ミステリー作家・貫井徳郎は2023年に作家業30周年を迎えた。その記念すべき年に放った長篇作品『龍の墓』は、自身でも20年ぶりに書いたという正攻法の本格ミステリーである。

 死後に焼かれた無残な遺体の発見から捜査が始まる。その事件が「ドラゴンズ・グレイブ」というVRのロールプレイングゲームの見立て殺人である可能性が浮上するのだ。元刑事が実際にプレイをしてゲーム内で起きる殺人事件の謎を解く。現実とゲーム世界の両方で謎解きが進行していく意欲的な構造の物語はどのように書かれたのか。貫井氏に伺った。

取材・文=杉江松恋 写真=川口宗道

 

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僕の最近の小説もまさに人類ダメ小説だと思うんですね。

 

──現実の殺人事件を描いた話の中に、もう一つ「ドラゴンズ・グレイブ」というゲームの物語が入っているという作中作構造だと見ることもできると思います。作中作のミステリーには、どの程度ご関心がおありだったのでしょうか。

 

貫井徳郎(以下=貫井):ミステリーファンとしては、作中作のギミックには単純にわくわくします。思いつくだけでもすごい作品をいくつも挙げられますが、なんといっても綾辻行人さんの『迷路館の殺人』という傑作があります。作中作の比率が非常に高くて、外側よりもほとんど内側の文章だけで進んでいく。でも外枠があることで構造としては完成するという凄い作品でした。

 

——今回のお話は、外側の事件を町田署の保田真萩と警視庁捜査一課の南条という二人の刑事が追い、真萩の元同僚で今は引きこもりの瀧川がゲーム内の謎解きをするというトリオの構成になっています。この主人公たちはどうやって出てきたのでしょうか。

 

貫井:殺人事件の捜査なので、主人公は警察官にしたほうが動かしやすいです。ただ、それだと工夫がないので、元警察官で引きこもりという瀧川がまず出てきました。彼は現場に行けないので、動き回る係として真萩、刑事は単独行動を取らないですからコンビを組む相手として南条というように決まりました。警視庁の捜査一課は刑事のエリートですから、そこにいる南条は有能なはず。でももしかするとそうでもないのかな、というところが見えたほうがおもしろいと思って書いたキャラクターです。物語の締め括りをどうするかは考えずに書き出したんですけど、南条のキャラクターにだいぶ助けられましたね。

 

——貫井さんは社会派ミステリーの書き手と言われることが多いです。本作は軽快なタッチで、謎解きの面白さが中心となる長篇ですが、それでも現代社会に対する厳しい視線は貫かれています。現実の事件で背景にあるものは、他人に対する不寛容や無責任な態度といった現代人の特質ですよね。やはり作家の関心として滲み出るものなのでしょうか。

 

貫井:中学生のときに西村京太郎さんの『殺しの双曲線』を読んだのですが、非常に衝撃を受けまして、いまだにその影響下にいると思っています。あれは、動機がわからないままに連続殺人事件が進んでいくというミッシングリンク・テーマの最高傑作だと思うんですよ。その呪縛を受けているな、とは思っています。

 

——なるほど、『殺しの双曲線』というのは少し納得です。

 

貫井:もう一方、僕は平井和正さんにも、主として文体とテーマの面で強く影響を受けているんです。平井さんはご自分の作品を「人類ダメ小説」だとおっしゃっていて、とにかく人間に絶望したところから物語の構想が始まっている。僕の最近の小説もまさに人類ダメ小説だと思うんですね。ネット上の悪意であるとか、なんでみんなこんなにひどいのかとずっと素朴な疑問を抱いていて、それを小説として書いています。前作ではここまで書いたから、次はこうしようという風に、テーマが連鎖しながら進んでいっているんですね。本作はゲーム的な話ですし、社会性を持たせることは特に意図していなかったんですけど、ミッシングリンクの形で動機の問題を扱うので、自然にその要素も出てきたということでしょうね。

 

——従来の作品と共通項を持ちながら、謎解きに特化したという意味の新鮮さもあります。

 

貫井:そうなんです。これまでの僕の作風を期待してくださる方にとっては、ちょっと意外な内容になっていると思います。異色作ということになるでしょうね。でも本格ミステリーが好きな方にも読んでもらえるよう、あえて振り切りました。新しい読者に届いてくれるといいなと思ってます。

 

【あらすじ】
町田市郊外で発見された身許不明の焼死体。捜査本部が有力な手がかりを掴めない中、荒川区内で女性の変死体が発見される。その殺害状況が公表されるや、「町田と荒川の事件は、人気VRゲーム《ドラゴンズ・グレイブ》の中で発生する連続殺人の見立てではないか」という噂がネット上で囁かれ始める──