家康の天下取りを足軽の視点で描いた「三河雑兵心得」シリーズが累計145万部を突破した。人気シリーズの第15弾では、太閤秀吉が薨去し、家康がいよいよ天下への野心を隠さなくなった関ケ原前夜が描かれる。
「小説推理」2025年2月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『三河雑兵心得 十五 関ケ原仁義(上)』の読みどころをご紹介します。
■『三河雑兵心得 十五 関ケ原仁義(上)』井原忠政 /細谷正充 [評]
豊臣秀吉が逝き、徳川家康が動き出す。関ヶ原の戦いへ向かう時代の流れの中で、植田茂兵衛が奔走する。大人気シリーズ、最大のクライマックスは眼前だ。
来た。遂に来た。「三河雑兵心得」シリーズのファンならば、本書のタイトルを見ただけで、深い感慨を抱くだろう。なにしろ『関ヶ原仁義』である。徳川家康が天下人になった関ヶ原の戦いが、ついに始まるのだ。……と思ったら、上巻の本書で扱っているのは、豊臣秀吉の逝去から、関ヶ原の戦いに至るまでの流れと、その中で躍動する主人公の姿であった。
三河の農民から身を起こし、今や徳川家の鉄砲百人組頭まで出世した植田茂兵衛。一人娘の綾乃が、知行地千八百石の大岡家の次男坊・弥左右衛門を入り婿に迎えたが、江戸での祝言に参加できなかった。というのも、秀吉がいつ亡くなってもおかしくなく、家康が伏見から動けない。主君の側近と護衛を兼ねる茂兵衛も同様だったのである。
しかし秀吉の逝去により、天下を狙う家康が積極的に動き出す。御掟を破り、勝手に他家との婚儀を進めたのだ。福島正則の甥と家康の姪の婚礼の下馴らしのため、茂兵衛は正則に会いに行く。ちょっと正則が苦手な茂兵衛だが、家康の命となれば、そんなことはいってられない。この件を皮切りに、武断派の七将が石田三成を襲撃した有名な騒動や、大坂城で行われた豊臣秀頼と家康の対面など、茂兵衛は戦国の重要な局面にかかわっていく。
ついに茂兵衛に天下を獲ることを明言した家康は、腹黒全開で策を巡らす。使い勝手のいい茂兵衛が、いつものように走り回ることになる。家康を筆頭とする癖のある男たち相手に茂兵衛は、なんだかんだと上手くやっていく。それはきっと、彼が素直に人間を見ているからだろう。たとえば本書で茂兵衛は、典型的な“花嫁の父”状態で、ほとんど会ったことのない婿の弥左右衛門を嫌っていた。しかし実際に会って、行動を共にするうちに、人柄のよさを認めるのである。こういうエピソードから、主人公の魅力が伝わってくるのだ。
一方で終盤になると、意外な場所で戦闘が発生。家康や茂兵衛が窮地に陥る。手に汗握る大ピンチであった。まあ、それもあってか、久しぶりに加増。綾乃に子供も生まれて祖父になった。当時では老人といっていい年齢の茂兵衛が、下巻の関ヶ原の戦いで、いかなる活躍を見せてくれるのだろうか。そしてシリーズは次で完結するのか、それとも大坂の陣まで書くのか。どちらにしろ最後まで、付き合う覚悟はできている。だってこんなにも面白いシリーズなのだから。