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第一章 臓器(承前)

 

「なにやってんだお前」

 誓は階段を駆け下りて刑事たちを押しのけ、比嘉の後頭部をはたいた。おいおい、と刑事たちが咎める。

「死体見つけちゃっただけで、なんで俺が怒られるんスか。ちゃんと通報したでしょ」

 比嘉は向島一家の下っ端のチンピラで、倉敷が三代目を襲名してから盃を交わした新人だ。ずっと部屋住みで下働きをしていたが、最近、シノギが見つかったとかでようやく出て行った。

 顔の下半分が無精ひげのむさくるしい男だったが、いまは剃っている。といっても髭が伸びかけて青々としており、かみそり負けか赤い傷が点々と見えた。

「あんた、なにしにこの店に来たの」

「夕飯食べに来ただけですよ。沖縄料理ですよ? 食べたくなりますもん、たまには」

 比嘉は沖縄県那覇市の出身だ。

「ここに来たのは何時ごろ」

「二十三時頃かな」

「開店しているかどうか、わかったのか? あんないい加減な営業時間で」

「まあ、開いてなかったら、周りにいくらでも店はあるし。沖縄ならこんなもんすよ」

「どうやって中に入って遺体を発見したんだ」

「どうやってって、ふつうにドアノブをつかんで引いて。なんか臭かったけど」

 施錠はされていなかったのか。

 誓は改めて比嘉の全身を舐め回すように見る。彼はかりゆしやアロハシャツを好んで着ていたが、今日はフレッシャーズみたいだ。

「就活でもしてたのか」

「あ、ええ、まあ……」

「どこの社を受けた? ハローワークか」

「まあ、いろいろ」

 向島一家の新顔として認知された時点で、前科前歴は洗っている。比嘉のマエは、未成年時の道路交通法違反が二件、全て沖縄県警の事案だ。小六のときに、那覇市の国際通りで交通整理のために設置されていた赤白バーを奪い、振り回しながら集団で自転車で爆走、中国人観光客にけがを負わせた。高校生の時は原付バイクで打ち上げ花火を上げながら国際通りを暴走した罪にも問われていた。

 そのまま沖縄で暴走族になるのが沖縄ヤンキーの定番らしいが、彼は東京で一旗あげようと、上京してきた。歌舞伎町の繁華街に根を張ろうとしていたが、黒服もホストもうまくいかず、暇つぶしのネットカジノにはまって百万単位の借金を作った。おそらくそのネットカジノを運営していたのが向島一家だ。証拠は挙げられてはいないが、比嘉は借金返済のために事務所で下働きするうちに、流れで倉敷と盃を交わした雑魚だった。

「ゆいまーるは常連だったの?」

「いやあ、なんか目についたんで、今日初めて入ったら、あんな状態で」

「そんな偶然があるか? ガイシャは刺青が入っていた。あきらかにヤクザだ。ヤクザが偶然夕食に入った店でヤクザの死体を見つける。バカにすんな」

 誓は再び比嘉の頭をはたこうとした。比嘉は後ろ手に持っていたセカンドバッグを盾にする。ボッテガヴェネタだ。その手首にランゲ&ゾーネの高級時計も見える。

「比嘉、儲かってるじゃん。向島一家への借金はもう返済できたのか。シノギは一体なんだ、え?」

 藪が上から下までガンを飛ばしながら迫る。

「中でゾーキチャンプルーされていた被害者。本当に知らない人?」

「ゾーキチャンプルーなんて、ひどい表現っすよ。沖縄料理への冒涜です」

「で?」

「知らない人です」

 食い下がっても認めない。

「今日ここに到着したのが二十三時。その前はどこにいた?」

「えーっと、まあ、池袋をぷらぷらと」

 具体的な時間や店の名前などを尋ねても、答えようとしない。

「カフェにいましたけど名前は忘れちゃいました。この辺りはごちゃごちゃしていて」

 誓は地図アプリを開いて比嘉に確認させたが、わからないの一点張りだった。なにを飲んだのかも答えられず、決済アプリの履歴を見せろと言えば、現金払いだと言い張る。レシートはもちろん、ない。

