夕飯前には帰ろうと話していたのに、友加里のマンションを出る頃にはすっかり陽がくれていた。東武練馬に住んでいて自転車できていた冨士子とはその場で別れ、翼は一人、駅へ向かって歩き出す。今晩は何も予定がない。ラーメンでも食べていくか、何かテイクアウトして帰るか。いつもの、孤独な週末の夜。けれど、心は不思議と晴れやかだった。うざったい秋の北風にセミロングの髪をあおられながら、足取りははやくなる。

 婚活で出会った男性としょっぱいデートをしたあと、友達と会って悪口を聞いてもらい溜飲を下げる、おいしい食事を囲みながら。そんな時間をもったのは、ずいぶん久しぶりのことだった。三十代の頃、それはむなしい習慣でありつつも、日々を彩る華やかなひとときでもあった。それがあったから、つらい婚活も続けられたのだ。

 しかし、四十が近づくにつれ、仲間たちは続々と戦いの場から去っていった。結婚できた者もいたが、大半が、単にあきらめて生涯独身(仮)の道へ進むことを決めた。さらに四十も半ば近くになるといよいよ誰もいなくなり、翼にもようやく、その分かれ道の表示――こちらが生涯独身(仮)――が見えてきた。

 何にもうまくいかなかったな、と改めて思う。十年以上も活動したのに。何人かとは真剣交際したし、そのうち一人からはプロポーズを受け、うち一人とは両家の顔合わせまで進んだ。けれど、最終的にはすべて破局に至った。ほかにも女がいたとか相手の両親がもっと若い嫁がいいと言い出したとか実は既婚者だったとか借金持ちだったとか、理由はいろいろある。なぜわたしだけこんなにもうまくいかないのだろうと一万回ぐらい落ち込んだし、わたしのどこが悪いのだろうと一億回ぐらい自問した。もう今更敗因を考えても仕方がないが、結婚に対する熱意が、うまくいった人たちとくらべて、決定的に欠けていたとは思う。「どうしても」という熱意が足りなかった。どうしても、したい。だから何かをあきらめる、何かに目をつむる、何かを妥協する、そういうことが、どうしてもできなかった。

 その道――生涯独身(仮)――は、翼にとって敗北の結果でしかなかった。が、歩いてみると、思っていたよりずっと楽しくて快適な道のりだった。仕事にもより集中して臨めるようになり、昇進して収入がアップした。以前から興味のあった習い事を複数はじめるだけでなく、生活困窮世帯の学習支援ボランティアをやるようにもなり、世界が少しずつ広がっていった。

 けれど。週末の夜、一緒にご飯を食べる相手にこと欠くことだけは、少しさみしい。ときどきは、とてもさみしい。結局、最寄りの護国寺駅で降りたあと、いきつけのラーメン屋によることにした。ほんの数分並んだだけで入ることができたが、カウンター席で若いカップル二組に挟まれた。幸福感に満ち満ちた笑い声をサラウンドで聞きつつ、塩雲吞麵をすする、黙々と、たった一人で。そんなわたしは五十歳独身。正直、さみしい。やっぱりさみしい。認めざるを得ない。

 五十を過ぎたらもう一度婚活をしてみよう、とは前々から思っていた。婚活をやめる間際、結婚相談所の担当者から「四十代が一番難しい」という話を聞いていたからだ。

 いわく「四十代男性は子供がほしいかどうかにかかわらず、子供が産める年齢の女性を強く望みがち、一方、四十代女性は恋愛できるかどうかにこだわって、同世代や年下希望になりがちで、常にミスマッチ状態。それが五十を過ぎると互いにいろいろあきらめがついて、同世代の自分に合った相手を探すようになる」らしいのだ。それはかなり信ぴょう性のある話だと思った。現に、翼は四十前あたりから年下狙いで相手探しをしていた。妥協して一、二歳上。同世代より上の男性は、見た目もふるまいも考え方もあまりに“おじさん”過ぎて見えて、恋愛対象に入れるのがためらわれた。

 今更、結婚したいとはみじんも思わない。が、うるおいのある日々を過ごすためにも、老後を不安なく迎えるためにも、パートナーはやっぱりいてほしい。だから五十になったのを機に思い切って久しぶりに婚活パーティに参加し、そしてバスにも乗ったのだ。しかし、五十を過ぎても、自分は何も変わっていなかったということ。見た目で相手を選んで、この様だからだ。

 一方、友加里だって話を聞く限りほぼケンスケに一目ぼれ状態だったようだが、二人はあのあとすぐにデートして、そのままあっさりと真剣交際開始に至ったのだからよくわからない。すでに同棲の話も出ていると今日知って、あまりのとんとん拍子ぶりに驚いた。しかも、実は以前からの顔見知りだったという少女漫画みたいな運命のいたずら付き。

 はあ、と一つため息をつく。それから最後まで残しておいたつるつるもちもちの雲吞をレンゲに載せ、つるりと吸い込んだ。すかさずスープを二回すすって、ゆっくり咀嚼していく。

