「62歳住所不定無職」から小説家デビューし、バラエティ番組『激レアさんを連れてきた。』でも話題になった大藪春彦賞作家・赤松利市。そんな破天荒の鬼才による最新作は、人情酒場における闇落ちが堪能できるミステリーだ。

 新橋の立ち飲み居酒屋「あじろ」のマドンナだった真由美が突然失踪してまう。心配した常連客と店主が彼女を捜し始めると、誰も知らなかった邪悪な一面が見えてくる。偽りの職業、パパ活斡旋、風俗店勤務……一体嘘をいくつ重ねていたのか。

「小説推理」2024年7月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『あじろ』の読みどころをご紹介します。

 

あじろ

 

 

■『あじろ』赤松利市  /細谷正充 [評]

 

立ち飲み屋『あじろ』の美人常連客の真由美に何が起きたのか。店の夫婦と他の常連客たちが、彼女の行方を追いかける。だが、その真の姿は悪女なのか……。

 

 さあ、今度はどんな話を読ませてくれるのかな。赤松利市の新刊を開くとき、いつもそう思う。なぜなら内容が予測できないからだ。ただ、著者の波乱に富んだ半生から生み出される作品は、常に人間の本質に肉薄する。辟易することもあるが、圧倒的な表現で描かれる人々の姿から目が離せない。だから本書も、嬉々としてページを捲った。

 新橋にある『あじろ』は、50年以上にわたり夫婦で営んでいる立ち飲み屋だ。フリーライターで、店の常連の和歌子は、主人夫婦をパパ・ママと呼んでいる。その和歌子がきっかけになり、パパが常連客を集めた。和歌子がライターをしている雑誌に、パパ活でサラリーマンを脅迫している女性が広告代理店勤務で、『あじろ』の常連客だと書かれた投書があったというのだ。常連客で当てはまるのは、店のマドンナの真由美しかいない。真由美が何らかのトラブルに巻き込まれたのだろうか。

 大手家電メーカーに勤務するガンちゃん。大手出版社の文芸部長を務める小林。テレビ局に勤める杉山。それに和歌子を加えた4人は、『あじろ』のパパとママに頼まれ、店に姿を見せなくなった真由美を捜そうとする。だがその先には、思いもかけない展開が待ち構えていた。

 和歌子の調べによって、真由美の意外な顔が明らかになり、失望した小林と杉山が脱落。残りの4人で素人探偵よろしく調査を進めるが、何者かに殺された真由美の死体が奥多摩で発見された。これにより幸せなコミュニティだった『あじろ』の空気がおかしくなる。和歌子の仕事先の出版社での立場も悪くなる。ちょっとしたことで、人の生活や気持ちは、こんなにも揺らぐのか。見えなかった人間性が露わになるのか。和歌子たち『あじろ』の常連たちがどうなるのか気になって、先へ先へと読み進めずにはいられないのである。

 さらに犯人が明らかになると、真由美の真実の姿が判明する。彼女は本当にパパ活で、サラリーマンを脅迫していたのか。感心したのは、近年顕在化した社会的な問題が、その謎に織り込まれていたことだ。ここから、単純な善悪で割り切ることのできない、人間の在り方が浮かび上がってくるのだ。事件の核心部分をテーマと直結させて、読者に深く考えさせる、優れたミステリーなのである。

 なお本書には、いろいろな飲食店が出てくるが、特に美味そうなのが、2軒の寿司屋の寿司。読んでいて涎がたれそうになった。