一条院内裏、燃ゆ。
北空の落雷が激しくなかなか眠れずにいた紫式部だったが、その知らせに土御門第の局で飛び起きた。
なんということ。
寛弘六年十月五日未明のことだった。
日中は敦成親王の御座所で酒宴や舟遊びが行われて、にぎやかで楽しげに夜を迎えた。その余韻にみながたゆたうような心持ちのところへ落雷があり、今度は一条院内裏の火事である。
「一条院内裏は──」
紫式部は衾を単衣のようにかぶりながら、簀子へ出て西の空を見上げた。
赤い。
頬を切るように吹き付ける寒い冬風。濃紺の冬の夜。そこに不釣り合いにも不自然にも地上から赤い光が照らしていた。
一条院内裏には、一条天皇と敦康親王らがいるはずだった。
紫式部は目まいを覚えた。
それでも紫式部が倒れなかったのは、主である中宮・彰子のことがとっさに脳裏をよぎったからだった。
左大臣・藤原道長の娘である彰子は、第二子の懐妊に伴い、この土御門第に下がっている。紫式部は彰子付き女房のひとりだったから、彰子に同行して藤原道長の私邸である土御門第へ詰めていた。
一条院内裏では、しかるべき者たちが一条天皇たちを避難させているはずだ。土御門第は広大な敷地を誇るが、東西で言えば都の東端にあたる。ここから大内裏東にある一条院内裏まではおおよそ六〇〇丈(約一・八キロメートル)。女の紫式部が駆けつけるには道が暗く、遠い。ここまで話が聞こえるのなら、すでに大勢の男たちが出ているだろうから、自分が出ていっても邪魔しかできない。
しかし、この土御門第で紫式部にできることがある。
否、紫式部にしかできないかもしれない。
「紫式部」と同じ局で寝起きしている小少将の君が声をかけてきたが、紫式部は「中宮さまのところへ行ってきます」と宣言し、簀子を急いだ。
小少将の君もあとを追ってくる気配がする。
東の空に朝の気配はまだまったくない刻限だが、簀子は蜂の巣をつついたように騒がしい。
土御門第からも何人も応援を出すようだった。
あたりまえだ。
土御門第の主である藤原道長は左大臣の要職にある。左大臣とは事実上、朝廷の政の頂点にある職。そのうえ、道長の娘は一条天皇の后である中宮・彰子だ。公的にも私的にも、あらゆる支援をすべき立場にある。
この時代、瓦葺きの屋根はまだまだ少ない。檜皮葺の屋根は容易に延焼する。風に乗って舞う火の粉のひとつひとつが、次なる火災につながり、人命を奪うのである。
火の広がりを少しでも食い止めなければいけなかった。
紫式部が中宮の御座所へ大急ぎで向かっているときだ。
「おお、紫式部」
と、左大臣・藤原道長が中宮の御座所から出てきた。
「左大臣さま。中宮さまは」
「なかにおられる。敦成親王もご一緒だ」
すでに道長の息子である権中納言・藤原頼通を送り出しているという。
紫式部はすぐさま反応する。
「中宮さまには私がついています。左大臣さまは一刻も早く一条院内裏へ」
中宮たる彰子の周りには女房たちが大勢ついている。特に上臈女房と呼ばれる、彰子と血のつながりがあったり、高貴な血筋を引いていたりする女房たちは、彼女のそばにいることそれ自体がひとつの務めだった。夜になれば紫式部とわけ合っている局に戻る小少将の君もそのひとりである。
いまも何人もの上臈女房たちが中宮御座所にいるだろう。
女房の「身分」で言えば、紫式部は受領の娘だから中臈女房である。
しかし、『源氏物語』作者という文字通り余人をもって代えがたい役目を担っていること、さらには彰子に毎夜毎夜、漢籍を教授する役目を命じられていることから、上臈女房並みに彰子に近い。
そのうえ、彰子と紫式部のふたりだけが決定している将来のあるべき姿からも、紫式部はいま彰子の近くにいなければいけないし、それと同じ程度の強さで道長を警戒しなければならなかった。
「そうか。どうも上臈どもは気位ばかり高くて、こういうときになよなよとしていて困っていたが、おぬしなら頼める」
