第三章 銃声(承前)
おてんば、という言葉はもう死語だが、誓は育ての父、桜庭功からよく「このおてんばが」とゲンコツを食らった。それでも父のことは大好きだった。小五の学校公開のときに「誓ちゃんのところはおじいちゃんが来たの?」と言われ、父親を生理的に受け付けなくなっていった。小六のときにスカート捲りをしてきた男児にゲンコツを食らわせて泣かせ、母親が学校に呼び出された。その夜、父の和室の仕事部屋に正座させられた。暴力はダメやと散々説教されたが、あの部屋は暴力を生業とする人々の資料や写真が山積みになっていた。父は暴力団を摘発する一方で、その伝統や任侠という考え方を肯定していたように見える。だからこそ、ヤクザの赤ん坊を引き取り育てることに抵抗がなかったのだろう。
「どうすんのや、誓」
ちゃぶ台に、誰かの血まみれの左腕が転がっている。それを挟んで向かい合う父が、誓を責め立てる。
「お前のせいやで」
わかってる。
「お前のせいでこうなった」
知らなかったの。
「どうするんや、誓」
ベッドの上で目が覚めた。那覇市内のホテルの部屋とすぐに思い出せないほど、夢はリアルだった。ダブルベッドの脇のデジタル時計は七時を指している。遮光カーテンの向こうは薄暗い。カーテンを開けてみる。目の前は雑居ビルの窓で、南国の楽園に来た気がしない。空調が効いていて沖縄特有の湿気も感じなかった。
誓は歯を磨き、テレビをつけた。朝はいつも日本テレビの情報番組を見るのだが、どこを回してもやっていなかった。
口をゆすいで冷蔵庫からペットボトルの水を飲み、今仲に電話をした。今仲は大阪府警に戻り、海上保安庁と連携しながら、クルーザーの現在地を監視している。
「いま向島たちは?」
「紀伊半島沖や。この感じやと、今日の昼にも土佐清水港に到着する」
ここで燃料や食料を補給するらしい。
「今仲さんは、いつ沖縄に来るの」
「僕は行けんのや。明日にも異動で阿倍野署に詰めなきゃならん」
そっか、とベッドに飛び込み、布団に埋もれる。今仲のにおいが急に恋しくなった。
「捜査ついでに今仲さんと沖縄のビーチでいちゃつきたかったのになー」
今仲は電話のむこうで吹いたようだ。
「指輪、つけとる?」
「ははは、マル暴捜査中に?」
誓はなにもつけていない左手をかざしてみる。
「せやで。肌身離さず持っといてや」
誓は電話を切った。外は曇ってはいるが、沖縄は紫外線が強そうだ。下地のUVクリーム、プライマーをしっかり塗ってリキッドファンデーションを延ばし、眉を描いた。息を止めてアイラインを引いているとき、夢に出てきた左腕を生々しく思い出した。
自分は沖縄にまで来て、どうしたいのだろう。向島を逮捕したい? 自分のために腕まで落とした実父を?
育ての父、桜庭功の厳しい表情が浮かんだ。
誓が同級生にゲンコツして両親から怒られた日、誓は父の仕事部屋を見回してこう言い返した。
「お父さんだって暴力団好きやん。なんで私のゲンコツはあかんの」
「確かにこの人らにいいところもあんで。でもな、一度抗争になると取り返しのつかないことをしてまうんや。間違えて殺す、勘違いして殺す、相手の真意を読み切れず殺す。それが絶対にあかんのや。ええか、暴力は一度ふるったら、取り返しがつかん」
ヤクザに誰も殺させない、ただそれだけのことだ。結局これまでも向島に出し抜かれてばかりで、彼を止められなかった。今度こそ、彼が振り上げるこぶしを止めなくてはならない。
パンツスーツに足を入れて、ブラウスのボタンを留めた。ジャケットは羽織らず、朝食ビュッフェの券を持って一階へ下りた。フロント前の玄関口にはタクシー待ちの家族連れやカップルがいて、ホテルの中庭のプールには浮き輪を持った子供たちが雨の中、走り回っていた。見るからに寒そうで、バスタオルを巻いた母親が残念そうに空を見上げている。フロント脇にホワイトボードが出ていて、台風の接近を告げていた。上陸はしないようだが、沖縄はこの先しばらく雨続きらしい。
誓はショップ脇の通路を通り、ロビーのレストランに入った。藪はベージュに渋い朱色の花柄模様が入ったワンピース姿だった。朝食を食べながら、しきりにノートを捲ったり書き込んだりしている。
