未来のストーリーテラーを選ぶべく、恩田陸、中山七里、薬丸岳の選考委員三氏による議論の結果、第46回小説推理新人賞受賞作が決定。小説家を志す者、また小説ファン必読の選考会をお届けします。

構成・文=門賀美央子 撮影(選考会)=鈴木ゴータ

 

第46回 小説推理新人賞最終候補作
「大黒様」妻神ねず
「空き巣犯の余罪」三芳一義
「神様、どうか私が殺されますように」朝水 想
「上りホームの彼女」トミヤマタケシ
「コワガリさん」黒澤主計

選考委員にお渡しした候補作は、タイトルとペンネームのみ明記し、年齢や職業などは伏せております。

 

──第46回小説推理新人賞の選考会を始めます。今年は367点の応募があり、一次選考、二次選考を経て、最終候補作として5作が残りました。本年は、昨年に引き続き恩田陸さん、中山七里さん、薬丸岳さんのお三方に選考委員を務めていただきます。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

 

一同:よろしくお願いします。

 

以下、座談会の内容は受賞作の核心部分にも触れます。未読の方はご注意願います。

 

「大黒様」

 

──それでは選考に入りたいと思います。例年同様、まずは最終候補作すべての講評をお一方ずつお願いした上で、御意見を元に受賞作を絞り込んでいきたいと思います。

 

 一作目、妻神ねずさん「大黒様」から始めます。主人公は35歳の美咲。彼女は何かと幸福感をもたらしてくれる15歳年上の幹久を愛してやまず、まるで大黒様のようだと思っています。しかし美咲が「あちらの家」「向こうの家」と呼ぶ場所に、幹久は毎晩帰ってしまいます。それが寂しくてならない美咲は、心の隙間を埋めるようについパチンコ店に通ってしまう日々を送っていましたが、ある日一念発起して「あちらの家」を覗きに行きます。そして、幹久が献身的に世話を焼くミチコの姿に殺意を覚え……という内容です。では、恩田さんから講評をお願いします。

 

恩田陸(以下=恩田):この作品は、美咲と幹久の関係性を伏せたまま思わせぶりな記述をすることで、読者に二人の間柄をミスリードさせようと目論む作品ですが、最初からその意図が読み手に伝わってしまい、成功しているとは言い難いところがあります。具体的には、美咲が愛人で、幹久は妾宅に通ってきている既婚者と読めるようにしておいて、それを最後にひっくり返すことで驚きのポイントにしたかったのでしょう。しかし、そのような「謎」が、読者にとっておもしろい驚きになるかは疑問です。また、途中で幹久の「早く死ねばいいのに」という言葉を耳にした美咲が「私が代わりにやってあげよう、やってあげれば一緒になれるんだ」と考える場面は愛人による妻殺しと誤読させるようになっていますが、この仕掛けは物語を盛り上げる役割を果たせていないように感じます。本作での「隠されていた真相」とは美咲がパチンコ依存症になってしまったせいで夫である幹久が昼も夜も働かなければならなくなったことですが、そうするのであれば、美咲の事情がもっとわかるように伏線として出せるとよかったと思います。最初の方に、幹久が生活費として5千円10枚を手渡す描写がありますが、美咲が本当に依存症なのであれば、毎日少額ずつのお金を渡す形になるはずです。また、美咲がパチンコ店に行った場面ではクレジットカードを使用しており、カードは止められていないことがわかる。ミス・ディレクションを意図したのかもしれませんが、そのせいで依存症らしさが薄れてしまい、最後の真相に驚くことができませんでした。設定と矛盾する細かい描写でひっかかりを覚えてしまうところがおしいです。

 

──ありがとうございました。では、次は中山さんにお願いします。

 

中山七里(以下=中山):本作は構図の反転を狙った作品ですが、誤読させるために不自然な描写があるところが気になります。例えば美咲が「あちらの家」でミツコを殺そうとする場面はやりすぎではないでしょうか。誤読させるための仕掛けだとしても、このシーンを入れることで一貫性がなくなってしまうように感じます。また、作中でパチンコに関する愚痴の部分が目立ち、もしかすると筆者はミステリーというより依存症の生きづらさを描きたかったのではないだろうかと思ってしまいました。しかし、もしパチンコ依存症のつらさを描きたかったのだとしても、その造形がまだ詰めきれていない。全体としてミステリー仕立てにしたがために、書きたい部分との齟齬が生じてしまったように思います。