「お前、調子こくな。ただで済むと思うなよ」

 誓は唾が飛ぶ距離まで比嘉に迫る。

「すぐにお前の親分の自宅に押し掛けて叩き起こしてやるからな。倉敷お気に入りのGRヤリスも押収してやる」

 比嘉は頭を抱えて、しゃがみこんでしまった。終わった、詰んだ、と繰り返している。

 誓は階段を下りながら藪を手招きする。

「藪さん、手伝って」

「どーやってGRヤリスを押収するんだよ、現場の肉片でも拾ってトランクから発見したことにでもするのか?」

「先にガイシャの身元を確認しましょう」

「目ん玉のない人相でか」

「刺青でわかるかもしれませんよ」

 今仲が一階への階段の途中に座り込んでハンカチで口元を覆っていた。

「今仲さんも手伝って」

 今仲は頬を膨らませて厨房に入ってきた。検視官が死因を調べていたようだが、「一分が限界だ」とまた出ていく。動かしてもいいか、その背中に尋ねた。

「かまわないよ、写真は撮り終えているから」

 投光器の光を受けて、乾きかけた赤黒い臓器がてらてらと光っている。ハエがもう四匹も飛び交っていた。誓は藪に写真を撮るように言い、死体の頭部側に回った。今仲は顔を真っ赤にしてゴム手袋をし、死体の臀部の前に立った。

「いっせーの、せ!」

 左腕を下にして遺体を押し上げ、背中を露出させた。開いた腹部からどろどろとミンチ肉や目玉が流れ落ちている。炭酸が弾けるような音がする。ミンチにされた肉が腐り始めている音だろうか。さすがに吐きそうになった。

 スマホで撮影して死体をゆっくり元に戻すころには今仲は酸欠で顔が真っ青になっていた。慌てて外に飛び出していく。誓は藪に画像の転送を頼み、ゴム手袋を外してホールに出た。

 乗鞍がホールからカウンター越しに様子を見ていて、あまりの悪臭に咳き込んでいる。誓は刺青の画像を乗鞍に見せた。

「唐獅子か、これは」

「シーサーですね。守礼門、首里城もあります。肩にはデイゴの花」

「明らかに沖縄ヤクザだが、比嘉みたいに本土の組織と盃を交わしている沖縄人も珍しくないからな」

 乗鞍は脇に挟んでいたタブレット端末を出して、ガイシャの刺青の画像を読み込む。警視庁のデータと照らし合わせたが、同じ刺青を入れたヤクザは登録されていなかった。

 誓は店を出て、階段の踊り場で相変わらず刑事に囲まれている比嘉に画像を見せた。

「この刺青に見覚えは」

「……首里城と守礼門、シーサーですね」

「誰の刺青かわかるかって聞いてんの」

「わかりません」

 比嘉は池袋署に連行されていった。任意なので拒否できるが、若い比嘉はそこまで頭が回らないようで、素直にパトカーに乗った。

「ウチナンチューマル暴に聞くしかないか」

 まだ四時にもなっていないが、誓はメッセージアプリを開いて、ガイシャの刺青の画像を『桃原とうばる夏美なつみ』に送った。

「モモハラさん?」

 今仲がスマホを覗き込んできた。

「トウバルって読むのよ。モモハラって呼ぶとめちゃくちゃでかい声でトウバルですッて否定する。あの大声、思い出すだけで耳がキンキンする」

 藪は肩を揺らしている。

「なっちゃんは嘉手納基地近くで育ったから、やたら声がでかいんだって、あっちの課長が苦笑いしてたな」

「ほう。沖縄県警の女マル暴か」

「そ。石垣島の泉失踪事件のときに知り合って、それからずっとゆいまーるしてんの」

 ゆいまーるとは助け合いという意味だが、今仲はこの店の看板『ゆいまーる』を一瞥し、肩をすくめた。

「女マル暴同士、犬猿の仲っちゅうことやな」

 

 

 細切れのバイブがスマホから絶えず聞こえてくる。誰かがメッセージを連投しているようだ。桃原夏美は寝返りをゆっくりと打ち、隣で寝ている夫の背中に顔をうずめる。ここ数か月、眠くて仕方ない。いつもの十倍の労力を使わないとベッドから出られなくなった。

