──「幸せになりたいんやったら、誰かのせいにしたらあかん。誰かに頼んでもあかんねん。」 2/2 (「1章 わたし、小学生」より)

 

 助かった。安心が一気に広がったけど、声が半笑いだったことに腹が立って、
「だって、入れへんねんもん。うちは他の家と違って誰もいーひんねんもん」
 トイレの窓に顔を突っ込んだまま叫ぶと、ママは、
「あほちゃう、あんた」
 ひくひくと笑いながら、半分外に出ていたわたしのお尻をぎゅっとつかんで、引っ張り下ろしてくれた。
「こんなとこからよー入ろうと思ったな。もうちょっとやったやん。惜しかったな」
 わたしの服についたホコリを払いながら、ママはさっきよりも大きく「ふふふふ」と笑いだした。
 わたしはママのヒールの先を見つめて唇を噛んだ。どんどんムカムカしてきて、どんどん涙が出て、トイレの窓にはさまったということが恥ずかしくて、どうしていいかわからない。
「ほら、泣いてんと、寒いし家に入ろ」
 玄関に向かうママの背中にいった。
「ママのあほう……」
「なんやな」
「ママのせいやで」
「はあ?」
「ママのせいで、ほのみはかわいそうな子どもやねんで」
 ママからしゅ~っと笑顔が消えて、ちょっと真面目な顔になった。
「ママ、ずっと夜もいーひんやんか。放ってばかりやんか。他のお母さん、家にいつもいはるで。それでほのみのことを『かわいそうに』っていわはるで。誰もいないやん、トイレにはさまって死んでも誰にもわからへんやん。こんな家やったら、誰でもグレて不良になるわ。ママみたいな茶色い髪して、化粧けばけばして中学で子どもつくって……そう多恵ちゃんのおばさんに占いでいわれたんやから。ママのせいやで!」
 鼻水がずるずると出ている。
 ママ「ごめんな」といって。「もっと家にいるようにするわ」といって。お願いママ!!
「どうぞ、グレてください」
 ママは、わたしをまっすぐ見つめていった。
「あんたが不良になっても、あんたがそうしたいんやったらママはそれでもええねん。ママはあんたが不良になっても痛くもかゆくもないねん。そやけどな、誰が損すんの?
 あんたがいややったら、そうならへんかったらええんちゃうの? だいたい、誰かのせいでそうなると思ったら、これからあんたどうやって生きていくの? 全部自分で選んだことやねんから。もっと大人になったら、それ全部自分で責任とっていくんやで。あんな、ママは幸せやで。誰になにいわれてもな。だって自分で選んで生きているんやもん。だから明日死んでも悔いないわ。あんたな、幸せになりたいんやったら、誰かのせいにしたらあかん。誰かに頼んでもあかんねん。そういうもんやねん」
 いつの間にかママはわたしに近づいて、小さいころからやっていたように、ぎゅっとわたしを抱きしめていた。
 そして、涙でかぴかぴになった冷たいほっぺたに温かいほっぺたを押しつけた。
 ママの体温がじんわり移ってきて、わたしの乾いたほっぺたがもう一度濡れる。
 部屋に入ってから、ママが聞いた。
「さっきの占いのおばはんってなに?」
「学校の友達の多恵ちゃんのお母さん」
「そのおばはんが、不良になるとかっていったんか?」
「うん」
 ママはしばらく考えて、
「あほらし。そんなおばはん、地獄行きやで」と笑った。
「なんかな、そのおばちゃんのスカートは足首くらいまであって、だぼだぼの花柄でな、へんな感じやってん。ママとぜんぜん違うねん」
 わたしは、ママの太ももが見えるくらい短くてかっこいいスカートを見ながらようやく少し笑った。