noteとTALESが主催する創作大賞2025で双葉社文芸出版部賞・恋愛小説部門を受賞し、大きな注目を集めた粟森ヤスさん。デビュー作『パーティーはいつか終わる』が、ついに待望の書籍化を果たします。

「20代のうちに」と挑んだ壮絶な改稿の日々と、著者を救った宮沢賢治の言葉。そして「お寺の跡継ぎ娘×覆面DJ」という異色の組み合わせが生まれた、まさかの実体験エピソードまで。

 タイトルに込められた想いから、創作スタイルまでたっぷりとお話を伺いました。

 

 

『パーティーはいつか終わる』というタイトルは、僕なりの「諸行無常」の現代語訳

 

──受賞から約一年が経ち、いよいよ書籍化となります。今のお気持ちはいかがですか?

 

粟森ヤス(以下=粟森):やっとみなさんに読んでもらえる、の一言に尽きます(笑)。というのも、26歳の時に原型を書き上げて、それが創作大賞2025年で賞をいただいてから今回の出版に至るまでの約1年間、本当に何度も改稿をしたんです。もうこれ以上はない、と一旦は納得しても、時間が経つにつれディテールが気になり出し、書き直すたびに最新のものが最善に思えて「いやこれ30歳になっても書き続けてるのでは?」と途方に暮れかけていたとき、ずっと前にスマホのメモ帳になぜかメモしていた「永久の未完成これ完成である」という宮沢賢治の名言を偶然見返すことがあって。そこでようやくはっとしましたね。時間をかけて傑作を書き上げるより、今の実力でちゃんと最後まで書き終えることに意味があるんだと思い直し、そこからは等身大で書くように心がけてから筆も少し速くなったような気がします。なんとかこうして20代でデビュー作を発表できて、今はとにかく「間に合った」という感覚ですね。

             

——読む前と読んだ後で印象が変わるタイトルだと思います。このタイトルに込められた想いを教えていただけますか?

 

粟森:この『パーティーはいつか終わる』というタイトルは、私なりの「諸行無常」の現代語訳なんです。母が亡くなってすぐの頃は、「もう一生母に会うことはできない」という事実に大きな喪失感を抱いていたんですけど、時間が経つにつれ段々と受け止め方が変わっていったというか。母に限らず、そもそも永遠に続くものなんてこの世にはないんだよなと、達観と言えば大げさですけど、すべての物は移ろい行くという事実をどこか肯定的に捉えられるようになっていったんです。「永遠に続くものはない」からこそ、むしろそれが推進力となって、何事にも囚われずありのままの人生を歩むことができる。そういう軽やかさを読後に感じていただけたなら本望です。

             

——「お寺の跡継ぎ問題に悩む女性と覆面DJとして活動する男性の恋愛」というお話は、どこから着想を得たのでしょうか?

 

粟森:小説を書くなら、人生に悩みを抱える主人公の「解放」と「成長」を描きたいと思いました。そこでまず、人生における大きな悩みって何があるんだろう、と考えたときに「家族」は一つの大きなテーマだと思いまして。そして単なる気持ちの行き違いだけではなく、そこに家業という具体的な悩みが乗っかると、より物語性が増すのではないかと考え、真っ先に「お寺」が思い浮かびました。というのも、母方の親戚に住職が多く、中でも私のはとこ(母のいとこの子供)がまさに寺の跡継ぎ娘だったんです。なので、家族構成などは勝手に参考にさせてもらいましたね。

 

 覆面DJについても実は実体験でして。2年くらい前に、家の近くの大通りに突然クラブが出来たんですけど、チェーンの居酒屋や学習塾が建ち並ぶ中でその店だけ明らかに浮いていて、どんな店なんだろう、と気になりつつも足を踏み入れる勇気なんてなく。そんなある日、美容院で髪を切ってもらっていたら、担当の美容師さんが私と同じ中学校出身でさらには一つ下の学年であることが分かったんです。共通の話題で会話が弾み、いつのまにか軽い恋バナ的な展開になり、向こうが彼氏の名前を言うと、それがたまたま中学の部活の後輩だったので「大人しい子だったよな」と思い出しながら話を聞いていたら、まさかのその彼氏が例のクラブでDJをやっていると聞かされて、思わず変な声が出ました(笑)。驚きつつ、「これはいいネタを得たぞ」とワクワクもしながら、頭の中で勝手に物語を膨らませていました。そういう感じで、ニュースや新聞といった外の情報よりも、身の回りのマテリアルを組み合わせて物語を作っていく方が性に合っているんだと思います。

 

 ちなみに余談ですけど、この「お寺×DJ」という組み合わせを思い付いた後で、そういえば別のはとこにDJがいて、彼も寺と縁がある家系だったことを思い出しました。書いている時はまったく意識していなかったんですけど、もしかしたら頭のどこかで寺とDJが繋がるようにできていたのかもしれません。

 

 

一穂ミチさん、金原ひとみさん、山内マリコさんには大きな影響を受けました

 

——突飛な設定・展開でありながらも、登場人物の人間性や描かれる物語は極めて現実的であるように感じました。このバランスは意識されましたか?

