時間通りにバスは再出発した。直後、席移動があった。隣になったのは、ケンスケだった。
「どうでした? しゃぶしゃぶは」
隣の人がお腹いっぱい食べられるか心配で、少ししか食べられませんでした、という言葉を呑み込んで、「おいしかったです。ケンスケさんは?」と笑顔を作って答えた。
「お肉、おいしかったですね、豚しゃぶといえば、前に妻と旅した鹿児島の……」
彼の旅行話を聞きながら、友加里はふと不思議な心持ちになった。出会ってまだたった数時間、しかも会話したのはわずか数分。それなのに、こうしてそばにいて彼の横顔を見ていると、ずっと前から知り合いのような、なんだかとても息が合うような……。
友加里のバカバカ、とまた思う。それって思い込みの激しい思春期の女の子が、片思いの相手を運命の人だって幻想するやつと同じじゃない。自分をいくつだと思ってるの? 思春期どころか、更年期真っ只中の――
「それで霧島温……」そこまで言って、ケンスケはふいに言葉をとめた。「……なんだか、こうして話してると、友加里さんとははじめて会った気がしないなあ。まるで昔からの友達みたい」
そしてケンスケは、友加里の目をまっすぐ見て微笑んだ。友加里は思わずうつむいた。バカバカバカバカ! 経産婦で更年期で閉経済みのおばさんが、バージンの女の子みたいにふるまうんじゃない!
「ごめんなさい、僕、変なこと言いましたよね」
「そんなことないです! わたしも、ケンスケさんって……その、とっても話しやすいなあって思います」
ケンスケはまたにこっと笑った。この人だって十分おじさんなのに、と友加里は思う。どうしてこんなに、人懐っこい笑顔を浮かべることができるのだろう。
「はーい、五分です。移動お願いします」
ユキ姉の声が車内に響いたとき、ケンスケが少し悲しそうな顔をした。ように見えた。気のせいかもしれない。いやいや気のせい気のせい、友加里、勘違いしちゃだめよ。
「みなさま、ここで中間報告です」とユキ姉。「今回は多くの方に積極的に動いていただいて、すでに七組ものカップルが成立しています。つまり、半分の方がすでにお相手が決まっているということです。素晴らしいです! 引き続き、どうぞよろしくお願いいたします」
ケンスケが後ろの席に移動した後、友加里はアプリを確認してみた。
驚いたことに、ハートマークが六つに増えていた。が、ケンスケの横には、相変わらず何もなかった。
その後、バスはシャインマスカット農園に到着した。シャインマスカット狩りは数分で終わり、それから寺と滝の散策へと続いた。
それぞれ出発前にくじ引きでグループ分けがされたが、寺でも滝でも友加里はケンスケと同じグループにはなれなかった。寺では同じグループになったフミと二人で過ごすことが多かった。滝は散策がはじまって早々、フミをはじめ違うグループの男性数名に取り囲まれて、そのまま彼らとともに行動することになった。
が、男性たちと順番に話しながら滝に向かって山道を歩いているうちに、なんだか妙に疲れてしまった。滝つぼに到着した時点で集合時間まで二十分以上あったが、「すみません、わたしちょっと疲れちゃって。先にバスに戻ります」と友加里は彼らに告げた。
「あ、じゃあ僕が送っていきますよ」
男性たちのうちの誰かが言った。そのまま全員でぞろぞろついてこようとしたので、友加里は「ごめんなさい、一人にさせてください、お願いします」と頭を下げた。
しかし、男たちはしつこかった。とくに8番のケミカルと妖怪食いしん坊が食い下がってきた。8番のケミカルはほとんど話さないくせに、寺でも友加里とフミの背後にずっとぴたりとくっついていて、少々気味が悪かった。妖怪はなぜそんなに自分を気に入ってくれているのか、本当によくわからなかった。この女と付き合えば、ずっと食べ物を多くゆずってもらえるなどと思ったのかもしれない。最終的にはその中にいたフミが「みなさん、友加里さんは一人になりたいんですよ、させてあげましょうよ」と言ってくれて、ようやく解放された。
「おーい、友加里さーん」
駐車場へ戻るための山道を登りはじめたとき、下から翼がおいかけてきた。
「ねえ、大丈夫? どうしたの? 顔色も悪いけど」
「なんだかさ、疲れちゃって。先に戻ることにしたの」
はあはあと息を弾ませつつも、翼はふふふと笑った。「友加里さん、モテモテね。ねえ見てよ、アレ」
翼が指さすほうを見る。滝つぼの前で、友加里がおいていった男たちが所在なげにうろうろしていた。
「お母さんに捨てられた子供みたいじゃない?」
「そんなかわいいもんじゃないでしょ」思わずそんなことを言ってしまった。
「アハハ、友加里さんって毒舌。ねえ、ところであの中から選ぶの? 誰かとカップルになる?」
「わからない」と友加里は再び滝つぼに背を向け、歩き出しながら言った。
「いいなあ、モテモテで。実を言うとわたし、いまだに誰からもアプローチされてないからね。ハートゼロ」
「ええ? 翼ちゃんが?」
「わたしっていつもそうなの。婚活パーティとかこの手の集団お見合いみたいなやつは、いつもダメ。男の人のつまらない冗談にお愛想で笑ったりしないし、思ったことすぐ口にしちゃうし」
「翼ちゃんは高値の花って思われてるのよ。わたしは逆。たぶんね、この人ならいけそうって見くびられてるだけなの」
思えば、昔からそうだった。今朝、翼が言ったように、若い頃はそれなりに男性から言い寄られてきた。結婚も夫から猛アプローチされた末のことだったし、結婚前に交際していた人も、断っても断っても告白されて、仕方なく付き合っていた。わざわざ男性との出会いを求めて自ら行動したことなど、一度もなかった。そうする前に、男性から求められた。
自分でも、その理由は薄々わかっていた。美しいからでは決してない。いつも受け身で、つい自分より他人を優先してしまう性格が、男性には御しやすく見えているだけなのだ。
「ねえ翼ちゃんはさ、男の人のこと、自分から誘ったり、付き合ってほしいって告白したりしたことはある?」
「告白はないと思うけど」と翼は言う。「でもまあ、昔は結構自分から誘ったかな」
「うまくいった?」
「うーん。うまくいったときもあるし、いかなかったときもある。でも付き合うところまでいってもさ、結婚って結局、最後は男が決めないといけないからね。わたしはその男の決断が待てなかったし、なんというか、男に決められること自体が嫌で……とにかく、最終的には何にもうまくいかなかった。だから今も独り身なの」
「ふーん、そっかあ」
と答えつつ、今の翼の回答にいまいちピンときていなかった。ただ、翼は自分とは全く違う生き方をしてきたことはよくわかった。ほしいと思ったものを、好きだと思った人を、翼は自ら獲りにいった。たとえうまくいかなかったとしても、常に行動し続けた。
わたしは、と思う。ただずっと、誰かが迎えにきてくれるのを待っているだけ。五十代のおばさんになっても。