家康の天下取りを足軽の視点で描き、130万部を超える大ヒットとなっている「三河雑兵心得」シリーズの最新第14巻『豊臣仁義』が発売された。

 甥の秀次に関白を譲り、太閤となった秀吉。朝鮮での戦も優勢で、隠居のための城も建てた。すべては順調で、まさに豊臣家の世は盤石かに見えた。ところが、1593年に秀頼が生まれたことで、歯車が狂い始める――。主人・家康の警護のため京に滞在する、徳川家の鉄砲百人組頭・植田茂兵衛は、そんな豊臣家の内紛に巻きこまれてしまう。

 書評家・細谷正充さんのレビューで、『三河雑兵心得 豊臣仁義』の読みどころをご紹介します。

 

三河雑兵心得 14 豊臣仁義

 

■『三河雑兵心得 豊臣仁義』井原忠政  /細谷正充[評]

 

豊臣秀吉の天下も、崩壊の兆しが見えてきた。徳川家康家臣の植田茂兵衛は、この時代をどう生きる。井原忠政の大河戦国シリーズ、第十四弾の登場だ。

 

 徳川家康の下で、雑兵から身を起こした植田茂兵衛。今では鉄砲百人組を率い、上総国に七ヶ村三千石の領地を持つ、堂々たる武将である。そんな茂兵衛が家康から、盗賊・石川五右衛門一味の処刑の様子を見てくるよう命じられる。凄惨な釜茹でによる処刑に辟易しながら、豊臣秀吉に対する庶民の気持ちを肌で感じるのだった。

 その後、茂兵衛は新たな任務を与えられる。小田原にいる大久保忠世が命旦夕に迫っているので、今生の別れを告げてこいというのだ。しかし真の目的は、忠世の持つ豊臣方との情報ルートを教えてもらうことである。また小田原には、旧北条家の勢力がいる可能も大きい。だから茂兵衛は鉄砲百人組を連れて小田原に向かう。そして三島で夜襲を受けて撃退するも、少なくない鉄砲と、部下の命を失うのだった。

 シリーズの愛読者ならご存じだろうが、茂兵衛と忠世の付き合いは長い。雑兵上がりの茂兵衛を忠世は見下しており、さまざまな因縁があった。しかしそれも過去のこと。過ぎてしまえば、みな懐かしい。本書は、この忠世を始め、蒲生氏郷や関白秀次など、茂兵衛と関係のあった人物が、次々と亡くなっていく。茂兵衛も、再来年には五十になる。重ねてきた歳月と人々の変化を、しみじみと考えずにはいられない。

 もちろん茂兵衛の立場も、大きく変わった。だが人としての本質は、昔のままのようだ。それがよく表れているのが、三島での戦いだ。強敵に襲われた茂兵衛は、相変わらずの肉弾戦で、血と泥に塗れて命をぶつけ合う。これだから彼は魅力的なのだ。

 一方、秀吉の天下にも翳りが見えてきたようだ。家康は関係していないため、本書では背景になっている朝鮮出兵や、茂兵衛も間接的にかかわることになった、関白秀次が切腹に追い込まれた一件などで、秀吉の天下が揺すぶられる。その象徴として、ラストに伏見城が倒壊した、慶長伏見地震を持ってきた、作者のセンスが冴えている。

 もうひとつ冴えていたのが、石川五右衛門一味の処刑と秀次の妻妾たちの処刑を対比させた構成だ。ここからも秀吉の天下が変化していることが実感できるのである。

 北条家に仕えていた忍者・風魔小太郎の登場や、石田三成の意外な行動が判明するなど、今後の展開の布石も上々。どんどん加速していくであろう、シリーズの行方が、楽しみでならないのだ。