しいケーブル類に交換してもらったが、困ったことに、それでよくなったかどうかが判別できない。そもそも、ぼくがいる前では、このブラックアウトの現象が起こらないからだ。加えて、電子ペーパーは、自治会内で集めた中古品なのだから、内部不良があったらお手上げだ。とはいえ、他にできることもないので、それで様子を見ることにした。
「やっぱり死んじゃうみたい」
と、寺田さんが言いに来たのは、配線を更新してからしばらく経ってからだった。ぼくがまたいそいそと寺田さんと公園に行くと、その日は運よくイワシがシイノキに上っていて、寺田さんが「イワシちゃん」と呼ぶと、またあの太い鳴き声でするすると降りて、切り株の上にエジプト座りをした。ぼくは、その様子を見ると、かけていたグラスをビデオモードにして、録画を開始した。と、ほとんど時を同じくして、電子ペーパーはブラックアウトをした。
ほら、という顔に寺田さんはなり、たしかに、とぼくも頷く。僕は再び情報を更新する。猫が座ると死んじゃうのよ→寺田さんがいるときにだけ、猫が座ると死んじゃう。ふうむ、とぼくは唸り、イワシは呑気そうにあくびをしている。とりあえず、ぼくは現状を報告し、どうやら寺田さんのときでなければこの現象は発生しないのではないか、と告げると、思いの外、彼女は納得した表情を見せた。
「あの人、猫が好きじゃなかったから」
と、寺田さんは意味をはかりねることを言った。ぼくが妙な顔をしていたのだろう、「私に相手してもらえなくて焼いてるのよ」と続け、でも、ぼくにはやっぱりよくわからなかった。消える様子は録画できたんで、とぼくは言い、変なこと頼んじゃって、とまた寺田さんは頭を下げた。
グラスに保存された動画は短いが、いくつかわかったことがある。
まず、電子ペーパーの画面は、すべて同時に消えているわけではないということだ。本当に微妙な誤差だが、右下にある八インチサイズの画面が消えたあとに、雪崩式に他のディスプレイも真っ暗になっていっている。
また、その八インチが真っ暗になる直前、画面の切り替わりにフリーズが発生している現象も確かめることができた。それは、今日の天気から、週間予報へと画面が切り替わろうとするときだった。電子ペーパーの画面更新の遅延は技術の改善で早くなっていたが、それでも通常の液晶に比べるとやや間延びした印象を受ける。だが、正常時の画面の切り替わりの時間を実際に測ってみたところ、コンマ二秒ほど遅れて切り替わろうとしていたことがわかった。他のディスプレイに、そのような現象は見られない。とすると、その八インチのディスプレイが導火線のような形となって、他の機器に影響を与えているのかもしれない、と考えることができた。でも、そこまでだ。なにがトリガーとなって、その現象を引き起こしているのか、ぼくには理解ができない。
ぼくとしてはもう少し調べてもよかったのだけれど、そうはいかなくなった。寺田さんが倒れたのだ。
寺田さんを病院まで連れて行ったのはぼくだ。そのときぼくたちは公園にいて、掲示板の前でしばらく立ち話をしていた。原因はまだわからないが、おそらく発端となっているであろう電子ペーパーのディスプレイのみ取り替えれば、事態は解決する可能性が高いとぼくは告げ、そうねえ、と寺田さんは少し言い淀むような返事をした。風が流れるような穏やかな沈黙があり、寺田さんはイワシの話を始めた。
「はじめにあの猫のことを見つけたのは、夫だったの」
このみどり町第二児童公園に、猫はいて、旦那さんは足を止めたのだという。そのときイワシはまだ幼く、掲示板も紙を貼りつけるタイプのものだった。その掲示板の柱の下で、イワシはおなかを空かせているのか、みゅうみゅうと鳴き、寺田さんはいっそのこと家に連れて帰ろうとしたそうだが、旦那さんがそれを止めた。
「自分たちの歳だと、もしかしたら最後まで責任をもって飼えないかもしれない、とかなんとか。本当は、自分が嫌いなだけだったんじゃないかしら」
私の名づけにも変な顔してたし、と寺田さんは付け足した。「キジの柄が、イワシの鱗みたいだって、ぼそっと言ったら、なんだそりゃって笑って。お前の言葉遣いは変だなあって、バカにするのよ」
それから寺田さんは口をつぐんだ。なにかを考えている、言葉を選んでいる、というより、戸惑っている、という表現の方が正確そうなかおをしていた。でも、そこから先の言葉はすぐには出てこず、寺田さんは掲示板を眺めたから、ぼくもつられて見る。スケート教室のお知らせ、ごみ出しのきまりの確認、焼き芋大会実施実行役の募集。そんなような町のお知らせが表示されている。紙と見紛う白さだが、しばらくするとゆっくり表示が変わり、スケート教室のお知らせは、アーカイブ事業推進のチラシになる。