 

──最後は薬丸さん、いかがでしたでしょうか。

 

薬丸岳(以下=薬丸):僕は恩田さんや中山さんほど日常的にミステリーを読んでいるわけではないので、お二人に比べたらミステリー初心者のようなものなんです。そういう人間からすると、このどんでん返しはそれなりに驚きがありました。ただ、残念ながらそれだけでした。主人公の女性に魅力が感じられないせいで感情移入できず、最後までもやもやしてしまう。幹久には大黒様と呼ばれても然るべき人柄の良さがありましたが、大きな反転を仕掛けるために用意されたミスリードがうまく生かしきれていません。その部分の弱さを理屈で穴埋めしようと努力しているけれど、一つ一つのエピソードに不自然さが感じられ、話に入り込むことがうまくできませんでした。短編ミステリーを論じる上で、驚きの強さを評価するべきか、それとも登場人物を含めた作品性を求めるべきかという問題がありますが、どちらの観点に立っても評価しづらいところです。

 

中山:文章に関しては、今回は5作品ともたいへんこなれていて読みやすかったです。だからこそ、余計に文章以外の瑕疵が目立ってしまう。特に「大黒様」は狙いがはっきりとして、ある意味あざとさがあり、読み慣れた人間には手の内が見えてしまうんですね。あともう一つ、パチンコ依存症の実態というのはこんなに甘くはありません。依存症で切羽詰まっている人間を描くなら、このような生易しい描写ではリアリティが薄れてしまいます。

 

薬丸:最後に読者を驚かせようと企むのはいいのですが、それにプラスして、やっぱり読んでいて何かしら感じるものがないと小説としては厳しいように思います。「大黒様」は登場人物への心情移入がしづらく、彼らの行動や言動にずっともやもやしたまま読み進め、最後のどんでん返しがあった後でもそのフラストレーションが解消されません。彼らに対するフラストレーションはすべてこちらの誤読だったのか! と思わされるほどの爽快な反転がもしもあれば、また違ったと思うのですが。

 

中山:どんでん返しの魅力とは、それをすることによって、今まで見えてきた主人公のキャラクターが変わって見えてくることです。本作の場合はそこが変わらないから、いくらどんでん返しをしても効果が少ない。

 

恩田:そうそう。この二人の関係性も、美咲の性格も、たとえ状況が変わってもそのままだろうとしか思えないところが残念でした。

 

「空き巣犯の余罪」

 

──ありがとうございます。お三方とも、ミスリードが機能せず、物語性とうまく結びついていないのが最大の欠点という点を指摘されたかと思います。では、二作目、三芳一義さんの「空き巣犯の余罪」に移ります。

 金に困っている永田亮介は、ある夜、空き巣目的で居住するアパートの隣室に忍び込みますが、そこで部屋の住人である女性・マユミを殺すために先に侵入していた狭山崇と鉢合わせします。狭山に500万円の報酬でマユミの殺害を持ちかけられた亮介はそれを引き受け、帰宅した女性を刺し殺しました。ところが翌日、部屋から殺したはずの女性が出てきます。慌てた亮介は何が起こったのかを確かめるために狭山の勤め先に出かけましたが、同じ夜に狭山が殺されたことを知り、ふたつの殺人の真相を探っていくことになるという物語です。今度は中山さんからお願いできますでしょうか。

 

