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「おはようございます」
いつものように、店の前で呼吸を整えてから、アンティークな扉を開けた。
カランとドアベルが鳴ると同時に、カウンターに座る二人の男性の姿が目に映る。
「おはようございます、葵さん」
一人は私をバイトに誘ってくれたホームズさんこと、家頭清貴さん。
そしてもう一人は……。
「おはようございます、葵さん」
ホームズさんのお父さんの家頭武史さん。
細身の身体に眼鏡にベスト姿、穏やかな微笑みはホームズさんによく似ている。
「今日もよろしくお願いします」
私は改めてペコリと頭を下げた。
ここにバイトに来てしばし。ようやく、この店のことがいろいろと分かってきた。
あの日、バイトに誘ってくれたホームズさんを『若き店主』と思ってしまったけれど、本当は違っていて、このお店の実際のオーナーは、ホームズさんのお祖父さんだそうだ。
だけど、そのお祖父さんは、伝説の鑑定士なんて呼ばれる『国選鑑定人』で、全国各地、はたまた世界を飛び回っているらしい。
真の店主がいない間、お父さんとホームズさんは本業に勤しむ傍ら、交代で店を管理しているとか。
そんなお父さんの本業は――チラリと彼の手元を見た。
右手に万年筆を持ち、原稿用紙に文章を書き綴っている――そう、お父さんの本業はなんと作家さん。歴史小説やコラムを書いているとか。
こうして店番をしながら、いつも執筆をしている。
(あ、ちなみにホームズさんの本業は、もちろん学生だ)
「葵さんが来ると、店内がパッと華やぐようですね。うちは男ばかりですから」
私の視線に気付いたのか、顔を上げて柔らかな笑みを湛えるお父さん。
「そんな……」
照れを感じながら、そそくさとエプロンをした。
常連さんに聞いたところ、家頭家には女性がいないそうだ。
オーナーであるお祖父さんは奔放な人らしく、とうの昔に離婚をしていて独身。
お父さんの奥さん、つまりホームズさんのお母さんはホームズさんが二歳の時に病気で亡くなってしまったとか。
そんなわけで、男ばかりの家頭家。
同じ苗字の三人で店を管理しているため、お祖父さんが『オーナー』、お父さんが『店長』、ホームズさんが『清貴』もしくは『ホームズ』と呼びわけられている。
(それにしても、家頭父子が揃うなんて珍しいな)
この店には、ホームズさんか店長、どちらかがいるという感じだから。
「ああ、もうすぐ僕は出掛けるんです。それで今日は父に入ってもらっていまして」
ホームズさんはこちらを見て、ニコリと笑った。
驚きから息が詰まって、ゲホゲホとむせてしまう。
「だ、だから、そうやって心を読むのはやめてください」
「あ、すみません。珍しそうに僕たち二人を交互に見ていたんで」
並外れた観察眼を持つホームズさん。実際に心が読めるわけではなく、その人の仕草や言動から、いろんなことが分かるそうだ。
「『心を読む』だなんて、葵さんも相変わらず大袈裟ですね」
楽しげにクスクス笑う彼に、顔が引きつる。
不意に考えていることを何度も当てられる私にとって、実際に心を読まれているようなもの。決して、大袈裟じゃなかった。
……ホント、心の声に答えられると、心臓に悪いっていうか。
「そうだ、葵さん。ちょっと二階に来てください」
思い出したように立ち上がるホームズさんに、少しドキリとしてしまった。
「あ、はい」
ホームズさんが二階に私を呼んでくれる時。
それは、いつも決まって、『あるもの』を見せてくれる時だ。
ドキドキしながら、ともに店内の階段を上がる。
昇りきったところに扉があり、彼は腰につけていた鍵の束を取り外して、カチャリと開錠した。そこは、小さな窓と換気扇があるだけの飾り気のない部屋。
棚の上に商品や箱が積み上げられているのが見える。
二階のこの部屋は、見たままに『倉庫』と呼ばれていた。
ホームズさんはそのまま倉庫を突っ切って進み、奥にある扉の前で足を止めた。