 ああ、おいしかった。さみしい。さみしいけれど、でも、おいしかった。今日のところは、たぶん、それでいい。

 店を出た途端、強い北風に頰を叩かれた。ふいにまた、友加里の話を思い出す。頰をピンク色に染めて、「彼って真田広之にそっくりでとてもかっこいいと思わない?」と言っていた。まっすぐの鼻筋とぱっちりした目もとが多少似ていると言えなくもないが、そっくりはあまりにも過大評価だった。

 向かい風に挑むように歩き出しながら、彼女とわたしの違いは一体何なのだろうと思う。日頃の行いの違い? それともやっぱり、愛想の問題? ああ、とんとん拍子のお化けよ、いつ、わたしのところへやってくる。

 そのとき、バッグの中でスマホが振動しはじめた。見ると、3番のヒロトこと白石寛人(LINEのアカウントがフルネームだった)からの電話着信だった。

 もしかして、まさか、わたしにも、と一瞬思って首を振る。五十年待ってずっと空振りだったんだから、どうせこれも同じ。保険の勧誘か何かだろう。

 

 保険の勧誘ではなかった。マルチ商法の勧誘でもないし、宗教の勧誘でもなかった。

 婚活バスツアーのサクラをやらないか、という誘いだった。

 寛人はテレビ番組制作会社のディレクターで、実は先日のバスツアーには取材目的で参加していたというのだ。もちろん年齢も偽っていて、実際は四十四歳と聞いていろいろと合点がいった。今度、寛人が担当する情報番組で四十代の婚活についての特集を組むので、バスツアーの参加者として顔出しで出演してもらえないかという依頼の電話だった。

 引き受けることにしたのは、翼の上司からの後押しもあったからだった。前回のバスツアーで、翼は自分の勤務先の話を彼にしていた。翼の勤めるデザイン会社は、テレビ番組の美術製作も受注していて、寛人の会社は取引先でもあった。

「来年からはじまる新番組、うちにまかせてくれるよう働きかけてくれるって。一回限りだからお願いよ」

 寛人からの電話の翌日、営業部門の本部長からそう声をかけられた。本部長と寛人はかつて全く別の会社で上司と部下の間柄だったらしく、すでに裏で話がついていたようだった。

 コロナ禍から数年、会社は赤字が続いた。独立より社内でのさらなる出世を望んでいる翼にとって、大きな仕事の受注は死活問題につながる。五十四分の放送時間のうち、特集はほんの数分程度だというし、正直、ちょっとおもしろそうだなという気持ちもあった。

 昔から、そうだ。冒険に誘われたら、断ることができない性質なのだ。

 そして、十二月初旬の土曜早朝、新宿センタービル前にたどりついたとき、翼はおかしな気分になって、ふふっと笑った。またここへ来ることになるとは思っていなかった。どこか所在なげな顔であたりをうろつく中高年男女が数十名。人数は前回よりかなり多い気がした。バスもすでに三台も止まっている。

 そのとき、背後からつんつんと肩をつつかれた。寛人だった。

「おはようございます、今日はどうぞよろしくお願いします」

 前回のバスツアーで会ったときの寛人は、若々しく素敵なシニア男性という印象だった。しかし、四十四歳の年下男性として見ると、どこにでもいるたいして魅力のないモブ男でしかなかった。そもそも、今日は服もおんぼろだし、髪もぼさぼさだった。

 その後は雑談する間もなく、乗車前のインタビュー撮影をすると言われて、あれよあれよとカメラの前に立たされた。今日、翼が参加するのは三十五歳から五十歳までのツアーで、行き先は静岡三島方面だとそのときはじめて知らされた。つまり、自分に課せられているのは、年下狙いでやってきた痛いおばさん(しかも確実にその場の最年長)役ということ。今日の意気込みをきかれて「わたしはもう年齢的にあとがないので、これが最後のチャンスのつもりで頑張りたいですね。絶対恋人作ります!」などとはりきって答えてしまうおのれの過剰なサービス精神がちょっと嫌になった(しかも事前に寛人に頼まれて、おめおめとショートパンツをはいてきてしまった)。

 寛人によれば、ほかの二台のバスは片方が五十代、もう片方は六十代と七十代のツアーだという。五十代のほうは自分たちと同じ行き先の日帰りツアーだが、六十代七十代の目的地は遠路はるばる富山・黒部、しかも現地一泊らしい。

「どっちも募集開始後即満席だそうです」撮影の後、寛人は眠そうな目を少し見開いて言った。「とくに六十代七十代のほうは毎回大盛況で、夜は宴会で大盛り上がりらしいっす。けど、我々が乗るヤングチームのバスはなかなか人が集まらず結局定員割れで、しかもキャンセルもあったみたいです。まあ、撮影ありって告知したのもあるんでしょうけど」

 インタビュー撮影のせいで、翼は最後の乗車になった。車内は確かに空席が目立った。前回のツアーでは男女それぞれ十二人で満席だとミキ姉が言っていたが、今回は九名ずつのようだった。

 乗務員は前回と同じミキ姉だった。やがて、バスは出発した。

 

(つづく)