「おはようございます」
「げ、誓。なにその恰好」
「仕事着ですが」
「そこにショップがあるだろ。ワンピース買ってこい。沖縄でそれは目立ちすぎる」
「県警本部だと藪さんの恰好こそ悪目立ちしますよ」
真っ赤な口紅と軽やかなショートカットに、南国のワンピースはよく似合っていた。藪のノートを覗き込む。後冨底にタウチー好きと書いていた。
「タウチーをやっているのは古謝ですよ」
「後冨底経っていうのは第何次抗争のときのヤクザだっけ?」
「彼は抗争してません。米軍を薬漬けにして銃器を横流しさせていた疑惑があるやつ」
「そうだった。現会長の島袋会長が若いころ日本刀で斬り殺したのは誰だっけ?」
藪はペンを投げ出し、ショートヘアをかき回した。
「くそー。ヤクザの組織図なんか昔なら一度聞けばすぐ覚えられたのに」
誓はビュッフェの列に並び、ミニオムレツとポテト、クロワッサンだけ取って、席に戻る。スーツ姿の夏美がテーブルに加わっていた。迎えに来たらしい。
「桃原さんも一緒に朝食どうですか。ビュッフェ四千円しますけど」
夏美は太い眉毛を上げて、ウェイターが取りに来たオーダーを断った。
「警視庁は予算が潤沢にあっていいですね」
「前払い経費なんかおりるわけないじゃん」
乗鞍は沖縄出張に大反対だった。大阪府警に任せろと言ってきかなかったが、吉竹組の沖縄ヤクザとの関係をマークしていたのは誓だけだ。マル暴刑事としての直感が当たりつつあるのに、そのヤマを他に取られるなんてありえないことだった。
池袋で発生した喜屋武の惨殺事件に向島一家の比嘉が絡んでいる疑いを前面に押し出して出張を認めさせたが、乗鞍の捨て台詞が「経費は一円も出せないからな」だった。
「飛行機代もホテル代も自腹なのよね」
へえ、と無感動に夏美がこちらに目をやる。
「石垣島のときも自腹だったと聞きましたけど」
「勝手に行ってたから。半分は経費として認められたけど」
「今回も急だったし九月はまだまだハイシーズンだからね、頼りになる後輩がいてよかった」
藪が誓の肩を揉んだ。
「ひどい女なんだよ。彼氏からもらった婚約指輪売り払ってチケット代にしたんだ」
夏美が目をひん剥いた。
「ひどい。婚約指輪を売り払うなんて」
「だから彼氏じゃない。セフレだから」
夏美はさらに目元を引きつらせている。
「今仲の婚約指輪を売り払ったと聞いたら、府警と抗争間違いなし」
藪は愉快そうだが、夏美は「呆れた」と言い放った。
「府警の今仲さんって、暴力団対策室の方ですよね、吉竹組担当の」
「軽蔑するなら、明日からは桃原さんちに泊めてよ。どうせいまも海上保安官のご主人は海の上。立派な戸建てに一人きりでしょ」
泉の失踪事件で何度か沖縄へ捜査に来たとき、夏美の自宅に寝泊まりさせてもらった。あいている部屋に雑魚寝させてくれるだけでいいのに、律義な彼女は客用布団を出してシーツをかけたり、朝食を準備したりしてくれる。泊まりに行くのを意外と夏美は喜んでいるのかもしれない。いまも彼女から異論はなかった。今日だって、頼んでもいないのに迎えに来た。
「で、今日はどうしますか」
「もちろん、島袋と古謝の内偵」
誓の即答を、夏美がきっぱり断る。
「二人の内偵は県警のマル暴が完璧な布陣を敷いています。なにかあれば私のところに一報が入りますし、琉世会の拠点がある所轄署も一斉に動き出せる態勢を整えています」
「我々警視庁は必要ないってことか」
藪がちょっと口をすぼめた。
「そもそも昨夜のレクチャーで沖縄ヤクザの現体制や歴史について話しましたが」
夏美は一旦言葉を切った。結局ウェイターを呼び、カフェインのない飲み物がないかと聞いている。ハーブティを注文していた。
「お二人が混乱するだろうと思って口にはしなかったんですが、喜屋武孝明の件」
藪は腕を組み、椅子にもたれた。
「喜屋武は古謝一家のヤクザで地面師だっけ? 古謝が派手な生活をしているのも、喜屋武の上納金のおかげか」
