徳永のスピーチが終わると、門馬市長が乾杯の挨拶に立った。
〈IRの誘致は、次の任期において、ぜひとも実現させたい課題でありまして、地元経済界のみなさんのご理解、ご協力を賜りたいと考えております〉
 門馬も、市自ら誘致に名乗りを上げているカジノ特区について、意気込みを口にしてみせた。
 乾杯のあと、福間官房長が意味ありげな視線を曾根に向けた。
「ここに誘った意味が分かったか?」
「IRですか」
 曾根の返答に福間はうなずく。
 IRとは、カジノを含めた統合リゾートである。誘致には東京や大阪などと並んで、横浜も手を挙げている。
「徳永大臣は初期からこの構想を引っ張ってて、法案の関係部会にも息のかかった議員を送りこんでる。カジノはマネーロンダリングの話が付いて回るし、警察庁うちとしても無関係を決めこんでられる話じゃない……というか逆に、一枚も二枚も噛んでいこうという腹を持ってる」
「それで、大臣や市長に少しでも顔を売っておこうと?」
「そうだ。あとで引き合わせてやる」
 福間は内閣府に出向していた時期があり、徳永をはじめ政治家とのつながりも持っている。
「これはこれは、曾根本部長に福間元本部長」
 ダブルのスーツに身を包んだ恰幅のいい男が、腰を折って近づいてきた。
「ご無沙汰しております。県遊協の柴田しばたでございます」
 神奈川県のパチンコ・パチスロ業界の代表者だ。
「あなた、元本部長なんて呼び方はないんだけどね」福間がむっとしたように言った。「私は今、官房長をやってるんだ」
「これは大変失礼しました」柴田は卑屈な笑みを強張らせて頭を下げた。「いやあ、徳永先生にはどんどん日本経済を引っ張って、景気をよくしてもらわないとという気持ちで応援に駆けつけた次第ですが、お二方にお会いできるとは思いませんでした」
 謝っても福間の表情が変わらないので、柴田の顔からも次第に笑みが消えてしまった。
「あの、もちろん我々、業界の繁栄とともに、不正の撲滅という大きな課題に立ち向かっている最中でありまして、これを何としても成し遂げる覚悟でございます。官房長様と本部長にはこれからもご指導をお願いできればありがたき幸せでございますし、県警と遊協の絆も今後さらに深めて参りたいと考えておりますので、何とぞよろしくお願いします」
 柴田はさっさと退散したほうが身のためと思ったか、お辞儀を何度となく重ねて曾根たちの前を退いていった。
「あの業界も、先細りだから必死だな」福間が冷めた口調で呟く。
 長らく、パチンコ・パチスロ業界と、その監督官庁である警察は一蓮托生の関係だった。かの業界は、警察OBの有力な再就職先でもある。
 しかし、パチスロには不正の問題が付いて回り、また、ギャンブル依存から犯罪を誘発するケースがあとを絶たないなど、負の側面がクローズアップされることが多い。近年は射幸性を抑える規制が強化され、結果、業界には一時期ほどの勢いが見られなくなった。
 そうした流れと歩を合わせるようにして、警察庁はIR構想に肩入れを始めている。パチンコ・パチスロ業界側から見れば、我々を見捨てて、カジノを取る気かという思いだろうが、実際、福間の呟きなどを聞けば、警察官僚たちの本音も近いところにあるのだろうと取らざるをえない。
「さっきの話だが」福間が言う。「IRを監督するのは、カジノ管理委員会だ。これは独立行政機関だが、うちも食いこんでいかなきゃならない。描いてる青写真は、委員長のポストを観光庁とこちらのOBがたすき掛けで担っていくという形だ」
 福間は声をひそめ、よからぬ企てでも口にするように続けた。
「そのための人材――つまりこちら側の委員長候補には、君を考えてる」
 悪い話ではないことを保証するように、福間は小さく眉を動かしてみせた。
「ありがとうございます」
 そう言っておくべきだろうと思い、曾根は礼を口にした。
「そろそろ行くか」
 やがて福間が言い、パーティー会場の前方で徳永を囲んでいる人垣の中に入っていった。
「大臣、ご無沙汰しております」
 関係者と談笑している徳永に、タイミングを計るようにして福間が声をかけた。
「おう福間くん、来とったか」
 徳永は明るい声を彼に返した。政界への顔の広さを自任する男だけに、徳永の覚えもめでたいようだった。
 彼の隣には、盟友の門馬市長もいる。
「さっきもカジノの話をしたが、あれはどこか一つががんばればいいという問題じゃない」徳永が言う。「警察庁の力ももちろん必要なんだからな。頼りにしてるよ」
「ありがとうございます。そのご期待にお応えするためにも、今日はうちの者を一人連れてきましたので、紹介させてください」福間はそう言って、曾根にちらりと目をやった。「神奈川県警本部長の曾根です」
「ほう」徳永は曾根に視線を移して、反応よく声を上げた。「頼もしそうな顔をしとる」
