1.
まったく、なんていう拾い物かしら!
家へ続く森の中の道を早足で歩きながら、赤ずきんは両手に持っているそれを見つめました。木でできた、人形の腕です。その指の部分が、くいっ、くいっと動くのです。
――ほんの数分前まで赤ずきんは、森の奥に住む猟師のおじさんの家へ、クッキーとワインを届けにいくところでした。日差しが木々の葉の間から差す、気持ちのいい午後でした。枝の上で戯れるリスたちに「こんにちは」と話しかけ、うきうきした気持ちで歩いていたのです。
目の前に十字路が見えてきました。まっすぐ行けばおじさんの家、左に行けばグリーデン、右に行けばランベルソという街へ通じる道です。
「やめてよ、やめてよっ!」
男の子の叫ぶ声がして、赤ずきんは思わず足を止めました。
グリーデンへ通じる道のほうから、キツネと黒猫と三毛猫がやってきました。みな、チョッキを着て、人間のように後ろ脚二本で立って歩いていて、身長は赤ずきんと同じくらいです。キツネはただ指示を出しながら先導するだけですが、猫たちは二匹で一つ、大きな布の袋を肩に掛けています。
「やだよっ。僕、もう芸なんてやりたくない!」
声は、袋の中から聞こえているようでした。よく見れば、袋の口から茶色い手首から先が飛び出ています。
「少し黙ってろ!」
キツネが袋を叩いた拍子に、袋の中から腕が落ちました。キツネと二匹の猫は、落ちた腕はおろか、赤ずきんにも気づかない様子でランベルソのほうへ早足で去っていきます。彼らの姿が見えなくなってから、赤ずきんは落ちた腕に近づき、拾い上げました。
木でできた人形の、右腕の肩から先でした。肘や手首、指の関節などは金具で留められていますが、引っ張れば簡単に外れてしまいそうです。キツネが袋を叩いた拍子に、肩から外れてしまったのでしょう。
すると……
「ひっ!」
赤ずきんは腕を落としそうになりました。五本の指が同時にくいっ、くいっと動きはじめたからです。初めは気持ち悪いと思いましたが、しばらく観察しているうち、何かを訴えているように見えてきました。小指と薬指を折り曲げ、残りの三本の指を何かを摘まむように動かすのです。ペンだわ、と赤ずきんは気づきました。
「おじさん、ごめん。クッキーはまたね」
赤ずきんはつぶやき、家へと戻りはじめたというわけでした。
「お母さん、紙とペンをちょうだい」
家に着くなり、赤ずきんは言いました。
「まあ赤ずきん、何なの、その気味の悪い腕は!」
お母さんは叫びましたが、赤ずきんが事情を話すと納得し、紙とペンとインクを持ってきてくれました。右手はペンを握り、へたくそな文字で、身の上を書きはじめたのです。
『ぼくは、ピノキオです。ゼペットじいさんにつくってもらいました。
ぼくは、にんげんのこどもになりたい。
ぼくは、ゼペットじいさんの、ほんとうのこどもになりたいんだ。』
学校へ行けば人間の子どもになれる。そう信じたピノキオはゼペットじいさんに教科書を買ってもらいましたが、登校途中にどうしてもサーカスが見たくなり、チケット代と引き換えに教科書を手放してしまったとのことでした。
「なんて愚かな人形かしら」
赤ずきんは呆れましたが、そのあとの話を読んで心が変わりました。サーカス団にスカウトされたあと、だまされて旅回りの一座に売られ、ゼペットじいさんのもとに帰ることもできず、やりたくもない芸を一年もやらされているのだそうです。
『ぼくは、けさ、やっとにげだした。
ぼくは、でも、すぐにみつかってしまった。
ぼくは、いま、キツネのアントニオと、くろねこのロドリゴと、みけねこのパオロにつれもどされてしまった。
ぼくは、マダムおやゆびの、おやゆびいちざのみせものにされてしまう。
ぼくは、おもしろいげいなんてできない。
ぼくは、たすけてほしい。
ぼくは、たすけてほしい。』
「かわいそうね……」
さっきまで気持ち悪がっていたお母さんは、ピノキオの手が綴る文を見て、涙ぐんでいました。たどたどしいぶん、切実さが伝わってきます。
「赤ずきん、あなた、ピノキオくんを助けてあげなさい」
「私が?」
「腕を拾ってきた縁じゃない」
お母さんはたまにこうして、思いつきでものを言うのです。無茶だわと思いましたが、亡くなったおばあちゃんの言葉を思い出しました。
――『赤ずきんや。お前のその賢い頭は、困った人を助けるために神様が授けてくださったんだよ。困った人には進んで手を貸してあげなさい』。
「でも、どうしたら助けられるの?」
「右腕と一緒にランベルソの『おやゆびいちざ』のところへ行くのよ――それで、あとはまあ、適当に、体のほうを引き取ってきなさい」
まったくどこの世界でも、お母さんなんて思いつきばかりで、具体案など何もないのです。
こうして『親指一座』に行くことになった赤ずきん。果たしてバラバラになったピノキオの体を集めて助けることはできるのか。赤ずきんの新たな旅が始まったのです……。