中山:まず文章面の指摘からしておきます。本作は亮介視点で書かれていますが、途中で2箇所、「彼」という表記が出てきました。視点のブレがあるわけです。ただ、そこを除けば、次から次へと読ませてくれる文章でした。ストーリーについては、空き巣をきっかけに二転三転する展開は面白いけれども、起こる出来事すべてがちょっと偶然に過ぎる。ご都合主義と見なされても仕方ありません。待ち構えていた女の言い訳などを入れて、強すぎる偶然性を何とか回避しようとする努力の跡は見られましたが、狭山とマユミが犯行日を選んだ理由について「特別な日だから」と説明するだけで、何がどう特別なのかについての言及がありません。そこをきちんと書いてくれれば、二人が同じ日に犯行を企んだ偶然も納得できたのですが、説明がなかったために尻切れトンボの印象を受けました。ただ、最後の亮介のセリフはひねりが効いているので、短編としての体裁は整っています。タイトルをもう少し洒落たものにしていればもっとよかったかな。とはいえ、次々とイベントが起こるので、ストレスなく読める楽しい作品でした。読者へのサービス精神を感じられたのも良い点で、好感を持ちました。

 

恩田陸氏

 

──次は薬丸さんにお願いします。

 

薬丸:中山さんがおっしゃったことと重複しますが、緊張感のある展開がおもしろいものの、やっぱり二人の人物が同時刻に互いを殺そうとそれぞれの部屋に忍び込んでいた、とする偶然が気になります。かつて恋愛関係にあった二人の「特別な日」だからという理由なのであれば、どう特別なのかが語られていて、そこに大きな意味を持たせられたら違和感は解消されたかもしれないのですが。また、狭山が殺された事件に関して言うと、真犯人が自分はアリバイ偽装工作をしている上、殺した相手の現在の恋人が失踪しているから自分には疑いがかからないはずだと言う部分。普通に考えると、男性が殺され、その恋人が失踪していたら、疑われるのは元彼女ではないでしょうか。また、狭いワンルームのバスルームに遺体を隠している状態で警察が聞き込みに尋ねてきたら何かしら感じるのではないかと思います。

 また、これは人によって意見が異なるとは思いますが、いくらミステリーとはいっても、こういう短絡的な考えで身勝手に殺人という重い罪を犯した人間がなんの報いも受けないまま、作品中で教訓めいた部分もなく終わってしまうのは、個人的には納得しづらいところがあります。もちろん、ミステリーにおいて罪を犯した人間が裁きを受けるとは限らないですし、必ずしも必要だとは思わないんですけど、それが成立するのはキャラクター次第ではないかと思うのです。つまり、読者がキャラクターに感情移入し、この人には助かってほしい、犯罪が成立してほしいと思えるような形であれば今回の結末もありなのかなとも思えますが、この主人公は単に自堕落で安易な考えの持ち主で、共感の余地がありません。だからこの着地でいいのかと少々疑問に思ってしまいました。

 

──では恩田さん、お願いします。

 

恩田:私も意外な展開にどうしてどうして? と思わされながら面白く読んだのですが、やはりご都合主義がどんどん気になっていきました。窃盗犯と殺人者が偶然鉢合わせするのもすごいですが、その場で殺人を頼まれたとして、いくらお金に困っているからってすぐに引き受けるものかな? というのが最初のひっかかりです。いくら身元を確かめたといっても逃げられてしまったらおしまいですから。リスクを考えられない点が亮介の頭の悪さを証明しているとも解釈できますが。また、亮介が狭山の勤め先を訪ねるシーンですが、会社の受付をしている女性がいきなりあれこれ個人情報を話してしまうのも、現実的にありえないように感じました。次に、マユミがアリバイ偽装のために自分の恋人を奪ったミホに洗濯を頼むっていうくだりは、女性が他人に洗濯を頼むことはちょっと普通だと考えにくいですね。あとラストは、もう少し皮肉なオチをつけてほしかった。「ところで、金を貸してくれないか」というセリフは締めにしてはそれなりにちゃんとしていますが、この作品は自分勝手な人たちばっかり出てくるので、もっと皮肉が効いたラストであってほしいというのが、読者としての希望です。

 

薬丸:最後、亮介とマユミの二人が俺達はもう大丈夫だってすごく盛り上がって、一緒に旅行でも行こうかって家に帰ったらそこに警察がいた、とかね。これもベタなんですけど、それなりの結末にはなったと思います。ただ、小説の技術そのものはある方だとは感じました。

 

中山:あと、「特別な日」が何であったかはきちんと書かなければならなかったと思います。

 

