画面には、動画の検索結果が表示されていた。『水口里紗子』という検索ワードが打ち込まれている。
 そのトップに表示された動画の名前に、目が留まった。
『欅台高校 水口里紗子 監禁動画(1)』
「何だこれ」
 スマートフォンを取り上げ、動画サイトのリンクをタップする。画面に現れたのは、暗い部屋の中を映した動画だった。長さは一分程度のようだ。
 動画が、自動で再生され始めた。何が映っているのか、最初はよく分からなかった。
 薄暗い部屋の中で、わずかに光が当たっている部分がある。撮影に使用しているスマートフォンかビデオカメラのライトのようだった。
 その小さな光の輪の中に、人の顔のようなものが見えた。直後、カメラが近づいて、顔の横に垂れ下がった長い髪が映し出される。
 哀願するようにこちらを見つめている二つの目。
 すっと通った鼻筋。
 見覚えのあるパーツが次々と目に飛び込んできて、思わず息を呑んだ。
 女性の口元はよく見えない。しばらく経ってから、黒い布が巻かれているのだと気づいた。
 撮影者が一歩遠ざかり、うずくまっている人影の全身が映った。
 水口里紗子は、床にぺたりと座り込んでいた。花柄のワンピースはめくれあがっていて、普段から見せびらかしている自慢の脚が灰色のカーペットに投げ出されている。水口の手首と足首は、それぞれ結束バンドのようなもので括られていた。
 よく見ると、彼女の胴体にも縄が何重にも巻かれていた。あたりが暗いためよく見えないが、どうやら大きなダイニングテーブルのようなものが背後に据えられていて、水口里紗子の身体はその脚に固定されているようだった。すぐそばには古びた本棚が置かれている。
 家具の配置や光の反射具合からして、だいぶ狭い部屋のようだ。どこかのマンションかアパートの一室、といったところだろうか。
『欅台高校、三年八組担任、水口里紗子を預かった』
 突然アナウンスのような音声が流れ始め、黒川は驚いてスピーカーの音量を下げた。ボイスチェンジャーでも通しているのか、妙に低くて聞き取りづらい声だ。
『現在の時刻は、三月四日、月曜日、午前十時。今からちょうど七十二時間後に水口里紗子を始末する』
 不穏なアナウンスが続いた。相変わらず画面の中央に映し出されている水口は、身体をよじって抵抗しているようだった。恨みがましい目でこちらを見つめては、口元にきつく巻かれた黒い布の奥から声にならない声を発している。
 動画の再生が終了した。
「これ、普通に動画サイトに載ってるのか」
「は、はい。学校の情報まとめサイトに誰かがリンクを投稿して、それで広まったみたいです」
 ホーム画面に戻り、現在の時刻を確認する。十二時二十一分と表示されていた。ということは、この監禁動画が動画サイトに公開されてから二時間半近くが経過していることになる。昼休みに入り、下級生の一部がスマートフォンをこっそり使い始めたタイミングで発見されたのだろう。
 一年生男子にスマートフォンを返し、今度は自分のものをポケットから取り出した。
 セキュリティロックを解除してすぐ、メッセージアプリのアイコンに十数件の未読マークがついていることに気づく。
 アプリを開き、メッセージの内容を確認する。案の定、新規のメッセージはすべて、三年一組全員が入っているグループからのものだった。無駄な情報は目に入れまいと、クラスのグループの通知は普段からオフにしているから、こうやって自発的にアプリを開かないと気がつかないようになっている。
 グループのトーク画面には、『里紗子ちゃん、大ピンチ!』という危機感のない文章とともに、動画サイトのリンクが掲載されていた。教室で打ち上げの企画をしていたうちの一人が投稿したようだ。それを見たクラスメートたちが、『え、これまじ?』『映ってんの本人?』と驚いた様子で次々と書き込んでいる。
「七十二時間後に始末するって、どういうこと? 里紗子ちゃん、三日後に殺されちゃうの?」
 近くで、涙交じりの声が聞こえた。見ると、監禁動画を見て感情が昂ってしまったのか、スマートフォンを握りしめたまま取り乱している一年生の女子生徒がいた。
「三日後って、木曜日?」
「うん、三月七日」
「ちょうど七十二時間後ってことは……木曜の朝十時?」
「すぐじゃん」
「犯人、何考えてるんだろ」
 そんなやりとりが耳に入ってきて、ふと気がついた。
 三月七日は、三年生の最終登校日。
 そして午前十時は、卒業式の開始予定時刻だ。
 ――偶然か? それとも。
 もう一度動画サイトを開こうとスマートフォンを操作したとき、廊下の向こうから聞き覚えのある大声が響いてきた。
「おおい、うるせえぞ、静かにしろ! 教室に入れ!」
 現れたのは、体育教師の野上厚だった。背は黒川よりもだいぶ低いが、声だけは大きい。廊下で騒いでいた一年生たちが一斉にスマートフォンをポケットにしまい始めた。蜘蛛の子を散らすように駆け回り、教室へと吸い込まれていく。
「おいお前! 今スマホ持ってたよな。こっちへ来い。お前もだよ! 出せ、没収するから。今ポケットに入れただろ」
 野上に見つかると面倒なことになりそうだった。生徒に校則を守らせることを生きがいにしている野上の前では、例外や弁解など通用しない。片手に竹刀こそ携えていないが、常に上下ジャージ姿の野上は、昔の漫画やドラマに出てくる気性の荒い体育教師そのものだった。
 黒川はそっとその場を離れ、近くの階段を駆け上った。