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「わー! かわいい! ハートとか貝殻とか、超インスタ映えするじゃん」
 ギャルが、ショーケース越しにスマートフォンで撮影を始めた。
「そんなことしてないで、さっさと買えよ」
 ホスト風の男が、面倒くさそうに言った。
「うるさいな〜。 ちょっと待ってよ!」
 ギャルが、キレ気味に言った。
「お前のちょっとはいつも長いんだよ!」
 ホスト風の男もイラついていた
「ご自宅用ですか? プレゼント用ですか?」
 譲二は、ホスト風の男に声をかけた。痴話喧嘩に発展しないうちに、適当にチョイスして早く追い返したかった。店内で言い争いなどやられるとほかの客の迷惑になるし、なにより直美がキレて暴れ出すと大変なことになる。幸いなことに直美はミクを相手にしながらガナッシュを箱詰めしており、カップルの言い争いには気づいていない。
「おい、由美、ちょっと!」
 振り返ったホスト風の男が譲二の顔を見て噴き出し、ギャルに手招きした。
 譲二は、胸騒ぎがした。
「なによ!?」
「ほら、こいつを見ろよ……」
 ホスト風の男が、譲二の頭を指差し笑った。
 胸騒ぎが、現実となりつつあった。 
「え……嘘! なに、変な頭!」
 ギャルも、譲二の頭を指差し笑った。
 屈辱に、膝が震えた。譲二は拳を握り締め、歯を食い縛り、怒りを抑えた。

「お姉ちゃん、アイスコーヒーとミルフィーユをくれ!」
 直美は歌舞伎町の純喫茶のテーブルに座るなり、ウエイトレスに大声で注文した。
「少々お待ちください」
 ウエイトレスは言うと、先客の注文を取りに向かった。
 直美が席を立った。
「どこに行くんですか?」
 少年の問いには答えず、直美はウエイトレスのもとに大股で歩み寄った。
 次の瞬間、少年は眼を疑った。
 店内にウエイトレスの悲鳴が響き渡った。
 直美が右腕をウエイトレスの腰に回し、軽々と抱え上げると戻ってきた。
 ウエイトレスを横取りされた先客の中年男性が直美を見て、慌てて眼を逸らした。
 無理もない。ライオンに獲物を奪われて取り返そうとする動物はいない。
 ほかのスタッフを含め、飛び火を恐れているのか誰も直美に注意しようとする者はいなかった。
「な、なにをするんですか!」
 床に下ろされたウエイトレスが、顔を真っ赤にして猛抗議した。
「アイスコーヒーとミルフィーユをくれ」
 直美が、何事もなかったように注文した。
「先客の方の注文が……」
「ぼ、僕は次でいいですから……」
 ウエイトレスを遮るように、先客の中年男性が言った。
「ほら、いいって言ってるじゃねえか? お前も注文しろ」
 直美がウエイトレスから少年に視線を移した。
「俺はアイスカフェラテをお願いします」
「お前、なに女の子みたいな飲み物を注文してるんだよ!」
 少年が注文を告げると、直美が大声で茶化してきた。
「直さんのミルフィーユのほうが……女の子みたいですよ」
 少年は言った端から後悔した。絶対に殴られる……肚を決め、歯を食い縛った。
「そりゃそうだ!」
 予想に反して、殴るどころか直美は大笑いした。傍若無人だが、妙に素直なところがある。
 ウエイトレスが、不満げな顔で直美を睨みつけていた。
「なんだ? お姉ちゃん、俺に抱かれたいのか?」
 直美が言うと、ウエイトレスが逃げるようにテーブルを離れた。
「あの……直さんは、街の安全を守るためにパトロールしてるんですよね?」
 恐る恐る、少年は訊ねた。
「ああ、そうだ。ついさっき、汚職マル暴をゲロ塗れにしたの見ただろうが?」
 直美がホットコーヒー用のスティックシュガーを口に入れながら言った。
「な、なにしてるんですか?」
「ミルフィーユがくるまでの繋ぎだ」
 直美は言うと、二本、三本、四本、五本とスティックシュガーを流し込んだ。
「見ているだけで胸やけしそうです……あ、話を戻しますが、直さんのやってることって、街の人達に迷惑をかけてませんか?」
 少年は、率直な疑問を口にした。
「俺がどんな迷惑をかけたっつーんだよ?」
 六本目のスティックシュガーを流し込みながら、直美が訊ね返してきた。
「どんな迷惑って……ほかのお客さんの注文を取っているウエイトレスをさらうことですよ」
 少年は呆れた口調で言った。
「俺は一秒でも早くミルフィーユを食いたかった。それだけだ」
 当然といった口調で、直美が十本目のスティックシュガーを流し込んだ。
「それは、あのお客さんだって同じ……っていうか、そうじゃなくても、あんなことするのは店にもお客さんにも大迷惑ですよ」
