第一話 山分けにする


 月に一度、ダンボール箱いっぱいに旬の野菜が届く。
 たとえば今月は、茨城県たま市産のキャベツと紅はるか。同じく茨城県産、結城ゆうき郡のレタスとほこ市の水菜。北海道からは富良野ふらのの人参、ほろ町の玉ねぎ、ゆうふつ郡のブロッコリー、おびひろ市のメークイーン、など。
 ほかにも熊本県やま鹿市のおおながなす。埼玉県市のマスタードグリーン。長野県は中野市の特大なめこ、くま市の高原やまぶし茸。同じく長野県から安曇野あづみの市のりんご=シナノスイートや、愛媛県じま市からのごくみかんといった、みずみずしい果物もいっしょに入っている。
 おいしく食べられる期間も考えれば、いくら自炊派とはいえ、現在ひとり暮らしのさくら奈津子なつこにはかなり持て余しそうな分量だったけれど、それでも彼女がこだわりの野菜通販サイトで、お得な定期コースに加入しているのは、いつもふらっと訪れる友だち、幼なじみのノエチことおお野枝のえが、毎月、うれしそうに野菜を持ち帰ってくれるからだ。
 べつに約束なんかしていなくても、週に三度も四度も、ノエチは姿を見せる。多ければ五度も六度も。なんなら毎日だって。だから、いつ荷物が届いても、まず新鮮なうちに野菜を手渡すことができた。
「マスタードグリーンって?」
「からし菜、西洋種の」
「へえ、どうやって食べるの」
「お肉を巻いて食べるとおいしいって」
「サンチュ的な?」
「だね。ピリッと辛いみたいだけどね。あと、炒めてもいいみたい」
 野菜の詰まったダンボール箱には、ひとつひとつの保存方法や、だいたいの消費期限、特長、おすすめの調理法なんかを一覧表にした便利な紙も入っている。毎月ひとつかふたつ、この近所ではあまり見かけない、もし見かけても自分からはすすんで手に取らないような、めずらしい野菜が届くのもひそかな楽しみだった。
「帰りに半分持ってってね」
 玄関先で、まずダンボールを開けて見せた奈津子が言うと、
「うん、いっつも悪いね。やっぱり、半分お金はらうよ」
 髪をひっつめ、太いフレームのめがねをかけたノエチが、毎月の決まりみたいに、堅苦しいことを口にした。
「いいって、いいって。どうせひとりだと余っちゃうんだし」
「そう?」
 堅苦しいわりに、あっさり引き下がるのも、いつも通りだった。「じゃあ、こんどアニキの宝箱から、なんかガラクタ持ってくるから、それ、適当に売っちゃってよ」
「それは大歓迎」
 いつもダボッとしたパーカーにゆるパン。ほぼ家にいる奈津子にとって、ネットオークションやスマホのフリマアプリで、物を売り買いするのはお手のものだった。
 自宅の不要品は基本売りに出すようにしていたし、ねえ、なっちゃん、これ売れないかしら、とご近所さんから物を預かることも多かったから、奈津子のアカウントやショップに、出品が途絶えることもない。仕事帰りのノエチがふらっと部屋を訪ねて来て、奈津子が留守にしているのは、大抵「お品物」の発送に出ているときだった。それも徒歩数分のところにある、郵便局かコンビニで済む。
「おばちゃんは、いつまで静岡なの? 大丈夫?」
 家の事情もよく知るノエチが聞く。母の針仕事の定位置、玄関脇の和室にちらりと視線をやって廊下をすすむ。
「なんか、のんきにやってるよ。久々の地元で楽しそうだし。娘がえりしてるのかもしれない」
 奈津子が3DKの団地でひとり暮らしをしているのは、同居している母親が、親族の介護でしばらく郷里に帰っているからだった。
 しばらくと言いながら、もう一年近くになる。
 もちろん、要介護の老人の世話がのんきで済むはずがなかったし、娘がえりというのは奈津子の適当な造語だったけれど、母自身、今年の春には七十歳をむかえたはずなのに、そんな年齢とは思えないくらい、電話での声が最近ほがらかで、若々しいのは間違いない。
 子ども時分に世話になった叔母さんと、数十年ぶりの暮らしをして、やっぱり娘気分にもどっているのか。
 おだやかに物を忘れていっている、というその叔母さんと、日々、消えて行く昔話に花を咲かせているのか。
 あるいは独身時代を過ごしたなつかしの地では、今までと違う時間が流れているのかもしれない。
 奈津子はときに、ぼんやりそう思うのだった。

 

「団地のふたり」は全3回で連日公開予定