はじめに

 

 街中、駅前、公園などで、高齢の男性たちが行列をつくっている光景を見たことはないだろうか。みんなどこか元気がなく、下を向いている。私はそんな行列に並ぶ『ホカロン』のフリースを着た男にこんなことを言われた。

「“ちかちゅう”行かねえ奴に炊き出し回る資格はねえ。おまえはこっちの世界でやっていく覚悟があるのか」

 私の両手には1日かけて集めた食料がいっぱいだ。すでにお腹はいっぱいだし、もうあたりは真っ暗だ。正直、付いていくのが億劫でしれっと帰ってしまいたかったが、男の圧に押された私は走って背中を追いかけた。

 その瞬間、私は「炊き出し界隈」の一員になったのだった。

 私には過去に2カ月間、ホームレスとして生活していた時期がある。

「彼らにただインタビューをするのではなく、一緒に暮らしてみたら何か見えてくるんじゃないか?」

 そう思って始めた取材活動だった。体当たりの取材の結果は、『ルポ路上生活』(KADOKAWA)という1冊にまとめた。

 2カ月間のホームレス生活は、想像を超えた驚きの体験の連続だったが、その中で見えてきたのは、とにかくこの国には「炊き出し」が山ほどあり、道端のゴミ箱を漁る必要などひとつもないという発見だった。食費ゼロで1年間暮らすことだって、不可能じゃない。

 炊き出しとは、生活困窮者に向けて、さまざまな組織・団体が、無償で食料を提供する活動のことだ。日本では、NPOやキリスト教系の宗教団体主催によるものが多い。望めば、基本的に誰でもそこで食料を得ることができる。

 炊き出しは、メシを食べる場所であると同時に、「彼ら」の集会の場にもなっていた。ここで言う彼らとは、ホームレスに限らない。炊き出しに来ているのはむしろ生活保護受給者や、少ない年金や収入でギリギリの暮らしを送る生活困窮者のほうが多い。お互いの立場を行ったり来たりすることも少なくない両者は、炊き出しの現場で日々情報交換をしている。もちろん、ホームレス同士、生活保護受給者同士でも情報交換は盛んだ。

 しかし、その情報交換の場に同じ目線で参加するには、一緒にメシを食うことが必要不可欠である。こうして、毎週のように行列に並ぶ炊き出し中心の生活が始まったのだった。

『ルポ路上生活』の取材でわかったのは、自分が望めば生活保護を受けられる令和の現在においてホームレスを続けている人の多くは、自分なりのポリシーを持っているということだった。それは、「生活保護を受けない」というポリシーである。

 それを「いいこと」とも「悪いこと」とも思わないが、正直言って理解に苦しんだ。どう考えてもアパートの一室で暮らしたほうが快適だからだ。

 なぜホームレスは生活保護を受けずに炊き出しで腹を満たすのか。また、生活保護などの生活困窮者は、なぜ炊き出しを回るのか。

 炊き出しで配られるメシを彼らと一緒に食べながら、私も考えた。

 

 

みんな大喜びのレアなメニュー
歓喜のカレーライス

 

 炊き出し取材でまず必要なことは、いつどこで炊き出しが行われているのか、そのスケジュールを把握することだ。ネットで「炊き出し」と検索すると、場所や日時を一覧でまとめたサイトが出てくるが、実はこれだけでは十分と言えない。何かの事情でなくなっていたり、知らないうちに新しい炊き出しが定期的に開催されていたりするからだ。

 炊き出しに並んでいる人を見ると、スマホを持っていない人も多い。私が寝起きをともにして接したホームレスたちの中では、持っている人のほうが珍しかった。よって、この世界ではネットの情報ではなく、口コミの情報が大きな価値を持つ。

 そこでまず、炊き出し界隈でみんなに「九官鳥」と呼ばれているおじさんを探すことにした。九官鳥は都内のどこかに住みながら生活保護を受けていて、『ルポ路上生活』での2カ月の体験取材中、炊き出しの現場で何度もその姿を見かけた。30年間、各地の炊き出しを渡り歩いているため、どこかの会場に行けばほぼ間違いなく会える。

 東京都内でホームレスが多い場所はどこかと考えたときに、真っ先に浮かぶのは台東区上野である。バブル崩壊による不況時(1990年代)は、上野公園に600人以上のホームレスが暮らし、その鬱蒼とした雰囲気は木々ではなく、彼らの家にかけられたブルーシートの屋根によってつくられていたという。

 そもそも日本におけるホームレスの数はここ20年余りで10分の1にまで減少している。そこには、「高齢化により亡くなった人が増加」「ここ最近の夏の異常な暑さ」というシンプルな理由があると思っている。ただ、ここまで路上生活者が減ったのには、ほかにも3つの理由があると考えている。

 

●生活保護受給への移行

 

 2008年末から2009年初めにかけて、東京の日比谷公園に開設された「年越し派遣村」を覚えているだろうか。これは、リーマン・ショックをきっかけに職と住居を同時に失った「派遣労働者」たちのための臨時の相談所・避難所だった。集まった人たちは約500人。公園を埋め尽くすテントはメディアの注目を集め、その様子は連日大きく報道された。

