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 未来のストーリーテラーを選ぶべく、恩田陸、中山七里、薬丸岳の選考委員三氏による議論の結果、第46回小説推理新人賞受賞作が決定。小説家を志す者、また小説ファン必読の選考会をお届けします。

構成・文=門賀美央子 撮影(選考会)=鈴木ゴータ

 

第46回 小説推理新人賞最終候補作
「大黒様」妻神ねず
「空き巣犯の余罪」三芳一義
「神様、どうか私が殺されますように」朝水 想
「上りホームの彼女」トミヤマタケシ
「コワガリさん」黒澤主計

選考委員にお渡しした候補作は、タイトルとペンネームのみ明記し、年齢や職業などは伏せております。

 

──これで5作すべてに御講評をいただきましたので、ここからは受賞作決定に向けて、作品を絞っていきたいと思います。

 

中山七里(以下=中山):その前に一つ確認です。小説推理新人賞は、ガチガチのミステリーを選ぶ賞なのか、あるいは広義のミステリーに収まれば評価してよいのか、どちらでしょうか。

 

──広義のミステリーと解釈していただいて結構です。募集要項にも「広義のミステリー小説を対象とします」と明記しております。

 

中山:そうですか。これで僕の評価軸も決まりました。

 

──では、まずこの時点で議論から外す作品を確認したいと思います。議論の内容を整理すると、「大黒様」「上りホームの彼女」「コワガリさん」の3作の評価があまり芳しくなかったようですが、間違いないでしょうか。

 

一同:はい。

 

──となりますと、後は「空き巣犯の余罪」と「神様、どうか私が殺されますように」のどちらかを選ぶ形で議論を進めていただきます。この2作に共通して指摘されていた難点はご都合主義が過ぎるのではないか、という点です。そのあたりを含めてお話しください。

 

中山:小説の内容や作風によってはご都合主義が許される場合もあります。約束事として、リアリティラインをどの辺りに設定するかの問題ですね。

 

薬丸岳(以下=薬丸):作品の傾向として、「空き巣犯──」の方はリアルな方向で描かれている分、より偶然の重なりが気になってしまうんですよね。

 

中山:リアリティラインが高めなので、かえって偶然性が目立ってしまう。一方、「神様──」はファンタジックな作風である分、ハードルがさがるというか、これぐらいならあるかもしれないと思わされてしまうんですよ。ただ、そういった作風が小説推理新人賞にふさわしいかどうかについては一考の余地があるかと思います。

 

薬丸:中山さんがミステリー部分の甘さを指摘されるのはすごくよくわかります。ただ、僕はやはり全体的な完成度に重きをおきたい。

 

中山:僕がミステリーに拘泥してるのは、賞の性格をまだ十分に把握してなかったためでもあります。でも、先程確認したように「広義」なのであれば、これもありかな、と思います。

 

恩田陸(以下=恩田):何よりこの作品は読みやすいんですよ。読みやすさは大事です。

 

中山:そうですね。読みやすくなければ読者を楽しませられませんから。

 

薬丸:ただ、「神様──」にもやっぱり手放しで推せない部分もあります。先ほども指摘した伏野の扱いです。もし「神様──」が受賞して、出版するとなったら、そこはもう少し考えて改稿なりしてほしいなと思います。逆に「空き巣犯──」は受賞するのであれば、「特別な日」にきちんと意味を持たせてほしい。両方とも、すんなり受賞作とするにはネックになる瑕疵があるんですよね。

 

恩田:ただ、改めるべき部分は両作ともはっきりしています。

 

中山:ピンポイントなので改稿はしやすいでしょう。その部分さえクリアできたら、おそらくこの二作は拮抗すると思います。

 

薬丸:どちらかというと「特別な日」の方が、ハードルは高いようには思います。おそらく現時点では作者も想定していないでしょうから。

 

恩田:そうですね。そもそもそれほど「特別な日」に、どうしてどちらも相手が自宅にいると思うんだという話ですし。

 

中山:よっぽど考え抜いた特別な日でないと難しいでしょう。ですが、ワンエピソードで済むのも確かです。よってアイデアを絞り出す力次第でしょうね。

 

中山七里氏

 

──今までの議論を整理しますと読みやすさは拮抗、それぞれ大きな瑕疵もあるが修正可能な範囲ではある、といったところです。物語性においては恩田さんと薬丸さんが「神様──」を評価していて、中山さんは「広義のミステリー」という範疇であれば許容範囲である、とお考えかと思います。一方、「空き巣犯──」は作風ゆえにご都合主義が悪目出ちしている点に全員がひっかかっている感じです。