薬丸:実はそこが肝ですよね。

 

恩田:なぜこの日なのか、必然性がないとね。

 

中山:ええ。そこをしっかり書いてたらもう二段階は評価が上がったはずです。一番重要なピースが抜け落ちてるから腑に落ちないんですね。

 

薬丸:読者が膝を打つような理由であったら、印象は変わっていたと思います。ところで、みなさんの意見をお伺いしたいのですが、仮に自分がひどい仕打ちで恋人を振って、新しい恋人と付き合い始めた後、元の恋人に渡してある合鍵を返してもらえないなら、普通は鍵を換えるぐらいのことはしませんか?

 

中山:すると思いますよ。昨今いろんな事件も増えてるから、常識的な感覚を持った人間なら鍵は交換するでしょうね。

 

恩田:私もそうですね。本作はそこにも登場人物の迂闊さを感じます。

 

中山:ただ、文章はとてもこなれてていいと思います。途中でひっかかるところはありませんでした。そこは有望です。

 

「神様、どうか私が殺されますように」

 

──では、三作目の朝水想さん「神様、どうか私が殺されますように」に移りたいと思います。

 

 本作はファンタジー色の強い作品です。主人公は少年の姿をした稲荷神で、天界を統べる大神様より、地上の人間の中から選ばれた「誉れ人」の願いを50人分叶えれば天界に戻すと言われ、長年地上に住んできました。3年の眠りから覚めた後、ついに50人目の誉れ人であるサヨコが現れ、その願いを叶えようとしますが、願いの内容というのが「どうか、私が殺されますように」という奇妙なものでした。自分が天界に戻るためにも最高の形で願いを叶えるべく、稲荷神はヘルパーに姿を変えてサヨコに接近し、願いの理由を探ろうとするところから物語が始まります。こちらへの講評は薬丸さんからお願いします。

 

薬丸:正直に言ってしまうと、今回の5作は手放しで推したい作品はなかったのですが、強いて言うなら本作を推します。あまり読書をしていない僕には独創性のある作品に思えました。アイデアや世界観もある程度成立させていて、全体的な話の流れも面白い。また、5作の中で唯一主人公の成長をきちんと描いている点も好感が持てました。ただ、やっぱり所々にご都合主義を感じてしまいます。神様だから大抵のことは何でもできるのはいいのですが、都合よく簡単に解決できる分、読者としては物足りなさを感じました。それと、サヨコの娘をストーカーしており最後には殺人を犯すサヨコの娘婿・伏野の扱いも、僕には少し疑問でした。確かにろくでもない男ではあるのですが、神通力を使ってサヨコを刺せと指示したのは稲荷神です。それなのに刑罰を受けるのはちょっと可哀想すぎる。しかも、この手の殺人であればまず無期懲役にはならないでしょう。検察の求刑は無期が出ることはあると思いますが、判決ではほぼ減刑になります。ですので、伏野の扱いそのものが、みんなが幸せになるラストにするためだけに作り付けられたように感じました。

 

恩田:私も薬丸さんと同じ意見です。積極的には推せないけれども、候補作の中でどれが一番気に入ったかっていうと本作でした。ファンタジー設定だけれどもスッと物語に入っていけたし、各キャラクターにはそれぞれ魅力があります。ユーモアセンスも感じました。ミステリーはものすごいトリックやスピーディーな展開などが魅力の分野ではありますが、やっぱり小説自体の魅力で読ませないといけない部分はあって、今回の5作の中ではそれが一番ありました。他の作品も読んでみたいと思わされましたね。でも、疑問に思った点もやはり薬丸さんと同じです。伏野を刑務所送りにするために取った手段ですが、これだと実質冤罪です。いくら神様が願いを叶えるためのスキームであっても、ちょっとあんまりではないでしょうか。伏野だって、稲荷神の暗示にかかっていなかったら、サヨコと対面しても殺さなかったかもしれない。もしかしたら回避できたかもしれない事件なのに、殺すのが前提になってしまっているせいで、伏野は本当にただの道具になってしまっています。この辺りの落としどころや展開については少々承服できかねる部分がありました。そういう意味で、ミステリーとしては穴が多いです。でも小説としての魅力は感じました。

