警視庁捜査一課の刑事・日向は多摩川河川敷発砲事件の捜査を命じられる。発射された銃弾の線条痕が22年前の「スーパーいちまつ強盗殺人事件」で使用された拳銃と一致。同事件は鬼刑事だった父親がのめり込んだ末、家族を崩壊させた元凶だった。親子2代にわたる因縁の捜査が動き出す──。
「小説推理」2021年3月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで、文庫『鬼哭の銃弾』の読みどころをご紹介します。
■『鬼哭の銃弾』深町秋生 /細谷正充[評]
22年前の未解決事件を担当する刑事・日向直幸は、DVにより縁を切った元鬼刑事の父親と対峙する。深町秋生の警察小説は、とことんハードだ。
「小説推理」に好評連載された、深町秋生の『刑事たちの刹那』が、『鬼哭の銃弾』のタイトルで単行本になった。刑事を主人公にした警察小説だが、ある人物の存在により、ジャンルの枠組みからはみだした内容になっている。そこにこの作者らしさがあるといっていい。
府中市内で起きた発砲事件。弾丸の線条痕の鑑定により、使われた銃が、22年前の事件で使用された可能性が出てきた。スーパー「いちまつ」で店長、パート、バイトの3人が射殺され金が奪われた、未解決事件だ。この一件の捜査を任されたのが、幼児虐待死事件を解決したばかりの、警視庁捜査一課殺人犯捜査三課の日向直幸である。日向班を引き連れ府中署の特捜本部に乗り込んだ直幸。だが特捜本部とは温度差があり、さらに何者かによって事件の情報がマスコミにリークされた。
最初から困難な状況に陥りながら、それでも捜査を進める直幸。ところが発砲事件の容疑者として浮上したのは、直幸の父親で元鬼刑事の繁だった。過去のDVにより父と縁を切っていた直幸。行方の分からない繁を捜すうちに、父親がかつて捜査に携わっていた“いちまつ事件”を、追っていることに気づくのだった。
本書のメインの謎は“いちまつ事件”である。ただし主人公の父親の謎が加わることで、物語が予想外の膨らみを見せる。もともと暴力的だった繁だが、“いちまつ事件”の捜査を外されたことで、直幸たちへのDVが激しくなったという過去があるのだ。つまり直幸も“いちまつ事件”と、間接的に深い因縁を持っていた。
だからこそ直幸は、父親が事件を追っていることを知って心が揺れる。妻の渚紗が妊娠9ヶ月という設定が、それを際立たせる。自分の性格に父親と似たところがあることが分かっているので、妻子への対応を間違ってしまうかもと、悩んでしまうのだ。また、ついに現れた父親との関係にも苦しむ。だが、だからこそ本書は面白い。最後まで読めば本書が、警察小説というだけでなく、父と子の物語になっていることに納得してしまうのである。
さらに繁が登場する場面になると、バイオレンス・ノベル風になるのが愉快。自分の息子であろうと、邪魔だと思えば徹底的に叩き潰す。まるで狂犬のような繁に嫌悪感を抱きながら、いつの間にか惹きつけられる。このようなキャラクターを創り出したところも、本書の読みどころになっているのだ。