プロローグ

 男はセダンを降りた。
 そこは小さなスーパーの駐車場だ。もともと照明のたぐいが設置されておらず、夜九時を過ぎた今は深い闇に包まれている。
 スーパーが閉店時間を迎えた。駐車場に停まっているのは男のセダンと、店長の愛車であるシルビア、それにアルバイトの自転車のみだ。
 ほんの一時間前まで、スーパーはにぎわっていた。ひどい不況のうえ、消費税も五パーセントに上がったが、週末恒例の特売セールは客に好評で、ちょっとしたお祭り騒ぎのようだった。移動販売の焼き鳥をさかなに、スーパーのベンチに陣取り、酒盛りを始める若者までいたほどだ。
 スーパーを見張っていた男はいらちを覚えながらも、一方で胸をなで下ろしてもいた。人が多すぎて強盗などできないと、ひとまず言い訳ができるからだ。
 しかし、閉店時間が近づくと、舞台はみるみるできあがっていった。スーパーは一転して火が消えたように静かになり、移動販売車は店じまいをすばやく済ませて去っていった。ベンチにいた若者もだらだらと留まらず、きちんと空き缶をゴミ箱に捨て、焼き鳥のパックや串を袋に入れて持ち帰っていた。
 駐車場の車はみるみる減り、年配のパート店員も先に帰った。店内に残っているのは、店長を含めて三人だけになった。
 男はスーパーの警備がずさんなのを知っていた。万引きや事務所荒らし対策として、防犯カメラを設置してはいるが、映像を記録しておく装置まではない。店員が現金入りの袋を抱えながら、この暗闇のなかを行き来し、事務所の金庫に売上金をしまう。
「バカが。お前らが悪い」
 男は小さくつぶやき、額の汗を拭った。
 外はまだまだ蒸し暑く、マスクのせいで顔が火照っていた。
 男はスーパーの事務所があるほうへと駆け、裏の外階段にたどり着いた。一転して猫のようにゆっくりと上ると、外階段の半ばで足を止め、スーパーの壁に背中をつけた。
 周りは住宅街でふだんは静かだ。だが、真夏の金曜の夜のためか、遠くで暴走族が派手に騒音をとどろかせていた。
 ウエストポーチのチャックを開け、なかからリボルバーを抜いた。フィリピン製のスカイヤーズビンガム――サタデーナイトスペシャルと呼ばれる安物の拳銃だ。
 二階の事務所から声がした。若い女ふたりの声だ。安いPHSピツチで我慢すべきか、いっそ携帯電話に乗り換えるべきか話し合っている。それも暴走族の騒音でかき消される。
 男は何度も瞬きをした。汗が目にしみた。心臓が破裂しそうな勢いで鳴っている。口内がカラカラに渇く。
 やがて、ドア越しに合成音声が聞こえた。店の人間がセキュリティシステムを作動させ、事務所の電灯も消える。
 アルミ製のドアが開き、若い女性店員ふたりと中年の男性店長が姿を現した。彼らは外に出てからも、おしやべりに夢中だった。暗闇に目が慣れていないようで、約二メートル下にいる男に気づかない。
 男は決断し、外階段を駆け上がった。三人の男女が目を見張る。
「マネー! カネをよこせ、急いで」
 男は不良外国人を装って、片言かたことの日本語と英語で迫った。
 若い女性店員ふたりが短く悲鳴を上げ、店長は鍵を手にしたまま凍りついた。男は三人を突き飛ばし、事務所のなかへ押しこんだ。
「な、なんだ、お前は!」
 店長がこぶしを固めて怒鳴った。
 男はリボルバーを天井に向け、トリガーを引いた。ごうおんが事務所内に鳴り響き、天井からほこりや砂がパラパラと落ちてくる。三人に強盗がやって来たのを理解させる。
 耳鳴りがするほどの音量だったが、暴走族がスーパーの近くを走ってきているらしく、外も同様に騒がしかった。周りに銃声を気づかれるリスクが減った。
 男はドアを閉めて内鍵をかけた。店長はおびえた顔つきになって両手を高く挙げた。
「セキュリティ!」 
 男は声を張り上げてかくした。壁のセキュリティコントローラーを左手で指す。