パッと目についたのは、南京錠。
それ以外にも、目立たないけれど、鍵がつけられている。扉横の壁にはコンセントのふりをしたカバーがあり、そこを開くと電卓のような数字盤が出てくる。
ナンバー入力式のデジタルロックというものだ。
ホームズさんは手際よくナンバーを入力し、次に南京錠を含む他の鍵を開ける。
一見、倉庫奥にあるただの小部屋だけど、そうじゃない。
まさに『厳戒態勢』という感じだ。
ようやく開いた奥の部屋。
エアコンで空調を整えられているものの、窓はなかった。
照明がつくと同時に、それはスッキリとした小部屋が目に映る。
部屋の中央にテーブルがあり、その上には、スッポリと布が掛けられた『何か』が置かれていた。
「これは昨夜、祖父が持ち帰った品なんですが……」
ホームズさんは素早く白い手袋をして、布をスッと取り除く。
そこには風呂敷に包まれた、高さ五十センチほどの箱があった。手際良く風呂敷がほどかれ、見えてきたのはシンプルな木箱。
さらにその木箱の蓋を開けると、高さ四十センチほどの壺が姿を現した。
その壺は、肩部から大きく緩やかに膨らむ曲線を描き、胴部から裾にかけては長い斜線をもって小さくすぼまっている。
白い肌に、コバルトブルーで描かれた文様が、圧倒されるほどに緻密で美しい。
「わぁ」
文様は葡萄だろうか? 葉の先端まで、それは綺麗に丁寧に描かれていた。
「……なんだか、すごいですね」
なんて乏しい語彙力。でも、これしか言えなかった。
「中国の元時代の『染付』という磁器です」
「磁器って、陶器とは違うんですか?」
「似ていますし、陶器と磁器の厳密な境界線というのはないんですが、磁器は素地が白くて透光性がありまして、叩くと金属音がするんです」
「はあ、これは本物なんですか?」
「ええ、もうすぐ京都のデパートで展示会がありまして、こちらの品は外国からお借りしているものなんですが、その前に祖父が鑑定を依頼されたんですよ」
「それじゃあオーナーは、デパートに鑑定を依頼されたということですか?」
「はい、諸外国からお借りした品とはいえ、もし偽物を展示してしまっては、そのデパートの評判に関わりますから」
『国選鑑定人』であるオーナーは、時にこうした鑑定を依頼されることもあって、私のような庶民が間近でお目にかかれないような品が、時折ここに持ち込まれる。
そんな素晴らしい品がこの店にある時、ホームズさんは、必ず私に見せてくれていた。
「このコバルトはイスラム圏からもたらされたもので、本当に美しく深い藍ですよね」
「はい、本当に綺麗な藍色」
「形はとても均整がとれていて安定感があります。ラインの美しさと、縁の部分まで手を抜いていない完璧さ。何より、この文様。圧倒される美しさでしょう」
まるで自分の自慢の品のように、ウットリと目を細めて熱っぽく語る。
本当に古美術を愛しているんだろうなと、微笑ましさを感じてしまう。
でも、ホームズさんが熱く語るのも分かる。
素人目にも素晴らしい品だ。だけど、私のような下賎な庶民が気になるのは……。
「これって、いくらくらいになるんですか?」
「そうですね……。以前、海外のオークションで、元染付が三十二億で落札されたというニュースが流れたことがありますね」
「さ、さんじゅうにおくっ? これがですか?」
「これが、というわけではないですが、そのくらいの価値を感じる方もいるということですよ」と楽しげに目を細めるホームズさん。
「は、はぁ」
世界が違いすぎて、ついていけない。
宝石や金に心を奪われるように、古美術に魅せられる者がいるということなんだ。
古美術を集めていた、うちのお祖父ちゃんも、その一人だったんだろうな。
「……ホームズさんも大金持ちだったら、大金払ってもこの壺をほしいと思いますか?」
「いいえ」
アッサリ答えたホームズさんに、驚いて顔を上げた。
「えっ、そうなんですか? だって古美術を愛してますよね?」
