第三章 銃声
「戦前、沖縄にはヤクザがいませんでした」
沖縄県警組織犯罪対策課のフロアの白い壁に、白黒の画像が映し出された。日本人が両手を上げて、米兵からボディチェックを受けている。その脇に『U.S.ARMY』と記された木箱が積みあがっていた。
「これが戦果アギヤー。終戦後の混乱期に出現した窃盗団です。徒党を組んで米軍基地に侵入し、物資を奪う集団でした」
桃原夏美が、沖縄ヤクザの成り立ちについて解説している。
誓は藪と共にそのレクチャーを受けていた。二十二時を回ろうとしている。向島の乗ったクルーザーを浦安で見送ったのが今日の午前中のことだが、数日前のことのように思える。
本土のヤクザは博徒、愚連隊、テキヤと成り立ちでだいたい三種類に分けられる。戦果アギヤーという言葉を、誓は初めて聞いた。
「一部の戦果アギヤーは奪った物資を飢えに苦しむ沖縄民に配ったり、不良米兵をリンチしたりしていましたので、英雄みたいに扱われることもありますが、所詮、反社です」
隣に座っていた藪が吹き出した。夏美は相変わらず四角四面だ。
フロアは閑散として、照明が半分落ちていた。残っている刑事は数人で、たまにこちらの様子を見に来た。
「この戦果アギヤーのリーダーに旧日本軍の兵士で統率力にたけた男がいました。彼を中心に自然発生したグループが、コザ派です」
発生は一九五〇年前後とはっきりしない。沖縄ヤクザには本土のような伝統やしきたりがなかったため、力のある男の元に不良たちが自然と集まり組織化していったようだ。盃を交わしたり、襲名披露の義理事を開いたりすることもなかった。同じころに那覇の琉球空手道場を仕切る連中も、徒党を組むようになっていたそうだ。
こちらの中心人物は当時の琉球空手界で負けなしのスーパースターだったそうだ。
「彼らが、特飲街やAサインバーの用心棒をするようになり、やがて那覇派として認知されるようになりました」
戦果アギヤーだったコザ派は米軍の取り締まり強化で窃盗ができなくなり、コザの繁華街で用心棒をやるようになった。縄張りを広げていった両者が、シノギの取り合いやらメンツやらを理由に激突したのが、第一次沖縄抗争だった。
当時の琉球警察が百人以上を逮捕して、抗争は終結したそうだ。
「へえ。沖縄県警は昔、琉球警察だったんだ」
「正確に言うと、アメリカ世の時のみですね。一八七二年の琉球処分以降に後の沖縄県警察部が発足しましたが、沖縄戦末期の一九四五年の六月、県警は庁舎を明け渡して轟ガマに逃げ込みました。陣営の立て直しとはいかず、これ以上の組織運営は不可能と判断、当時の警察部長が解散を命じ、沖縄県警察部は消滅しました」
戦争で消滅した警察本部があったことを初めて知った。ひとりの警察官として、自分の生活圏が戦場になることをリアルに感じる。
「その後、米民政府が発足させたのが琉球警察で、本土復帰の一九七二年五月をもって、再び、沖縄県警と名称が戻りました」
夏美はさらりと沖縄ヤクザの話に戻った。
「第二次沖縄抗争は、一九六四年から六六年ごろのこと、次の第三次沖縄抗争は六七年ですね」
「もう毎年抗争してるようなもんだね」
誓はさっと目を通したが、ヤクザ絡みの傷害事件が年間で八十件も発生していた。
「沖縄ヤクザは一度抗争が始まると激化しやすくまた長引くと言われています。理由は三つ。本土から切り離されて横の繋がりが薄いので、仲裁に入る組織がないこと。二つ目、軍から盗んだり横流ししたりで銃器武器が手に入りやすいこと、三つ目は歴史が浅いが故に幹部までもが前のめりになって抗争の先頭に立ってしまい、止める者がいないこと」
夏美は教壇に立つ女性教師みたいだ。誓の実母は高校の現代文の教師だった。桃川菊美という字面が、桃原夏美という目の前の女マル暴の名前と重なる。顔は似ても似つかないが、どうしてか、誓の中で二人がかぶる。
「三度の抗争で二つの派閥が分裂や合流を繰り返していましたが、次の第四次沖縄抗争が、終結までに最も時間を要し、また警察や一般人からも死者が出る最悪の抗争となりました」
「これは知ってる。初代吉竹組が絡んでいるからね」
誓は生徒らしく手を挙げて発言した。
「吉竹組の初代は吉竹常春組長。すでに西日本を統一しかけていた。武闘派集団の多かった九州をすっ飛ばして、本土復帰したばかりの沖縄に陣地を張ろうとしたのよね」