「うるさいから止めてよ」

 夫が頭からふとんをかぶった。夏美はお腹が引っ張られないように気を付けながら手を伸ばし、ベッドサイドからスマホを取った。

「くされ警視庁、叩きのめすたつぴらかすよ、こんな時間に」

 送られてきた画像が画面いっぱいに表示される。ヤクザの背中の刺青を映したものだ。脇から血が幾重にも引いている。遺体と思われた。

『この刺青、覚えある?』

 メッセージはこれだけで、後は催促を促すスタンプが連打されていた。もっちりしたクマのスタンプもあれば、ヤクザ映画常連のコワモテ俳優のスタンプもある。

『スタ連やめて、いま調べるから』

 夏美は桜庭誓に返信し、大きくため息をついた。お腹で小さな命を育んでいる体はまだまだ休息を求めているが、刺青を見た途端に脳は覚醒していた。

 二階の主寝室を出て、二つ隣の六畳一間に入った。いまは物置き場になっているが、いつかは子供部屋にする部屋だ。夏美がかつて住んでいた官舎から持ってきた段ボール箱はまだ整理が終わっていない。組織犯罪処罰法や暴力団対策法、沖縄県暴力団排除条例の書籍の他、引退したマル暴刑事から引き継いだ資料、実話系雑誌の切り抜きのスクラップブックなどが溢れている。

 夏美は写真ファイルを取り出した。ヤクザの背中を映した写真が二百枚以上収められている。日付、氏名、所属暴力団名、刺青の特徴などが細かく記されていた。

 これは沖縄ヤクザで最も苛烈を極めた一九七〇年代の第四次沖縄抗争を担当していた先輩マル暴刑事から、引き継いだファイルだ。彼が現役時代、警備に立っていた同期が宮良正儀というヤクザに射殺された。定年後も先輩マル暴刑事は逃亡先の離島や台湾、フィリピンなどを訪れて宮良を追っていた。去年、肝硬変を患い、鬼籍に入った。

 夏美が入庁したころの沖縄県警には、「宮良だけは逮捕する、たとえ死んでいたとしても骨のひとかけらでも絶対に見つける」と息巻く刑事が数多くいた。彼らは退職してしまい、そして宮良は日本最古参の指名手配犯になった。

「シーサー、守礼門、首里城、デイゴ……」

シーサーは雄か雌か一対か、守礼門の向き、首里城の位置、デイゴの花びらの形などの特徴から、一致する人物を見つけ出した。ビンゴ、と思わず声を上げて、警視庁の桜庭誓に電話をかける。

「ヤッホー、モモハラさん。明け方にごめんね。寝てたでしょう」

 誓が白々しく言った。いつもこれだ。

「私の苗字はトウバルです。画像の人物は喜屋武きやん孝明たかあき、四十五歳と思われます」

 誓が電話の向こうで感嘆の声をあげている。

「私の記憶が正しければ、喜屋武は二代目琉世会の二次団体、新垣あらがき一家の構成員です。前科前歴は、犬猿の仲と言われる同系列の二次団体・波照間虎はてるまとら 組の構成員と松山のキャバクラで鉢合わせして乱闘騒ぎを起こした傷害致傷が思い当たります。これは最後の抗争だった第六次沖縄抗争から十年後の二〇〇二年ごろの話で、第七次沖縄抗争の引き金になりかねないと沖縄県警マル暴に緊張が走った一件として有名です」

 誓から相槌の一つも聞こえてこない。また始まった、とスマホを耳から離しているに違いない。沖縄ヤクザは歴史が浅いとはいえ、これまで六度の抗争を経て何度も離合集散を繰り返している。それは現体制にも影響し、常に火種となっていた。だが誓は地方の独立系ヤクザには興味なしといった様子だった。

「後でそっちの組織図と抗争の経緯を簡略化したものを送っておいて。あ、A4二枚にまとめてね。モモハラさんは話も資料もいつも長すぎるのよ」

 一方的に通話は切れた。

くだばれくされ内地人ナイチヤー

 小さな声で悪態をついたつもりだが、扉が開き、夫が寝ぐせの頭をかきながら入ってきた。

「朝の四時になにを騒いでるの。夏美の声は米軍のF4並みだから気を付けてっていつも言ってるでしょ」

「F35Aステルス戦闘機のこと? F4戦闘機はもう飛んでないよ」

「もういいや、仕事行く」

 夫はスポーツバッグに着替えを詰め始めた。夏美はおにぎりと味噌汁を急いで作り、洗濯機を回す。六時にはスズキのイグニスのハンドルを握り、夫を那覇空港まで送った。新婚のころは出発口まで見送ったものだが、最近は建屋の前で降ろして車内から手を振るのみだ。あちらも振り返りもしないが、車から降りるときに夏美のお腹をひと撫でしていった。