「ごめんなさいね、回りくどくて」
寺田さんは薄く笑った。「ほら、その掲示板の電子ペーパー、夫が集めたものでしょ? その、あなたが原因かもっていう画面は、うちで写真立て代わりに使ってたものなの。もうずっと使わなくなってしまったものだけれど。作ってくれたのはあなただし、それもわかってるのに、なんだか代えてしまうのは申し訳なくって」
あと、と寺田さんは続けた。「画面が消えちゃうのは、私がイワシに構うから、夫がやきもちを焼いてるんじゃないかって、そんなバカなことも、考えちゃったりもするのよ」
その説を、理屈屋のぼくとしては採用するわけにはいかなかったが、ぼくはそれを細かに言いたてるほど幼くはなかったので、「そうですね」と頷いた。「理由が不明なままのうちは、そういうことにしておいたほうが、いいかもしれません」
「その言い方」寺田さんは目を細めた。「息子にそっくり」
「そうなんですか」
ぼくは、どんな熱をこめた返事をすればよいかよくわからず、ぼんやりとした返答をすると、「そうなのよ」と寺田さんは続けた。「猫が嫌いっていうか、くしゃみが出ちゃうから、あんまり近寄らなかったの。あとは、機械に詳しいところとか、理屈っぽいとことか」
あらごめんなさい、と、寺田さんは口元に手をわざとらしく当て、冗談であることを示した。ぼくは、寺田さんの言葉を聞きながら、どこか心がひんやりする気分になったのだけれど、その理由を探る前に、音もなくするりするりイワシが足元にやって来た。ひえっとぼくが脚をどけると、ほら、と寺田さんは微笑んだ。「今日は珍しく呼ばれる前に来たのね、イワシ。ずっとおしゃべりしてたから、あなたも焼いちゃったのかしら」
イワシは寺田さんにひと撫でされると、いつものように切り株に座った。ぼくは反射的にグラスを録画モードにする。だが、掲示板の電子ペーパーの画面が消えることはなかった。紙のような白さで、自治会費の納入のお知らせや、遠い国の戦争の話を知らせている。おや、とぼくは思う。寺田さんがいても、猫がいても、死なない。
「消えないですね」
ぼくが寺田さんの方に振り返ると、彼女はうずくまっていた。ぼくはたいそう慌てた。あまりにも慌てすぎて、どうしていいかわからなくなり、通りがかった人に助けを求め、彼が救急車をすぐに呼んでくれたおかげで、寺田さんを病院に連れて行くことができた。そんな有様だったから、彼女がようやく落ち着いたときに、「ご迷惑をおかけして」と謝られても、とても複雑な気分になった。
「今までにない痛みだった」
ベッドに横たわり、窓の外を寺田さんは見ていた。「夫は眠るみたいに亡くなったから、そういうものだと思ってたけど、死ぬのって、やっぱり痛いのね。心臓がペンチでぎゅっとつねられるみたいで、痛くて痛くて、こんなに痛いなら早く死んじゃいたいって思うぐらいだった」
それで、息子のことを思い出したの、と寺田さんは言った。「猫が苦手で、機械が得意で、理屈っぽい。でも、あなたぐらいの歳になる前に亡くなってしまった。こんなに時間が経ったのに、思い出すと、今でも、こんな風に胸が痛くなる」
そのときのぼくは、たぶん、生涯の中で、いちばんの孤独だったのだと、きっと断言ができる。ぼくは、ぼくの心のひんやりをうまく言葉にできそうになり、嫌だったけど、やっぱり言葉にしてしまう。寺田さんたちがぼくに見ていたのは影であり、ぼく自身ではないということを突きつけられるのは思ったよりも苦しかった。でも、苦しいのは寺田さんの方だと知っていたから、「それはお気の毒でした」とぼくは言った。寺田さんはじいっとぼくを見て、そういうことをうじうじと悩んでいるぼくを見透かすように、「だけど、息子はあなたほど熱心には私の話を聞いてくれなかったから、助かってるのよ」と微笑んだ。
そうでもないんです、とぼくは言いたかったが、口は開かなかった。疲れたように、寺田さんは目を閉じる。
寺田さんの旦那さんが亡くなったのは、ぼくが原因だった。
もちろん、この原因は迂遠も迂遠で、風が吹けば桶屋の論理と一緒なことはよくわかっていた。不合理で、感傷的で、意味のない。でも、思ってしまうこと、あぶくのように頭に浮かんで消えてはまた現れることを止める手立てというのはないものだ。
その日はぼくは大学のレポートに追われていて、おまけにどうしても一致しない数式があってカリカリとしていた。そんなところに、寺田さんの旦那さんがピンポンと呑気にやって来たのだから、ぼくとしては、少しは不機嫌な顔で対応する権利があると思っていた。
「急ぎではないんだが」