 

粟森:そのあたりはすごく意識しました。よく「事実は小説よりも奇なり」といいますが、私はこの言葉に納得させられることが割とあって、先ほどの実体験の話もそうですけど、現実の面白さからネタを得ることが多いんです。ただ、そういう面白さはあくまで現実の中で起きるからこそ面白いものだと思うので、物語を書く上では「必然性」を意識して、各々の人間性や感情の部分のリアリティを追求しました。

             

——登場人物たちがお酒を酌み交わすことで打ち解けてゆき、かけがえのない関係性を構築していく様は印象的でした。お酒への愛を強く感じる描写が多くありましたが、お好きなんですね?

 

粟森:お見込みのとおり、好きですね。年齢を重ねるにつれ味覚が衰えているのか、今では何でも飲めるようになってきて、それも良くないと思ってます(笑)。中でもビールが一番好きなんですけど、今回の小説を書いているうちに日本酒にもハマりまして。旅先で高級な日本酒を飲み比べしてみたり、小説の取材として酒蔵見学ツアーに行ってみたりもしました。執筆が山場を迎えていたときは親知らずを抜歯して強制的に断酒期間を設けたのも良い思い出です。

             

——小説を書くにあたって、影響を受けた作家さんはいらっしゃいますか?

 

粟森:女性作家さんの作品が好みで、純文学・大衆文学問わず色々読みました。拙作の主人公が40代の女性なのも、これまで読んできた作品の多くがそうであったことが関係していると思います。女性作家さんでも特に、一穂ミチさん、金原ひとみさん、山内マリコさんには大きな影響を受けました。失礼かもしれませんけど、「人間の性根の悪さ」みたいなものを巧みに描写されているところが本当にすごいな、と思います。ただ、正直小説よりも漫画で育ってきた身としては、創作という点で最も影響を受けたのは漫画家の浅野いにおさんです。作品はもちろん、浅野さんが過去におっしゃっていた「漫画に必要なのは同時代性と普遍性である」という旨のお言葉に感銘を受けまして。漫画に限らず、エンタメそのものの本質を言い表していると感じ、小説と向き合っているときはその言葉を意識しながら執筆していました。

             

——noteに投稿された原稿から書籍化するにあたっての改稿で、文字数は約2倍になりました。note版と書籍版では何が変わりましたか?

 

粟森:あえて悪し様に言えば、note版はどちらかというと「展開がわざとらしい」というか、受賞を目標に書いたものなので、いかに奇抜な展開で読者を引きつけるか、みたいなことに注力していたんですけど、書籍版ではそういったエピソードの強度は残しつつ、その前後のバランスを微調整することを念頭に置いて改稿しました。これもまた漫画の話になるのですが、漫画編集者の佐渡島庸平さんがおっしゃっていた「創作とはひらめきの仕事ではなく、人の感情の波を設計する仕事である」という旨の言葉がすごく印象に残っていて。読み手のリズムを常に意識しながら、見せたいシーンやセリフが最も効果的に響くタイミングを前後の文章で作り上げていった感覚ですね。必然的に文字数も増えました。

             

——[Alexandros]の川上洋平さんから、素敵な帯コメントをいただけましたね。
(粟森さんは、余命わずかなお母さまへの孝行のため、ご自身とお母さまがファンだった[Alexandros]の川上さんへ連絡したのち、川上さんの温かい計らいで直接ご挨拶する夢が叶った、という過去があり、その出来事がきっかけでエッセイ・小説を書き始めました)

 

粟森:川上洋平さんとのご縁をきっかけに文章を書いた身としては、もうほんとうに、感無量という他ないです。こればかりは母に見せられないので、母の分までしっかり受け止めたいですね。

 

 受賞から出版、そして今回の帯コメントに至るまで、ずっと母の幸運を使わせてもらっているというか。きっと向こうでたくさん(やり過ぎてるくらい)徳を積んでくれてるんだろうなぁ、と思ってます。これからもそこから見ていて欲しいですね。

 

 ちなみに[Alexandros]は本当にラブソングが少ないので、洋平さんから「ラブソングが不得意な私も、少し報われました」という言葉を引き出せたのはこの上ない光栄です。

             

——これから作品を読む読者の方へ、ぜひメッセージをお願いします。

 

粟森:納得のいく人生よりも傷付かない人生を選びがちな時代の中で、拙作の主人公である潮田もまさにそんな人間の一人です。自分はこういう人間だから、柄じゃないから、という風に決めつけて、時には自分を守り、時には何かを取りこぼして生きてきました。そういう人間でも、関わる人間によって考え方や生き方が大きく変わり得る。そもそも自分らしさなんて、その時々の人間関係によって割と簡単に変わってしまうものですからね。予期せぬ出会いによって変化していく彼女の人生を、ぜひ拙作で見届けていただけたら嬉しいです。