「ええ、そうですね。でも、僕は『手に入れたい』とは思わないんです。こうして素晴らしい品を観ることができれば、それでいいんです。生きている間にひとつでも多く、こうした美しい作品を観たいと思っていますし、そのためには世界のどこまでも行ける気持ちでいます。ですが、その品を手に入れたいとは思わないんですよ。こうして眺めて、胸に、記憶に留められたなら、それで幸せなんです」
胸に手を当てて、穏やかに笑みを湛えるホームズさん。
「そう、なんですか」
少し拍子抜けしながら、なんとなく頷いた。
なんだか意外なようで、『ホームズさんらしい』とも感じたり。
「僕の場合、壺や掛け軸だけじゃなく、寺や神社、海外の城や塔にも魅力を感じていますから、それはどうやっても手に入れられませんし、家の中に飾ることはできませんよね?」
イタズラな笑みを浮かべる彼に、「たしかにそうですよね」と私も小さく笑った。
「これは、もうすぐスタッフが取りに来られるので、その前に葵さんにお見せすることができて良かったです」
再び木箱の蓋をかぶせて、しっかりと風呂敷で包む。
ともに部屋を出て、鍵をかけるホームズさんをなんとなく眺めた。
……厳重ではあるけど、三十二億がこんなところにあって、大丈夫なんだろうか?
余計なお世話かもしれないけど、そんな心配をしてしまう。
「大丈夫ですよ。うちのセキュリティは、葵さんが思う以上に厳重ですから」
鍵を手に言うホームズさんに、またゲホゲホとむせてしまった。
「や、やっぱり、心を読まれるのは、心臓に悪い」
顔を引きつらせる私に、ホームズさんは楽しげに笑った。
二人でそのまま階段を下りると、常連の上田さんが喫茶コーナーのソファーでくつろいでいる姿が目に入った。
「おー、ホームズに葵ちゃん!」
私たちを見るなり、満面の笑みで手を上げる上田さん。
「これは上田さん、いらっしゃい。父に会いに来られたんですか?」
彼は、店長と大学時代からの友人らしい。
つまり彼も元京大生。
大阪で経営コンサルタントをしているらしい彼は、家頭家の影響で古美術にも興味があり、良さそうなものを見付けては、鑑定をしてもらうために『蔵』にやって来るそうだ。
「せやねん。今日は新刊買うてやったから、サインしてもらおう思ってな」
上田さんはカバンの中から、『後宮』という本を取り出した。
その本を目にするなり、「わあ、それが店長の本ですか?」と身を乗り出してしまった。
「今まで、どんな本を書いているのか、何度、聞いても答えてくれなくて」
本の表紙を見て、『伊集院武史』という筆名に、ドキドキしてしまう。
「店長のペンネーム、『伊集院武史』っていうんですね、素敵です」
すると店長は弱ったように、額に手を当てた。
「いや、葵さん、私の作品については忘れてもらって構いませんから」
「ええ? どうしてそんなことを?」
「葵ちゃん、こいつは照れ屋やねん。ええわ、これあげるからねっとり読んだって」
「嬉しいです、上田さん、ありがとうございます」
本を受け取って、ギュッと抱き締めた。
「……非常に読みにくい本ですから、お薦めできませんよ」
目をそらしながら言う店長。頬がほんのり赤くて、なんだか可愛いと思ってしまう。
「お前もベテラン作家やねんから、ええかげん、慣れたらどうや」
呆れたように肩をすくめる上田さんに、店長は顔を背けた。
「デリカシーのない大阪男には分かりませんよ」
「ふん、この気取った東京育ちが。関西の血が流れとるくせに、東京に魂売りよって」
そう、店長は京都で生まれたものの、育ちは東京だそうだ。
オーナーが離婚したのは、店長が幼い頃。その後、忙しいオーナーは一人で子どもを育てられないと、店長を東京にいる親戚の家に預けたとか。
そんな店長が京都に戻って来たのは、大学に入る時だったらしい。
そんなわけで、店長は普通に標準語。
ホームズさんが標準語を使っているのは、父親である店長の影響なのかもしれない。