「沖縄人の見地からすると沖縄で地面師詐欺は無理ですが、相手が本土人ならありえます。喜屋武は池袋の沖縄料理店に来る客をたぶらかして、沖縄の土地を売りつけていたということかも」
親分である古謝の羽振りの良さ、金回りの良さをずっと疑問に思っていたようだ。
「古謝の金の流れを調べたこともあったんです。実家からの援助も遺産もゼロです」
軍用地、と夏美がつぶやいた。
「昨日、電話で話してたやつだね」
夏美は沖縄の軍用地事情について教えてくれた。運ばれてきたハーブティを口に運んでいるが、味わってはいなそうだ。
「軍用地をキーワードに調べたところ、かつてその売買に関する相談を本土の方から受けていました」
相談内容が記されたA4一枚の紙を見せられた。
「アカムヤーのユタが現れて取引できなくなった……?」
誓は、ラインマーカーが引かれた箇所を読み上げた。
「ええ。で、昨日そのユタに会いに行ったんです」
夏美がしきりにお腹をさすり始めた。
「腹痛ですか」
夏美はさっと腹から手を離し、とぼけた顔を向ける。妊娠しているのだろうが、わかりやすすぎて指摘する気が起こらない。ぺったんこの腹を見るに、まだ安定期に入る前だろう。人には言いたくない気持ちはわかる。
「そのユタは食堂の女将をしているんですが、八重山語をしゃべるので、意思疎通を取るのが難しかったんです」
「そのユタと、比嘉や喜屋武との関係はどうだ」
「まだそこまで捜査が進んでいません」
「見てくれは? そのユタの顔写真は」
夏美は首を横に振った。
「腰が曲がっていて、歯がなくて口元がしわしわにしぼんでいる感じです。よく日に焼けています」
誓は自然、藪と目が合った。
「長袖を着ていなかった?」
「ええ。この暑いのに珍しいなと思いましたが、知っているんですか」
「袖のフィンガーループを中指に引っかけて、袖が捲れないようにしていなかった?」
「そういう感じではなかったですが、手の甲にハジチが入っていました」
ハジチとは琉球王国時代の女性が手の甲に入れていたおまじないの刺青だそうだ。
「黒丸とか、十字とか、二等辺三角形の細長い模様が指に入っている?」
「ええ。そういう模様です」
誓は部屋に駆け戻った。喜屋武の殺害現場の雑居ビルの防犯カメラ映像が捉えた、腰の曲がった老婆。その手の甲の特徴的な模様を写した画像を、沖縄に持ってきている。
夏美がハンドルを握る沖縄県警のセダン型の捜査車両は、勝連半島の森の中のぬかるんだ凸凹道で何度もタイヤを取られて立ち往生しかけた。
雨が降り続いている。たまにルーフを激しく叩きつけ、車内の会話もままならない。森を抜けて視界が開けても、眼下の金武湾は雨に打たれて濁っていた。白い砂浜も、波打ち際は赤茶けて見える。
藪が誓の座る助手席のシートをつかんで身を乗り出す。
「食堂ちゅらかーちーの口コミを見ているけどさ。五点満点の投稿、読み上げるよ」
新婚旅行で沖縄一周中に立ち寄りました。食堂のおばあちゃんは優しくておしゃべり上手で地元の味を堪能させてもらいました。沖縄祈祷もやってらっしゃるとのことで――。
「沖縄祈祷ってなんですか」
夏美がツッコミを入れた。藪が返す。
「ウタキでウガンジを燃やしてもらったってことでしょう」
「ウガンジは拝所のことです。燃やすのはウチカビですよ」
「一回じゃ覚えられないのよ、沖縄言葉。続き、読むよ」
――御嶽で今後の未来を占ってもらったところ、子宝に恵まれて幸せに暮らすと、お墨付きをいただきました! 今年は家相もいいとかで、帰ったら早速物件探しです。
隣の夏美が顔をひきつらせている。
「その投稿者、どこの人ですか」
「他の投稿は横浜界隈が多いから、神奈川県人だろう」
「伊礼ウシの八重山語を理解できたのかしら」
小刻みにハンドルを動かす夏美の横顔に、誓は投げかけた。
「桃原さん、お店に入るとき、どんな風に入ったの。沖縄県警ですけど、って言った?」
「もちろんです。探りをいれるために一般客を装うことも考えましたが、スーツでしたから、隠しようがなかったですし」
「標準語で?」
「いいえ。すぐに距離を縮められるように沖縄語で話しかけました」