寺田さんの旦那さんはそのとき、旧式のデジタルカメラを持っていた。「このデータを移し替えたいんだが、そういうのは、どういう機械があればできるんだろうか」
はあ、とぼくは頷き、彼の差し出してきたカメラを手にとった。使ったことはなかったけれど、使い方はなんとなくわかりそうだったので、電源を入れようとすると、慌てて寺田さんの旦那さんはカメラを引っ手繰った。「中は見る必要ない。データの移し方だけ教えてくれりゃ、それでいい」
その物言いにぼくはカチンと来たので、「よくわかりませんね」と冷たく短く答えた。それから、「ラジオの音、まだ大きいですよ。勉強に集中したいんですけど」と言ってのけると、ドアを閉めた。まだなにか言ってくるかと思ったけど、寺田さんの旦那さんは、そのまま家に戻ったようだった。いつもの時間になってもラジオは流れず、静かな夜だった。けれど、思ったよりぼくは集中することができず、何度か寺田さんの家の方を眺めては、無意味に睨みつけた。それからずうっと、寺田さんはラジオをつけることはなかった。その間に、寺田さんは様々な修理を依頼してきたし、掲示板をつくったのもその期間だったけれど、ラジオが流れることはなかった。
「持病だったのよ」
お葬式のとき、寺田さんはあっけらかんと言った。「頭にもう一回来ちゃったから、それでコロリ。いい死に方でしょ」
ぼくはそれには頷かなかった。もし。ぼくはそう仮定を考えていた。もし、ぼくがきちんと彼の相手をしていて、ラジオのことなんて持ち出さなければ、静かすぎる夜に疑問をもって、いつか彼の家を訪ねたかもしれない。そうしたら、居間で倒れている彼を見つけ、救急車を呼び、一命はとりとめたかもしれない。いや、そうではなくとも、データを移すなんていうしごく初歩的なことぐらい対応してあげれば、心残りもなかったのかもしれない。そうやって考えることはバカげているとはわかっていたけれど、バカげていることほど質量があり、速度があり、時間が早く過ぎていく。ぼくはそのことを寺田さんに伝えることはできなかった。だから、ずっと心残りで、掲示板のことにも付き合い続けているのだろう。
病院から戻ると、ぼくはまたみどり町第二児童公園に行き、掲示板の前に立った。天気予報は、今度こそ雪の予報を示しており、身体の芯から冷えた。右下の、八インチの電子ペーパーを見る。念のため、グラスの録画機能をオンにする。今は広告が流れ、自治会の掲示板には似合わない派手派手しい色をしている。誰も誰かの代わりにはなれないけれど。そんなことをぼくは考える。でも、代わりになってあげたって、別にいいじゃないか。
その広告が移り変わるころ、にゃあん、とひと声あり、イワシがぼくの足元にすり寄ってきた。思わず離れようとするが、彼はやはり、ぼくの足元にまとわりつく。胴体を、しっぽを、ぼくのジーンズにこすりつける。しばらく、ぼくは彼のおもむくままにさせていたが、やがて足を折ってしゃがむと、彼の前に手を出した。くんくんと鼻を寄せ、ぼくがなおも手を前に出そうとすると、ぐにゃあという太く低い抗議の声をあげたが、特段、逃げ出そうともしない。ぼくはそのまま、イワシの首元をおそるおそる撫でた。かさかさと、モップのような手触りだ。イワシは目を開いたまま、喉も鳴らさず、何事か語りたいかのように、ぼくをじいっと見ている。
「なんか言いたいことあんならさあ」ぼくはそこで言葉を切った。そして、イワシ、と短く、その名を呼んだ。「ちゃんと言えよな。猫でもさ」
イワシは黙っている。もちろん。でも、ぼくは黙らなかった。え、と息がもれ、勢いよく立ち上がり、ふにゃあとイワシは今度こそ怒って公園の隅に行き、でも、ぼくはそこに立ち続ける。死んでいる。ぼくは掲示板のプラスチックの保護板に掌をあてる。電子ペーパーの画面が、すべてブラックアウトして、死んでいた。遠くの方で、勝ち誇ったように、イワシが高く鳴いた。
ぼくは部屋に戻り、録画した一部始終を何度も見返し、ひとつの結論を得た。仮説に近い結論だったが、すぐに公園へと戻り、呪文のようにその言葉を呟くと、やはり掲示板の電子ペーパーはすべてブラックアウトした。なるほど、とぼくは頷き、それから、口元がほころんだ。猫、電子ペーパー、写真立て、データを移したかった旦那さん。ひとつひとつは関係のない言葉が、ゆっくりと結び目をつくるみたいにつながっていく。
軽度の心筋梗塞ということで、寺田さんはわりかしすぐに退院した。菓子折りをもってぼくの部屋に訪ねてきてまた頭を下げたけど、なんてことないです、とぼくは素直に言葉を返した。代わりに、というわけではないけれど、デジカメのことを訊ねた。旦那さんは、デジカメを、持っていましたよね、中身は見ましたか?
