──「幸せになりたいんやったら、誰かのせいにしたらあかん。誰かに頼んでもあかんねん。」 1/2 (「1章 わたし、小学生」より)

 

 放課後、帰ろうとしていたら、同じクラスの多恵ちゃんのお母さんが学校にやってきた。
 多恵ちゃんが「わたしのお母さんなあ、占いできるんやで、手相見れるんやで」といつも自慢していたので、みんなのリクエストで来てくれたのだ。
 多恵ちゃんに似て太めで、うちのママとはぜんぜん違う、だぼだぼした花柄の服を着ている。魔法使いみたいに細身で黒い服を着た人を想像していたら、八百屋みたいなエプロンまでしていた。
 多恵ちゃんのお母さんは子どもたちを集めて、大声でなにかしゃべっている。近寄ってみると、ゆきえちゃんも、えぐっちゃんも、みんな自分の手を出してはしゃいでいた。
「わたしも見て~、次はわたしや~」
 おばさんは「見た目がっかり」に反してすごい人気で、あっという間にクラスの大半の女子が集まってしまった。
「まあ、待って。順番やさかいな。ほな次あんた」
 とかいいながら、山田さんの手をとって真剣な顔で見つめている。あなたは結婚して子どもが三人になるよ、とか、あなたは学校の先生に向いているんじゃない、とかいって、そのたびにみんなは口をそろえて「きゃ~」とか「へ~そうなんや~」と叫ぶ。
 黙って見ていたわたしに、多恵ちゃんが声をかけた。
「あんたもこっちおいでよ、お母さんに見てもらっていいんやで」
「いらん」
 なんとなく気が乗らなくて断ったけど、なんでか多恵ちゃんはあきらめない。
「なんでやな、ほのみちゃんもやってもろたらええやん」
 今度はすごい力でわたしの手を引っ張った。みんないっせいにわたしを見る。
「面白いで。やってもらいーな」
 しぶしぶ手を出すと、
「なんや、しんきくさい子やな」
 ぶつぶついいながら、おばさんはわたしの手を取った。その瞬間、身体中にさぶイボが出た。おばさんの手はむにゅっとして湿っていて、なんだかとても気持ち悪い。
 それにへんな花柄の服からは揚げ物のにおいがする。
 おばさんは眉間にしわを寄せ「むっ」といったきり、しばらく黙った。
「あんた、すごい相出てるわ。おばちゃんいいにくいんやけど、正直にいうのがモットーやし、いうな。あんたの未来な、茶色い髪の毛してお化粧たくさんしてな、えらい派手になっていくわ。ほんでな、中学校卒業するくらいには子どもできてるようやわ」
 わっとまわりがどよめく。
「いや~、ほのみちゃん、そんなに早く子どもつくるん?」
「うわ~、人は見かけによらへんなあ」
 みんな口々に好きなことをいうなかで、多恵ちゃんのひときわよく通る声が響いた。
「それって、不良になってグレてしまうってことやろ? な? お母さん」
 わざわざ念を押すと、おばさんが「うん」とうなずいたものだから、まるで蜂の巣をつついたかのような騒ぎになった。
「そ、そんなことないわ」
 わたしの声は誰にも届かない。半笑いして突っ立っているしかなかった。

「中学校で子どもができる」という暗示はわたしにとってとてもどんよりしたものだった。
 重たい気持ちを引きずって、石を蹴りながら家に帰った。
 その日、途中まで一緒だった柳川さんは「あのおばさん、へんやし当たらへんよ」といってくれたけど、何度も思い出しては「そうかも」「そうかも」と、ぶくぶくと重たい気分は膨らんでいった。

「あ、しまった」
 鞄の底も、ポケットも、植木鉢の下も探してみたけど、やっぱりない。鍵を持たずに学校に行ってしまったのだ。玄関の前でわたしは焦って汗をかいて、しまいには呆然とした。
 ピンポンを押したって無駄なことはわかっている。
 三十分歩いてママの店に行こうと思ったけど、木曜は喫茶店はやっていない日だ。おねえちゃんは部活で遅いし、パパも毎晩十一時すぎにしか帰らないから、あと五時間以上は待たなきゃいけない。
 冬の曇り空は、足の先だけじゃなく心までしんしんと冷やしてくる。
 お腹も空いていたわたしは、なんとしても家に入りたくてあちこちを探し、ついにトイレの窓がわずかに開いているのを見つけた。
 トイレの窓は駐車場に面した家の左側にあり、背の順で前から六番目のわたしでもなんとかよじ上れそうだった。
 そこらにあったバケツを踏み台にして「よいしょっ」とトイレの窓に手をかける。そのままの勢いで窓を開け、頭からすべりこませた。
 そこまではよかったんだけど、身体を半分入れたら足を入れるスペースがないほど窓は小さかった。しかも、あっち側、つまりトイレの内側にもやっぱり高さがあった。
 上がるときにバケツが転がったので、足下はぶらぶらと宙に浮いたまま、前にも後ろにも行けない。
 寒い、寒い、寒い。サッシがお腹にあたって痛いし、トイレはくさいし、泥棒みたいな格好だし、どんどん惨めになってくる。
 どうしてママはいないの? どうしてうちはいつも誰もいなくて寒いの?
 そう思うとじわじわ涙が出てきて、トイレの床にぽたぽたと落ちていく。
「あんたそこでなにやってんの?」
 二十分くらいたったころ、後ろでママの声がした。