未来のストーリーテラーを選ぶべく、恩田陸、中山七里、薬丸岳の選考委員三氏による議論の結果、第47回小説推理新人賞は、満場一致で2作同時受賞が決定! 小説家を志す者、また小説ファン必読の選考会をお届けします。
構成・文=門賀美央子 撮影=山上徳幸
第47回 小説推理新人賞最終候補作
「夢魔と精神科医」雪村悠緒
「購買の空隙」トミヤマタケシ
「追われる背中」中島青馬
「高潔なる卑」坂本克夫
「鬼籠れり」山内ちなみ
――ありがとうございました。これで五作すべての講評が出揃いました。高評価だったのは「追われる背中」と「鬼籠れり」で、あとの三作は一歩及ばないという印象ですが、それで間違いないでしょうか。
一同:はい。
――では、「追われる背中」と「鬼籠れり」のどちらかを受賞とする前提でお話を続けたいと思うのですが……。
薬丸:どっちか、か、どっちも、か。
中山:正直言ってどちらか一方を落とすのはつらいです。
恩田:作品の力量としてはほぼ同じですものね……。
薬丸:甲乙つけがたい。
中山:この二作は突出していますから。
薬丸:両方とも連作として作りやすいと思います。ジャンルとしても警察小説の中で監察官をメインに作ったらそれはそれで珍しいし、江戸時代の医術を背景にしてミステリーにできれば、それも目先が変わっていていいのでは。
恩田:ネタは他にもありそうですしね。
中山:監察官が主役の警察小説は最近ではあまりなかったはずです。
薬丸:どっちかを選ぶとなるとすごく難しい議論になりそうなので、ふたつ同時受賞ということでどうでしょうか?
中山:このお二人なら、たぶんすぐに二、三作は書けるんじゃないかな。
恩田:即戦力として活躍するところが想像できますね。
薬丸:ここまで意見が一致するのは三年目にして初めてじゃないですか? 物足りなさは確かにあるものの、でもそれは傷ではありませんから。
中山:二作とも傷はありませんからね。
恩田:力量は遜色ないですし。
中山:一般的に文学賞でダブル受賞になった場合、きっと意見がなかなかまとまらず、妥協の結果ダブル受賞になったんだろうなと想像できるパターンが多いのですが、今回に関しては甲乙つけがたいから、が理由になります。つまり積極的な理由です。最近流行りのお仕事小説として見ても、両作とも現実に肉薄していてわざとらしさがない。文体も、片方が硬質で片方は軟質だけどどちらも読みやすい。
薬丸:僕は正直言って時代小説には少々抵抗感がある方なのですが、本作はスイスイと読めました。情景を含めてわかりやすかった。
恩田:ちょうどよい長さですしね。
中山:変に長くしていないのも好感が持てます。物語にはその話を語るにふさわしい長さというものがあって、必要以上に長くすると水増し感になっちゃうし、少なくすると物足りなさになっちゃう。
恩田:お話のサイズって本当に大事なので、それを過不足なく書けるのは作家としてのセンスがある証拠ですよ。
――今、お話を伺っている間に編集部の方でも協議したのですが、今回は委員の皆様方が全員一致で両方の書き手を世に送り出したいという積極的な理由から同時受賞を推奨されているということで、私たちもそのお言葉に従うことにしました。そういうわけですので、今年の受賞作は「追われる背中」と「鬼籠れり」の二作で決定したいと思います。
恩田:よかったです。
中山:妥当と思います。
薬丸:過去三年で一番意見の一致点が多かったですからね、今回は。ここから一作に絞るのは厳しかったと思います。
――例年でしたらそこをなんとか一作に絞っていただくところですが、本年に関しては確かに二作同時受賞にしない理由もないと判断しました。今年も力の入った議論をありがとうございました。御三方に選考委員を務めていただくのは本年が最後になります。この三年間を振り返って何か御感想や、今後の応募者へのアドバイスをいただければと思います。まず中山さんからお願いできますか。
中山:SNSの発達に伴い、書き手が多くなった時代です。しかし、門戸は相変わらずそんなに広くはない。となると、やっぱり自分がデビューしたときにどういう売り方をするのか戦略として考えて書いた方が先々有利な気はします。その際の第一歩として、やっぱりタイトルをもう少し大事に考えていただきたい。最初にタイトルで読者の興味を摑めたら有利です。今のところ、それがまだ見ぬ新人に僕ができるアドバイスです。
――次は恩田さん、いかがですか。
恩田:今、中山さんもおっしゃいましたけど、やはり作家になって本にするわけですから、応募作を書くにあたっても、もう少し〝商品〟としての自覚を持って欲しいと思います。あとはやっぱりサイズ感ですね。短編は短編、長編は長編でそれに見合うサイズのお話があるはずなので、しっかり見極めた上で題材を選んでほしい。これはデビューした後にもずっと関係してくることなので、なにか話を思いついたとしてもそれはどのぐらいのサイズがふさわしいのかということもきちんと考えられるようにならないと、プロデビューしてからとても苦労することになると思います。商品だという自覚を持って、書く際のプロセスを変えて欲しいですね。