(ちなみに、これは全部、上田さんからの情報なんだけど)
「今、コーヒー淹れますね」と裏の給湯室に向かうホームズさん。
「おおきに。あと、ホームズに識てもらいたいものがあってん。コーヒー淹れたら頼むわ」
「ええ、そんな気がしていました」
ホームズさんはクスリと笑って、給湯室に入って行った。
「なんや、お見通しか。相変わらず『ホームズ』やな」
上田さんは肩をすくめたあと、ニッと笑って私を見た。
「葵ちゃん、知っとった? 清貴に『ホームズ』ってあだ名をつけたのは俺なんやで」
「……えっ? でも、家頭だから『ホームズ』なんですよね?」
「あれは、あいつが対外的に言ってるだけで、ホンマはちゃうねん」
「どういうことなんですか?」
「あれは、清貴が小学校低学年の頃やったやろうか? うちに遊びに来てる時に、俺に『なぞなぞしたいから問題出せ』って言うてきてな」
「あー、小さい子って、よくそういうことを言い出しますよね」
親戚の子なんかも、会えば、クイズしよう、しりとりしようと、エンドレスだ。
「せやろ? で、あれこれ問題を出したら、あいつ賢くてすぐ答えよるねん。出しても出しても『次の問題、次の問題』うるさくて、めんどくなってきてな、『それじゃあ、俺んちの階段は何段や?』って聞いたら、『十五段』って即答したんや。驚いて『お前、テキトーに答えたやろ』って言うたら、『違う、一度昇ってるから分かる』言うねん。
で、数えたらホンマに十五段あってん。葵ちゃん、自分の家の階段の数、分かる?」
改めて問われて、言葉に詰まった。
……そういえば、私、毎日昇り降りしている自分の家の階段の数を……知らない。
「わ、分からないです」
「せやろ? そんな顔せんでもええねん。普通はそんなもんや。まあ、俺はそん時に清貴のことを『こいつ、ホームズや』って思ってん」
「……でも、どうして、それが『ホームズ』になるんですか?」
小首を傾げた私に、店長がクスリと笑った。
「シャーロック・ホームズというのは、そういう人物とされているんですよ。階段を見たら、その時にその段数まで頭にインプットするという人間なんです」
「そ、そうなんですね、すごい」
心底から感心してしまった。
「それは持って生まれたものなんですよ。みんなと同じものを見ていても、大概の人間が見落としてしまうものも、清貴はすべて情報としてキャッチして処理するんです」
「だから、鑑定もできるんですね。オーナーもそういう方なんですか?」
「父は……また、少し違いますが、真贋を見分ける類稀な才能を持っているんです」
「お前は鑑定、あかんからなぁ」
すかさずそう言った上田さんに、店長は嫌味なほどにニッコリと笑みを浮かべた。
「それはそれは、お役に立てずに申し訳ございません」
「いやいや、ええんよ」と互いに嫌味な笑みを浮かべ合う二人。
あわわ、と私が目をグルグルさせていると、
「仲が良いのは結構ですが、葵さんが困ってますよ」
コーヒーの香りとともにホームズさんが姿を現した。
陶器のコーヒーカップが四つ。ひとつだけカフェオレが用意されている。私のだ。
「ありがとうございます」
美味しい。ホームズさんが淹れてくれたカフェオレが、本当に大好きだ。
「おおきに。で、これ識てほしいねん」
上田さんはグイッとコーヒーを飲んで、せわしなく紙袋の中から箱を取り出した。
「取引先の社長の家にあってん。『これは!』と思って借りて来たんやけど」
「分かりました。では、あらためさせてもらいますね」
ホームズさんは再び白い手袋をして、そっと箱を開けた。
中にあったのは、白い磁器に青い文様の小さめの壺。
「……これは」
「これ、染付やろ。元染付ちゃう?」
「なんていうか……奇遇ですね」
ホームズさんは愉快そうに目を細めて、そのまま私に視線を移した。
「葵さんは、どう思われますか?」
「えっ?」突然振られて、戸惑いながら壺を見た。
(……これって、さっき上で見たのと同じ種類ってことだよね?)