 ここからフライトやら陸路やらで二時間以上かかる石垣島海上保安部が夫の職場だ。尖閣諸島警備専従船に乗っている。同じ県内だが、自宅には一、二か月に一回しか帰ってこない。

 七時半ごろに自宅に戻った。職場の沖縄県警までは那覇モノレールの最寄り駅てだこ浦西駅から三十分くらいなので、八時四十五分の始業時間に十分間に合う。沖縄ヤクザが東京で死亡したらしいことが気になるので、いつもより三十分早く、てだこ浦西駅へ向かった。駅に到着して運休の立て看板を見るや、天を仰ぐ。上空を米軍のオスプレイが飛んでいた。

「今日は不発弾撤去の日だった」

 沖縄本土は戦後八十年以上経ったいまも、不発弾がしょっちゅう発見される。〝鉄の暴風〟と形容されるほどの量の爆弾と艦砲射撃、戦車からの砲弾などが撃ち込まれた。本土の空襲では合計で十六万トンらしいが、沖縄という小さな島には千八百トンが降り注いだ。そのうち一万トンは不発弾として残されたままだ。全てを撤去し終えるのにまだ百年くらいはかかると言われている。

 こんなことなら空港へ夫を送るついでに県警へ出勤してしまえばよかった。急ぎ足で自宅に戻り、イグニスのエンジンをかけて那覇の官庁街へ向かった。朝のラッシュにモノレールの運休もあって、道路は大渋滞だった。

 八時半を過ぎると桜庭誓からまたメッセージの連投と着信の嵐がくる。ドライブモードにした。

 ようやく沖縄県警本部に到着した。出入口を守るシーサーに敬礼し、刑事部組織犯罪対策課のフロアでエレベーターを降りる。夏美が所属する暴力団対策四係は、先輩刑事の松本恭一まつもときよういちがひとりいるだけだった。

「他の皆さんは」

「みんなゆいレールの運休の影響でしょ。運転再開は十一時だから、昼過ぎには来るんじゃない?」

 松本は沖縄県庁のすぐ裏にある官舎住まいだから、影響を受けなかったらしい。フロアの電話は鳴りっぱなしでファックスが次々と紙を吐いているのに、松本は無視して昨日の日報を仕上げていた。

「東京で二代目琉世会新垣一家の喜屋武が殺害されたそうですよ」

「朝からその件で警視庁がうるさいこと。画像も大量に送り付けてくるし」

 夏美のスマホもまだ鳴っていた。桜庭誓からだ。とりあえず、デスクの電話を取った。

「沖縄県警、組織犯罪対策課」

「桃原さん? いま出勤したの? 殿様出勤か、もう九時半だぞ!」

 同時にスマホの着信音が切れる。右耳にスマホ、左耳に受話器を押し当てて、同時にかけていたのか。あの女ならやりそうだ。

「朝から不発弾処理で電車が止まっていたんですよ」

「不発弾? なに戦後みたいなこと言ってんだ」

 じわりと腹の底が熱くなる。これだから本土人ヤマトンチユは――と様々な感情がくすぶる。

「で、喜屋武の資料はできてるの? まさかこれから作るとか言わないよね?」

「いま本部に到着したばかりなんですから、いまから作るに決まってますよね」

「あのね、そっちのヤクザがこっちでゾーキチャンプルーにされてんだよ。なんくるないさーしている場合じゃないでしょ」

「なんくるないさーの使い方、間違えてますよ」

「あと五分しか待たないから。五分で送れないのなら、今日の便で上京してきて。こっちは沖縄ヤクザに詳しいのがいない」

「無茶言わないでください。出張となったら事前に申請をしないといけません。上司も不発弾処理の影響で来てないんですよ」

 しかもいま妊娠初期の状態だ。幸い、つわりもなく寝起きが辛いだけで体調に変化はないが、飛行機には乗りたくない。

「ところでゾーキチャンプルーってなんですか」

「あんたまだ現場写真見てないの? 殺すたつくるすよ」

本土人ヤマトンチュ沖縄言葉ウチナーグチほど恥ずかしいものはないですよ」

 夏美は受話器を叩き置いた。

「警視庁ふりむんぐゎー! くるさりんど!」

 松本は肩を揺らしている。

「なんて言ったの」

 彼は長野県出身なので、沖縄方言を知らない。

「ありったけの沖縄暴言で警視庁をこきおろしました。現場の画像、見ました?」

「覚悟して見た方がいいよ。ゾーキチャンプルーだなんて沖縄料理への冒涜だけど、言いえて妙だ」

 夏美はパソコンを立ち上げてログインし、個人アドレスの受信箱をチェックした。送り主欄が『桜庭誓』で埋め尽くされている。添付ファイルがついているものをクリックし、メッセージは見ずにファイルを開いた。

