最初の目的地は沼津港で、海鮮レストランで昼食をとったあと三島スカイウォークへいき、最後は修善寺をまわって帰京するという行程だった。前回と同様、プロフィールの確認やアプローチは専用アプリでおこなう仕様になっている。人数が少ないので、一対一での会話は八分ほど時間をとるらしい。
最初に隣になった2番のロマンティック太郎は、四十四歳でバツイチ、小さな子供が二人いるという。明るい雰囲気の男性で、自ら丁寧に自己紹介してくれた。が、それは寛人が近くで撮影していたからだったようだ。カメラが離れると、彼は仏頂面になって腕を組んだ。
「僕、絶対に子供がほしいんで、あの、自分より年上はちょっと……。離婚して元嫁に子供を連れ去られたんで」
年上はちょっと、のところで彼は指で小さくバツ印を作った。三十代の頃の翼ならむすっとして黙り込んでいたところだが、五十路ともなると「そうなんですね」と作り笑顔で答えることが難なくできた。するとロマンティック太郎(なんでそんな登録名にしたのかはいちいち聞かなかった)は、子供を連れ去られた経緯について、勝手にべらべら話しはじめた。どうやら単に愛想をつかされ出ていかれただけのことを、「連れ去り」と表現しているようだった。
「この国は本当におかしいんですよ、女に有利な法律ばっかりで。僕のほうがよっぽど子育てしてたのに、みんな元嫁の言うことばかり信用して、今じゃ面会すら許されない。男はいつでも割りをくわされる」
そうですね、そうですねと笑顔で答え続ける。わたし、そうですね星人だなと思い、頭の中でそうですね星人のビジュアルを考えているうちに席移動となった。
最初のサービスエリアに到着する少し前に、ちょうど一周した。バスを降り、トイレの列に並びながら、あのとき、結婚相談所の担当者が話していたことは正しかったなと翼は思い返した。九名の男性参加者のうち、八名が四十五歳より上だった。残りの一人は四十三歳。よって、三十代は0人ということになる。ひと通り話してみて、ほとんどの人が自分より年下、できれば三十代の女性を望んでいるように感じたのだ。
トイレから出ると、寛人が声をかけてきてまた短いインタビュー撮影があった。「お付き合いできるかはわからないけど、いいなと思う人は数名います~」「まだ緊張してます~」「ショートパンツはやりすぎだったかなあ~」などと適当に答えて終えた後、寛人に女性参加者たちの様子を聞いてみた。最年長は翼を除くと四十四歳で、最年少は三十九歳らしい。
「女性陣全員の顔に『いい男が一人もいねえわ』って書いてありますね」と寛人は相変わらず眠たそうな顔で言った。「今のところ、そんな感じっす」
その寛人の言葉を、昼食会場の海鮮レストランで翼は心底実感することになった。前回と同様、横並びのテーブルに男女が互い違いになって座るスタイルだったが、全員の着席が済んでもほとんど誰も会話せず、殺伐とした空気が全体を支配していた。少し先に五十代チームが到着して食事をはじめていたようで、そちらが中学の同窓会でもやっているのかという具合の盛り上がりっぷりなのとは対照的だった。
やがてヤングチームのテーブルの上のコンロも点火され、飲み物がコップに注がれた。レストランの従業員に指示され、各々野菜や魚を焼きはじめる。が、やはり会話がほとんどない。女たちの顔つきが死んでいる。翼はテーブルを見渡し、そう思った。寛人の言う通りだった。一人一人の目が、聞かずとも語っているのだ。「いい男が一人もいねえわ」と。
翼と同じテーブルになった女性はすでにやる気ゲージが0からマイナスに振り切っているのか、左右正面、どの男性に話しかけられてもはっきりと明確に無視していた。隣のテーブルの、翼から見て左はす向かいの女性は、正面の男性(つまり翼のすぐ左隣)がズルズル音をたてて鼻をすすりながら食べる姿を害虫でも見るような顔でにらみつけたあと、ミキ姉に席替えを頼みにいき、断られると食事の途中でバスに戻ってしまった。翼はその男性にポケットティッシュを一個丸々渡してやった。しかし、彼はそれをそのまま自分のジャケットのポケットに突っ込むと、まだ生焼けのかぼちゃをうどんのように音を立ててすすって食べた。
翼はまたちらっと背後の五十代チームのテーブルを見た。食事はすでにあらかた終えているようだが、数名で楽しそうに話しこんだり、男女で連絡先の交換をしたりしている。前回参加したツアーもそうだった。食事中はどのテーブルも会話が弾んでいたし(やたら食い意地のはった変なやつがいたりもしたが)、早々にツーショット状態になっていた男女も数組いた(そういえばそのとき、ケンスケは別の人とツーショットじゃなかったっけ?)。
五十代チームとヤングチームで、見た感じの男性参加者の質はさほど変わらないように思える。目の覚めるようなイケメンはもちろんいない、どちらも。「モテそうですね」と他人から言われるようなタイプの男性も見当たらない。全員、普通かそれ以下。むしろ五十代のほうは半分はハゲているし、半分は肥満気味だし、というかハゲている上に肥満が大半だ。しかし、五十代なんてそんなもの。そしてそれはもちろん、お互いさまでもある。
見た目や初対面時のなんとなくの印象だけでいい人がいないなんて判断を下していたら、老後をともに過ごせるパートナーなんて、いつまでたっても見つかりっこない。五十代チームの面々は、それが重々わかっている。それが人生経験というものだ。きっとそうなのだろう。
わかっていないのは、もしかしてわたしだけ?