「だからだよ。本当は標準語もしゃべれるし沖縄語だって理解できるけど、警察の聴取にまともに取り合いたくないから、桃原さんの知らない言語を使ったってことじゃないの」
フロントガラスを睨んでいた夏美の目がみるみると見開かれていく。
「じゃあ、あの御嶽での話も、私たち県警を追っ払うためだったのかしら」
「なんて言われたんですか」
「魂が全て落ちる、と」
意味がわからなかったが、夏美は『死』を連想したようだ。またお腹をさすっている。
「県警を追っ払うためにテキトーにそう言ったに違いないね。喜屋武の話はしたの?」
「はい。顔写真を見せましたし、軍用地の話もしました」
後ろに座る藪の鼻息が誓の耳元まで届く。
「予想以上に早く地面師グループに接触できそうだな」
かつては売春街だったという廃墟を抜け、巨大な葉をつけた南国の木々の間を抜けると、食堂ちゅらかーちーが見えてきた。ビニール傘をさして車から降りるや、傘だけでなく周囲の大きな葉を雨が叩きつける音で、車内にいるよりもうるさく感じた。
車から出た途端、まとわりつくような湿気を感じる。店の入口までのたったの五歩で、パンプスとストッキングの足元は泥まみれになった。湿気のせいで体も汗ばむ。オレンジ色のオーニング展張は破れて、傘を閉じることができない。『閉店』の札が出ていて、引き戸は鍵がかかっている。すりガラス越しに中の気配を窺ったが、人影もない。雨音がうるさすぎて、中でなにか物音がしても、聞き逃しそうだ。
「裏に回ってみましょう」
夏美が声を張り上げ、顎を横に振った。赤茶けた泥をはね上げながら、南国の木々の葉を傘で押し返し、建物の裏に回る。
「沖縄では九月にアジサイが咲くのか?」
紅色に真ん中が黄色という変わった配色の花を藪が指さした。
「それはランタナですね」
「こっちはハイビスカスだ」
「いえ、オオバナソシンカです」
「これはデイゴ?」
「ブーゲンビリアです」
換気扇は止まっている。勝手口は木戸で下の方がカビで黒ずんでいた。こちらも鍵がかかっていた。
「今日は店を開けそうもないですね」
ネット情報によると店は不定休で、開店時間もまちまちだ。これに対し不満を述べて評価を1としている投稿者が結構いた。
九十リットルくらいの大きさの蓋つきポリバケツが勝手口の脇に出ていた。誓は念のため手袋をはめて、蓋を開けた。身構えていたが、ほとんど臭いも上がってこなかった。
「レトルトパウチとかタッパーのゴミばっかりじゃないか。飲食店なのに生ごみゼロとは」
「あの定食、全部出来合いだったのね」
夏美も手袋をして、レンチンごはんの容器を拾い上げた。レトルトパウチには『なかみ汁』とか『ソーキ汁』とか書いてある。
「近隣に聞き込みしましょうか」
北へと抜ける坂道を下りると、曇天の下に鈍色に光る金武湾が見えた。県道に出る手前にカフェが一軒だけ看板を出していた。
雨の日は百円引きだとかで、カフェラテを三つ買い、話を聞いた。このカフェは二年前にオープンしたばかりで、店主はアカムヤーのユタについては首を傾げるばかりだった。食堂ちゅらかーちーがこの先の森の中にあることは知っていた。
「あそこの壮絶おばあ、ユタだったんですか」
「壮絶、というと」
「沖縄の歴史背負っちゃってる人ですよ」
食堂ちゅらかーちーで食べたあと、このカフェで一服する観光客がかなりいるらしく、店主は人伝にユタの噂を聞いているようだ。
「若いころは売春婦で、三人子供がいるけどみんな肌の色が違うって話してました」
黒人兵や白人兵だけでなく、沖縄人の子供も産んだ、ということだろうか。
「もともとは普天間の方のAサインバーにいたらしいです」
「真栄原特飲街のことかしら」
夏美は土地柄を理解しているようだ。
「ええ、真栄原だったと思います。売れなくなって、五十でこっちに移って、六十で体を壊して食堂を始めたらしいです」
「彼女の家はこの界隈ですか」
「住んでいるのは真栄原じゃないですかね。息子さんと二人暮らしだとか」
その息子は沖縄人らしい。
「体毛の濃いちんまりしたおじさんです。よく食堂にも出入りしていましたよ」