藪が大袈裟に肩をすくめた。
「それは大変。沖縄ヤクザは慌てただろうね。身内でドンパチしている場合じゃない」
「はい。本土ヤクザに対抗するためには、沖縄ヤクザで結束する必要がありました。そこでコザ派と那覇派が和解し、長らく抗争状態にあった派閥が合体、沖縄連合琉世会が誕生しました」
「三度も抗争していて、よく和解する気になったな」
「この和解と合流を、ヤクザ好きのマル暴は美談にしたがりますが、私からしたら、第三次抗争で命を張ったヤクザたちが浮かばれません。死んだ者たちの一周忌が終わらぬうちに合流ですからね。所詮、目先の利益に飛びつく私利私欲の塊、それが沖縄ヤクザの正体です」
マル暴には二種類の刑事がいる。暴力団員を軽蔑して徹底的に叩き潰す者。ヤクザの掟や流儀に共感を示し、敬意を表しながら捜査する者。夏美は完全に前者だ。
彼女は白い壁に映ったパワーポイントの画面を変えた。
「分裂や合流を繰り返していた組織がひとつになり、沖縄連合琉世会となりました。しかし本土ヤクザが入ってくる前に離反した一家がいました。この一家が吉竹組の支援を受けて第四次抗争は泥沼化しました」
陰茎をペンチでねじ切るとか、山原のジャングルで三人を生き埋めにするとか、摩文仁の平和の塔の下に惨殺体を放置するとか、陰惨な話が続く。
「この第四次抗争で沖縄ヤクザの大物が何人も射殺されました」
誓は電話帳くらいある資料の巻末を捲った。沖縄ヤクザ歴代トップの個別資料がついていた。まともに布団で死ねたヤクザは数人しかいなかった。ほぼ全員が惨殺されている。
「八年経ってようやく第四次沖縄抗争は終結しましたが、結局、決着はつきませんでした。次の第五次沖縄抗争で再衝突し、その混乱の中で沖縄連合琉世会の初代会長が射殺されています。双方が自重したため、一か月で抗争は終わりました。一九八三年のことです」
「第四次が終わってすぐじゃん」
藪が目をくるくるとまわしている。正直、誓ももう満腹の気分だった。
「イッターカラサチニクルサヤ野郎はいつ登場するんだっけ?」
「宮良正儀ですね、警察庁指定の指名手配犯の中で最古参になりましたから、警視庁のみなさんもご存じでしたか」
「まあ衝撃的な捨て台詞だわな。警備の警官に向かって、お前から先に殺してやる、とは」
夏美が宮良正儀の手配画像を表示させた。顎が小さく、黒々とした眉毛と丸い目玉が顔のほとんどを占めていた。身長は百六十センチ弱と小柄だったらしい。
「生きていたらいま七十四歳か。こいつはどこ派のヤクザだったんだ?」
「第四次抗争で離反した一家のヤクザです。第四次沖縄抗争のときは鉄砲玉として活躍していました。未だ逃亡し続けているのも、初代吉竹組の援助があったから、と言われています」
「まだ生きていたら、吉竹組と盃を交わしていた可能性はあるってことか」
誓は自身の手帳にある六代目吉竹組の組織図を開いた。余白に『宮良正儀』と書き記しておく。
「第五次抗争で沖縄連合琉世会は、沖縄琉世会と、初代魂琉会に分裂してしまいました」
このきっかけを作ったのが――と夏美は紋付き袴姿の、角刈りの男の画像を表示させた。琉世会の代紋は、琉球王国の勾玉の国章とよく似ている。
「島袋和良。現在の二代目琉世会、会長です」
島袋は当時まだ十九歳、豊見城に空手道場を開いていた譜久原一家の三下だった。初代魂琉会会長をホテルのラウンジで斬り殺している。譜久原親分を暗殺しようとしていたから殺害した、と自首した。
「日本刀使いか。誰かさんを彷彿とさせるな」
藪がちらりと誓を見た。
「向島春刀ですね。私もそう思います」
夏美が黒色のファイルを取り出した。
「先に現在の会長の島袋和良の話をしましょうか。彼は十代のころから空手道場に通う硬派な青年でした」
つまり、那覇派のヤクザだったようだ。
「第四次抗争のころはまだ道場に通い始めたばかりの中学生で抗争には参加していません。ちなみに島袋和良には一歳違いの弟がいます」
鹿児島県で刀工をしているそうだ。工房の画像が映し出される。手ぬぐいを頭に巻いた男が、赤熱している玉鋼を鎚で打ち叩いている。
「島袋が会長を斬り殺した際に使用した日本刀は、弟の渾身の一振りとも言われていますが、実は試し斬りしたかっただけじゃないかと噂するヤクザもいました」
島袋は懲役二十年を食らって沖縄刑務所に入ったが、真面目で勤勉な態度が買われて五年早く仮出所になった。