 

──ファンタジー小説としてはいかがでしょうか。

 

恩田:ファンタジーの場合、最初に世界に入っていくのに一苦労する場合が多いのですが、本作はスムーズに入っていけました。冒頭の一行もうまいし、そこは感心しました。

 

中山:本作は、要するに逆異世界転生ファンタジーですよね。だから主人公はいろんなチート能力を持つ神様と設定されているし、当然ながらほぼ無敵なんですけど、やはりミステリーとしての体裁を考えるとそういう設定はどうなんだろう、疑問を感じました。令和の世の中になって未だノックスの十戒だとか、ヴァン・ダインの二十則だとか言うつもりもまったくないんです。でも、ミステリーである限り、ただひとつ、謎の解明だけは論理的でないといけない。本作の肝となる謎は、サヨコがなぜ「どうか私が殺されますように」と願ったのかという動機の部分です。主人公の稲荷神は、超越した存在であるがゆえに人の心の機微などわかっていないことを示唆する描写が何箇所か出てきます。ところが、動機に関してだけは冷蔵庫の中を見た途端に直感的に察してしまう。論理的でも何でもないんですよ。これは、ミステリーとしては、ちょっとつらいところです。本賞があくまでミステリーの賞であるという性格を勘案すると、カテゴリーエラーになってしまうと思いました。文体は物語の内容に合っているので読みやすくはあるのですが、ミステリーとしては評価しづらいです。

 

薬丸:この著者が、ミステリーのミステリーたるゆえんを、謎の解明ではなく、どんでん返し的な仕掛けだと捉えているとしたら、ラストのサヨコと偽サヨコの入れ替えによってミステリーとして成立するという感覚なのかもしれません。

 

中山:ジャンルの定義について考えさせられます。本賞がミステリーの賞でなければ本作でいいと思いますが、ミステリーの賞だとすると評価しづらい。また、ライトノベルとして考えても、チート能力を持つ主人公が活躍するタイプの作品には少々食傷気味であるのも事実です。神様が、人間の範囲内の論理性でサヨコの願いの正体を理解した上で、神様の力を使って解決するならよかったのですが。

 

「上りホームの彼女」

 

──カテゴリーエラーかどうかに関しては、後ほどまた議論していただく前提で次に進みたいと思います。四作目はトミヤマタケシさん「上りホームの彼女」です。主人公の男子大学生・前川は、毎朝、駅の上りホームで不思議な行動をとる若い女性を見かけます。彼女は必ず各駅停車で駅に着いては一旦降り、また次の各駅停車に乗っていくのです。サークルの飲み会で前川がその謎を話すと、胡桃沢という他の女子大に通う先輩が謎解きに動き出します。一方、前川は特急が迫るホームで何者かに突き落とされそうになります。この事件と女性の謎を二人が明かしていくのが主軸となる作品です。では、恩田さんからお願いいたします。

 

恩田:文章はすごく上手いし、今時の若い人の考え方の描写も上手です。主人公のドライな心情はすごくよく書かれていました。世界と距離を置きたいタイプの人間が、積極的におせっかいを焼いてくるタイプの人をすごく疎ましく思っていて、それに対する屈折した復讐をする部分などは面白く読めました。ただ、本作は書いている途中で方針が変わってしまったのではないだろうか、という印象があります。日常の謎的な話から始まっているのに、最後はなぜかサイコパスものになるんです。その話運び自体はいいけれど、本作に関しては最初からそのつもりで書いていたのかは疑問です。最後に突飛な展開がきたために腑に落ちず、違和感が読後に残ってしまったのがちょっと残念でした。そのくらい最後の展開には違和感を覚えたので、先輩に対する復讐心を書いたところでお話を閉じてもよかったかもしれません。

 

