──「失恋はラストシーンの話やろ? ドキドキして、どんな服着ようかなとかわくわくして、お化粧したりしてなあ、楽しかったやろ? それだけで、もう十分に幸せもらった。失ってない。いただきものだらけやん」 1/2 (「3章 わたし、大学生」より)

 

 わたしの好きだったバイトの先輩に奥さんがいたという事実を知ったのは、ママとクマさんがつきあって三ヶ月後くらいだった。
 先輩とは映画に行ったし、スキーにも行ったし、公園で手をつないで歩いて、夜中に長電話をした。「好き」とはこういうことなのか? どきどきして、わくわくして、もっともっとくっついていたいと思った。友達は、なかなか本気で好きな人ができないわたしを「一種の病気だ」といっていたけれど、先輩と出会って長引いていた風邪がようやく治ったような気分になれたのだ。それなのに、今はちょっとこじらせてしまっている。
 先輩は高校生のときにできちゃった婚をしており、大学生になってからは周囲にそれを隠していたらしい。だからわたしだけじゃなく、周囲のみんなが騙されていた。
 その秘密を唯一知っていた先輩の友達が、
「オレ、ほのみちゃんにはやっぱいうわ」
 とわたしを喫茶店に呼び出して丁寧に教えてくれたのだ。
 その人の話を聞きながら、わたしは点と点がつながって線になっていくのがわかった。
 クリスマスの夜に「母が病気で」といった先輩の声の感じや、誕生日プレゼントがアクセサリーではなく一メートル四方はあるウサギのキャラクターのクッションだったこと(がっかりした)、先輩の車に貼ってあったビックリマンチョコのシール、そんないろいろな、見て見ぬふりをしてきたことのカケラがジグソーパズルのように一枚の絵になった。

 開店前のママの店で、わたしはしくしく泣きながら報告をした。
 ママは湯気の出た茶色の飲み物をわたしの前に差し出した。
「ホットウイスキー。蜂蜜入りやで」
 グラスに鼻を近づけると、蒸気に混じったアルコールの香りが、お風呂の蓋をあけたときみたいにもわ~と広がって顔のまわりを包んだ。
 一口飲むと、身体の真ん中がほかほかと温まった。おいしい。
「あのウサギのクッションくれた人やろ?」
 ママはわたしの顔を覗き込む。
「うん」
「あのウサギ、目がバッテンになってたなあ」
「違う、鼻がバッテンやねん」
「そうか、鼻がバッテン」
 くつくつとママが笑いをこらえているのがわかる。
「あれな、ミッフィーていうねん」
 ついにママはぷ~っと吹き出して、
「ミッ、ミッ、ミッ……」
 といいながら大笑いし始めた。わたしが黙っているとさらに、おいうちをかける。
「なんなん、あれ。あんなん欲しくなかったやろ?」
 今度はひーひーと涙を流して笑っている。
 恋をした人が学生なのに妻も子どももいた。二十一歳だというのに。そしてわたしは半年ほどすっかり騙されていた。そんなわたしを慰めるどころかママは大笑いしている。なんだよ。
「捨てるわ、あんなん」というと、
「捨て、捨て。部屋せまくなる」
「あんな、ミッフィー嫌いやねん」
「ママも嫌いや。捨てやすいもんもらってよかったなあ。いや、ダイヤやったら質屋に行けたか」
「でもなあ、騙されたと思ったら悔しいねん」
「騙されたわけじゃないで。相手を失いたくなくて、好きやからこそ、嘘が生まれることもあるんや。……けど、あんたはほんまに好きやったんか?」
 いきなりママは直球を投げてくる。