「どうして和歌子さんの雑誌に告発したんだろ?」
 これも常連のひとり、大手出版社の文芸部で部長を務めるばやしさんが疑問を挟んだ。
「ウチの雑誌が下世話な実話誌だからじゃないでしょうか。パパ活問題の特集も組んだりしていますから」
 ただもうひとつの可能性も考えられる。
「投書はもちろん匿名でしたけど、パパ活でサラリーマンを脅迫している女性が、広告代理店勤務で、そのうえ……『あじろ』の常連客だと書かれていたんです」
 パパとママが夫婦二人で営む『あじろ』には、多くのサラリーマンが常連客として通う。
 皆、節度をわきまえた良客ばかりだ。
 それにはわけがあって、騒いだりするとパパが怒鳴りつけるので、そんな客は常連にはならないのだ。
「ウッセェよ。クソ親爺」などと言われようものなら、カウンターを乗り越えて客に掴み掛かるパパなのだ。
「真由美ちゃんを名指ししていたわけではないですけど、広告代理店に勤める女性の常連客といえば、彼女しかないですよね」
「そうだよね、真由美ちゃんしかいないよね」と、ママ。
「真由美さんに限ってそんなこと信じられないですよ」
 ガンちゃんが抗議する声で言った。
「だろう。だからオメェさんらに集まってもらったのよ。今夜ここにいる連中は真由美の取り巻きだったからな」
「取り巻きだなんて……」
 全国ネットのテレビ局に勤める杉山すぎやまさんが苦笑した。苦笑はしたが、そう言われても仕方がないだろう。真由美ちゃんは『あじろ』のマドンナ的存在で、飲みに来ると男たちに囲まれる。まだ三十そこそこの年齢で、どこか男受けする資質を備えている女性なのだ。
 一度ママに訊ねられたことがあった。
「どうしてあの娘ばかりがもてるんだろうねぇ。アタシには、和歌ちゃんの方が余程色っぽく思えるんだけどねえ」
「そこがいいんだと思いますよ」
「色気のないところがいいの?」
「今の三十代の男性は草食系が多いですから。特に『あじろ』の常連さんにはその傾向がありますね」
「そんなもんかねえ」と、ママは首を捻ったが、私だって少し悔しい気持ちはあった。熟女とはいえ、それなりの見た目ではないかと自信があったからだ。
 今夜ここに集まった三人の常連の男性以外にも、真由美ちゃんの取り巻きはいる。
 四十代後半と思われる杉山さんと小林さんを除けば、三十そこそこの男性たちだ。だから今の三十代の男性はと断りを入れたのだが、真由美ちゃんは中年や初老の男性にも人気があった。
 ママが杉山さんと小林さんに声掛けしたのは、二人が中年だったことが理由だったのだろう。客観的な見方ができる二人ではないかと期待したに違いない。
 ガンちゃんはドンピシャで私の言う三十代だが、他の三十代のお客さんらが杉山さんや小林さんと話をしている真由美ちゃんを敬遠するのに対し、ガンちゃんだけは、臆することもなく、その輪に溶け込める人間だった。
「ここ一週間ばかり真由美が来てねぇんだ」
 嘆息交じりにパパが言った。
「重要なのは投稿した人間が『あじろ』の店名を書いていたということじゃないですか」
「そうです。私もそれが気になったんです」
 小林さんの指摘に頷いた。
「どういうことなんだよ?」
 パパが不思議そうな顔をした。
 小林さんが私からパパに視線を移した。
「つまりここの店の客だという可能性があるということですよ」
「適当なこと言うんじゃねぇよ。ウチの客に限ってそんなことする奴がいるわけねぇじゃねえか」
「ですから可能性と言っているじゃないですか」
 パパに詰め寄られた小林さんが及び腰になった。
「私もその可能性を考えるべきだと思います」
 小林さんを援護した。
「どういうことなんだよ」
 パパは不満そうだが私にだけは強く言わない。語調が柔らかくなる。
「つまりはこういうことです。真由美ちゃんはこの店のマドンナでした。本気で好きになっていた男性もいるかも知れないでしょ? 男の人たちに取り囲まれている真由美ちゃんをやっかんで、そんな投書をした人間もいるかも知れないということですよ」
「それじゃ、コイツらも怪しいってわけか?」
 言うなりパパがカウンターに並ぶ男性らを睨み付けた。
 肘を突いていた男たちが一斉に直立してお互いを見詰め、それから両手のひらをイヤイヤと言わんばかりに胸元で振った。
「ガン、特に怪しいのはオメェだな」
 パパがガンちゃんを名指しした。
「ど、どうして僕が怪しいんですかッ」
 ガンちゃんがアタフタと動揺した。
「だってそうじゃねぇか。他の二人は社会的な地位も名誉もある。そんな下らねぇことでそれを棒には振らねぇだろう」
 とんだ濡れ衣だ。
 ガンちゃんだって役職にこそ就いてはいないが、日本を代表する家電メーカーの社員さんなのだ。