「ここの山は、田崎さんが所有されているのですよね。空き地に死体があったことは、聞いてますか」
「聞きましたが、私どもは何も知りません」
先ほどまでのぼんやりした反応が嘘のように、田崎豊子はきっぱりと言い切った。厄介事はごめん蒙る、と顔に書いてあった。
「空き地に置いてあったドラム缶は、こちらで設置したのですか」
最も大事な点を質すと、田崎豊子は曖昧な返事をした。
「さあ」
「さあ、とはどういう意味ですか。誰かが勝手に置いたのですか」
「いえ、あの、わかりません」
「わからない? 誰かが勝手に置いたのか、田崎さんが設置したのか、それもわからないと言うのですか」
子供っぽい面がある小久保であるが、一応刑事である。追及の手は、優しくはなかった。
「いや、あの、そうじゃなくて……」
この答え方で、実際はどうなのかわかろうというものだ。間違いなく、ゴミ焼却のために田崎家でドラム缶を置いたのだろう。それを咎められるのを恐れ、しどろもどろになっているのだ。勝手なゴミ焼却はよくないが、ここは事件捜査のために手心を加えるべきところだった。
「田崎さん、ご自身でゴミを燃やしてましたね。ごまかそうとしているということは、それが違法だとご存じなわけだ。本来なら警察としては見過ごしにできないですが、今は焼死体が発見されたという異常事態です。取りあえずゴミのことは怒りませんので、正直に話していただけませんか」
当然、小久保も同じ判断をして譲歩をして見せた。田崎豊子は安堵したように、小さく息をつく。
「はあ、すみませんでした。町田も昔はただでゴミを収集してくれたんですけど、あるときから有料になっちゃったんですよ。で、主人が冗談じゃないって、ちょっとしたゴミなら裏山で燃やすようになったんです。あのぅ、すみません」
燃やすと有害物質を発生させる物が、現代社会では多い。だから個人での焼却は禁止されているのだが、たかだか数円をけちって自分で処分する人は少なくないのだろう。こんな屋敷に住んでいるくせに、と思うが、金持ちは意外にけちだとも聞く。けちだからこそ、豪邸に住めるのかもしれない。
「そうですか。では、最後にドラム缶の中身を見たのはいつですか」
「ええと、昨日です」
「昨日の何時ですか」
「うーんと、午前中の九時過ぎ頃ですかねぇ。昨日は燃やしてないんですよ。ある程度溜まってから燃やすので」
ならば、死体はゴミの中に突っ込まれて火を点けられたのだ。いっそう憐れに感じる。
「もちろん、そのときには死体なんてなかったわけですよね。それ以後は空き地に近づいてないですか」
「はい。ちょっと坂を上らなければならないですから、そんなにちょくちょく行くわけではないです」
「あの空き地は、少し奥まってますね。つまり、あそこにドラム缶があることを知っていないと、死体を空き地で焼こうとは考えないはずです。ご家族の他に、ドラム缶があることをご存じの方はいますか」
小久保がこの質問をすると、田崎豊子はまた目を泳がせた。何か不都合があるようだ。だが、見当がつかない。警察に言えないことが、他にあるのか。
「どうなんですか。近所の人ならご存じなんですか」
「はあ」
「ご存じなんですね。それはどうしてですか。田崎さんが話したからですか」
「いや、あのう、ええと」
田崎豊子は視線を落とし、両手の指を組み合わせたり、手揉みをしたりした。かなり言いづらそうだ。しかし、ならばよけいに語ってもらわなければならない。近所の人がドラム缶の存在を知っていることの、何がまずいのか。
「あの、ゴミを自分で燃やしていたことはお咎めなしなんですよね。そのことで捕まったりはしないんですよね」
「まあ、そういうことにせざるを得ないでしょう。ですから心配なさらず、本当のことを話してください」
「は、はい」
促され、田崎豊子は告白する勇気を得たようだ。唾を飲み込み、顔を上げた。
「実は、ご近所さんのゴミも一緒に燃やしてたんです」
「えっ」