「島袋が出所したころ、沖縄琉世会と初代魂琉会に分裂していた両者は和解しており、初代琉世会が発足していました。合流した島袋は豊見城の道場を継いで若手の育成に励んでいます」
質素倹約、質実剛健をモットーに、豊見城市の建売住宅で妻とひっそりと暮らしているそうだ。
島袋のマグショットを眺める。目つきは鋭く稀代の悪党にも見えるが、豊かなシルバーグレイの髪と下がり眉は好々爺に見えなくもない。
「ますます向島と気が合いそうだな。どうして兄弟盃を交わさないんだろう」
藪が鼻の下にペンを滑らせた。
「島袋が二代目琉世会の会長になったいきさつは?」
「彼が襲名したのは、実は三年前の話なんです。初代琉世会会長が病死したのが東日本大震災のころですから、実に十年以上、会長が空席の状態でした」
コザを中心とした繁華街を取り仕切る古謝康正が次期会長の有力候補だったらしいが、沖縄ヤクザの代表としては軽すぎるという意見が根強くあったらしい。島袋を推す声が多かったが、過去にトップの首を取ったことがある島袋は、自分はキズモノであるからと外交の多い会長職を固辞し続けていたそうだ。二〇一一年に暴力団排除条例が施行されたこともあり、彼の道場が属する少林流から破門されることを恐れたようだ。少林流は沖縄空手三大流派のひとつだ。
島袋は断り切れず、沖縄ヤクザのトップの座についたようだが、案の定、少林流から締め出され、門下生は競技に出ることも昇段試験を受けることもできなくなった。弟子の数は激減している。
島袋が新たに看板をつけかえた『豊見城古流空手島袋道場』の門下生は現在、半数以上が外国人だった。後は地域のヤンキーの中でも硬派な青年や、ヤクザの子供、年金暮らしの老人と近所の主婦が数人いる程度だった。
「同時に、ナンバー2の理事長には古謝が就任した、と」
夏美がここで、古謝康正というボンボンヤクザの生い立ちを紹介する。色男だが中身は空っぽで、思い付きで生きているような男だった。彼に人がついているのは、その憎めない性格もあるだろうが、『神輿は軽い方がよい』という子分たちの思惑もありそうだ。外交においては古謝の方が顔が広い。博打好きの古謝は全国の常盆を渡り歩いて本土の博徒系ヤクザと親しくしているという話だ。
「すると向島一家の賭場にも顔を出したことがあるのかしら」
誓は夏美を見上げた。
「もちろんです。倉敷総長だけでなく、向島春刀とも顔見知りのはずです」
「向島は古謝みたいなタイプとは距離を置くだろ」
藪の指摘はごもっともだ。
「向島たちは三日後に泡瀬港に到着するけど、ここ数日で島袋や古謝に目立った動きは?」
ありませんと夏美はきっぱりと言い、別のファイルを取り出す。『島袋和良行動記録』とラベルが貼ってある。
「古謝は昨日、コザの沖縄映画館に昼から夜の二十一時まで入り浸っています。三本の映画を観た後、コザゲート通り内にあるバーへ移動、子分と飲食し、読谷村の鶏料理屋に三時間ほど滞在しています」
「焼き鳥屋ってことか」
「いいえ。ここの店はバックヤードでタウチーをやっています」
「タウチー? なんだそれ」
「軍鶏、闘鶏のことです」
「ああ。シャモが戦うやつか」
「闘鶏自体は違法ではないため、賭博行為を確認するのが難しく、摘発は進んでいません。おそらくこの日も古謝は金を賭けていたと思いますが」
夏美の表情がみるみる歪んでいく。
「闘鶏での古謝の顔は、映画館にいる気のいいお兄さんとはまるで違います。彼が闘鶏を取り仕切るときはたいてい、戦歴の悪い方の軍鶏の脚にカッターナイフの刃を仕込むんです」
藪が唇をひきつらせた。
「それって、たとえ相手の軍鶏が強くても、圧倒的に不利じゃないか」
「不利どころか、確実に死にます。戦いで死んだ鶏をその場で捌かせて、食べるんです」
焼き鳥大好きの藪は居心地悪そうに頭をかいている。
「あれは彼自身の弱さへの裏返しだと思います。強い存在を殺して食べることに快楽を感じているんでしょう」
「しかしそれじゃ賭けにならないよね。どう考えてもカッターナイフを仕込まれた方が勝つに決まっている」
「勝ち負けという賭け方はしないんです。カッターナイフで攻撃される軍鶏が何分生きていられるか、という賭け方をするんです」
つまり、死ぬことを前提に戦わせるということか。
古謝の昨日の行動確認に話が戻る。
