安物の硬い革靴を履いてアパートを出たが、カバンには無地の運動靴を用意していた。北城高校の体育館は土足厳禁だ。本番はコンマ一秒の出遅れが命取りとなる。だがそもそも、絶好のタイミングが訪れるのかすらわからない。
もともと運に恵まれているとは言いがたい人生だ。
学校へはバスで行く。だがその前に寄りたいところがあった。
父が人生最後の晩餐に選んだのは、きつねうどんだった。だが父は母の作ったそれを食べずに、命を絶った。父がどんなきつねうどんを望んでいたのか、母が理解できていなかったのは、母が父の著作を読んでいなかったからだ。
だが、それは責めるべきことではない。生まれつき心臓が弱く、入退院を繰り返す弟に母はつきっきりだったのだから。そのうえ、父は自宅に仕事部屋があるにもかかわらず、弟の看病をすべて母にまかせていた。
あの頃の母はまだ親だった。犯行前に母のことを思い出しても抑止力になるどころか、燃料投下となった。そんなことをしたらお母さんが悲しむぞ、は俺には通用しない。
結局、うどん屋に寄るのはやめて、バスを降りたらまっすぐ学校へ向かうことにした。今は震えが止まっていても、直前には震えるどころか、極度の緊張で吐き気をもよおすのではないか。そう危惧して食事を摂ること自体、控えることにしたのだ。
そもそも、己の最後の晩餐になるかもしれない時に、父の望んだものを摂るのはいかがなものだろう。おそらく、きつねうどんを食べようとしたのは、俺の意志ではなく父の声に誘導されたからではないか。
右耳に響き続ける声に……。
では、俺自身は何を欲していたのか。特別に舌が肥えているわけでもなければ、好き嫌いが激しいわけでもない。最低限の日常生活を送るだけの余力を残してストップさせた思考の中で、目に留まった弁当を買うか、安いチェーン店に入るか。味など意識したこともない。
そうだ。唯一、わずかながらに思い浮かんだのは、何かの折に食いそびれたカレーライスだ。小麦粉を使わずに餅でとろみをつける、という想像しがたい仕上がりが、頭の奥の方に引っかかっていたからか。だが、カレーの味よりも、それを食い損ねた理由を思い出し、それもさらなる燃料投下へとつながった。
そもそも、腹にダイナマイトを巻き付けて飛び込むわけではないので、俺が死ぬことはないだろうから、最後の晩餐とはいえない。むしろ、死んではならない。
目的は清水義之を殺すことだけではないのだから。清水の悪事を白日のもとに晒し、その後ろにある巨大な組織に一石を投じる。
大臣を警護するヤツらは銃を持っているだろうか? そうなった場合は仕方ない。だが、生きながらえても、あの時のカレーを食べることはない。
バスの中は高齢者で混雑していた。県立病院前に停車する路線だからだと思っていた。
この地に地盤を持つ清水義之は、衆議院選挙の開票特番が始まったと同時に当選確実が出るほど、選挙区民の支持が厚い。乗客の大半が、清水に投票しているはずだ。清水の死に、この人たちはどんな反応を示すだろう。
この世代なら一人くらい、長瀬暁良の『人間ピラミッド』を思い出す人はいない、だろうな、などと思ったところで、高校前のバス停に到着した。驚いたことに、一番に降りた俺の後ろから高齢者たちがぞろぞろと続いてバスを降りてきた。
二カ月間、毎夜、この日をシミュレーションしていた俺の予定では、人気のない校門の前で正面に見える第一校舎を見上げ、深呼吸をするはずだった。
県立北城高等学校、県内屈指の公立の進学校。毎年、東大、京大に二桁を超える合格者を出し、四年制大学の進学率は九八パーセントを超える。
俺は二パーセント側だ。健康上に問題があったわけではない。
強いて言えば、経済的事情。