思いもかけないことだった。つまりあれは、地域共有のゴミ捨て場になっていたのか。そんなにゴミ処理に金を払うのがいやなのかと、呆れる。エコも地球温暖化も、この世代の人にはまったく他人事なのだろう。
「ご近所のゴミも。だったら、ドラム缶のことを知っていた人はひとりやふたりではないわけですか」
「はあ」
「もしかして、お金を取ってゴミ処理をしてました?」
思いついて、真萩は横から口を挟んだ。すると田崎豊子はまた、ばつが悪そうな顔をした。
「いえ、あの、一回いくらとかそういうことは言ってませんよ。ただ、ご近所のお付き合いですから、ゴミを燃やしてあげればたまにお礼をいただくこともあります。お菓子とか、お酒とか」
言葉がなかった。とても東京都内の話とは思えないが、この辺りにはまだそんな風習が残っていたようだ。問題は、死体遺棄の容疑者がぐっと増えてしまったことである。まあ、近所の聞き込みはもともとやらなければならないことではあったが。
具体的に、ドラム缶の存在を知っている人の名を挙げてもらった。田崎豊子は身の置き所がないかのように、肩を窄めていた。
4
検視官の所見では、他殺か自殺か、あるいは事故死か病死か、そういったことはいっさい判断できなかった。全身丸焼けなのだから、やむを得ない。解剖の結果待ちということになった。
見たくなかったが、鑑識の作業が終わったら死体に近づかざるを得なかった。完全に黒焦げになっている死体は、グロテスクではあるが元が人間とは思えなかった。何か別の、人の形に似たものに見える。そのことに、わずかに安堵した。
田崎家での聞き込みの詳細は、課長に伝えた。近所の住人の大半がドラム缶のことを知っていたと聞き、課長は顔を顰めた。簡単には済みそうにないと、予感したのかもしれない。真萩も同じ感触を抱いていた。
遅れて機動捜査隊がやってきたので、チーム分けして近所の聞き込みを開始した。ふだんなら真っ先に事件現場に駆けつける機動捜査隊だが、さすがにこんな町田の奥地では遅くなるようだ。後れを取ったのが腹立たしいかのように、コンビを組んだ機動捜査隊員は仏頂面だった。やりづらいので、こちらも積極的にコミュニケーションをとりたいとは思わなかった。最低限の挨拶だけして、後は機動捜査隊員のお供に徹した。
その結果判明したのは、空き地にドラム缶があることは広く知られているという事実だった。ゴミ焼却を田崎家に頼んでいる家庭だけでなく、その他にも知っているだけの人なら大勢いるとわかったのだ。死守しなければならない秘密、という認識はさらさらなかったようで、誰に話したかもわからないという家庭が多かった。
田崎家の残りの人たちも、なんらめぼしい情報を持っていなかった。最近は空き地に行っていないので、もちろん死体は見ていない。あんなところに死体を置く人に、心当たりはない。誰かに恨まれる憶えもない。彼らが嘘をついているようには思えず、ただ単にドラム缶を勝手に使われただけというのが事実のようだった。
加えてうんざりしたことに、ネットで検索してみたところ、あのドラム缶の写真がヒットしたのだ。なんのつもりでドラム缶の写真をネットにアップするのかわからないが、どうでもいい写真は世の中に溢れている。死体を燃やしたい人がネットで検索してみれば、簡単にあの空き地のドラム缶に行き着いたことだろう。ドラム缶の存在を知っている人こそ死体遺棄の容疑者、という限定は無理だと判断せざるを得なかった。
「なんか、めんどくさそうだな」
署に戻り、ひととおりの情報共有が終わると、小久保が正直な感想を口にした。おそらく、刑事課の者全員が同じ思いだろう。死体遺棄が可能な人は絞り込めず、死体は黒焦げで身許は不明だ。かろうじて背格好と、男性であることだけがわかっている。身長は百六十五センチ前後。しかし年齢は推定できない。せいぜい、七十歳以上の高齢者ではないと見当がつけられる程度だ。遺留品はなし。一緒に燃やされていた物もあるが、田崎豊子の話からするとそれは田崎家が出したゴミかもしれない。焼死体は厄介なものだと、初めて実感した。