「地元の大臣になかなかご挨拶できる機会がなく、失礼しておりました」
 曾根はそう言って名刺を差し出した。
「彼はなかなかの名物男ですよ」門馬市長が口を挿んできた。「地元の記者の間じゃ、県警の“暴れん坊将軍”で通ってますからね」
「おう、あれだろ」徳永は曾根の顔を愉快そうに指差しながら福間を見た。「例の〔バッドマン〕の事件。君ら本庁の人間が苦い顔をする中、テレビ捜査を強行したっていう」
「ええ、あれが彼の仕業でして」
「テレビに出てたあの捜査官も面白いよな。そうかそうか。ああいうのを抜擢して使いこなしてることだけでも、曾根くんの力はうかがい知れるよ」
「まったく型破りなんですが、それで結果を出してしまうんですから、困ったものです」
 予想以上に曾根の評価が高いことに気をよくしたのか、福間が軽口を飛ばすように言った。
「ついこの間も誘拐事件で菊名池きくないけ公園だったか、ずいぶん派手なことになったな」
「ご心配をおかけしまして」曾根は殊勝に応える。
「あれはまだ、全部捕まえたわけじゃないらしいな。ああいう連中は残らず捕まえて、懲らしめてやらないといかんぞ」
「捜査班が懸命に追っているところですので、今少し、お時間をいただければと」
「がんばってやってくれ」徳永は曾根の返事に満足するように、そんな激励の言葉を口にした。
「そうだ」
 門馬が何か思いついたように、徳永に耳打ちした。
「おう、そうだな」徳永は首肯しゆこうして、秘書らしきかたわらの男を見た。「網代あじろくんがいただろ。ちょっと呼んできてくれ」
 秘書が小走りに輪を出ていく。
「〔AJIRO〕グループは知ってますか?」門馬市長が福間と曾根に問いかける。
「最近よく名前を聞きますね」福間が答える。
「あれ、みなとみらいの会社なんですよ」門馬が言う。「もともとはただのベンチャーキャピタルだったのが、買収に買収を重ねて、あっという間にIT業界のメインプレイヤーの座にのし上がってきたんです」
 曾根も新興IT企業の一つというくらいの認識しかなかったが、〔AJIRO〕は現在、コンピュータゲームの制作やネットテレビの運営なども手がけているという。中でも〔モンスタートレイン〕がゲーム機版、スマホゲーム版、ともに大ヒットし、ドル箱になったことで、グループは急成長を遂げたらしい。
「ITだけじゃない」網代がなかなか現れないので、徳永が話を進めた。「網代くんは横浜のカジノ王に名乗りを上げてるんだ。すでに先日、シンガポールのカジノ会社と合弁企業を立ち上げた。従来のカジノだけじゃなく、VRのゲームなんかもそろえて、家族で楽しめるような箱を作りたいと鼻息も荒いよ」
「網代くん自身がギャンブラーみたいなものですからね」門馬が冗談でも口にするように言う。「何せ、ベンチャーキャピタルを始めたとき、その十億だか二十億だかの資金は、海外のカジノとFXのデイトレードで作ったっていうんですから。ベンチャーキャピタルもるかるかの大博打みたいなもんで、それが今や、資産八百億のIT長者ときた。ギャンブルとは何かっていうことを肌で知ってる男だし、プロデューサー的な仕事を任せても面白いですよ」
 網代は相変わらず姿を見せないが、彼の噂だけで徳永と門馬の話は尽きない。話を聞く限り、典型的な成り上がり者のように思えるが、二人はずいぶん、彼を気に入っているようだった。
 それだけ、網代が二人に食いこんでいるというべきか。
「どうやら、帰ってしまわれたみたいですね」秘書が戻ってきて、徳永に告げた。
「何だ、もう帰ったのか」
 徳永はがっかりしたように言ったが、門馬はそれさえ面白がるように笑っている。
「やることは派手なのに、メディアにはほとんど顔を出さないし、変わった男ですよね」
「まったく」徳永は仕方なさそうに言い、気を取り直したように曾根を見た。「まあ、そういう人間がいるということだけでも憶えといてくれ。いずれそちらに会いに行かせる。私らの話だけじゃ、胡散うさんくさい山師に思えるかもしれんが、実際は頭も切れるし、使ってみたくなる男だ。政官民、手を取り合って、計画を盛り上げていこうじゃないか」
 どうやら曾根は暗黙のうちに、カジノ管理委員会の委員長か、少なくとも将来の委員長含みの委員候補として認知されたようだった。
 それさえ分かれば、網代という男のことなどどうでもいいと言いたげに、福間がうやうやしく頭を下げた。
「いろいろご教示ありがとうございます」
 彼の口調には、身内の天下り先に一つ目処がついたという安堵感がこもっている。
「今後もよろしくご指導願います」
 気がつけば曾根も、彼らがお膳立てした将来を何となく受け入れる気持ちになっていた。小さく頭を下げながら、自分も歳を取ったのだなとぼんやり思った。

 

「犯人に告ぐ3 紅の影」(3/6)は、9月19日に公開予定