母校への約二〇年ぶりの帰還。反骨精神で逆境を乗り越え、一流大学に進学したヤツらよりも成功し、全国高校生総合文化祭にゲストとして招待されたのではない。
必死に勉強してこんなところに入らなくても、自宅から自転車通学ができる高校にしておけばよかったと後悔したこともある。
そこにしておけばここにはない幸福な出会いがあったかもしれない、などと。
だが、北城高校でよかった。初めてそう思えた。俺の選択はこの日に集約するよう天から定められていたのだ。その思いを噛みしめながらの深呼吸のはずだった。
しかし、後ろから高齢者にぞろぞろと、割合しっかりした足取りでやってこられると、足を止めることはできない。校舎を見上げることなく、この日のために電池を入れ替えた腕時計で時間だけ確認して、正門を通過し、北城高校の制服を着た男子生徒に案内されて受付テントに向かった。
一一時二〇分だった。表彰式の開始は一四時、微妙な時刻に到着したため、清水はすでに来校して校長室などに待機しているのか、これからやって来るのかはわからなかったが、警備員と一目でわかるような姿は校門周辺にはなかった。
「同窓生」と紙が貼られたテーブルの奥に立つ女子生徒にハガキを提出すると、隣の「その他団体様」と書かれたところに、高齢者グループの代表と思しき男性が同様にハガキを提出した。オンラインで申し込んだのにハガキで返信が届いたことに納得できた。
高齢男性は「清水義之先生を支援するグループである『桜と龍の会』の代表」と名乗った。バスの中で思い浮かんだことが正解だったことに喜ぶよりも、まさかのガチ勢だったことに面喰った。この人たちの目の前で、俺はあいつに襲い掛かることになるのか。ショック死するのではないか、と。
高齢者をなるべく視界に入れないようまっすぐ前を向くと、女子生徒から濃紺地に鮮やかな朱色で「創造力が未来を拓く」と書かれた冊子と布製のシールを渡され、シールを洋服の目立つところに貼るように言われた。
文言は今年のスローガンで、これが入場証となる。
ジャケットの左側のポケットの上から貼り、俺は不審者ではなくなった。とはいえ、着いた早々、何もせずにいるのでは怪しまれそうだ。劇や音楽演奏など座ったまま時間をつぶせる場所はないかと冊子を開いた。
しかし、文化祭は一一月一日から三日間にわたって開催されており、体育館で行われる舞台発表は初日からの二日間で、最終日は体育館では表彰式のみが催され、開場は一三時からだと書かれていた。
仕方なく、校舎内の展示を見て回ることにした。実演のない部門の表彰を受ける生徒の引率教員や保護者は祝日であるこの日のみ訪れていたのか、どこの会場も人でごったがえしていた。それなりの正装をしている人も多く、俺はうまく紛れ込めたことに安堵した。
書道のブースとなっている教室を避け、絵画や工芸品といった美術関連のブースを見学して階を変えると、ひときわ賑わっているブースがあった。バザーの会場で、売り上げはすべて昨年起きた大震災の被災地へ寄付されるという。
本当にそこに送られるといいのだが、と思い、いや、かの地にもあの団体を母体とするグループがあり、被災者に届くとは限らない、と思い直した。
何も買う気は起きず出ていこうとしたが、ふと、薄い文芸誌が目に留まった。文芸作品コンテストの今年の優秀賞以上の作品六作が簡易製本されたものだった。三〇〇円と書いてあり、五百円玉を出して購入した。どういうわけか、出版社の人間と間違われ、腕章を渡されたが、余計な会話を避けるため、黙って受け取ることにした。使い道はわからなかったが、どうでもいい。
釣りの百円玉二つを握り、教室を出て階段に向かっていると、正面から大きな籠を下げた女子生徒がこちらに向かって歩いてきた。
──クッキー、いりませんか?