「これ、もらいますね」
そのとき、右隣の男性がコンロの隅に一つだけ残っていたエビをひょいっと指でつまみあげ、自分の皿に載せた。思わず翼は「あっ」と声を発した。そのエビは、翼が自分のために大事に大事に焼いていたものだった。エビは一人一つずつ。いちいち数えなくたってわかるはずだった。
「あ、苦手なのかと思って。食べます?」
その男はそう言って再びエビを指でつまむと、顔の横でハンドベルか何かみたいに振った。その人差し指と親指の爪は、黒く汚れていた。その瞬間、翼の心の中にまだ住んでいる三十代婚活女子の亡霊が「こんなやつとだけは結婚したくない!」と雄たけびをあげるのをしかと聞いた。翼はにこっと優しく「結構です」と答え、以降、席をたつまでその男のほうを一切見なかった。
一日中道路はすいていて、予定より少しはやく新宿センタービル前に戻ってきた。帰りの車内では三組のカップルが成立しているとミキ姉が話していたが、女性参加者たちはバスを降りると、一人残らず一目散に駅方面へ姿を消していた。男性参加者たちだけが地縛霊のようにその場にとどまってうろうろしている。その様子を背景に、最後のインタビューを受けた。一応翼自身は、第一希望から第三希望まで適当に埋めたが、誰ともカップルにならなかった。「頑張ったんですけど、実らなくて残念でした~」とカメラの前で精いっぱいの演技をしながら答えると、スタッフたちから「演技派ですね」「翼さん、女優いけますよ」「取れ高ばっちりです」と賛辞をもらい、翼もまんざらではなかった。
「相川さん、どうもお疲れさまでした。よかったら、これどうぞ」
寛人に声をかけられ渡されたのは、途中のサービスエリアで買ったらしい静岡茶のバウムクーヘンだった。彼は眠たげに目をこするっている。この人、一日中眠そうにしていたな、と翼は思う。
「今回の件、引き受けてもらえて、本当に助かりました。放送は年明けになると思いますけど、また連絡しますね」
このあと食事でも、なんて言われるかなと少し、本当に本当にほんの少しだけ、期待していた。が、そうはならなかった。だから「こちらこそ、新番組の件、よろしくお願いします」と会社員の顔で挨拶し、彼らと別れた。そのまま、新宿センタービル内の地下通路へは向かわず、JR新宿駅までオフィス街を一人、歩き出す。十二月の夜空は晴れ、空には少し欠けた月が光り輝き、気持ちは妙にすがすがしかった。
婚活なんて、やっぱりやめてよかった、そうしみじみと思った。知らない男の人のたいしておもしろくない話に愛想笑いをするのも、食事中に鼻をすすったりぺちゃぺちゃ音をたてたりする姿に耐えるのも、もううんざり。そこを見て見ぬふりをして、我慢して我慢して自分に合う人に巡り合うのが婚活だ。結局、それは三十代でも四十代でも五十代でも変わらない。
もうしなくていいや、自分は一生一人でいい。そのことを心底理解できた一日だった。結婚できないのは、パートナーさえ作れないのは、自分にも原因がある。それは重々、わかっている。でも、それでいい。それを受け入れる。ずっと一人で生きてきたのだ。そうだ。奨学金だって親に頼らず一人で払いきったし、三十四歳で膝十字靭帯損傷を負ったときも一人で乗り越えたし、四十代半ばで立て続けに両親を亡くしたときだって、一人ですべてなんとかした。それを死ぬまで続ける。それだけのこと。
そのとき、コートのポケットの中でスマホがぶるっと震えた。友加里からのLINEだった。