中山:僕はまず文章面の指摘をしておきたいと思います。私も時々やってしまうのですが、本作は指示代名詞が多く、そのせいで途中から目が滑りやすくなってしまいました。指示代名詞を多用すると書く方は楽ですが、読み手にしてみたら不親切に感じます。書き手が苦労するほど、読者は喜ぶんです。逆に書き手が楽すると、読み手はしらけてしまいます。もう一つは恩田さんがおっしゃったように、突然主人公が殺人者を志す展開が唐突で、その動機も明瞭ではない。何らかの過去があったせいでサイコパス的な人物になったなどの説明があればいいけれど、なんの説明もなく急に変わってしまうので、二つの小説を一緒にしたような違和感がありました。また不必要な装飾や文章が多いのも気になります。特に最後の45行はなくても成立したと思いますし、ここを切ればソリッドな読み味になって、この三分の二ほどで収まるのではないでしょうか。短編は40枚もあれば十分なので、無理に上限の80枚に近づける必要はありません。

 

薬丸:僕もお二方とだいたい同じ意見です。最初は最近よく見かける学園もので日常の謎を解く系の話かなと思っていたら、どんどんどんどん暗い話になっていって、ある意味衝撃はありましたね。途中までは展開に意外な反転があってなかなか楽しかった。特に先輩が前川に自殺を考えてるのかと指摘するあたりで、これはなにか大きく反転してくるのかなという予感がして結構ドキドキはしました。けれども、やはり最後にどうして前川が3人の人間を殺したのかがわからない。サイコパスの話にしたかったのであれば、彼がそうなるに至った原因なり背景なりを少しぐらいは匂わすべきかと思います。驚きはあるものの、情報がない中で後出しじゃんけん的な出し方をされると、せっかくの驚きも読者が納得できるものになりません。また、ミステリーにおいて、終盤になって主人公が自分について話していたことの大半が実は嘘でした、と明かすのも読者に不親切ではないかと思います。読者は示された情報をもとに作品を読み進めて推理をするわけで、それが全部嘘だったとなったら肩透かしを食らってしまいます。途中で前川はカメラアイの持ち主で記憶がいつまでも残ってしまうと告白し、後になってそれは嘘でしたと明かされるわけですが、むしろそれを嘘とせず、サイコパスになった背景として使った方がまだ整合性が取れたのではないかと思います。ミステリーには「信用できない語り手」という手法はありますが、それを使うのであれば最初で提示しないとアンフェアです。僕としては評価できないのですが、強烈なイメージは残りました。

 

薬丸岳氏

 

恩田:胡桃沢の発言にも虚偽がありますね。

 

中山:基本的にミステリーにおいては、地の文で嘘をついては駄目ですね。語り手が信用できないなら、それ以外は信用できないといけない。全員が嘘をついてはミステリーとして成立しません。

 

薬丸:最後に前川が胡桃沢先輩に殺意を匂わせる展開も、ゾッとする衝撃を読後感として残そうと狙ったのでしょうが、うまく機能していません。

 

恩田:読み手を惑わせる意図があったとして、その効果がきちんと出ていればいいのですが、本作では結局なんだったのか? と読み手にうまく伝わりきっていないのが惜しく感じます。

 

中山:中編や長編であれば、小説の性格が途中で変わるというのもありですが、短編の枚数でやると成功しづらい。

 

薬丸:前半で、最後に主人公が豹変しても不思議じゃないと思わせられるような内面の描写があればまたちょっと違ったかもしれないです。

 

恩田:あと、胡桃沢先輩が、主人公を励ますために電車の運転席の窓にピースサインで笑顔をする自分のボードを載せさせるよう手配をした場面は、現実的には難しいと思います。

 

中山:安全性を重視する公共交通機関では実現しづらいでしょうね。

 

「コワガリさん」

 

──では、最後の作品にいきたいと思います。黒澤主計さんの「コワガリさん」です。44歳の岩元栄吉はお化けや幽霊の類が極度に苦手で、このひと月の間は家の中で不審な物音がするようになったのが気になって仕方ありません。そんなある夜、台所のシンク下の物入れに小学生の女の子が潜んでいるのを見つけます。みりんと名乗るその少女は、人がなぜお化けを怖がるのかを研究テーマにしていて、いずれは世界一の心理学者になりたいと話します。そんな彼女と交流する中、栄吉が、みりんが他人の家に不法侵入した本当の理由にたどり着くという物語です。こちらは中山さんからお願いします。