「深夜〇時過ぎに読谷村を出て、コザのポールダンススタジオでお気に入りのダンサー、レベッカの胸の谷間に万札を挟み、深夜二時頃タクシーで沖縄市内の自宅マンションに帰っています」
「古謝に家族はいるのか?」
「内縁の妻と猫八匹で暮らしています」
向島は犬派だから、ますます古謝とは気が合わなそうだ。
島袋の昨日の行動記録を尋ねた。
「昨日は朝四時に起床し、自宅の裏にある畑の手入れをしています。六時に朝食、七時から十キロのランニングのあと、九時に道場に顔を出して自主稽古をしています。島袋は昼食を摂らず、ここで一時間ほど昼寝します。十四時から幼児クラスの指導、夕方から小学生クラス、十八時からは中高生・成人クラスの指導をし、二十時に帰宅。妻の手料理を食べたあとはだいたい、離れにこもって三線や琉球舞踊の自主稽古をして、二十三時には寝ます。島袋の三百六十五日はこんな感じです」
藪は椅子にもたれ、後頭部に両手をやった。誓も改めて、ホワイトボードに描かれた四次団体まである六代目吉竹組の大ピラミッドと、二次団体までしかない琉世会の小ピラミッドを見比べる。
「さて。向島と揉めそうなのは、島袋なのか古謝なのか」
「どちらにしても、怖いですね」
誓はさりげなく口にしたが、夏美の目つきが変わった。
「島袋は仙人みたいですけど、かつては人を斬り殺したことがある。古謝は遊び人のボンボンですが、残虐な一面がある」
藪が一度立ち上がって腰を回した。誓の耳にまで腰骨が鳴る音が聞こえる。
「他、なっちゃんが気にかかるやばいやつ、琉世会にいるか」
後冨底経、と夏美は即答した。ホワイトボードに書く。
「彼は古謝一家のチンピラでしたが、五年前に自分の一家を持ち、島袋と親子盃を交わして行動隊長となりました」
「なるほど、後冨底一家は抗争になったら鉄砲玉になる一派ってことだな」
沖縄県警が認知できている構成員は五人のみだが、実際はもっといるだろう。
「出身は久米島です。沖縄角力の学生チャンピオンでした。実は、島袋は後冨底を何度も破門にしかけていますが、そのたびに古謝が頭を下げて思いとどまらせています」
後冨底には薬物売買に手を染めているという噂があるらしい。銃器薬物対策室の内偵でも何度も浮上していた。
どこの組織もそうだが、表向き薬物はご法度だ。だがいいシノギになるのでこっそり手を出しているヤクザはたくさんいる。
「後冨底はホワイトビーチやキャンプハンセン近くの繁華街を縄張りにしていますが、彼の売買相手がまた厄介なんです」
米兵だな、と藪が指摘した。
「その通りです。米兵を薬漬けにして、銃器の横流しをさせていた罪で、二度服役しています。二人の幹部を差し置いて内偵をつけているので最近は大人しくしていますが、横流しされた銃器は発見されていません。本人は転売したと言い張っていますが、どこかに隠し持っている可能性は捨てきれません」
米軍MPの内部調査資料と照らし合わせたところ、後冨底の元に流れた銃器類は百点に及ぶらしい。リストを見せてもらった。
「M4カービン、レミントンM870、モスバーグM500、コルトM19、スミス&ウェッソンM&P、SR25、初めて聞いた」
「それはスナイパーライフルですね」
「おいおい誰か暗殺するつもりかよ、そんなもんまで手に入れて」
「タウルスG3というのは? これだけ推定三十丁以上と飛びぬけて数が多い」
誓はリストの文字を指さした。
「それは小型のハンドガンで米女性が好んで所持していたものです」
基地の外で暮らす米兵の家に小学生を盗みに入らせて、米兵の妻が護身用に持っていたタウルスG3を次々と盗んできた、という話だった。
「これは一九六〇年代の話で、当時の沖縄ヤクザがため込んでいたものをそのまま後冨底が管理しているという噂があるんです」
かつては基地外で暮らす米兵は拳銃を所持できたらしい。
「それも驚きだが小学生が暴力団に指示されて動いていただと? 一九六〇年代に?」
藪が信じがたいという風に首を傾げた。
「重機関銃のブローニングM2まで流れてますね。手りゅう弾の他に空挺団のT2パラシュートまで手に入れてますよ。一体なにに使うつもりだか」
藪は両腕を抱いて、震えあがってみせる。
「これはやばいね。恐らく吉竹組より銃器をため込んでるよ、琉世会は」
三日後に六代目吉竹組幹部が沖縄入りしたとき、なにが起こるのか。
(つづく)