自宅マンションは、どの部屋にもクローゼットがあるにはあるが、この団地の押入れほどの奥行きはない。小さな納戸もあるが、季節の寝具や衣類や子供たちが厳選して置いていった思い出の品を入れておくだけで一杯だ。
お義母さん、うちのマンションの納戸は田舎の豪農の蔵とは違うんですからね。三畳しかないんですよ。それなのに、永遠に使わないであろう物を置いておくなんて、自分の主義にも反することなんです。
ということはやはり……いったん自宅に運んでから捨てたらどうだろう。
マンションにはエレベーターもあるし台車も持っているから、ここで捨てるのに比べたらたいした労力ではない。そのうえ、うちの区では可燃ゴミも不燃ゴミも無料で捨てられる。だから近隣の人々はみんなスーパーのレジ袋などに入れてゴミを出している。ここK市のゴミ袋は有料で、十枚入りが八百円もする。この分だと袋代だけで何万円も必要になりそうだ。
だからと言って……何でもかんでもマンションに運んだりしたら、ゴミ袋代は無料でも引越し代が高くつくのではないか。
もう一度椅子によじ登り、天袋の中を眺めてみた。さっき開けた箱はほんの一部だ。同じような箱が奥にずらりと並んでいる。
不思議でならなかった。使いもしないのに、姑はこれらの品を次々に買い込んだのだろうか。天袋に入れっぱなしだったくらいだから、買ったこと自体を忘れてしまっていたのではないか。以前に住んでいた戸建てから引越ししてくるときに、わざわざ運んできたのだろうか。
あのねえ、お義母さん、引越しをするときが物を処分する最大のチャンスなんですよ。そんな滅多にない最高の機会を逃すなんて、ほんとにもう、何を考えているんですかっ。
戦中戦後と物のない時代を生き抜いてきた年寄りが、そう簡単に物を捨てられないことは、今や若い人でも知っている。断捨離という言葉が流行るようになってから、あちこちで姑世代が槍玉に上がるようになった。
お義母さん、厳しいことを言うようですけどね。
チラリと天井の隅を上目遣いで見る。姑が怖い顔をしてこちらをじっと見つめている気がした。
えっと……あの、ですね、自分の育った時代がどうであろうとも、ですね、それに甘んじていいわけがないと私は思うわけですよ。だってね、年月は容赦なく流れてますでしょう。そのうえコンピューターが出現してからというもの、世の中が変わるスピードはどんどん加速してるんです。お義母さん、私はね、こう見えても実は、時代遅れのおばあさんにならないよう日々気をつけているんですよ。ガラケーからスマートフォンに買い替えたのだってそうですし、雑誌や新聞を読んでいて、わからないカタカナ語を目にすれば、すぐその場でググるようにしてるんですよ。
ふとそのとき、天井付近にいる姑が馬鹿にしたように笑った気がした。
お義母さん、いい加減にしてくださいね。ググるという言葉は方言じゃありませんよ。そうやっていつも私のこと田舎モンだと馬鹿にするんだから。自分だって田舎の出身のくせして本当に腹が立つ。
で、話を元に戻しますとね、知らないことを放っておかないで、すぐその場で検索する毎日を過ごしているとですね、知らず知らずのうちに知識が蓄積されていくものなんです。それをやるかやらないかで十年後、二十年後には大きな差が出ると私は思っていますよ、ええ。
まっ、私が力説したところで意味ないですけどね。だってお義母さんは嫁の言うことに耳を傾けたことなんて、ただの一度もありませんでしたものね。
「あーあ、片づけるこちらの身にもなってくださいよ」
誰もいない部屋で声に出していた。
押入れのほんの一部を調べただけで、既に嫌になっている。
奥の部屋には新聞やら雑誌やら段ボールなどがたくさん積まれていたはずだ。それを思い出しただけで、思わず吐息が漏れた。それらをどうやってゴミ置き場まで運ぶのか。
前もってインターネットでK市のゴミの出し方は調べておいた。それによると、この地区の資源ゴミ回収日は月に二回あるが、残念なことに水曜日なのだ。だから夫には手伝ってもらえそうにない。残業の多いサラリーマンに、会社を退けてから夜遅く東京を横断して、わざわざこの団地まで来て、重い紙類をゴミ置き場まで運んでもらうのは気が引ける。
最近の夫は、くたびれ果てた雑巾のような顔をしている。自分も働いているとはいうものの週四日のパートだし、十時から五時までで残業は滅多にないうえに仕事の内容も難しくない。五十代も半ばになった今、夫のように毎日朝九時から夜遅くまで働く中高年のサラリーマンを、望登子は掛け値無しに尊敬するようになっていた。体力的にも厳しい中でよく頑張っていると思う。
「エレベーターがないのが恨めしいです」
言っても詮無いことだが、それでもしつこく言いたくなって、誰もいない部屋でまたもや口に出してみた。小さくつぶやいたのではなく、はっきりと声に出して言った。天井付近にいる姑の霊に聞かせてやりたかった。
だって、自分一人が一度に運べる量などたかが知れている。階段をいったい何往復すればいいのか。
お義母さん、どうしてここまで物を溜め込んできたんですか?