 

薬丸:正直言いますと僕は「空き巣犯──」をまったく推せないんです。文章力や展開力は認めるところですが、読み終わった時の後味が納得できない。この着地でいいのか、というのが大変気になります。

 

恩田:後味が悪い作品自体はまったく問題ないのですが、それならもっと衝撃が欲しいですね。この作品の登場人物たちは小悪党にもなりきれていない、単なる自己中心的な人物ばかりです。

 

薬丸:悪を描くならそれはそれでおもしろいと思うけれども、この登場人物たちは単なるバカに見えてしまう。初めての空き巣に入って、そこで偶然出会った人間に殺人を頼まれて、相手の名刺と運転免許証を確認しただけでそれを引き受けるっていうのは、設定としてもどうなのでしょうか。

 

恩田:ただ、書ける人なのは間違いないと思います。

 

中山:伸びしろは感じますね。

 

──そろそろ議論は出尽くしたかと思います。お話の流れからすると「神様──」を今回の受賞作と決めてよいようですが、いかがでしょうか。

 

恩田:そうですね。

 

薬丸:私は「神様──」の方で。

 

中山:私もいいと思います。

 

──それでは、第46回小説推理新人賞受賞作は朝水想さんの「神様、どうか私が殺されますように」に決定しました。長時間の議論、ありがとうございました。最後に、今回の全体的な感想と来年の応募者に向けてのアドバイスをいただければと思います。

 

恩田:小説において、最後の一行はとても大切です。もちろん出だしも大事ですが、短編の場合は特に最後の一行で読後感がまったく変わってしまいます。今回の候補作は全体的に出だしは良かったと思いますが、来年応募してみようと思う方はぜひラストの一行に気をつけてもらいたいところです。

 

中山:短編の肝要はキレです。キレさえよければ難が隠れることもあるんです。そこで生まれる印象が作品なり著者なりの評価になるので大事にしてほしいですね。また、新人賞の応募作品においてはどんな題材を扱ってもいいんですけど、作者なりの新鮮な切り口がないと評価は厳しくなります。本賞に限らず、全ての新人賞は基本的に新商品の見本市のようなものです。だからそこで二番煎じや既存作家の作風を思わせる作品を出したところで受け入れてもらえるはずがない。最近、人に対する恐怖というとストーカーやDVが定番で、選ぶ側は「またか」となってしまいます。同じストーカーであっても何か違う形で使わないと。やっぱり新鮮な驚きがないと評価は低くなります。

 

薬丸:そうですね。切り口はもう少し考えてほしいところです。今回の作品でも5作中4作にストーカーやそれらしき行動を取る人物が出てきていますが、どれも類型的、記号的であるところが気になりました。オリジナリティは突飛なものでなくてもいいんです。ストーカーの話にしたいのであれば、誰も考えつかないようなワンポイントを探して欲しい。選考者に「こんなこと今まで考えたこともなかった」と思わせられたら、それだけで大きなアドバンテージになると思います。

 

──ありがとうございます。次回の応募を考えていらっしゃる方々はぜひ参考にしてもらえればと思います。

 

 

受賞作
「神様、どうか私が殺されますように」
あさそう

 

撮影=小島愛

 

プロフィール
1975年生まれ。千葉県出身、東京都在住。早稲田大学第一文学部を卒業後、出版社に勤務し、旅行書籍の編集に携わる。退職後、ライターとして活動。「森村誠一・山村正夫記念小説講座」に通い、小説創作を行う。

 

受賞の言葉

 私の作品を選んで下さった選考委員の先生方、双葉社のみなさま、山口十八良先生はじめ森村誠一・山村正夫記念小説講座の先生方と受講生のみなさま、そして文章を書くきっかけを下さった故・安部雄策先生に心より御礼を申し上げます。

 本に何度も救われてきました。迷ったとき、悩んだとき、いつも足が向くのは本屋でした。小説の一節が、すでに人生の屋台骨になっていたりもします。実在しない人物の台詞が、実在する人間の人生をも変えるこの不思議。言葉には絶対に力があると私が信じているゆえんです。

 幸運にも作家のスタートラインに立たせていただいた今、心に届く言葉をつむぎたいというのが私の願いです。言葉で人の想いを描けたら、少しでも読んでくれた人の背中を押すことができたら。それが叶うなら、文章を書く者としてこれ以上の喜びはありません。

 今後も精進して参ります。温かく見守っていただければ幸いです。

朝水想