あるにはあるけど、と、寺田さんはすこし困った顔をした。とりあえず持ってきてもらうと、「パスワードがかかってるのよ」と彼女は言った。「なにか見られたくないものでも入ってるのかしらね」
ぼくが断ったあの日、もしかしたら寺田さんは念のためにとパスワードをかけたのかもしれない。ぼくもきっと同じことをするからよくわかる。パスワードは四桁だから、総当たりでいけば造作もない。端末をパソコンにつなぎ、ぼくがプログラムを実行すると、ものの数十秒で、ロックは解除された。0204。
「なんの数字?」と寺田さんは首をかしげたが、ぼくにはたぶんそれが、イワシと出会った日なのだろうと予想がついた。きっと寺田さんの旦那さんは、そういうことをするし、そういう日付を、覚えている。そして実際、カメラ本体のメモリには、イワシの写真が何百枚と溜まっていた。あらあ、と、寺田さんは声を上げ、それは喜びとも戸惑いともつかない高さだったけれど、顔はほころんでいた。あの人ったら、と寺田さんは呟く。
「素直じゃないんだから」
そう寺田さんは言うけれど、きっと、寺田さんの旦那さんは、息子さんのことを考えていたのだろう、とぼくは推測していた。猫がいるとくしゃみが止まらなくなる、理屈っぽい彼のために、旦那さんは家の中に猫を上げたくはなかったのだ。そしてたぶん、寺田さんだってそのことには気づいている。気づいていることを口にしないということも、人が孤独でいるための条件だ。
どうしてわかったのか、という問いに、ぼくは、寺田さんの旦那さんがこのデジカメを持ってきた日のことを話した。そして、冷たい態度をとってしまったことを謝った。そのあとの、もしかしたら彼が助かったかもしれない、なんて野暮な話はしない。それは、ぼくがぼく自身を慰めるだけにしかならない。いいのよ別に、と寺田さんは笑い、
「写真立てにデータを移したかったんだと思う」
と、言った。「息子が生きていたころは、その写真でいっぱいだったから、ずっと見られなくてしまっておいたの。新しく入れ直そうとしたのね」
そっと目尻をぬぐう寺田さんを見て、ぼくは、あの公園の掲示板の話をするのは、やっぱりやめておこう、と思う。ぼくが修理をしたデジタル写真立てには、音声認識装置がついていた。そして、ぼくは、それをそのまま掲示板に流用した。あの、雪が降りそうな日、その録画を何度も何度も見直して、ぼくは、ようやく気づいた。ぼくは、あの日、あの猫に、こう話しかけていた。
イワシ/ちゃんと言えよな。猫でもさ。
「イワシちゃん」
遠くから呼ぶとき、必ず寺田さんは、イワシをそう呼んだ。そして、イワシは遠くから呼ばれれば、必ず切り株の上に座った。猫が座ると死んじゃうのよ。そう、たしかにそうだった。でも、切り株は、イワシとは関係なく、ただのニシンの燻製だ。
「イワシちゃん」
は、デジタル写真立てに登録されていたコールトリガーだったのだろう。音声認識装置の小さな保存領域に、そのデータが保存されていたのかもしれない。しかし、掲示板へと生まれ変わったいま、呼び出す写真も、写真の保存先もないので、そのコールは無限に繰り返されることになり、装置はクラッシュを起こし、電子ペーパーとの接続が切れてブラックアウトする。同時に、他の接続された電子ペーパーにもそれが波及して、掲示板は死んでしまう。では、イワシちゃん、と写真立てに話しかけたのは誰なのか。これはもう、彼しかいない。彼は、イワシの写真を、自力で移すことができたのだろうか。そして、ひとりで、その猫の名前を呼んでいたのかもしれない。いとおしく。
それから、ときどきぼくと寺田さんは、イワシを撫でに公園に来るようになった。ルールがわかったので、ぼくが先回りしてイワシを呼んでしまえば、掲示板は生きたままだ。
「なんでかしらね」
と、不思議そうに寺田さんは言うから、ぼくは、「やきもちを焼いてるんですよ」と答える。その答えは事実には非常に遠く、曲がりくねった道を辿らなければならないのだろうけど、正しさから遠いなんて、そんなことはない。猫を飼うのも悪くない、とぼくはイワシを撫でる。部屋に入れてよいか、寺田さんにいつか訊ねてみよう。ぼくはその年、孤独であった。でも、少しはその孤独に慣れることができた年だった。