ミステリー作家・貫井徳郎は2023年に作家業30周年を迎えた。その記念すべき年に放った長篇作品『龍の墓』は、自身でも20年ぶりに書いたという正攻法の本格ミステリーである。
死後に焼かれた無残な遺体の発見から捜査が始まる。その事件が「ドラゴンズ・グレイブ」というVRのロールプレイングゲームの見立て殺人である可能性が浮上するのだ。元刑事が実際にプレイをしてゲーム内で起きる殺人事件の謎を解く。現実とゲーム世界の両方で謎解きが進行していく意欲的な構造の物語はどのように書かれたのか。貫井氏に伺った。
取材・文=杉江松恋 写真=川口宗道
30年前には書けなかった作品だと思います。
──貫井さんがゲームをお好きだというイメージがなかったので、設定でまず驚かされました。もともとゲームはやられていたんですか。
貫井徳郎(以下=貫井):以前からずっとやってはいたんですけど、毎日やるようになったのは、ここ1、2年ですね。午前中は身体を鍛えて、1日30分ゲームをやる、というように毎日のリズムが決まっていたほうが僕は好きなんですよ。リズムが狂うと小説も書けなくなったりするので。強制的に自分の時間割を決めたほうがコンスタントに書けるんです。
──ちなみにどういうゲームがお好きなんですか。
貫井:アクションゲームではなくてRPGです。やはりストーリーがあるものが好きなんで。その中でもオープンワールドゲームという、何をしてもよくて、開始早々ラスボスに挑戦しに行くことも可能、というのが特に好きですね。『龍の墓』は、そういうオープンワールドゲームの中で、1イベントとして殺人事件が起きるという設定になっています。そうなったらゲームの主人公にはどんな捜査をさせたらいいか、という風に考えていきました。
──ゲームでミステリーを扱ったものというと、だいたいアドベンチャーゲームの形式を取っていると思うのですが、そうではないというのが新鮮でした。
貫井:そうですね。アドベンチャーではなくてRPGでやるというのは僕のオリジナルで、これでもできるな、と書きながら感じました。ただ、RPGにしたんだから、手がかりを見つけたら経験値を得られる、みたいな描写も入れておけばよかったとあとで思いましたね。
──本作ではゲームの中で連続殺人が起きますが、それが外の現実で起きている事件で見立てに利用されているのではないかという疑いが浮上します。ゲームと現実がリンクする形で謎解きが行われるという構成が斬新ですが、これはどこから生まれたものですか。
貫井:きっかけはライアン・レイノルズ主演の『フリー・ガイ』という映画です。やはりゲーム内と現実が同時並行していて、中で起きることが外側にも影響するという形でリンクする話なんです。これをミステリーでやったらどうなるか、と思いついたんですね。
──外側の世界である現実と、ゲームの内側、両方で事件が起きますが、どちらの内容を先に決めてお書きになったんですか。
貫井:外が先です。実は最初は、本格ミステリーにするつもりはなかったんですよ。書き始めて三分の一ぐらい経ったときに、「これは本格ミステリーなんじゃないのか」と自分で気づきまして。もちろん外側の事件は最後に解明されるトリックまで決めて書き出していたんですが、内側のゲーム内のほうは、剣と魔法の世界だからということでそこまで作り込んでなかったんです。でも、本格ミステリーになるという構造が見えた段階で、気持ちを引き締め直して、内側のほうもしっかりした謎解きになるようにしました。
純粋な本格ミステリーは、20年前に出した『被害者は誰?』という連作短編集以来です。もともと作家になる前は本格一辺倒の読者だったんですが、デビューしてからはむしろいろいろと作風を変えていくよう、自覚的に取り組んできました。自分には本格はあまり向いていないと思ってあまり書かずにいたのですが、蓄積もあって今回は正攻法の本格ミステリーを書くことができました。30年前には書けなかった作品だと思います。
(後編)に続きます
【あらすじ】
町田市郊外で発見された身許不明の焼死体。捜査本部が有力な手がかりを掴めない中、荒川区内で女性の変死体が発見される。その殺害状況が公表されるや、「町田と荒川の事件は、人気VRゲーム《ドラゴンズ・グレイブ》の中で発生する連続殺人の見立てではないか」という噂がネット上で囁かれ始める──