熟年離婚、住宅問題、老後の資金……誰もが直面する身近なテーマを題材に次々と話題作を上梓する作家・垣谷美雨さん。そんな著者が今回描くのはズバリ“遺品整理”。
郊外の団地で一人暮らしをしていた姑が亡くなり、嫁の望登子は業者に頼むと高くつくからと自力で遺品整理を始めます。たかが3Kと甘く見ていたのですが、根っからの“安物買いの銭失い”だった姑の古くて大きな家電製品、至るところに詰め込まれた大量の日用品の数々に愕然……。夫を駆り出すも、思い出に浸ってまるで役に立ちません。さらに、次々と新たな問題が噴出して!?
うちはまだまだ先よと思わずに読んでほしい、面白くて役に立つ“実家じまい”応援小説! 待望の文庫化を記念して垣谷美雨さんからのメッセージをお届けします。
この小説は、実際に私が姑の家の遺品整理をした経験から着想を得ました。姑はきれい好きで、いつ訪ねても埃一つないほど清潔な住まいでした。
主のいなくなった家に入り、タンスや押し入れをそっと開けると、几帳面な性格だっただけあって、整然とモノが収納されていました。言い換えると、隙間なく大量に詰め込まれていたのです。世間の例に漏れず、もったいなくてモノが捨てられない昭和一桁世代でした。
多忙なサラリーマンの夫に代わり、時間の融通が利く物書きの私が片づけに通った方がいいと判断しました。自分で言うのもナンですが、綿密なスケジュールに沿って片っ端からやっつけていく、というような仕事が実は大得意です。その集中力たるや感嘆に値するほどで(自画自賛)、「その集中力を少しは仕事で使ったらどうなのよ」と、自分で突っ込みを入れたくなるほどです。
あ、脱線してしまいました。
親亡きあとに、もっと話をすればよかったと後悔する人が多いと聞きます。そうはいっても、生前はなかなか話ができないものです。多忙だけが問題ではなく、改まって話をするなんて何を今さらと、照れが邪魔することもあるでしょう。何でも素直に言い合える親子関係はステキですが、そのためには、親子といえども生まれもった相性の良さが必要ですし、幼い頃から築いてきた親との良好な関係がないと、中高年になってから挽回するのは相当な努力が必要ではないかと思われます。
それ以前に、相手を傷つけない話し方や踏み込むべきでない境界線などがわかっている「親子ともにデキた人間」でないと、関係がこじれることもあります。考えるほどにハードルが高く、溜め息が出てしまいます。
親と多くを語り合えなかったとしても、遺品は饒舌です。生い立ちから最近の趣味や子供に対する想いまで、モノは多くを語ります。
その一方で、友人が自慢げに語ったことがあります。
──うちの母は机にポツンと指輪1つだけ残して逝ったの。始末の上手な聡明な女性だったわ。
確かに大量の遺品を整理するのは骨が折れるのですが、それでも指輪1つだけというのは、いくらなんでも寂しすぎるのではないか。迷惑をかけたくないという心意気には感服しますが、多少は許されるのではないか、私なら迷惑をかけてほしい。そんな思いを巡らせているうちに、そんな両極端の母親の話を書いてみようと思い立ちました。
あなたなら何を遺しますか?