声の大きさで足を止めてしまった。
──残り一袋、たったの二〇〇円、おいしいですよ。
笑顔の前に、握っていた手を開いて小銭を差し出すと、一瞬驚いた顔をされたが、ありがとうございます、というさらに大きな声とともに、その手にクッキーの入った袋を載せられた。
透明の袋の中央には冊子や入場証と同じデザインの紙製のシールが貼られていた。シールの向こうにハート形やクマやネコの顔形、星形のクッキーが見えた。
第一校舎を出て、中庭、第二校舎を通過し、体育館に着いた。施錠はされていないようで、北城高校の職員らしき数名があわただしく小走りで出入りしていた。男女ともスーツ姿だったが、足元は運動靴だった。
俺はグラウンドに面していない正面から見て右側の体育館脇を通って裏手に向かった。体育館奥の非常ドアに続く階段は高校時代の俺の読書場だった。父親が自死した小説家であることなど知っている者はいなかっただろうし、そもそも、俺に興味を持つ者もいなかっただろうが、当時の俺は人前で本を読むのは苦手だった。塾通いをしていなかったため、自習スペースのある図書館にはよく通っていたが読書をしたことは一度もない。
階段に腰掛け、文芸誌を開き、まずは最優秀賞である文部科学大臣賞受賞作を読み、次いでその選に漏れた優秀賞の作品を掲載順に読んでいった。俺が一番良いと感じたのは、最優秀賞以外の作品だった。父の作品に通じるテーマ性や筆致を感じた。
清水義之がこれを選ぶはずがない。
あいつは何も変わっていないのだ。
ふと、表彰式にはこれらを書いた生徒たちが出席していることに思い至った。さっき見た絵や工芸品を創った子たちもいるに違いない。感性の豊かなその子らは目の前で俺の行為を目撃し、何を思うだろう。心を壊し、今後の人生に悪影響が及んでしまうことはないだろうか。
極度の緊張から腹が鳴ることもあるそうだが、自分でもギョッとするような音が鳴った。これでは身を潜めることができない。
カバンからクッキーの袋を取り出して一つつまむと、星形のクッキーだった。
これが俺の最後の晩餐。クッキーを口に放り込み、ゆっくり噛み砕いて飲み込んだ。
初めて金星を見つけた日のことを思い出し、すべての迷いも恐怖も消えた。
内ポケットに入れていたナイフを取り出してハンカチを外し、ジャケット外側の右ポケットに仕込み直すと、靴を履き替え、カバンを置きっぱなしにして非常口の重いドアを開けた。舞台上手袖に直接入ることができる。
清水がここを通過することも、受賞者の生徒たちがここで待機することもないのか、警備員どころか、誰の姿もなかった。さらには、劇のセットにでも使用されたのか、ドア枠のみに囲まれた大きな木製のドアが置いてあった。
俺はそこに身を隠し、式典が始まるのを待った。
舞台上の構成は、上手側に小型の演台が置かれ、立派な生け花が飾られていた。中央にマイクが設置された大型の演台。そのすぐ横、下手側には賞状盆などを載せるための小型の演台があった。
舞台に上がる階段は中央と下手側に設置されていた。
入場は始まっており、パイプ椅子がずらりと並べられた体育館の舞台側、前方のエリアにさまざまな制服を着た高校生が座っているのが見えた。さほど緊張した様子はなく、スマートフォンで写真を撮り合っている姿もあった。
舞台下には腕章を付けてカメラを持っている記者らしき十数名が待機していた。舞台に背中を向けて立っていたのは、もしかすると清水のSPだったかもしれない。その向こう、舞台下手側に司会者席があった。
登壇者が清水だけの状態を狙いたいと思っていたので、これはラッキーだった。
やがて、ざわついていた体育館内の声が静まり、司会者のアナウンスのもと式典が始まった。
清水はどこから現れるのか。体育館のグラウンド側、舞台下手に一番近いドアが開けられ、おそらく外には警備員がいたのだろうが、清水は一人で入ってきた。
盛大な拍手が沸き上がった。清水は観客に向かって片手をあげて笑いかけると、正面を向いて堂々とした足取りで舞台の下手側の階段を上がった。その体が中央の演台の方に向いた。
と、舞台の下手側袖に正装の女が立っているのが見えた。賞状盆を両手で持っている。もしや、あいつも舞台に出てきて清水を手伝うのか。
ならば、今しかない。
俺はポケットからナイフを出して握りしめ、清水義之を目掛けて飛び出し、その首元にナイフを突き立てた。金色の刃は深く沈み、俺は清水に覆いかぶさるかたちで一緒に倒れこんだ。
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