「あの禿ちらかったダサいスーツの客が、僕は次でいいですからって言ってたの、お前も聞いてただろうが?」
「聞こえますよ」
 少年は声を潜め、人差し指を唇に立てた。
「聞こえてもいいじゃねえか、本当のことなんだからよ」
 開き直っているのならまだわかるが、直美の場合至って真剣なのが信じられなかった。
「あなたって人は……」
 少年は、呆れ果てた顔で直美をみつめた。
 出会ってまだ数時間だが、直美が傍若無人な男だということは嫌というほどわかった。こんなに破茶滅茶な言動の男は、少年漫画の世界でしか見たことがない。
 普通なら一刻も早く逃げ出したくなるものだが、不思議と少年にその気はなかった。直美は猛獣のように凶暴な男だが、極悪人という感じはしなかった。どこか憎めない、人を惹きつけるところがあった。
 歌舞伎町を二時間くらいパトロールしている間に、ほかのヤクザは直美を見かけると俯くかこそこそと隠れていたが、水商売風の女性や年寄りは嬉しそうに寄ってきた。恐らく、いろいろと直美に助けて貰っているのだろう。強きをくじき弱きを助ける……だから、弱者の自分に目をかけているのか? 少年は複雑な気持ちになった。被食者から捕食者になるためにヤクザ世界に飛び込んだというのに、いまのままでは捕食者の威を借る被食者だ。
「眼の前に生肉が落ちてたらライオンやトラは食うだろう? だからって、ライオンやトラは捕まるか?」
 直美が周囲に首を巡らせつつ、屁理屈をこねた。
「動物は捕まりませんが、俺ら人間には法律があります」
「その法律を作ったのは俺じゃなく、ほかの人間だ。だから俺は法律には従わず、ライオンやトラのように大自然の法則に従う。食べたいときに食べ、寝たいときに寝て、ヤリたいときにヤル」
 言いながら腰を浮かせた直美が、隣のキャバクラ嬢と思しき女性客のテーブルからモンブランを皿ごと奪い一口で食べた。
「な、直さん……」
 少年は絶句した。
「ちょっと、人のケーキを……」
「ごちそうさん! 釣りはいらねえよ」
 直美は財布から抜き取った一万円札を女性客のテーブルに置き、あっけらかんとした口調で言った。
「まあ、いいわ。また、頼むから」
 女性客の眉間に刻まれた皺が消え、口角が吊り上がった。
「人のケーキを勝手に食べるなんて、直さんっ、正気ですか!?」
 唇に付着した生クリームを舌先で舐め取る直美を、少年は諫めた。
「ミルフィーユが遅いから待ちきれなくて食った。十倍以上の値段を払ってるから、文句はねえだろうよ」
 悪びれたふうもなく、直美が言った。
「そういう問題じゃ……」
「瀬里奈! 大変!」
 店内に駆け込んできた茶髪で派手なドレスを着た女性が、ケーキを奪われた女性客のテーブルに走ってきた。
「彩、そんなに慌ててどうしたのよ?」
「尚也が、ウチの店の前で半グレにボコられてるよ!」
「弟が!?」
 女性客──瀬里奈が蒼白な顔で叫んだ。
「うん……『東京倶楽部』の連中だと思う。この前、店の中で暴れていた何人かを尚也が出禁にしたから、逆恨みじゃないかな……」
 震える声で、彩が言った。
「どこの店だ?」
 運ばれてきたミルフィーユのフィルムについた生クリームを舌先で舐めながら、直美が訊ねた。
「は? あなた誰ですか?」
 彩が怪訝な顔で訊ねた。
「お前ら、歌舞伎町に移ってきて日が浅いだろう?」
 直美が立ち上がりつつ言った。
「私も瀬里奈も、一昨日まで六本木のキャバ嬢だったから……」
 怖々と、彩が答えた。
「だろうな。歌舞伎町に一週間いる者で、俺を知らない奴はいねえからな。で、お前らどこの店だ?」
「『エスペランサ』よ」
 瀬里奈が言った。
「行くぞ」
 直美が立ち上がり、少年に命じた。
「え……どこにですか?」
「『エスペランサ』に決まってるだろ」
「『エスペランサ』に行って、なにをする気ですか?」
 少年は胸騒ぎに襲われた。
「仕事だ。とにかく、ついてこい。あ、そうそう」
 出入り口に向かっていた直美が、なにかを思い出したように足を止め瀬里奈を振り返った。  
「入れパイ巨乳のネエちゃん、さっきの一万円の釣りの中から俺らの会計を払っておけ」
「はぁ!? あれは私にくれたんじゃないの!? それに、これは入れパイじゃなくて天然だし!」
 瀬里奈が両手で豊満な乳房を持ち上げ、直美を睨みつけた。
「報酬はお茶代で勘弁してやるって言ってんだよ!」
「報酬ってなによ!?」
 瀬里奈の質問に答えず、直美が店を飛び出した。
「待ってください!」
 少年も、直美のあとを追った。