 そうして起きたのが「貧困の可視化」だ。それまで貧困は自己責任という考えが世の中の根底にあったが、貧困は誰にでも起こりえる身近な問題であることが広く認識されるようになった。貧困問題に日本中が注目する大きなきっかけとなったのだ。

 それによって、役所は生活保護の申請に来た生活困窮者を門前払いする「水際対策」がしづらくなった。注目が集まっているぶん、すぐにニュースになってしまうからだ。実際に特定の自治体が告発された事例もいくつかある。

 そうした流れもあり、これまで生活保護を受けたくても受けられなかった路上生活者たちが、一気に受給へ流れていったのである。

 

●都市の余白が減った

 

 路上生活者の多くは食事を炊き出しに依存している。毎日各地で炊き出しが行われているが、それは人口の多い都市ならではのことだ。田舎で炊き出しをやろうと思っても、協力者も増えなければ団体の数も増えないだろう。よって路上生活者は東京都、大阪府、神奈川県の中心部に集中している。

 それらの都市ではどんどん余白が減っている。繰り返される再開発で少しでも空いたスペースがあれば、商業的な意味を持たせようとする。人々が意味もなく留まれるような場所がなくなっているのだ。

 路上生活者たちはそもそもそういった都市の余白を見つけ、こっそり場所を拝借する立場だ。要は快適に寝られる場所がなくなりつつあるのだ。

 

●ネットカフェとシェアハウスの拡大

 

 厚生労働省の「ホームレスの実態に関する全国調査」に対してよく、「ネットカフェ難民など路上で暮らしてはいないけど、家はない人たち」が無視されているといった意見が出る。しかし、裏を返せば、路上生活を回避できる術が増えたということでもある。

「今はネットカフェが増えたし、プランもいろいろあるからいざというとき助かる」

 そういった声を何度か路上生活者から聞いたものだ。

 また、近年は若年層を中心にシェアハウス文化が広まりつつある。都心でも広さを求めなければ、月に3〜5万円の賃料で個室に住めるようになった。私の見立てだが、これにより若い路上生活者は昔よりかなり減っているのではないだろうか。現在の上野周辺で暮らすホームレスは目測計算でおよそ50人まで減っているが、都内全体で見ると今でもその数は多い。2024年2月、まずは過去の経験から、木曜日の昼から行われる、上野恩賜公園(以下、上野公園)内の炊き出しに向かった。

 

●ベテランの風格漂う九官鳥の後ろ姿

 

 少し早めの11時に広場へ行くと、すでに150人以上が集まっていた。開催主である韓国系キリスト教会のスタッフに「153」と書かれた整理券をもらう。30分後に整理券の順番で食料を配り始めるので、それまで待っていてくれと言う。

 私の少し前に、持参したキャンプ用の椅子に座りながら開始時刻を待つ、ベテランの風格漂うおじさんの後ろ姿があった。近寄ってみると、やっぱり九官鳥だ。彼は一度しゃべり出すと息をするのも忘れるほど話し続けるので、周りから「九官鳥」と呼ばれている。

「この広場では火・木・金・土の週に4日間、11時くらいから炊き出しをやってますよ。韓国系のキリスト教会が4団体、週に1回ずつです。結構な量をくれるから、袋を持参してください」

 その後も九官鳥は一方的にしゃべっていたが、突然「あ!」と叫んで11時の方向に走り出した。その先には、また別の行列ができている。

「ペットボトルに温かいコーヒーを入れてくれるんですよ」

 九官鳥の隣にいたおじさんが、そう教えてくれた。あいにく私はペットボトルを持っていなかったので、今回は食料だけもらうことにした。

 約1時間半にも及ぶ牧師の説教、ボランティアに来ている韓国人の学生たちによる演劇、賛美歌の合唱などを消化し、ついに炊き出しが始まる。

「今日はカレーじゃ!」

 近くに並んでいたおばあちゃんのテンションが上がっている。世間には「炊き出しといえばカレー」というイメージがあるかもしれないが、実は結構レアなメニューだ。だから、みんなカレーだと大喜びする。

 甘口のカレーには、人参、じゃがいも、玉ねぎのほかに卵焼きがどっさりのっていた。野菜の入っていないマカロニサラダは味が単調なので、カレーと一緒にいただく。

 ほかにも保存食のドライカレーとカップ焼きそば2個。炊き出しは得てして炭水化物に偏りがちなので、バナナが2本もらえるのもポイントが高い。そして、クラッカーにクリームチーズを添えるという粋な計らいが心に染みた。

 私は1周で遠慮したが、これを一人2〜3周もらうことができる。つまり一度来れば、2〜3食分の食料の確保が可能だ。これが毎日、どこかしらで行われているので、たとえ路上生活を強いられたとしても、都内であればまず飢えることはないだろう。

 

今日の炊き出し

メシ カレーライス/マカロニサラダ/ドライカレー/クラッカー/クリームチーズカップ焼きそば2個/バナナ2本

場所 上野公園 

並んだ人数 約250人

並んだ時間 120分

 

「ルポ 路上メシ」は全2回で連日公開予定