少しずつ捨てておいてくれればよかったじゃないですか。
時間はたっぷりあったはずですよ。いきなり七十八歳になったわけじゃないでしょう。六十代のときなら体力も握力もあったはずですよ。通販のダイレクトメールにしたって未開封の物ばかりじゃないですか。あれだって、いちいちビニール袋を剥がして、プラスチックゴミと紙類の資源回収に分けなきゃならないんですよ。届いたその日に分別すればたいした労力じゃないのに、これほど山積みになっていると……それも、その山が何個もあって……ああもう嫌になりますっ。
ねえ、お義母さん、こうなることは前々から予想がついていたでしょう。
いつだったか、私はお義母さんに言いましたよね。
――新聞を取るのはやめた方がいいんじゃないですか? 通販雑誌のダイレクトメールも断った方がいいですよ。私が電話してあげましょうか?
私はいまだに忘れられません。そのときのお義母さんの顔つきを。
――望登子さん、あんた、もしかして、私が死んだあとの段取りを考えてるの?
まさしく嫁の正体見たりと言いたげな鋭い目つきでしたよね。
――お義母さん、まさか、それは誤解ですよ。床に物が置いてあったら躓いて転ぶことだってあるでしょう? だから私はお義母さんのためを思って……。
慌てて言い訳するのを、お義母さんは不信感全開のような表情で見ていましたよね。そして、それからふっと真顔に戻っておっしゃいました。
――断れないんだよ。だって新聞販売所は松井さんの息子さんがやってんだし、この不景気の中、契約件数が減ったらかわいそうじゃないのぉ。
打って変わって甘えたような声を出し、上目遣いでこちらをチラリと見たものだ。猫の目のように表情がくるくる変わる人だった。
――ダスキンだって断れないよぉ。ユリちゃんのご主人がやってるんだしぃ。
これが姑ではなく、実家の母だったならば、きっとはっきり言っただろう。
――遺される者の身にもなってよ。
いや、母に言う必要などなかった。姑とは違い、遺族の負担をきちんと考えられる人だった。
母が亡くなったときは、机の上に指輪がぽつんとひとつ遺されていただけだった。常に凜としていて、自身を律してきた生涯だった。そんな母を娘として誇らしく思う。
それに比べて、姑ときたら……。
たかが小型の3K、たかが五十平米……自分たち夫婦のマンションに比べたら四割がた狭いんだから、片づけるのなんて、それほど大変じゃないと思っていた。
だが甘かった。部屋は狭くても、物は自分たちの何倍もある。
パートが休みの日だけここに通うとなると、半年くらいかかるのではないか。家賃八万円を今後半年も払い続けるなんて冗談じゃない。
腹の底からジリジリした何かが湧き出てくる。
小説
姑の遺品整理は、迷惑です
あらすじ
郊外の団地で一人暮らしをしていた姑が、突然亡くなった。嫁の望登子は業者に頼むと高くつくからと自力で遺品整理を始める。だが、「安物買いの銭失い」の姑を甘く見ていた。至る所にぎっしり詰め込まれた物、物、物。あまりの多さに愕然とし、夫を駆り出すもまるで役に立たない。無駄を溜め込む癖を恨めしく思う望登子だが、徐々に姑の知らなかった顔が見えてきて……。誰もが直面する”人生の後始末”をユーモラスに描く長編小説。
姑の遺品整理は、迷惑です(5/6)
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