 

中山:文章は達者だと思うんですが、2ページ目で早くも指示代名詞が頻出しています。指示代名詞の多用は文章の緊張感を削いでしまうので、もう少し整理してソリッドな文章にしてほしいところです。物語としては、みりんとの会話を繰り返すうちに、彼女の家に潜むストーカー男の存在に気づく展開で、いわゆる「奇妙な味わい」とされる作品に分類されるのでしょう。ただ、伏線としてばら撒いたみりんの話すオカルト情報があまりにも脇道にそれ過ぎて、主軸がぼやけてしまいました。長編であれば脇道にそれるのも楽しみですが、短編ではやらないほうがいいでしょう。

 それともう一つ、一番重要な点なのですが、後付けの説明はあるとはいえ、押し入れの中にこもり続ける男の心理が不可解です。単に異常者というだけでもなかなか肯定できない。それに彼の存在について栄吉がわざわざ謎解きをするのも変です。これだけ心を通わせた二人なのであれば、素直にみりんに尋ねればいい。小学校3年生ぐらいだと親しくなった相手にならある程度何でも話すものです。だから、栄吉が聞いたら素直に答えると思うんです。でも、それだと通常の独身男と小学校3年の女の子が心を通わせる話になってしまい、ミステリーとして成立しなくなるからあえて話をさせなかったのでしょうが、それはつまりミステリーとしては無理があるということです。一般小説を書いてる人がミステリーに足場を移したときに、構成が崩れてしまうことがままある。これは自戒を含めて申し上げます。

 

薬丸:中山さんがおっしゃったように、押し入れにずっと隠れてる男の気持ちも理解できないんですが、同じように小学3年生とはいえ、母親が引っ越しまでして離れたかった男に対する恐怖の感情を娘が理解できないものかなと疑問に感じました。最初のうちは虐待やDVが絡む作品かと想像していたので、娘が男に協力していたことが意外ではあったものの、オチをつけるために無理なロジックになってしまった気がします。伏線の張り方にしても全体的に唐突です。謎解きのきっかけとなる、栄吉がアパートを訪ねるシーンでも、たまたまみりんがゴミ袋を持って出てくるのはあまりに都合が良く、この場面は後々何か意味があるのだろうと察しがついてしまいます。そのため、いざ謎解きのシーンになっても純粋な驚きを感じることができませんでした。全体的にこじつけられたように感じる箇所が多く、オチまで持っていく条件を満たすために、無理にエピソードをくっつけていったような印象を受けました。

 

恩田:この作品は、各エピソードをもう少しうまく並べればもっと面白くなったんじゃないかと思うんです。本作の肝は要するに「吊り橋効果」ですよね。吊り橋効果において、恐怖心が恋愛心にすり替わるのであれば、その逆もあるんじゃないかと小3の女の子が考えた。どうしてそんなことを考えたかというと、お母さんと彼氏が最初は仲が良かったのに、ある時からお母さんが彼氏に恐怖感を示すようになってしまった。みりんはそれが不思議でならなかったけども、栄吉との話の中で逆もありうるとの結論に至ったので、最後は母と元カレを引き合わせようとする。私はみりんの行動をそう解釈したんですけど。つまり、みりんが吊り橋効果についてずっと調べている事実から彼女が求める理屈がわかってくるはずなのに、途中にあまりにも余計なものがいっぱいあるので、何が本筋かが見えなくなっています。栄吉がみりんの家に元カレが潜んでいることに気がつくまでの過程もやや不明瞭で驚きになりませんでした。今の状態だと、サスペンスを盛り上げるための挿話が狙った役割をうまく果たせていない。ここをもうちょっと整理していれば面白くなったはずです。読者に対する効果をきちんと考えられていないのが一番気になりました。

 

──ありがとうございました。

 

これで各候補作の講評が出揃いました。
次回はいよいよ受賞作を絞り込んでいく作業が始まります。
はたして第45回小説推理新人賞に輝くのはどの作品か。熱い議論をお楽しみください。

 

(後編)に続きます