 店長は発砲音でしゆくしたのか、ぴんと両手を天に向けたまま動こうとしない。モタモタしていると、セキュリティシステムに異変を知られてしまう。
「セキュリティ、切る! グズグズしない。殺す、ぶっ殺す」
 店長の頬を拳銃のグリップで殴りつけた。
「イエス、イエス! 撃たないで」
 店長はパニック状態に陥ったのか、男の口調が乗り移っていた。彼はコントローラーに飛びつき、テンキーをすばやく打つ。
 合成音声がセキュリティを解除したと知らせると、男は店長の襟首をつかんで、事務所の隅に置かれてある金庫へと押しやった。
「マネー! 急いで」
 店長は何度もうなずき、金庫のダイヤルを回し始めた。彼が金庫を解錠している隙に、男は銃口を女性店員に向けた。
めて、撃たないで!」
 彼女たちは身を寄せ合って、ガタガタと震えていた。
 どちらも若い。ひとりは二十歳くらいで、化粧っ気はなく、ワンピースに白のカーディガンと品のよさそうな恰好かつこうだ。もうひとりは制服姿の高校生だ。いわゆるコギャルというやつで、長い茶髪に小麦色の肌をしていた。
 男はウエストポーチから粘着テープを取り出した。ふたりに向かって放り投げる。粘着テープは彼女たちの足元を転がる。
「両手、縛れ」
 男は命じた。彼女たちは涙をこぼしながら、お互いの顔を見合わせる。
「ボヤボヤしない。殺すよ!」
 リボルバーの撃鉄を起こし、ガチリと音を立てると、若い女性店員が慌てて粘着テープを拾った。
 彼女は女子高生に渡し、自分を縛るように指示した。女子高生がためらうと、男は店長の顔を再びグリップで殴りつけた。血が噴き出る。
「や、やります。やるから殴らないで」
 女子高生は泣きながら女性店員の両手首を巻いた。
 店長が痛みにうなりながら、金庫のレバーハンドルをひねった。分厚い扉を開ける。なかには書類や封筒とともに、パンパンに膨らんだ集金袋がふたつあった。
 男は女子高生に指示した。声を張り上げる。
「この男も縛って。早く、早く!」
 スーパーを襲う前は、周りに銃声や怒声を聞かれる心配をしていた。暴走族の騒音がさらにやかましくなり、むしろ大声を出さなければならない。
 女子高生が店長の両手首を巻いた。店長と女性店員の両手がいましめられているのを確かめ、女子高生から粘着テープを奪い取る。
「殺さないで」
 男はリボルバーをデスクに置いた。奪い取られないよう注意を払いつつ、女子高生の両手首を縛った。
「じっとしてればなにもしない。安心して」
 三人の身体の自由を奪うと、粘着テープをウエストポーチにしまった。再びリボルバーを握る。
 暴走族がスーパーの前を通りかかり、複数のバイクがエンジン音を派手に吹かした。ミュージックホーンで『ゴッドファーザー 愛のテーマ』を鳴らす。
 男は店長に近づいてトリガーを引いた。
 銃声が鳴り、店長のけんに穴が空いた。後ろの壁に血が飛び散り、壁が鮮血で赤く染まる。女たちが悲鳴を上げ、その場にへたりこむ。
「なんで……なんでよ」
 男は隙を与えなかった。
 ワンピースの女性店員に銃口を向け、至近距離から撃った。銃弾が女性店員の額を貫き、糸の切れた操り人形のようにぐにゃりと床に倒れこみ、絶命した。
 女子高生が涙と鼻水で顔を濡らしていた。
「あんた……も、も、もしかして」
 男はなにも言わずに拳銃で答えた。四発目を発射した。銃弾が女子高生の鼻を壊し、延髄のあたりを突き抜けた。女性店員が作った血の池に沈み、びちゃりと音を立てた。
 男はリボルバーをウエストポーチにしまった。金庫の集金袋を抱え、事務所のドアを開けて外に出る。
 平和な金曜日の夜のスーパーは刹那にして凄惨な殺戮さつりく現場と化した。
 暴走族の騒音が遠ざかっていく。男は外階段を下りて、自分のセダンへと駆けた。

 

「鬼哭の銃弾」は全4回で連日公開予定