 腹の底から食べたものが急速にせりあがってきた。慌てて女子トイレに駆け込む。

 

 

 墨田区曳舟、下町の迷路のように入り組んだ路地裏を歩く。『倉敷』の表札が出た三階建てペンシルハウスに誓は藪と並んだ。GRヤリスが停車しているが、ややフロントが公道にはみ出している。誓は懐からメジャーを出して、はみ出した部分を測る。

「今日は四センチ出てますね」

「とりあえず道路交通法違反で引っ張るか」

 一夜明け、誓と藪は、第一発見者の比嘉謙信の親分にあたる、倉敷の自宅に早朝からやってきた。まだ朝の七時前だが、叩き起こすつもりだ。

 インターホンを押そうとして、テニスラケットを背中に抱えた中三の息子が玄関から出てきた。彼は首を突き出すようにして挨拶した。小学生のころから見かけているが、ここ数年で身長を抜かされた。

「また背が伸びたね。パパはいる?」

「いませんよ」

「あら。早朝に出かけていった?」

 息子は言葉を濁し、立ち去っていった。誓は改めてインターホンを押す。倉敷の妻が対応に出てきた。

「夫はいません」

「いつ出かけられました?」

「さあ、ここ数日忙しいようで。向島さんのところじゃないですか」

「向島春刀のマンションに行くときはいつも車使ってましたよね。駅の反対側で、歩くと二十分近くかかりますよ。事実、向島組長が上京した日はGRヤリスでマンションに行っているのを確認しています」

「そんなこと私に言われても」

 忙しいので、と扉を閉めてしまった。

 藪がスマホを耳に当てた。

「丸ちゃん、向島のマンションの方はどう」

 誓が行きたかったのだが、藪は丸田に行かせた。スピーカーにしてもらい通話を聞く。

「部屋にいまいるのは向島組長と本多総本部長、ガードが二名のみです。倉敷は昨夜日付が変わる前に帰宅したと言っています」

 誓は向島一家の事務所へ聴取に行った刑事に電話をかけた。

「倉敷、いた?」

「いませんね。若い衆が三人、掃除をしているのみです。池袋の件もよく知らない様子です。比嘉についても、まだ盃を交わして半年なので、みなさほど親しくない様子です」

 誓は通話を切り「倉敷、ドロンです」と肩をすくめた。

 GRヤリスのはみ出たヘッドライト部分の画像を撮った。

「道路交通法違反で逮捕状取りますかね。そしたら親分も出てくるでしょう」

「比嘉はあの死体を発見してすぐに親分に電話をかけたか。倉敷はとりあえず通報するように指示したんだ。自分は火の粉をかぶらないようにしばらく身を隠すだろうな」

 子分がなんらかの罪に問われたとき、盃を交わした親分が共同正犯として同じ罪をかぶる事例がたびたびある。

「比嘉のシノギがなんなのか確定しないと、共同正犯は難しいんじゃないですか。金の流れをまず先に洗ってみますか?」

「いや、そもそも比嘉はなんの罪に問える? いまのところ第一発見者でしかない」

 そうでした、と誓は頭をかいた。

「ガイシャの喜屋武の素性もまだよくわかっていない。一旦、池袋署の捜査本部に顔を出そう」

 

 まだ事件認知から六時間しか経っていない。池袋署は捜査本部の準備の真っ最中で、情報が集約されていなかった。

 池袋署管内には吉竹組系列も含め、独立系、中華・台湾・韓国マフィアなど、警視庁が認定しているだけで二十八の反社会的勢力が群雄割拠している。うち暴力団員認定しているのが三百八人おり、その中で九州・沖縄出身者を絞り込むことにした。半日かけてしょっ引いてきて一人ずつ絞ったが、めぼしい情報にはありつけない。沖縄料理店ゆいまーる登記簿からわかるのは喜屋武が一人で切り盛りしているということだ。

 

(つづく)