ゴクリと息を呑んで、目を凝らした。
上で見たものと同じ価値があるとするなら……その割には、これは青が綺麗じゃない。
さっきのは深い藍色、とても綺麗なコバルトだったけど、これは紛れもなく『青』だ。
何より文様。上のは文様がとても緻密で、葉の尖った先まで神経が行き届いているかのように、それは綺麗に描かれていた。これには、その緊張感がない。
文様だけではなくて形もそうだ。上部の縁部分とか、こっちは歪みが気になる。
全体的にあの壺を真似ようとしているのは分かるけど、どうしてもどこかでボロが出てしまっているというのか。
上で見た壺には、得体の知れない『圧倒させる何か』があった。
それに比べて、これは見ても何も感じない上、ハッキリ言ってお粗末すぎる。
「……えっと、偽物だと思います」
ポツリと漏らした私に、ホームズさんはコクリと頷いた。
「その通りですね」
上田さんはギョッと目を開いた。
「なんなん、葵ちゃんも目利きなん?」
「そうですね、葵さんは元々、良い目を持っていますし、何より先に本物を見ていれば、偽物がよく分かるものなんですよ」
ホームズさんは同意を求めるように、私に目を向けた。
「そ、そうですね。ついさっき、展示会に出す染付を見せてもらったばかりで」
だからこそ、強烈に違いを感じた。もしかしたら上田さんが持って来た品だけを見ていたら、『素敵』と思ってしまったかもしれない。
「祖父は『なるべく、本物だけを観ていくといい』とよく言ってました。そうすると偽物を見た時に、お粗末さを感じるようになるんです」
……なるほど、激しく共感だ。
「誰でも本物に触れる機会に恵まれています。美術館や博物館には、いつでも素晴らしい作品が展示されていますからね。僕はもっとみなさんに、そうした施設を利用してもらいたいんですけどねぇ。素晴らしい作品を観る機会があるのに行かないというのは、僕にはもったいなくて仕方ありません」
小さく息をつくホームズさんに、上田さんはプッと笑った。
「なんや、回しモンかいな」
「そうかもしれません」
悪びれないホームズさんに、みんなでクスクスと笑った。
「しっかし、これは偽物やったか。まぁ、元染付なんて、なかなか出てくるわけがないってこっちゃな。社長に期待持たせること言うてもうたわ」
上田さんは残念そうに、壺が入った木箱を紙袋の中に入れた。
「ですが、悪い品でもありませんよ」
「そんじゃ、これはなんぼや」
「……五万くらいでしょうか。その方はいくらで求められたんですか?」
「聞かんといてやって」
肩をすくめる上田さんに、きっとゼロがひとつ二つ足りないくらいの金額で買ったのだろうと思い、私は顔を引きつらせた。
「ご本人が気に入ってコレクションしているならば、それが一番だと思いますよ。そういう場合、価値はご本人が決めるものです」
ホームズさんは楽しげに笑みを浮かべたあと、店内の柱時計に目を向けた。
「あ、そろそろ時間ですね。それではお父さん、行ってきます」
「ああ、よろしく」
店長はコクリと頷き、「そうだ」と私に目を向けた。
「葵さんも同行されてはどうですか? 勉強になるかもしれないですし」
その言葉に、私はポカンとして振り返った。
「えっと、どちらに行かれるんですか?」
「仁和寺ですよ。ちょうど、桜も見頃です。父もああ言っていることですし、一緒に行きましょうか」
ニッコリと微笑むホームズさんに、私は「はい!」と強く頷いた。
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