本音を言えば人前に一切出ないで物語だけを編んでいたい紫式部なのだが、非常のときである。ゆえに道長がふと口を滑らせた。
「最悪、神器だけは護らねば」
いまさらながらに人が多い簀子の様子に、紫式部は衵扇を広げて顔を隠した。
「左大臣さまがいれば主上も何かと心強いでしょう。さ、お早く」
「わかっている」
簀子を急ぐ道長に振り返りもせずに、紫式部は中宮御座所へ行く。
物語書きというのはそもそもが仏教の不妄語戒(嘘をつくなかれ)を破っているのだが、このようなところでも自分は嘘がうまくなってしまったかもしれない……。
「中宮さま。紫式部です」
と一礼して御座所に入った。女房たちの薫香がどっと押し寄せる。暗い間だったが、灯りがともされていた。
だがその灯りは、闇風に揺れている。
子の泣く声がした。敦成親王か。乳母の女房のあやす声がした。
小少将の君も御座所に入る。
「紫式部」
清げで慎み深く、ゆったりと人をくつろがせる女性の声──最近はそこに堂々とした自信めいたものも芽生えてきた──が、紫式部を出迎えた。
中宮・彰子だった。
「一条院内裏が」
と紫式部が言うと、彰子はその言葉を遮るようにして、
「聞いています。おそらく主上はすでに内裏から出ていらっしゃると思います」
その声は半ば自分に言い聞かせるようであった。
彰子のそばの灯りが揺らめき、彼女の若い顔に陰影をつける。彰子の苦悩がにじみ出ているようだった。
はい、と紫式部は返答する。決して彰子を慰めるためだけではない。もし、一条天皇の身に万一があったら、騒ぎはもっとはなはだしいものになっているだろうという紫式部の冷静な判断だ。
この非常のときに、変に冷静な自分が少し嫌だった。
しかし、そうでなければならないと叱責するもうひとりの自分がいる。
いま彰子は、二度目の懐妊の身体だ。
中宮が護るべき一条天皇の身の危険と火事、さらには夜の闇。
これだけの心配事が一気に降りかかっている彰子の気持ちを安んじなければいけない。出産まで、おそらくあと一月前後。お腹のなかの子のためにも、彰子自身のためにも、大事な時期だった。
「おそらく、敦康親王さま方も同じく内裏から下がられていると思います」
敦康親王は一条天皇の第一皇子であるが、彰子がお腹を痛めて産んだ子ではない。
いまは亡き皇后・藤原定子の子である。
定子没後、一条天皇から彰子が母代わりとなるようにと言われ、実際に彰子が育ててきた。文字通り、自らが産んだ子と同じように慈しみ、将来を願い、育ててきたのである。
第一皇子である敦康親王を、次の東宮に。
それが「母」としての彰子の宿願であり、彰子に仕える女房としての紫式部の悲願だった。
一条院内裏には、敦康親王と同じく定子が産んだ脩子内親王もいるはずだった。
紫式部が敦康親王らの安全に言及すると、彰子がこちらに小さくうなずき返した。
「ええ。私もそう考えています。──だから、他の女房たちを安心させてあげてください」
灯りが彰子の微笑みを照らす。
落ち着いていらっしゃるように振る舞っている──。
だが、闇のなかで寒くないように衣裳をかき合わせている姿は、とても小さく見えた。
紫式部の目に、涙がこみ上げてくる。
ああ、この人はこんなにも若いのに。
他の姫なら、「心配ないから」と誰かに抱きしめてほしいと願えるのに。
天皇の后、それも中宮といういと高き人であるがゆえに、触れることも畏れ多い方であるがゆえに、誰も彰子を抱きしめられない。
それどころか、自らの気持ちよりも、他の女房たちの動揺を防ぐことを優先しなければいけないとは。
彰子自身はそのような振る舞いをごく自然に、中宮たる者の当然の行為と見なしている。
紫式部は自分がとても小さく思えた。
小説
源氏物語あやとき草子 【二】 国母の女房
あらすじ
紫式部は、国母となった中宮・彰子の意を受け、皇位までも自らの思うままに操ろうとする左大臣・藤原道長の心を動かすためにも『源氏物語』を綴っていく。
第一章 一条院内裏の焼亡(1/5)
おすすめの試し読み