――では、最後に薬丸さんにお願いします。
薬丸:新人賞に応募される皆さんのうち、新人賞を受賞したら後は何とかなるんじゃないかと考えている方がほとんどだと思います。しかし、実はそんなことは全然なく、受賞後にプロの作家としてやっていくことの方が、受賞してデビューするより数百倍も数千倍も難しいことなんです。たとえデビューできたとしても、そこから二、三年も本が出せなかったらもう出版社も世間も振り向いてくれません。 だから比較的余裕のあるデビュー前から、とにかくいろんなことを吸収したり、自分はどういう小説を書きたいのか、どういうメッセージを込めたいのかっていうことも含めてしっかり考えておいてほしいですね。受賞だけを目指していたらその後が大変じゃないかなと思います。
中山:新人賞は出場通知です。レース場に出られますよ、という。そこから走っていかなきゃならないのに、デビュー作が売れないというのはスタートラインでけつまずいて捻挫して土囊を背負って走るようなもんです。
――前年のお話では、連作を意識した書き方は新人賞の応募作としてふさわしくないというアドバイスがありました。その点、今回の受賞作二編は連作としての続きを読んでみたいという御意見が出ましたが。
薬丸:今回の受賞作は両方とも応募作だけでちゃんと物語として完結しているんです。ただ読んだ側がこれを連作にしてほしいと思うほどの力があった。
中山 登場人物の背景が作品内で描き切れていますから。読者がもっと読みたいっていうのが一番いいんですよ。
薬丸:よい作品であれば、他の話も読んでみたいなって思うのは自然な流れですよね。
――書き手が勝手に連作を企むのではなく、読者にそう思わせなければいけないということですね。今回も大変ためになるお話を伺えたかと思います。三年間ありがとうございました。
受賞作
「鬼籠れり」
山内ちなみ
(応募時の筆名、星井小禽改め)

プロフィール
1978年生まれ。東京都出身・東京都在住。団体職員。
受賞の言葉
三十歳を目前にして、私は小説を書き始めました。ろくに読書もしていない、口だけが達者な私が、友人のお世辞に乗せられて、身内では評判だったガールズトークを小説にしてみようと思ったのです。「セックス・アンド・ザ・シティ」が大好きで、コラムニストである主人公を真似てみたいという、ミーハー心もありました。もちろん結果が出るはずもなく、月日だけが過ぎ去りました。年齢を重ね、評判だったガールズトークも喋れなくなりました。そんな時、運命の一作に出会いました。笹沢左保先生の「赦免花は散った」です。悲しくて、辛くて、面白かった。こんな作品を私も書きたい、という衝動に突き動かされ、書いたこともない時代ミステリ小説を書きました。すると、今までが噓のように、選考に残れるようになりました。そして今回、栄誉ある賞までいただけました。全く、狐につままれたような気分です。初投稿から十八年。キャリー・ブラッドショーにはなれませんでしたが、あの頃の私が想像もしなかった場所にいます。木枯し紋次郎に導かれたこの道を、しっかりと踏みしめて歩んでいきたいと思います。今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。
山内ちなみ
第47回小説推理新人賞受賞作「鬼籠れり」を読むにはこちらから
受賞作
「追われる背中」
中島 青馬
(応募時の筆名、中島禎之改め)

プロフィール
1974年生まれ。宮城県仙台市出身。高校卒業後、いくつかの職を経たのち、現在は会社員。
受賞の言葉
この度は歴史ある小説推理新人賞に選んで下さり、ありがとうございます。作品を読んで下さった、恩田陸先生、中山七里先生、薬丸岳先生、双葉社の皆様に御礼申し上げます。
幼いころから漠然と本を書く人間になりたいと思い続け、二十代のころは小説家になるという夢を言い訳にして多くの人に迷惑をかけてきました。その後、定職に就き、結婚して子供ができると、小説家になるという思いは徐々に遠のき、それでも消えることはありませんでした。消えない思いは厄介なもので、いつも私の後ろを付いて回り、忘れかけると背中をつっついてくる。そんな厄介ものと正面から向き合う勇気が出ず、時間だけが過ぎてしまいました。
五十歳になり、残された時間を意識した時、「いつか」ではなく「今、もう一度」小説家を目指そうという思いが強まると、厄介ものと正面から向き合う勇気が湧いてきました。それ以降、厄介ものは時に前を歩いて先導し、立ち止まろうとすると、強く背中を押してくれる心強い存在に変わりました。
何度も選択を間違い、結局遠回りしたのかもしれません。幸運にも、作家という坂道を上る機会をいただいた今は、これまでの失敗も全て糧にして、足を止めることなく、精進していく所存です。
中島青馬
第47回小説推理新人賞受賞作「追われる背中」を読むにはこちらから