捜査車両に戻った。誓はハンカチで肩や腕を拭いたが、膝から下は赤茶けた泥で汚れていた。ワンピース姿の藪はサンダルを脱いで足を拭いている。
「だからスーツはやめておけって言ったんだよ」
夏美は慣れたもので、スラックスの裾を膝まで折り曲げ、サンダル履きになっていた。
「この雨、早く止んで欲しいけど」
「台風が秋雨前線を刺激しているんですよ。まだしばらくは降り続けるでしょうね」
「六代目が来るころには大荒れなんじゃないか、沖縄は」
「今度の台風はさほど勢力は強くはないですよ。九百五十ヘクトパスカル」
「強いだろ、最大瞬間風速四十メートルって書いてあるぞ」
「沖縄ではその程度の台風は普通です。さてどうしますか。近辺で待機しますか。それとも、真栄原に行ってみるか」
「食堂ちゅらかーちーの土地建物の登記簿を取ろう。本人の名義なら、伊礼ウシの自宅が突き止められる」
「県警のパソコンからオンラインですぐ確認できます。頼んでみますね」
夏美はすぐさま県警本部に電話をかけた。
車両のエアコンの風で体が冷えてきた。エアコンを消すと汗が止まらなくなる。道中で着替えを買うことにした。
「ついでに昼食も摂りましょう。ライカムのイオンモールに行きますね。なんでも揃いますから」
「ライカムって?」
「地名ですよ。北中城村の、返還された米軍基地に沖縄一大きいイオンモールがあります」
「ライカムって沖縄語なの?」
「英語ですね。琉球米軍司令部があったところで、英語読みを略してライカム」
「せっかく返還されたのに、その跡地に入ったイオンモールが本来の地名ではなくてライカムを使っちゃうなんて」
「ほんとですね。でもライカムってつけた方が、沖縄県人はピンとくるんですよ」
根づいちゃってるんですよね米軍が、と夏美はため息混じりに言った。
到着したイオンモール沖縄ライカムで一旦解散し、誓は紺色のサブリナパンツを購入してその場で着替えた。再び合流し、日本では沖縄にしかないファストフード店『A&W』に入った。ノンアルコールのルートビアが飲み放題だというので、藪は大喜びで飲みまくっている。三杯目のお代わりにカウンターへ行ったところで、夏美のスマホに本部から一報が入った。
「登記簿の情報です。土地建物とも、玉城朝広という男性の名義になっていますね。十年以上前に亡くなっています」
「十年も相続手続きが進んでいないってこと? 飲食店の営業許可は」
「保健所に確認してもらいましたが、出ていないそうです」
「届け出もせずに勝手に空き家で商売しているってことか。そんなんでよく地図アプリに店を登録できたな」
大方、許可証を偽造でもしたのだろう。
「玉城の線から伊礼ウシを洗っても無駄だな。あと残された手がかりは、真栄原特飲街にしかなさそうだ」
「でも、殆どの建物が壊されて、更地になっていたと思うんですよね」
誓は地図アプリを開いた。普天間基地と公園の隙間をぎっしりと住宅や学校が埋めているが、真栄原二丁目だけ更地が多かった。
「ここは米兵向けの特飲街だったので、アカムヤーよりずっと大規模で県内屈指の売春街だったんです。二〇一〇年代まで売春が行われていましたが、摘発しにくいことで有名でした」
「なぜ」
「当時の建物が数軒残っていますから、見てみましょう。行けばわかります」
三人で駐車場に戻る。車を発進させた途端、夏美が慌てた。
「ハンドルが重たすぎる」
ブレーキを踏んでギアをパーキングに入れた。外に飛び出し、タイヤを見て回っている。誓も助手席を降りた。
左前輪のタイヤがぺしゃんこにつぶれていた。
「こんな時にパンクなんて」
「大雨だったからね。どこかで釘でも踏んだのかしら」
藪が降りてきて、左前輪の脇にしゃがみこんだ。タイヤのホイール近くを指さした。
「穴が開いてる。釘を踏んだら普通はタイヤの接地面に穴が開く。側面にこんな風に穴が開くことはない」
誰かが故意に開けたのか。
藪は、誓や夏美にもしゃがむような手ぶりをする。タイヤを指さしながら、小声で囁く。
「多分見張られてる」
「応援呼びますか?」
藪が首を強く振る。
「気付いていないふりをする。泳がせる」
誓に異論はない。夏美も強く頷いた。
(つづく)